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著作権判例セレクション

【言語著作物の侵害性】新聞記事の「要約」文書の配信サービスの侵害性が問題となった事例

平成60218日東京地方裁判所[平成4()2085]
四 著作権法27条所定の翻案には、原著作物を短縮する要約を含むところ、言語の著作物である原著作物の翻案である要約とは、それが原著作物に依拠して作成され、かつ、その内容において、原著作物の内容の一部が省略され又は表現が短縮され、場合により叙述の順序が変更されてはいるが、その主要な部分を含み、原著作物の表現している思想、感情の主要な部分と同一の思想、感情を表現しているものをいうと解するのが相当である。したがって、要約は、これに接する者に、原著作物を読まなくても原著作物に表現された思想、感情の主要な部分を認識させる内容を有しているものである。
そのことは、原著作物が事実を報道した新聞記事であっても、それが、著作物といえるものである限り同様である。
また、以上のことは、原著作物に依拠して、直接に外国語で要約が作られた場合も同様である。
以上のことを前提として、被告文章が原告記事の翻案としての要約、翻訳に該当するか否かについて、検討する(なお、以下において原告記事及び被告文章の本文の行数の表示は、別紙対比目録(被告文章についてはその日本語訳文)のそれによる)。
1 被告文章(1)と原告記事(1)を対比する。
被告文章(1)中、
(一) 見出しの「肺ガン切除患者の予後を予想する検査法を開発」という部分は、原告記事(1)本文(以下単に「原告記事」という。)の1行目ないし2行目の、「京都大学放射線生物研究センターのA教授らは初期の肺ガンの切除手術を受けた患者が完治に向かうか、それとも芳しくない経過をたどるかを予測する方法を開発した。」という部分の
(二) 本文1行ないし2行目(以下単に「1行目」などという。)の「京都大学放射線生物センターのA教授は、初期の肺ガンの早期切除手術を受けている患者の予後を予想する簡単な検査法を開発した。」という部分は、原告記事1行目ないし2行目の「京都大学放射線生物研究センターのA教授らは初期の肺ガンの切除手術を受けた患者が完治に向かうか、それとも芳しくない経過をたどるかを予測する方法を開発した。」という部分の
(三) 3行目から4行目の「Aの検査法は、手術の前に採取した血液からリンパ球を分離し、これを切除された肺ガンの細胞に約6時間混合させる。」という部分は、原告記事6行目ないし7行目の「A教授によると、判定の方法はまず、ガンの切除手術の直前に採取した血液からリンパ球を分離。これを手術で摘出されたガン組織の細胞と6時間反応させ、ガン細胞に対する殺傷能力を調べる。」という部分の
(四) 5行目から6行目の「Aによると、ガン細胞を殺すリンパ球の能力は、患者の生存の見込みを予示する。実験では、Aはガンの外傷が3ミリ以下で転移がない50人の肺ガン患者の予後を予測する検査法を用いた。」という部分は、原告記事3行目の「リンパ球のガン細胞殺傷能力を測定する手法で」という部分及び原告記事全体の趣旨から読み取ったもの、原告記事8行目の「①ガンの大きさが3センチ以下②全身の他の個所に転移がない」という部分及び原告記事9行目における「肺ガン患者50人にこの検査をを実施。」という部分の(ただし、3センチ以下を3ミリ以下と間違えている。)
(五) 7行目ないし9行目の「27人の患者の検査の結果、彼らのリンパ球が10%以上のガン細胞を殺したことがわかった。5年間の追跡調査の結果、27人の内の4人のみが手術後3年以内に死亡したが、残りの23人の患者は5年以上生存したことがわかった。」という部分は、原告記事11行目ないし12行目の「10%以上殺傷したグループは計27人で、うち4人は3年以内に死亡した。しかし、残る23人はガンが完治したと見なされる5年以上生存。」という部分の
(六) 9行目ないし10行目の「10%以下のガン細胞しか殺せなかったリンパ球を持っていた患者のすべては、化学・放射線療法などを受けていたにもかかわらず、手術後3年以内に死亡している。」という部分は、原告記事14行目ないし15行目の「10%以下の殺傷力しかなかった23人の患者は、いずれも手術から1年半以内にガンの再発や転移が発生。化学、放射線療法などさまざまな治療が試みられたが、3年半以内に全員が死亡したという。」 という部分の
(七) 11行目ないし12行目の「Aは、検査結果は手術後の最高の治療法の決定と抗ガン剤の効果の評価に有益であると述べている。この検査法は、その他のいくつかのガンの種類にも用いることができる。」という部分は、原告記事4行目ないし5行目の「肺ガン以外でも有効と見られ、手術後の治療法の選択や抗ガン剤の効果を判定するのに大いに役立ちそうだ。」という文章、及び19行目のA教授の談話として紹介されている「肺ガン以外でも適用できると思う」という部分の
それぞれ実質的に同一の表現、短縮された表現であり、被告文章(1)はその内容において、原告記事(1)の内容の一部が省略され、表現が短縮され、叙述の順序が変更されてはいるが、原告記事(1)の主要な部分を含み、原告記事(1)の表現している思想、感情の主要な部分と同一の思想、感情を表現しているものと認められる。
(以下略)
