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著作権判例セレクション

【表現形式が異なる著作物間の侵害性】モニュメント作品vsボールジョイント磁石及びその広告写真(地方公共団体と市議会議員の間で名誉毀損の不法行為の成否が争点となった事例)

▶平成131011日東京地方裁判所八王子支部[平成12()2772]
() 本件は、原告が,被告に対し,不法行為に基づいて,民法723条の「名誉を回復するに適当なる処分」として,謝罪文の掲載を求めた事案である。
原告の主張は、「被告が,本件作品が盗作ではないにもかかわらず,盗作の疑いがある作品であると公然指摘することは,本件作品を市制施行30周年記念事業の一環としての平和都市宣言モニュメントのデザインに選定した原告の社会的信用を毀損する行為であって,被告による事実の指摘について,その対象が,公共の利害に関する事実であり,被告が専ら公益を図る目的で行為に及んだものであって,かつ,虚偽の事実を真実と信ずることについて相当の理由があることが認められない限り,その事実の摘示は原告に対する不法行為を構成し,被告は,原告に対し,被告の行為によって毀損された社会的信用を回復する措置をとるべき義務を負う。」とするものである。
原告は,地方公共団体であり,被告は,東久留米市議会議員である。
原告は,平成12年に市制施行30周年を迎えるに当たり,市制施行30周年記念事業の一環として都市宣言モニュメントを制作・設置するため,平成11年6月,「都市宣言モニュメント審査会」を設置し,同委員会は,検討の結果,原告の「平和都市宣言」,「交通安全都市宣言」,「公害追放都市宣言」,「いきいき長寿都市宣言」という4つの都市宣言の中から,「平和都市宣言」についてモニュメント作品を公募することに決定し,平成12年1月28日,応募作品の中から,訴外Cのスケッチ図面による「平和の門」と題する作品(「本件作品」)を最高点の入選作品に決定し,原告代表者市長に報告した。
原告代表者市長は,前記の都市宣言モニュメント審査会の報告を受けて,東久留米市a町b丁目c番地所在の広場内に,本件作品のデザインに基づくモニュメント(以下,このモニュメントを「平和都市宣言モニュメント」という。)を設置することとし,同年3月,東久留米市議会に「東久留米市制施行30周年記念 都市宣言モニュメントの選定について」との報告書を提出して,平和都市宣言モニュメントの設置について報告するとともに,平成12年度予算において平和都市宣言モニュメントの制作及び設置に要する予算を計上し,同市議会の承認を得た。
被告は,平成12年6月1日ころ,自ら作成するインターネットのホームページ「Bのページ」(「本件ホームページ」)上において,「行政監視団 B通信2000年6月1日号」との表題の下に,本件作品による平和都市宣言モニュメントの設置イメージ図を載せた上で「平和モニュメントに盗作の疑い」との見出しを付した記事(「本件記事」)を掲載した。また,被告は,平成12年6月1日ころ,本件ホームページの本件記事をプリントアウトし,それに日経産業新聞の平成12年5月31日付紙面に掲載された株式会社Mのボールジョイント磁石(「本件磁石」)の広告写真(「本件広告写真」)の切り抜きや「妙ににているデザイン この写真からヒントを得て作られる彫刻と思われます。」との手書きの文言等を加えて作成したビラ(「本件ビラ」)を東久留米市民らに約1000部程度配布した。

5 請求原因(6)(本件記事及び本件ビラの内容及びその虚偽性について)
(1) 請求原因(4)のとおり,本件記事は,本件作品による平和都市宣言モニュメントの設置イメージ図を載せた上で,「平和モニュメントに盗作の疑い」との見出しを付したものであり,(証拠)によれば,上記の「平和モニュメントに盗作の疑い」との見出しは,ゴシック体の太字で大きく記載されていることが認められる。また,請求原因(5)のとおり,本件ビラは,本件ホームページの本件記事をプリントアウトし,それに本件広告写真の切り抜きや「妙ににているデザイン この写真からヒントを得て作られる彫刻と思われます。」との手書きの文言等を加えて作成されたものであり,(証拠)によれば,本件ビラには,上記の手書きの文言の外にも,本件広告写真について,「2年前から公表されている写真」,「この写真が公になった時期によって盗作かどうかはっきりします」との手書きの文言が記載されていることが認められ,これらの記載を前提とすれば,本件記事及び本件ビラの内容は,本件作品につき,本件広告写真ないしその対象物の盗作である疑いがあるとの指摘をしているものと認めるのが相当である。
