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著作権判例セレクション

【出版許諾】 (独占的)出版許諾契約の成立を否定した事例/出版社に商法512条に基づく報酬請求権を認めた事例


▶令和5420日東京地方裁判所[令和3()15628]▶令和6110日知的財産高等裁判所[令和5()10060]
() 本件本訴は、原告の夫である亡Bが、出版社である被告の依頼により、武士道に関する書籍(「本件書籍」)の原稿を執筆していたところ、その完成前である平成2712月頃に死亡したため、その後、本件書籍の出版に向けた作業を引き継ぎ、令和211月頃にその最終稿を作成した原告が、被告が、被告とB又は原告との間で未だ本件書籍の出版契約が締結されていないにもかかわらず、インターネット上で本件書籍の出版予告を行ったことにつき、①Bが本件書籍の原稿の著作者として有する著作者人格権(公表権)を侵害した旨(主位的請求)、又は、②本を出版しようとする者である原告の自己決定権を侵害した旨(予備的請求)を主張して、不法行為に基づく損害賠償請求(①につき、著作権法1161項、2項、115条、民法709条、②につき、民法709条)として、330万円及びこれに対する不法行為後である令和3729日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
本件反訴は、被告が、①平成18年頃、Bとの間で、本件書籍を独占的に出版する旨の許諾契約(「本件出版許諾契約1」)を締結し、Bの死後はその妻である原告が本件書籍の原稿の著作権及び本件出版許諾契約 1上の地位を承継したにもかかわらず、原告が、令和31222日、本件書籍の出版を拒絶したことから、本件出版許諾契約1に基づく債務が履行不能となった旨(主位的請求)、又は、②本件書籍に係る最終稿を被告が原告に送付した令和21026日までに、原告と被告との間で本件書籍の出版許諾契約(「本件出版許諾契約2」)が成立したにもかかわらず、上記のとおり原告がその履行を拒絶したことにより同契約に基づく債務が履行不能となった旨(予備的請求)を主張して、本件出版許諾契約1又は2による債務の不履行に基づく損害賠償請求として、1421345円及びこれに対する令和4510日(反訴状送達日の翌日)から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実、後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
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2 反訴請求について
(1) 本件出版許諾契約1の成否について
被告は、平成18年頃、Bとの間で、本件書籍について、Bが被告による独占的な出版を許諾すること、印税等の経済的条件は被告の通常の条件によることなどを内容とする本件出版許諾契約1を締結した旨を主張する。
前記認定のとおり、Bが、平成18年頃、被告の依頼により本件書籍の原稿作成に取り掛かり、被告と協力して9割方の原稿(未完成原稿)を作成するに至ったことに鑑みれば、少なくとも未完成原稿作成の時点で、Bと被告との間で本件書籍の出版に係る出版許諾契約の締結が予定されていたものと考えられる。
しかし、被告は、本件訴訟において、出版許諾契約の重要な要素である印税の割合や支払時期といった経済的条件につき、被告の通常の条件による旨を主張するにとどまり、Bとの間で合意した具体的内容は特定されていない。
この点を措くとしても、Bと被告との間で本件書籍の出版に係る出版許諾契約書その他の書面は何も作成されておらず、また、両者間で契約条件について行われた具体的な協議の内容を認めるに足りる証拠もない。かえって、被告代表者自身、尋問の際、Bとの間で出版許諾契約の締結やその際の経済的条件等について話をしたことは一度もない旨陳述している。
したがって、Bと被告との間における本件出版許諾契約1が成立したことを認めることはできない。この点に関する被告の主張は採用できない。
(2) 本件出版許諾契約2の成否
被告は、本件出版許諾契約1の締結が認められないとしても、令和21026日までには、原告との間で、本件書籍の出版について、被告契約書案に記載されたとおりの内容の本件出版許諾契約2を締結した旨を主張する。
前記認定のとおり、原告は、令和2826日、被告代表者から被告契約書案を示されると共に印税の割合及び支払時期等契約内容についての説明を受け、その際その内容について特段の異議を述べず、その後原告契約書案を示すまでの間、被告との間で、校正その他本件書籍の出版に向けた様々な作業を積み重ねると共に、販売価格等についても自己の意見ないし希望を強く述べるなどしていた。このような事実経過に照らすと、少なくとも、原告と被告は、将来の本件書籍に係る出版許諾契約の締結を前提として、一定の信頼関係の下にこれに必要な作業を行っていたことがうかがわれると共に、被告にとっては、原告との間で、被告契約書案及びその際に行った説明内容による出版許諾契約がいずれ締結されることを期待し得る状況にあり、かつ、その期待は合理的なものであったと考えられる。