12 被告文章の末尾に「Ref.」という表示がされて、原告発行の新聞名が表示されていることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により認められる被告は被告文章を作成するに当たり、原告記事を参照していることに、前記1ないし11認定のとおり、被告文章に記載された事項で、これに対応する原告記事に記載されていない事項は被告文章(6)の三井金属の主要な営業の紹介と本社所在地という周知の事実のみであること、被告文章記載の事項が原告記事に依拠したものでないのなら、それらの事項は被告社内の誰が、どのような取材源から、どのような方法で取材したのかを明らかにすることは被告にとって容易なことであると考えられるのに、これを明らかにしない態度に照らせば、被告は、各原告記事に依拠して対応する被告文章を作成したものと認められる。
13 以上認定したところによれば、被告文章(1)ないし(11)は、原告記事(1)ないし(11)の翻案としての要約の翻訳であって、原告の翻案権を侵害するものであり、被告文章を顧客に配布するため印刷したことは二次的著作物である被告文章について原告の有する複製権を、被告文章をファクシミリ、オンラインで送信したことは、二次的著作物について原告の有する有線送信権をそれぞれ侵害したものであると認められる。
五1 被告は、被告文章は、各種の取材源から著作権の及ばない生の事実だけを取り上げている、ただ産業経済等の専門的な情報の伝達を行っているのであるから、これらの情報の性質上、表現方法には自ずと限界があり、同じ事実を報道すれば結果的に表現が共通してくる部分が多くなることは避けられない旨主張する。
(証拠)及び弁論の全趣旨によれば、事実を報道する新聞記事の作成の経過は、報道すべき主題を発見し、それに対応する取材源を探知して、そこから記事の内容となる素材を収集した上で、収集した素材の中から記事に盛り込む事実を選択し、一定の構成に配列し、組み立てて、適切な文体、修辞で表現するというものであると認められる。
ところで、右のような報道すべき主題の発見、取材源の探知、素材の収集は著作権による保護の対象ではないから、それがいかに苦心して発見、探知、収集されたものであっても、既に報道された新聞記事によってその記事が主題とした事項や取材源を知り、その取材源から同様の素材を収集し、その結果、元の記事と同様の事実を含む記事が作成されたとしても、元の記事の著作権を侵害するものとはいえない。
しかし、被告文章が原告記事に依拠した以外に、どのような取材源から取材したのかについては、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる(証拠)によれば、被告においては一般に各種日刊新聞、各通信社から入電するニュース、企業の発表するプレス・リリース、プレス・リリース発行社への資料請求、会社への電話取材等に基づいて記事を作成していたが、情報源が一つの場合もあったことが認められるのみで、具体的に、被告文章について原告記事以外に情報源があったものとは認めるに足りる証拠はない。被告は、被告文章中の「Contact」欄に電話番号又はファックス番号の記載のあるものは被告の記者が会社に確認した場合に記載したものである旨主張するが、これにそう証拠はない。むしろ、被告文章は原告記事に依拠したものと認められることは四12に認定したとおりである。
被告の主張は採用できない。
2 被告は、客観的な事実が同じである以上、被告文章が原告記事と似たような表現になることはやむを得ないとも主張する。
しかしながら客観的な事実を素材とする新聞記事であっても、収集した素材の中からの記事に盛り込む事項の選択と、その配列、組み立て、その文章表現の技法は多様な選択、構成、表現が可能であり、新聞記事の著作者は、収集した素材の中から、一定の観点と判断基準に基づいて、記事の盛り込む事項を選択し、構成、表現するのであり、著作物といいうる程の内容を含む記事であれば直接の文章表現上は客観的報道であっても、選択された素材の内容、量、構成等により、少なくともその記事の主題についての、著作者の賞賛、好意、批判、断罪、情報価値等に対する評価等の思想、感情が表現されているものというべきである。
そのような記事の主要な部分を含み、その記事の表現している思想、感情と主要な部分において同一の思想、感情を表現している要約は、元の記事の翻案に当たるものである。
六 右三、四に認定した事実によれば、被告は原告記事に依拠して、翻案して被告文章を作成し、これを業として複製、有線送信していたものであり、原告が原告記事について著作権を有するものであり、被告の行為が原告記事についての翻案権を侵害することは、例え認識がなかったとしても容易に知り得たものと認められるから、被告には少なくとも過失があったものと認められる。
七 弁論の全趣旨により真正に成立したものであると認められる(証拠)によれば、原告においては、その発行する新聞の記事を第三者に利用させるに当たって、印刷物への利用については少なくとも1記事につき1000円、オンラインサービスについては1記事につき約900円の使用料を得ていることを認めることができる。
右事実によれば、原告記事(1)ないし(11)についての通常の使用料はそれぞれ、少なくとも900円と認められるから、原告は被告の行為により受けた損害として9900円の賠償を請求することができる。