(2) これに対し,被告は,本件記事及び本件ビラの内容は,M社から,本件作品が本件広告写真からイメージして作成されたものであると訴えられた場合に,誰がどのように責任をとるのかということを述べたものであって,本件作品が盗作であると述べているものではないと主張する。
しかしながら,文書による名誉毀損の不法行為において,問題とされる文書の記事が,他人の客観的な社会的評価を低下させるものであるか否かは,当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきところ,(証拠)によれば,本件記事及び本件ビラには,「平和モニュメントに盗作の疑い」とか,「妙ににているデザイン この写真からヒントを得て作られる彫刻と思われます。」といった,本件作品がM社の本件広告写真ないしその対象物の盗作にあたるのではないかとの指摘が記載されているのみで,「M社から著作権違反として訴えられた場合に,誰がどのような責任をとるのか。」といった,M社から著作権違反として訴えられた場合に備えて,その対策を講ずる必要性があるという観点からの指摘は何ら記載されていないのであるから,一般の読者が,本件記事及び本件ビラの記述を読んだ場合には,本件作品が本件広告写真ないしその対象物の盗作であるとの指摘がなされていると解釈するのが通常であって,被告の上記主張は相当ではないといわざるを得ない。
(3) 「盗作」とは,一般に,他人の作品の全部又は一部を自分の作品として発表することをいうが,これを著作権法上他人の著作権に触れる行為に当たるか否かという観点から定義すると,「他人の既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを,無断で,自己の作品中に再製させること」と解される。
そして,被告は,本件記事及び本件ビラにおいて,本件作品につき,本件広告写真ないしその対象物の盗作である疑いがあるとの指摘をしているが,それは,本件作品について,M社の有する本件広告写真ないしその対象物の著作権に違反しているという指摘をしていることと同視することができるので,以下,本件作品がM社の著作権に違反しているか否かについて検討する。
まず,本件作品がM社の製作している本件磁石の著作権に違反するか否かという点について検討すると,本件磁石は,量産される工業製品であるから著作権法2条1号の「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と認めることはできず,同条の「著作物」に該当しないと解されるので,その再製行為は,そもそも著作権違反の問題になり得ないというべきである。
次に,本件広告写真の著作権に違反するか否かという点について検討すると,写真が,著作権法10条1項8号の「写真の著作物」として著作権法の保護の対象となるためには,それが対象物の単なる機械的複製ではなく,写真の被写体の選定,写真の構図,光量の調節,シャッター速度などの工夫によって,撮影者の思想又は感情を創作的に表現したものと認められることを要すると解されるところ,(証拠)によれば,本件広告写真は,合成写真的な技法によってネジ部分の回転の軌跡を映像化することによって,円筒形の部分とその上部の球形の部分とのジョイント部分が自由に回転することができるようになっていることを強調しているところに特徴があり,それに加えて,円筒形の部分及びその上部の球形の部分に左右からの光線を当てることによって,本件磁石の両側の白く光った部分とその間の影となった部分が相まって,本件磁石の円筒形の部分及びその上部の球形の部分の金属的な質感を強く印象させているものと認められ,上記事実によれば,本件広告写真は,撮影者のこのような思想内容が表現されているものとして,著作権法10条1項8号の「写真の著作物」に該当するというべきである。ところが,(証拠)によれば,本件作品は,前面を約10個の正方形状に区切った2本の石造りの角柱とその上部の金属製の2本の円弧からなる高さ3.15メートルのモニュメントのデザインであることが認められるから,上記のような本件広告写真の撮影者の思想内容が,本件作品に再製されていると認めることはできないといわざるを得ない。