もっとも、原告が被告から上記説明を受けた際に特段の異議を述べなかったことをもって直ちに、原告がその内容で出版許諾契約の締結を承諾したとはいえない。現に、原告は、その場では被告契約書案に【署名押印せず、また、被告に対し、被告契約書案のとおりに契約すると述べたことはなかった。そして、】その後、本件書籍の最終稿とされる原稿が被告から原告に送付された令和21026日までの2か月間、本件書籍の出版に向けた作業が継続していた点についても、契約内容の精査の必要性や本件書籍の原稿完成に向けた作業の必要性等に鑑みると、【上記の点をもって、原告が被告契約書案のとおりに契約する旨の黙示の意思表示をしていたと評価することはできない。】
したがって、原告が、被告に対し、令和21026日までに、被告契約書案及びその提示の際の説明内容による本件出版許諾契約2の締結を承諾する旨の意思表示をしたことは認められない。この点に関する被告の主張は採用できない。
(3) まとめ
以上のとおり、原告又はBと被告との間で、本件出版許諾契約1又は2が成立したことは認められないから、その余の点につき論ずるまでもなく、被告は、原告に対し、各契約上の債務の不履行に基づく損害賠償請求権を有しない。被告の反訴請求には理由がない。
3 本訴請求について
(以下略)

[控訴審]
1 認定事実
認定事実は、以下のとおり補正するほかは、原判決に記載するとおりであるから、これを引用する。
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2 本訴請求について
当裁判所も本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおり補正するほかは、原判決に記載するとおりであるから、これを引用する。
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3 反訴請求について
当裁判所は、反訴請求について、被告が原告に対し、78万1345円及びこれに対する令和4年5月10日から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものと判断する。その理由は、次のとおりである。
(1) 本件出版許諾契約1及び2に基づく損害賠償請求について
ア 本件出版許諾契約1の成否について
被告は、平成18年頃、Aとの間で、本件書籍について、Aが被告による独占的な出版を許諾することを内容とする本件出版許諾契約1を締結した旨を主張する。
補正の上引用した原判決のとおり、Aが、被告の依頼により本件書籍の原稿作成に取り掛かり、平成18年頃には、被告と協力して9割程度の完成度の未完成原稿を作成するに至ったという経緯に鑑みれば、Aと被告との間では、遅くとも同年頃には、本件書籍の出版に係る出版許諾契約を締結することが予定されていたということができる。
しかし、Aは、平成19年11月の時点で、なお未完成原稿を更に検討し、加筆する意向を明らかにしていたのであるから、Aにおいて、未完成原稿のままの状態で出版許諾契約を締結する意向があったとはにわかに認めがたい。そして、Aと被告との間で本件書籍の出版に係る出版許諾契約書その他の書面が作成されていないこと、両者間で、経済的条件等の重要な点について協議されたことがうかがえないこと、被告代表者は、原審における被告代表者尋問において、Aとの間で出版許諾契約の締結やその際の経済的条件等について話をしたことは一度もない旨陳述したことを併せ考慮すると、Aと被告との間で、平成18年頃までに、本件書籍の出版に係る契約が成立していたと認めることはできない。
被告は、Aと被告との間で合意された本件出版許諾契約1は、停止条件付の独占的な複製許諾を内容とするものであって、経済条項を含まないものであったと主張する。しかし、出版のための著作権者と出版社との間の合意は、著作物の利用許諾の範囲やその対価等の内容を定めた上で行われるのが通常の姿であって、前記未完成原稿の作成に至る経緯は、Aにおいて、いかなる条件であっても被告に対して著作物の独占的な利用を許諾する旨の意思表示をしていたであろうことを認めるに足りる事情とするには不十分である。他にAにおいて、被告に対し、上記のような許諾をしたことを認めるに足りる証拠もない。そうすると、Aと被告との間で、平成18年頃、単なる事実上の期待にとどまらず、独占的な出版を許諾することを内容とする法的拘束力のある契約として、本件出版許諾契約1が成立したと認めることはできない。
イ 本件出版許諾契約2の成否について
以下のとおり補正するほかは、原判決に記載するとおりであるから、これを引用する。
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ウ 小結
