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著作権判例セレクション
【美術著作物】書籍の表紙の図版(図柄)の著作物性及び侵害性を認めた事例
▶平成22年07月08日東京地方裁判所[平成21(ワ)23051]
(注) 原告は,ビーエスエルが制作した原告図版(同デザインの著作権は,後に,ビーエスエルから原告に譲渡された。)を表紙に用いた書籍(ただし,ビーエスエルの名前は公表されていない。)を発行しており,被告は,被告図版を表紙に用いた被告書籍を発行している。
本件は,原告が,被告書籍の表紙に用いられた被告図版は原告図版のデザインを無断で複製又は翻案,改変したものであるなどと主張して,被告に対し,著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害の不法行為に基づく損害賠償等の支払などを求めた事案である。
1 争点1(原告図版は著作権法上の著作物か)について
(1)
原告図版は,ビーエスエルの代表取締役であるaが,ビーエスエルの職務著作として,原告書籍の表紙に用いるために制作したものであると認められることについては,前記のとおりである。
(2)
また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告図版のデザインは,次のとおりであることが認められる。
ア 左上端,左下端及び中央やや右下寄りに,大きな,紫色の枠の「正方形」が描かれている。このうち,左上端の大きな「正方形」は,図版の上端によって,上部の約3分の1が切れている。
イ 右端及び上端に接する形で,「サ」の字形に,黄色の太い縦棒2本と朱色の細い横棒1本が交差し(このうち,縦棒の色を「色1」といい,横棒の色を「色2」という。),左端中央やや上寄りから,色2の横棒が右端から約2分の1程度の場所まで延びている。また,左下端の大きな「正方形」の右で,色2の長い横棒と色1の短い縦棒が十字型に交差し,このうち横棒は右端まで,縦棒は下端まで延びている。
ウ 左上端及び左下端の大きな「正方形」の左から3分の1程度の位置に,上からかかる形で,黄緑色ないし黒色の,小さな「正方形」(計17個。なお,最上部の正方形の上部3分の1程度及び最下部の正方形の下部3分の2程度は,図版の上端ないし下端によって切れている。)による縦棒が,上端から下端まで続いている。また,中央やや右下寄りの大きな「正方形」の右下に,同じ小さな黄緑色の「正方形」(計3個)による縦棒が,十字の横棒に上からかかる形で存在する。
上記の小さな「正方形」には,小さな黄色の丸い粒が,1個ないし3個ちりばめられている。また,上端から下端まで続く小さな「正方形」の約半数には,木の葉や木の実等のイラストのほか,鎖模様等が描かれている。
エ 書名(「入門漢方医学」)及び編者名(「社団法人日本東洋医学会学術教育委員会
編集」)は,縦方向においては,上から1本目の横棒と上から2本目の横棒の間に存在し,横方向においては,上端から下端まで続く小さな「正方形」による縦棒と「サ」の字の右の縦棒との間に存在する。
出版社名(「南江堂」)は,縦方向においては,上から3本目の横棒と下端の間に,横方向においては,下端に接する縦棒と右端の間に存在する。
また,書面,編者名及び出版社名は,いずれもゴシック体で描かれており,書名は大きなゴシック体で,編者名及び出版社名は小さなゴシック体で,それぞれ描かれている。
オ 図版の背景は,クリーム色の無地である。
カ 上記デザインは,aが,漢方医学において,陰-陽,虚-実の座標軸を用いて漢方を選択するところから着想を得て,垂直に交差する軸の中で漢方がちりばめられているイメージを具現化すべく,デザインしたものである。すなわち,原告図版における横棒と縦棒の交差は,上記座標軸をイメージしており,大きな「正方形」や,小さな「正方形」で構成された縦棒にちりばめられた小さな粒は,座標軸の中でそれぞれの漢方に照準を合わせることをイメージしている。