さらに,本件作品がM社の本件広告写真の著作権に違反するというためには,単に,ある作品にその内容及び形式において既存の著作物の再製と認められる部分があるだけでは足りず,作品が既存の著作物に依拠して作成されていることを要すると解されるところ,(証拠等)によれば,本件作品の作者であるCは,原告からの事情聴取においてもCが被告に送った手紙においても,本件作品のデザインは,C自身が以前に描いていたスケッチから着想を得たもので,本件広告写真やその対象物の本件磁石については知らなかった旨述べていることが認められることを考慮すると,本件作品のデザインが,本件広告写真に依拠して作成されたと認めることはできないというべきである。
(4) 以上のとおり,本件作品が,M社の本件広告写真ないしその対象物の著作権に違反していると認めることはできないのであるから,本件作品については,本件広告写真ないしその対象物の盗作であると認めることはできず,したがって,本件作品につき,本件広告写真ないしその対象物の盗作の疑いがあるとの本件記事及び本件ビラの事実の摘示は真実であるとは認められないといわざるを得ない。
6 請求原因(7)(名誉毀損の不法行為の成否)について
(1) 被告は,本件作品が盗作ではないにもかかわらず,盗作の疑いがある作品であると公然指摘することは,本件作品を市制施行30周年記念事業の一環としての平和都市宣言モニュメントのデザインに選定した原告の社会的信用を毀損する行為であって,被告による事実の指摘について,その対象が公共の利害に関する事実であり,被告が専ら公益を図る目的で行為に及んだものであって,かつ,虚偽の事実を真実と信ずることについて相当の理由があることが認められない限り,その事実の摘示は原告に対する不法行為を構成すると主張するところ,前記5のとおり,本件記事及び本件ビラの事実の摘示は真実であるとは認められず,また,被告本人尋問の結果によれば,被告は,Cに対し,本件作品を作成する際に本件広告写真を参考にしたか否かにつき問い合わせをすることなく,平成12年5月31日の日経産業新聞紙上で本件広告写真を見ただけで,直ちに,本件記事を本件ホームページに掲載し,また,本件ビラを東久留米市民らに配布したことが認められる。
(2) 新聞及び週刊誌の報道をはじめとする表現行為が個人の名誉の侵害となる場合,いかなる場合に表現の自由が権利の濫用となり,当該表現行為によって侵害される個人の名誉権等の私的権利を優先するべきかについては,判例は,一般的に,「個人の名誉を毀損する表現は,表現の自由の濫用であってこれを規制することは妨げられないが,当該行為が,公共の利害に関する事実に係り,専ら公益を図る目的に出た場合において,摘示された事実が真実であるとの証明がなされた場合には,その行為は違法性を欠いて不法行為とならず,また,その証明がなされなくとも,その行為者においてその事実を真実と信ずることについて相当の理由があるときには,上記行為には故意過失がなく,結局不法行為は成立しない。」と解している(最高裁第1小法廷昭和41年6月23日判決,最高裁大法廷昭和61年6月11日判決等参照)。
しかしながら,上記のように,表現の自由の保障より個人の名誉等の私的利益を優先させる場合の一般的類型的判定基準を設定し,その基準に従って表現の自由が権利の濫用となるか否かを判定している判例における判断は,いずれも表現の自由と個人の名誉等の私的権利との調整が問題になった事例における判断であって,本件のように表現の自由と地方公共団体の名誉との調整が問題になった事例における判断ではない。