以上のとおり、原告又はAと被告との間で、本件出版許諾契約1又は2が成立したものとは認められないから、その余の点につき論ずるまでもなく、被告は、原告に対し、本件出版許諾契約1又は2の債務不履行に基づく損害賠償請求権を有しない。
(2) 商法512条に基づく報酬請求について
ア 商法512条に基づく報酬請求権の存否
() 被告は、図書出版及び販売並びにこれに附帯する一切の業務等を目的とする株式会社であり、「商人」に当たる。
そして、補正の上引用した原判決のとおり、被告は、本件書籍の出版のための作業として、平成18年頃までに、Aから聴取した内容の録音を外部業者に委託して反訳し、字句の修正を行い、原告がAを相続した後である令和元年7月9日以降は、原告が推敲し、体裁を整えた完成版として、同日送付した本件書籍の原稿に基づき、同年12月18日頃には校正確認用の版下データを作成し、令和2年10月26日頃までの間、原告の意見を聴きながら校正作業を行い、表紙その他の装幀を含め、印刷をすれば出版可能な状態にまで体裁を備えた最終的な印刷原稿を作成した。これらの作業は、被告の営業の範囲内におけるものであり、また、客観的にみて、当時、その著作物の複製及び譲渡等を出版社である被告に許諾することを前提に、自らの著作物を広く公衆に提供する意思を有していたと認められるA及び原告のためにする意思をもって行われたものである。
そうすると、被告が行った上記作業は、商法512条の「商人がその営業の範囲内において他人のために」した行為であると認められるから、被告は、原告に対し、相当額の報酬を請求することができる。
() 証拠によると、被告は、本件書籍の原稿の最終稿の作成に至るまでの間に、Aから聴取した内容の録音の反訳費用(テープ起こし・原稿入力費用)として、平成17年12月に、外部業者に対し、26万円を支払ったこと、令和元年7月9日以降、令和2年10月末頃までに最終的な印刷原稿を完成するまでの間、版下データの作成の外部業者への依頼費用(DTP組版作業)として26万2900円を要したこと、校正作業の外部業者への依頼費用(校正費用)として13万7445円を要したこと、装幀(表紙等のデザイン)作業の外部業者への依頼費用として12万1000円を要したことがそれぞれ認められ(いずれも税込み)、これらの合計金額は78万1345円である。そうすると、被告は、原告に対し、少なくとも同額の報酬請求権(以下「本件報酬請求権」という。)を有すると認めるのが相当である。
()a 被告は、上記のほかに、「原稿訂正制作」費用14万円及び「編集」費用50万円の合計64万円についても商法512条に基づく報酬として請求しているが、これらについては、報酬の根拠となる作業が行われたことやその内容、作業量及び相当な報酬額を的確に認めるに足りる証拠はないから、上記各費用相当額を報酬額に含めることはできない。
b 原告は、被告が外部業者に対し、「テープ起こし・原稿入力」として26万円を支払ったことについて立証が不十分であると主張するが、外部業者により作成された報酬受領証明書の内容に不自然なところはなく、本訴提起後の令和4年3月31日に作成された証拠であることをもって直ちに信用性が乏しいとはいえない。また、原告は、「組版」及び「装幀」は、出版社である被告が行うべき作業であり、原告のために行った行為とはいえないとも主張する。しかし、これらの作業は、商人である被告が、その営業の範囲内で、当時、著作物の出版を望んでいた原告のために行った作業というべきであるから、同主張は採用することができない。
さらに、原告は、校正等の作業は通常は無償で行われるものであるから商法512条の適用はないとも主張するが、これらの作業に対する報酬は、通常は出版後の売上から回収されることが予定されているというにすぎず、著作者との関係において、無償で行われることが慣行であるということはできないし、当時、著作物の出版を望んでいた原告のために行われた行為であることに変わりはない。そうすると、原告の主張はいずれも採用することができない。
() したがって、被告は原告に対し、商法512条に基づく本件報酬請求権により78万1345円を請求することができる。
イ 商法512条に基づく報酬請求権に係る消滅時効の成否
() 原告は、被告に対し、商法512条に基づく本件報酬請求権の一部について、当審の口頭弁論において陳述された令和5年7月25日付け準備書面及び同年11月11日付け準備書面により、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
() 被告は、本件書籍の出版のために行った作業についての報酬を請求しているところ、出版のための作業に対する対価は、出版社が自ら出版する場合には、通常、書籍の売上から回収されるものであって、それ以前に著者に報酬の支払を求めることはない。したがって、本件報酬請求権について権利行使することが可能となったのは、原告と被告との間の交渉が決裂して本件書籍の出版がされないことが確定した時点であり、具体的には、原告代理人弁護士から、被告に対し、本件予告の削除を要求する内容証明郵便(通告書)が被告に到着した令和2年12月17日以降であるというべきである。したがって、被告が原告に対し、令和5年6月19日付け控訴理由書により商法512条に基づく報酬請求をした時点(原告が同文書を受領した同月22日)においては、民法166条1項1号所定の5年の時効期間は経過していないので、本件報酬請求権が時効により消滅したとは認められない。
