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著作権判例セレクション

【言語著作物】書籍の題号『時効の管理』の著作物性が争点となった事例

▶平成20529日大阪地方裁判所[平成19()14155]▶平成201008日大阪高等裁判所[平成20()1700]

[控訴審]
1 争点(1)(著作権・著作者人格権侵害行為該当性)について
原判決のとおりであるからこれを引用する。
控訴人は,知的活動が行われたと言えないような事実を述べた記述のみがありふれた表現として創作性を否定され,表現に表現者の個性が何らかの形で表れていれば創作性が認められ,新規性や独創性までは要しないと解すべきところ,「時効の管理」という表現は,時効について権利義務の一方当事者が主体的にこれを管理しコントロールすべきであるとの視点から再認識した思想を創作的に表現したものであり,文章を細分化すると表現者の個性・思想が失われるから,表現者がまとまった物として表現したものをそのままの形で取り上げて創作性を判断すべきであって,「時効」と「の管理」に分断して創作性を判断すべきでないと主張する。しかし,上記引用に係る原判決認定・説示のとおり,「時効」は時効に関する法律問題を論じる際に不可避の法令用語であり,「管理」は日常よく使用されて民法上も用いられている用語であり,「時効の管理」という表現はこの2語の間に助詞である「の」を挟んで組み合わせた僅か5文字の表現であり,控訴人書籍Aの発刊以前から時効に関する法律問題を論じる際に「消滅時効の管理」・「時効管理」といった表現が用いられていたものであるから,「時効の管理」はこれを全体として見てもありふれた表現であるというべきである上,「時効の管理」という表現が「時効について権利義務の一方当事者が主体的にこれを管理しコントロールすべきであるとの視点から再認識した思想」を表現したとまでは理解できず,単に「時効を管理する」という事物ないし事実状態を表現しているとしか理解できないのであって,「時効の管理」という表現は思想又は感情を創作的に表現したものと認められない。
控訴人は,創作性の有無は,控訴人書籍A発行の昭和63年12月1日時点ではなく,発行前後の状況を考慮して決すべきであるところ,同書籍発行前後の時効関係の実務書の題号と比べても,「時効の管理」は際だった特徴を有していたと主張するが,上記認定・説示に照らせば,控訴人書籍A発行前後の類書の題号との比較においても同認定・説示が左右されるわけではない。
また,控訴人は,時効関係の実務書の題号の候補(選択の幅)は無限に存在したところ,時効関係の実務書として控訴人書籍がイメージされていた状況下でこれを利用するためにあえて被控訴人書籍に「時効管理の実務」との著しく類似する題号が付されたものであり,選択の幅という観点からしても,「時効の管理」は創作性を有すると主張するが,上記認定・説示に照らせば,同主張によっても同認定・説示が左右されるわけではない。
したがって,「時効の管理」という表現を著作物と認めることはできないから,著作権及び著作者人格権に基づく控訴人の請求はいずれも理由がない。
2 争点(2)(不正競争行為該当性)について
(1) 書籍の題号について
原判決のとおりであるからこれを引用する。
(2) 控訴人書籍の「時効の管理」について
控訴人は,書籍内容を示すありふれた題号であっても,発行部数,当該分野での取り上げられ方,影響度,文献としての引用度により題号と著作者が重なり合い,出所表示機能を発生させる事例もあるところ,控訴人書籍は文献類において多数引用されており,「時効の管理」との題号をもってその書籍が控訴人書籍であり,その出所が控訴人であることが著名又は周知となっていたなどと主張する。
証拠によれば,控訴人書籍は時効に関する法律実務書であり,「時効」という用語も「管理」という用語もそれ自体は法律問題を論じる際のありふれた用語であり,それを組み合わせた「時効の管理」という表現も,書籍の内容を表示したものということができるから,その意味で題名自体が特異とまで認めることはできず,実際にも,控訴人が挙げた文献類のほとんどが控訴人書籍を「時効の管理」との題号によってのみではなく,題名の全部及び書籍の出所を示す著者名(控訴人名),ないし出版社名・発行年をもってこれを特定している。もっとも,そのような場合でも,控訴人主張のような事情のいかんによっては周知商品等表示性を獲得するようなこともあり得るところ,上記証拠によれば,控訴人書籍の存在が一定範囲で知られるようになったことが窺われるが,控訴人の商品等表示として周知となったとまでは認められず,本件において,その点の立証は十分ではなく,したがって,「時効の管理」を控訴人の周知商品等表示と認めることはできない。