(3) 以上のとおり,原告図版は,単に,正方形と線(縦棒,横棒)を漫然と並べたにすぎないものではなく,①大小の正方形及び太さの異なる縦横の棒の配置ないし配色,②書名,編者名及び出版社名の配置,字体ないし文字の大きさ,③小さな正方形に描かれた木の葉や木の実等のイラスト,そこにちりばめられた丸い粒など,の具体的な表現方法において,制作者であるaの思想又は感情が創作的に表現されたものであると認められる。
したがって,原告図版は,著作権法上の著作物(著作権法2条1項1号)として,同法による保護の対象となるというべきである。
(4)
これに対し,被告は,原告図版は原告書籍の表紙のデザインとして用いられており,いわゆる応用美術と評価されるものであるから,著作権法上の著作物には該当しないと主張する。
しかしながら,上記(2),(3)で認定説示したところによれば,原告図版は,いわゆる純粋美術に当たるものであり,著作権法上の著作物として保護されるべきものであるということができる。被告の上記主張は採用することができない。
2 争点2(被告図版は,原告図版を複製又は翻案したものか)について
(1)
被告図版のデザイン
証拠によれば,被告図版のデザインは,次のとおりであることが認められる。
(略)
(2)
原告図版と被告図版の対比
ア 原告図版と被告図版とを対比すると,両者は,①左上端,左下端及び中央やや右下寄りに,同一の形状の,大きな枠で描かれた図形が記載され,左上端の図形は,図版の上端ないし下端によって,その一部が切れている点,②右端及び上端に接する形で,「サ」の字形に,太い縦棒2本と細い横棒1本が交差し,さらに,左端中央やや上寄りから,横棒が中央あたりまで延び,左下端の上記①の図形の右では,長い横棒と短い縦棒が十字型に交差し,横棒は右端まで,縦棒は下端まで延びている点,③上記②の4本の縦棒の太さ及び色は,いずれも同じであり,上記②の3本の横棒の太さ及び色も,いずれも同じである点,④左上端及び左下端の上記①の図形に上からかかる形で,上記①の図形と同じ形状で,同図形より小さいサイズの図形約20個より成る縦棒が,図版の上端から下端まで続いており,中央やや右下寄りの上記①の図形の下部にも,上記と同じ小さいサイズの図形3個ないし4個より成る縦棒が,上記②の十字の横棒に上からかかる形で存在する点,⑤書名は,縦方向においては,上から1本目の横棒と上から2本目の横棒の間に存在し,横方向においては,上端から下端まで続く小さな図形より成る縦棒と「サ」の字の右の縦棒との間に存在し,編者名は,書名の下に描かれており,出版社名は,縦方向においては,上から3本目の横棒と下端の間に,横方向においては,下端に接する縦棒と右端の間に存在する点,⑥書名,編者名及び出版社名は,いずれもゴシック体で描かれており,書名が最も大きなゴシック体で描かれている点,⑦
図版の背景は,上記①ないし③の図形及び棒よりも淡い色の無地であり,図版には,上記①及び④の図形,同②及び③の縦棒及び横棒並びに同⑤及び⑥の書名,編者名及び出版社名のほかには,格別の記載は存在しない点,などにおいて,共通することが認められる。
イ 他方,原告図版と被告図版は,①’
上記①及び④の図形が,原告図版では正方形であるのに対し,被告図版では丸であり,上記①の図形の大きさも,原告図版ではいずれも同一であるのに対し,被告図版では中央右下寄りのものが最も大きくなっている点,②’
上記①ないし④の図形ないし棒の配色が,原告図版では,大きな「正方形」の枠が紫色,小さな「正方形」が黄緑色ないし黒色,縦棒が黄色,横棒が朱色であるのに対し,被告図版では,それぞれ,緑色,紫色,薄茶色及び茶色である点,③’
上記④の小さなサイズの図形に,原告図版では,黄色の丸い粒がちりばめられたり,木の葉のイラストなどが描かれたりしているのに対し,被告図版ではイラストなどは描かれていない点,④’
編者名の位置が,原告図版では1本目の横棒と2本目の横棒の間であるのに対し,被告図版では2本目の横棒の下となっており,文字の大きさも,原告図版では出版社名と同じであるが,被告図版では出版社名よりも大きくなっている点,などにおいて相違する。
(3)
被告図版の原告図版への依拠
