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著作権判例セレクション

【法11311項】著作者の名誉又は声望を害する利用行為(11311)に当たらないとされた事例
平成140716日東京高等裁判所[平成14()1254]

4 著作者の名誉又は声望を害する利用行為の有無について
被控訴人は,甲1部分において平成4年当時の最新情報として記載したことが,控訴人らによって,平成11年4月に出版された甲2書籍の甲2部分においても,そのまま掲載されており,このことは,被控訴人の社会的評価を低下させるものであり,甲1部分の一部の著作者である被控訴人の名誉又は声望を害する方法によりその著作物が利用されたものである,と主張し,原判決は,これを著作権法113条5項[注:現11項。以下同じ]の「著作者の名誉又は声望を害する著作物の利用行為」に当たると認定した。しかし,当裁判所は,本件については,次に述べる理由により,控訴人らの上記行為は,同項の「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」には当たらない,と判断する。
被控訴人は,平成4年出版の甲1書籍中の甲1部分を執筆するに当たり,甲1書籍が学生に向けた教科書であることから,最新の情報,材料,道具,治療法を紹介するように務めた。具体的には,①光重合型充填用グラスアイオノマーセメントについて,「20秒の可視光線照射によって硬化するため・・・白濁化の問題がほぼ解決され,特に,小児に用いやすい材料となりつつある・・・。」,②チタン乳歯冠について,平成4年当時,新しく開発され使用されつつある材料として「金属アレルギー・・・を避ける目的をもって,近ごろ新材料として出現したのがチタン乳歯冠である・・・」と紹介している。
そして,現に,アナトムチタン乳歯冠については,平成4年3月に金属アレルギーの心配のない素材として新たに発売され,同年4月にそのパンフレット及び臨床マニュアルが各歯科大学に配布された。また,光硬化技術を世界で初めて導入した充填用のグラスアイオノマーであるフジアイオノマータイプⅡLCが,平成4年3月に,株式会社ジーシーからシャープな光硬化により,感水による白濁や物性劣化という不安を解消したものとして新発売され,同年6月にそのパンフレットが各歯科大学に配布された。当時のグラスアイオノマーセメントの化学重合型と光重合型の販売量の比率は3:1であったが,平成11年当時は1:5に逆転した。
これに対し,甲2部分においては,上記部分は,①光重合型充填用グラスアイオノマーセメントについて,「最近では,光重合型のグラスアイオノマーセメントが主流になりつつあり・・・」,②チタン乳歯冠について,「金属アレルギー・・・を避ける目的をもって,近ごろ新素材として市販されたのがチタン乳歯冠である・・・」と記載されている。
この両者の記載を比較すると,①光重合型充填用グラスアイオノマーセメントについては,甲1部分では「小児に用いやすい材料となりつつある」という程度の記載であったものが,甲2部分においては,「主流になりつつあり」との記載に変わっており,平成4年と平成11年の間の上記変化を考慮した記載となっている。もっとも,被控訴人は,平成11年においては,既に光重合型が主流となっているのであり,「主流となりつつある」との表現は誤りである,と主張しており,甲2部分の上記表現が被控訴人が満足することができる表現にはなっていなかったとは,認めることができる。
しかし,著作権法113条5項に規定されている「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」とは,著作者の創作意図を外れた利用をされることによって,その著作物の価値を大きく損ねるような形で利用されることをいう,と解するのが相当である(本件に即していえば,教科書的書籍である甲1書籍を,全く別な目的で利用し,その著作物の価値を大きく損なうような場合が考えられる)。これに対し,上記のような著作物の利用行為は,甲2書籍を甲1書籍と同様に教科書的な書籍として利用しようとするものであり,しかも,甲1書籍の出版後6年近く経過したため,大学関係者による改訂作業により古くなった内容を改めたものが甲2書籍であるから,その改訂された甲2書籍の表現の一部に原著作者である被控訴人の意に添わない部分があったとしても,これは,上記規定が想定している場合には該当しないというべきである。これは,むしろ,被控訴人が,その著作部分について,無断で改訂版を出版され,その氏名表示権及び同一性保持権を害されたことによる損害の中の一事情として考慮されれば足りる範囲の事柄であって,これをもって,著作者の名誉又は声望を害する著作物の利用行為とすることまではできないというべきである。
また,②チタン乳歯冠については,「近ごろ新材料として出現したのがチタン乳歯冠である」あるいは「近ごろ新素材として市販されたのがチタン乳歯冠である」と両者が類似の表現となってはいるものの,このことも,本件の同一性保持権及び氏名表示権侵害行為による損害の一事情として考慮されれば足りる範囲の事柄であって,このような利用行為が,著作権法113条5項の規定に該当するものではないことは,上述したところから明らかである。