(3) 混同について
証拠によれば,控訴人書籍は本判決別紙,被控訴人書籍は本判決別紙のとおりであって,書籍に表記された編著者の数・氏名,出版社名,外装のデザイン,色が全く異なるものであることが認められるところ,両書籍のような法律書は,事柄の性質上,特定の著者,出版社の如何に比重を置いた選択,識別がされると考えられるから,上記のような相違点がある以上,混同のおそれがあると認められない。
(4) まとめ
したがって,不正競争行為に該当しないから,同請求は理由がない。
3 人格的利益の侵害による不法行為の成否(当審新請求)
控訴人は,「時効の管理」という題号の著作物性が否定されるとしても,被控訴人書籍題号の使用により控訴人は法的保護に値する人格的利益を侵害されたから,不法行為に基づく損害賠償請求権を有するものであり,社団法人日本文芸家協会の見解もこれを裏付ける旨主張する。
しかし,両書籍の題号は同一ではないし,仮に類似するものとしても本件全証拠をもっても被控訴人らが控訴人書籍の題号を殊更に模倣するなどの不正な目的をもって被控訴人書籍の題号を付したと認められないし,控訴人引用の日本文芸家協会の見解も同一でない題号の使用につき不法行為が成立しうるとの見解を示したものとも解されず,控訴人主張を裏付けるものとは言えず,前記1,2の認定・説示に照らしても,被控訴人書籍の出版等が不法行為を構成するものとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠はないから,同主張は採用できない。
4 結論
その他,当事者提出の各準備書面記載の主張に照らして全証拠を改めて精査しても,以上の認定,判断を覆すほどのものはない。

[参考(原審)]
1 争点(1)(著作権・著作者人格権侵害行為該当性)について
(1) 「時効の管理」の著作物性について
ア 証拠によれば,原告書籍Aが発行されたのは昭和63年12月1日であることが認められる。したがって,原告主張に係る「時効の管理」の著作物性を判断するには,同日の時点を基準として判断すべきである。
イ 時効は,民法第一編第七章に規定されている法令用語であって,時効に関する法律問題を論じようとする際には不可避の用語である。昭和63年よりも前から「管理」とは,「①管轄し処理すること。とりしきること。②財産の保存・利用・改良を計ること。→管理行為。③事務を経営し,物的設備の維持・管轄をなすこと。」(新村出編・広辞苑第3版(岩波書店,昭和58年))という意味で日常よく使用される用語であったこと,及び保存行為,利用行為及び改良行為を併せて管理行為と呼び,保存行為には消滅時効の中断が含まれるとする見解が法律学上有力であったことは当裁判所に顕著である。また,昭和63年より前の民法でも「共有物ノ管理」(平成16年法律第147号による改正前の民法252条),「事務ノ管理」(同法697条1項)という用語も用いられている。
そうだとすると,「時効の管理」は,時効に関する法律問題を論じようとする際に不可避の用語である「時効」に,日常よく使用され,民法上も用いられている用語である「管理」を,間にありふれた助詞である「の」を挟んで組み合わせた僅か5文字の表現にすぎない。しかも「の管理」という表現も民法に用いられるなどありふれた表現である。以上のことからすれば,「時効の管理」は,ありふれた表現であって,思想又は感情を創作的に表現したものということはできない。
ウ のみならず,管理行為の一つとして保存行為をあげ,保存行為には消滅時効の中断が含まれる見解が法律学上有力であったことは前示のとおりであるから,消滅時効の中断などの時効に関する債権の管理行為について論じようとするとき,これを「消滅時効の管理」というのはごく自然な表現である。また,消滅時効と取得時効を併せて「時効」といい,時効の中断は,消滅時効に限らず,取得時効についても存在する。したがって,「消滅時効の管理」の意味で簡略に「時効の管理」と表現することも,取得時効も含めた意味で「時効の管理」と表現することも,いずれも創作力を要しないものであって,「時効の管理」は,この点からみても,思想又は感情を創作的に表現したものということはできない。
証拠によれば,本件手形研究増刊号(昭和56年11月20日発行)1頁には,編集部が,「特に,貸付金の消滅時効の管理は,貸付金管理のイロハであって」「取引先および取引形態の多様化が進む中で,消滅時効の管理にあたってもこれら新しい判例の考え方の理解が不可欠」として「消滅時効の管理」との表現をしていること,関沢正彦弁護士が,金融法務事情1147号(昭和62年2月25日号)44頁に「時効管理の大切さを肝に銘じていただきたいものである。」,45頁に「時効管理をする必要のないことが本件判決から明らかになった。」,金融法務事情1162号(昭和62年8月5日号)101頁に「保証人に対する時効管理は少なくとも更正計画認可決定確定時までは安心してよい。」,金融法務事情1192号(昭和63年7月5日号)41頁に「時効管理上,最後の弁済があった時から消滅時効を起算するのが通例」として,いずれも「時効管理」との表現をしていることが認められるが,上記事実も,「時効の管理」が,思想又は感情を創作的に表現したものではないことを裏付けるものということができる。