被告図版が原告図版に依拠して作成されたものであることについては,前記のとおり,当事者間に争いがない。
(4)
複製権侵害ないし翻案権侵害の成否
ア 複製権侵害の成否
被告図版のデザインは,前記(1)のとおりであり,被告図版と原告図版との相違点は,前記(2)イのとおりである。
このように,被告図版は,デザインに用いる図形として,「正方形」ではなく「丸」を選択した点や,図形等の配色など,原告図版と異なる点を少なからず有するものであることから,原告図版の複製物,すなわち原告図版と同一性を有するものを有形的に再製したものであるとまでは認め難く,複製権侵害に当たるということはできない。
イ 翻案権侵害の成否
被告図版が原告図版に依拠して作成されたものであることは,当事者間に争いがない。そして,被告図版は,上記のとおり原告図版との相違点を有するものの,上記(2)アのとおり,②,③の縦棒と横棒の形及び配置等は,原告図版と同一といえるものである上,①,④の図形ないし棒の類型や個数,これらの図形ないし棒の配置箇所や組合せの方法において共通しており,⑤の書名,編者名及び出版社名についても,その配置箇所などについて原告図版と共通していることが認められる。
これらの点を総合すると,被告図版は,原告図版に依拠して作成され,かつ,原告図版の表現上の本質的な特徴といえる図形等の選択ないし配置の同一性を維持しながら,具体的な図形の形等の表記に変更を加えて,新たに被告図版の制作者の思想又は感情を創作的に表現したものであり,これに接する者が原告図版の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるもの,すなわち,原告図版を翻案したものであると認められる。
(5)
小括
以上によれば,被告図版は,原告図版の翻案物であると認められるから,被告において,原告ないしビーエスエルの承諾を得ることなく原告図版の翻案物である被告図版を表紙に用いた被告書籍を印刷,出版,販売又は頒布する行為は,原告図版の著作権者の著作権(翻案権)を侵害するものであるといえる。また,被告が被告書籍を販売する行為が原告図版の著作権者の著作権(譲渡権)を侵害するものであることについては,上記説示に照らし,明らかである。
3 争点3(著作者人格権侵害の成否)について
(1)
同一性保持権の侵害について
原告図版の著作者は,前記のとおりビーエスエルであるから,ビーエスエルは,原告図版について著作者人格権を有すると認められる。
また,被告図版は,前記2のとおり原告図版を改変したものであると認められ,かかる改変がビーエスエルに無断でされたものであることについては,当事者間に争いがない。
したがって,被告において,被告図版を表紙に用いた被告書籍を印刷,出版,販売又は頒布する行為は,原告図版に関するビーエスエルの著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものであると認められる。
(2)
名誉,声望の毀損の有無について
原告は,被告が,原告図版の粗悪な劣化コピーである被告図版を作成して被告表紙とし,被告書籍450冊以上を頒布したことにより,被告図版の著作者もビーエスエルであり,原告図版を基に仕事を使いまわし,手を抜いた表紙を作成したという疑いを抱く者が現れることも考えられるため,かかる被告の行為によって,原告図版に係るビーエスエルの名誉,声望が侵害されたと主張する。
しかしながら,ビーエスエルが手を抜いた表紙を作成したという疑いを抱く者が現れたことについては,これを裏付けるに足りる客観的な証拠が存在しない上,原告図版は,原告書籍の表紙に用いられているものの,原告図版の著作者がビーエスエルである旨の表示はなく,無名の著作物であること(したがって,一般の者は,原告図版の著作者がビーエスエルであることを知り得ないこと),被告図版の販売数は450冊程度であり,比較的少数の販売数にとどまっていることなどの事情にかんがみると,被告書籍の出版によりビーエスエルの名誉,声望が毀損されたとまでは認めることができない。
原告の上記主張は理由がない。