もとより,自然人のみならず法人等の団体も名誉等の社会的信用の保護の主体になることができると解され,地方公共団体についても,その社会的信用が低下させられた場合には,その行政作用に支障が生ずることになるから,名誉等の社会的信用の保護の主体になることが否定されるということはできない。しかしながら,民法上の法人や政党などの私的法人については,虚偽の事実が流布されてその社会的信用が低下した場合には,その社員や政党員の減少によって存立そのものが脅かされる可能性があるのに対して,地方公共団体については,たとえ虚偽の事実が流布されたとしても,それによってその存立そのものが脅かされる事態は想定しにくく,また,地方公共団体の場合は,司法の場において,虚偽の表現行為を行った者に対し,信用の回復をするのに必要な処分を求めることをしなくとも,地方公共団体自体が発行する公報などで自ら虚偽の事実を否定することによって信用の回復を図る方法も有していることを考慮すると,表現の自由と私的利益との調整を図る場面において集積されてきた上記の判例の判断基準を,そのまま本件に適用するのは相当とはいえない。
したがって,本件において,被告の行った表現行為についての不法行為責任の有無を判断するにあたっては,被告による表現の自由の利益と原告の行政作用の利益の双方を個別的に比較衡量して,どちらを優先すべきかを判断し決定する外はないというべきである。
(3) 以上のような前提に立って検討すると,(証拠等)によれば,原告は,被告が,平成12年6月1日ころに本件記事を本件ホームページに掲載し,また,多数の本件ビラを東久留米市民らに配布したことによって,東久留米市民の間で平和都市宣言モニュメントが盗作ではないかと取りざたされて,平和のイメージに対してマイナス要因になることを危惧し,同年8月16日ころ,平和都市宣言モニュメントの制作を依頼していた業者に,その制作の一時中断を指示せざるを得なかった等の行政作用に対する支障が生じたことが認められる。
しかしながら,他方,(証拠等)によれば,被告は,東久留米市議会の市議会議員として,従前から,原告による諸施設の設置の方針に対して,税金の効果的な支出という観点からこれを批判する政治的立場に立って活動をしてきており,本件記事の本件ホームページへの掲載及び本件ビラの東久留米市民らへの配布も,このような政治的活動の一環として行われたものであることが認められるので,被告のこれらの表現行為は,公共の利害に関する事実につき専ら公益を図る目的でなされた行為ということができる。また,(証拠等)によれば,平和都市宣言モニュメントの制作は,平成12年10月11日ころ再開され,当初の予定より約2か月設置が遅れたものの,同年12月19日には完成して除幕式が行われたこと,原告が,業者に対して平和都市宣言モニュメントの制作を一時中止させたことによる原告の支出増はないことが認められるので,被告の表現行為による原告の行政作用への影響はそれほど大きいものではなく,原告の行政作用の支障を回復させるという利益が,被告による表現の自由の利益を上回っているとまでいうことはできない。
これに加え,前記6(1)のとおり,被告は,Cに対し,本件作品を作成する際に本件広告写真を参考にしたか否かにつき問い合わせをすることなく,平成12年5月31日の日経産業新聞紙上で本件広告写真を見ただけで,直ちに,本件記事を本件ホームページに掲載し,また,本件ビラを東久留米市民らに配布してしまっているものの,前記5における被告の表現行為の真実性についての判断の前提となっている著作権法上の「盗作」や「写真の著作物」の各定義についての充分な知識を有しない者にとっては,本件作品がM社の著作権に違反するか否かを判定することに困難な側面があることは否めないから,被告が,本件作品が本件広告写真の盗作になるのではないかと誤信したことに対しては,それほど強く非難することはできないというべきである。
以上の諸点を総合して考慮すれば,被告の表現行為は,被告に対して,意思表示の強制によって原告の信用の回復を求めるほどの違法性はなく,不法行為を構成しないと判断するのが相当である。
7 結論
以上のとおり,本件記事及び本件ビラの事実の摘示が,真実であるとは認められないとしても,その表現行為は,原告に対する不法行為を構成しないというべきであるから,原告が,被告に対して,不法行為に基づいて民法723条の「名誉を回復するに適当なる処分」として謝罪文の掲載を求める本件訴訟は理由がない。