エ 原告は,①本件手形研究増刊号の編集部は時効を管理するという思想を持ち得なかった,②前記各金融法務事情の中において関沢正彦弁護士のした「時効管理」との表現は,貸付債権の管理と同義で使用されている表現であり,原告の「時効の管理」とは全く異なると主張する。しかし,著作物とは,思想又は感情を創作的に「表現したもの」であって,表現した者の思想自体を保護するものではない。そして,表現としてみると,「時効の管理」は,「消滅時効の管理」と比べて「消滅」の部分が足りないだけであり,「時効管理」とはほぼ同一ということができるから,「時効の管理」は,従来の表現である「消滅時効の管理」や「時効管理」だけからみても創作性が認められないものというべきである。
また,原告は,原告書籍以前に「時効の管理」という表現が使用されたことは一度もなかったと主張する。しかし,「時効の管理」という表現が使用されたことがなかったとしても,そのことは以上の認定を左右するものではない。
(2) 小括
以上のとおり,「時効の管理」という表現を著作物ということはできないから,著作権及び著作者人格権に基づく原告の請求は,いずれも理由がない。
2 争点(2)(不正競争行為該当性)について
(1) 書籍の題号について
書籍の題号は,普通は,出所の識別表示として用いられるものではなく,その書籍の内容を表示するものとして用いられるものである。そして,需要者も,普通の場合は,書籍の題号を,その書籍の内容を表示するものとして認識するが,出所の識別表示としては認識しないのものと解される。
(2) 原告書籍の「時効の管理」について
証拠によれば,原告書籍Aが,「どちらかといえば,金融機関における消滅時効の管理がその中心となっている」(甲5の昭和63年11月付け「はしがき」)時効に関する法律書であるのを始めとして,原告書籍は,いずれも時効に関する法律書であることが認められる。他方,前記1(1)イ,ウ認定の事実によれば,「時効の管理」という表現は,管理行為たる消滅時効の中断を始めとする時効に関する法律問題を論じる際のありふれた表現ということができる。そうだとすると,原告書籍の題号に接した需要者は,原告書籍の題号のうち「時効の管理」という部分を,時効に関する法律書であるという内容を表現したものと認識するにすぎず,それ以上にこれを商品等表示と認識するものとは認められない。したがって,仮に原告書籍の存在が広く知られるようになっているとしても,「時効の管理」なる表示が原告の商品等表示として周知ないし著名となったとすることはできない。ちなみに,証拠によれば,原告書籍に言及した書籍やブログは,題名の全部と著者名及び出版社を掲げて原告書籍を特定していることが認められるところである。
他に,「時効の管理」が,原告の周知商品等表示又は著名商品等表示となっていたと認めるに足りる証拠はない。
(3) 被告書籍の「時効管理の実務」について
証拠によれば,被告書籍は,「金融機関は,多くの権利を管理しなければならず,この際特に注意しなければならないのは,時効の問題である。・・・完成の阻止(時効の中断)をめぐっては,複雑な問題を包含しているため,特に金融機関において権利管理の職務にあたる者は・・・時効法理の研究をおろそかにしてはならない。本書は,このような立場から,時効(特に消滅時効)の基本的な法的問題だけでなく,金融機関で生じやすい問題を中心に,設問形式で解説した。」(はしがき)として権利管理の立場から特に消滅時効や管理行為である時効の中断の問題を扱った実務書であることが認められる。上記事実によれば,被告書籍の題号「時効管理の実務」は,管理行為たる消滅時効の中断を中心とする時効に関する法律実務書であるという内容,特徴を表現するために用いられているものであって,出所を表示するもの(商品等表示)ということはできない。したがって,被告研究会らが,「時効管理の実務」という商品等表示を使用したり,その商品等表示を使用した商品を製造販売しているとすることはできない。
(4) 小括
以上のとおり,「時効の管理」を原告の周知商品等表示又は著名商品等表示ということはできず,かつ,被告書籍の題号を商品等表示をいうこともできないから,原告の不正競争防止法に基づく請求は,いずれも理由がない。