() 原告は、商法512条の報酬請求権は、作業ごとに発生したと考えるべきであると主張するが、被告の行った作業はいずれも本件書籍の出版という一つの目的のために行われた作業であって、通常、各作業について別個に報酬を請求することは想定されていない。また、本件書籍の出版に向けた被告の作業は、Aの死後においても原告がAを相続することにより、被告において継続して実施されており、相続の前後において、当該作業の目的が本件書籍の出版であることやその他の条件についても特段の変更がされたことはうかがえないから、被告の行った作業は、本件書籍の出版のため相続の前後を通じて継続して行われた一連のものと評価するのが相当である。そうすると、前記アにおいて報酬請求をすることが認められる被告の各作業に係る報酬については、本件書籍が出版されないことが確定した時点で、その全てを対象とする一つの報酬請求権が発生したというべきであるから、前記原告の主張は採用することができない。なお、仮に、本件報酬請求権のうち平成29年法律第44号及び同第45号の施行日である令和2年4月1日前にされた商行為によって生じた債権の消滅時効の期間については、同法4条7項の規定によりなお従前の例によると解した場合でも、同法による改正前の商法522条の規定により消滅時効期間は5年であり、平成29年法律第44号附則10条4項によりなお従前の例によることとされる場合における同法による改正前の民法166条1項の規定によれば、消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する。そして、権利行使が可能となったのは、前記のとおり、本件書籍の出版がされないことが確定した令和2年12月17日以降であるから、結局のところ、前記()の結論には変わりはない。
() したがって、本件において、商法512条に基づく報酬請求権が時効により消滅したとは認められない。
(3) 契約締結上の過失に基づく損害賠償請求権の存否について
被告は、原告が令和2年8月26日に被告契約書案を提示されてから2か月の間、被告に対し、契約をしない可能性があることを警告しなかったこと等が注意義務違反に当たると主張し、確かに、原告は、被告契約書案を示された際に特段の異議を述べてはいないことは認められる。しかし、原告が、同日以降、原告契約書案を送信した同年10月28日までの間、被告に対し、被告契約書案の内容で契約を締結すると述べた事実も認められないから、被告は、当時、被告契約書案の内容どおりに契約が締結されるかどうかはなお未確定であることを認識し得たということができる。また、当該2か月の期間中、原告と被告は、本件書籍の出版に向けた校正作業を継続していたが、その間、原告において被告契約書案の内容でよいと考えていると被告に誤信させるような言動を積極的にしていたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、仮に被告において被告契約書案どおりの内容で契約が締結されるという期待を有していたとしても、当該期待は、事実上の期待にすぎず、いまだ法的保護に値するものということはできない。そして、証拠によると、その後、原告が、被告契約書案に記載された印税率その他の契約条件について、原告契約書案を提示し、これについての譲歩の姿勢を見せることはなかったものの、他方で、被告も被告契約書案を交付した際に提示した契約条件から譲歩することはなかったことが認められ、その結果、原告と被告との間での契約交渉が進まず、契約締結に至らなかったのであるから、原告が、一方的に契約締結を拒否したということはできない。
そうすると、原告が、契約締結上の過失に基づく損害賠償義務を負うと認めることはできない。
4 結論
以上の次第で、原告の本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であるから、原告の本件控訴を棄却することとし、被告の債務不履行に基づく損害賠償反訴請求には理由がないからこれを棄却した原判決は相当であって被告の本件控訴には理由がないからこれを棄却し、被告が当審において選択的に追加した反訴請求のうち、商法512条に基づく相当報酬請求については、被告が原告に対し、78万1345円及びこれに対する令和4年5月10日から支払済みまで年3%の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余の請求には理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。