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著作権判例セレクション

【編集著作権の侵害性】質問文の著作物性及び質問票の(編集著作権の)侵害性が問題となった事例

▶平成141115日東京地方裁判所[平成14()4677]
() 本件は,被告Aが被告会社の代表取締役としてその職務を行うにつき,「本件50問」を無断で使用した測定テストを作成・掲載することで,BのQシートに関する著作権及び著作者人格権(複製権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害したところ,原告は,Qシートについて,Bから独占的利用許諾を受けているとして,原告が被告らに対し,連帯して損害賠償をすることを求めた事案である。
(争いのない事実)
原告は,職業適性能力診断業務等を業とする会社である。被告会社も同種事業を営む会社である。被告Aは,過去に6か月間ほど原告の代表取締役を務めていたが,その後,被告会社の代表取締役となった。
原告の代表取締役であるBは,人の個性について,凝縮性,受容性,弁別性,拡散性及び保全性の5個の因子並びにあるストレスを与えることにより発現する潜在能力を計量的に分類し,人と人との心理的距離を測定し,これらに基づき最適の組織編成をし,組織の生産性を向上させるFFS(Five Factors&Stress)理論を提唱した。そして,Bは,FFS理論に使用するための個性分析用質問である「FFS Qシート(FFS80問診票)」(「Qシート」)を1981年に完成した。
 原告は,Bから,FFS理論を使用したコンサルティング,コンサルティング事業者との業務提携,FFS理論を活用したコンピュータシステムの開発,販売,教育商品の開発,顧客データベース構築,その他FFS理論をベースとした商品開発に関する再販売権を有した排他的な権利行使の許諾を受けている。
 被告Aは,原告在職中に,Qシートの内容を知っていた。
 被告会社は,日経BPが運営するウェブサイトに合計210問の質問から構成される「IT業界向け市場価値測定テスト」(「測定テスト」)を掲載した。その質問のうち,別紙1記載の50問は,Qシートの質問と同一である(以下「本件50問」という。)。

1 Qシートは,表題,回答者の特定に必要な欄及び1行36文字8行からなる回答方法についての解説並びに80問の質問とその回答欄から構成されている。質問文は,いずれも最小5文字,最大34文字の短文であって,疑問文ではなく肯定文又は否定文であり,これに対し,「はい」「?」「いいえ」で回答する欄が作成されている。
測定テストは,1部70問の3部構成で合計210問の質問とその回答欄から構成される。測定テストの質問と同一であるQシートの質問は,別紙1記載の本件50問であるが,その配列はQシートの配列とは全く異なり,測定テストにおける他の160問と混在している。
2 Qシートの著作物性の有無
(1) まず,測定テストで利用された本件50問の個々の質問文に著作物性が存在するかを検討すると,1つ1つの質問文は,いずれも前述のとおり短文である上,一般的かつ日常的でありふれた表現が用いられており,特徴的な言い回しがあるとも認められない。
原告は,個々の質問文は,高度に専門的な分析から作成されたもので,一般の文章とは比べものにならない精度を要求される文章であり,ちょっとした表記の違いが決定的な違いを生む場合がある,直感的に答えやすく,理性的な判断が働きにくい表現が使用される等の工夫がされていると主張する。しかし,原告が工夫したとする点は,質問ではなく肯定文又は否定文にしたことや性格の傾向ではなく経験を尋ねる内容にしたことや具体的な場面をイメージしやすい言葉を選択したこと等であって,一般的かつ日常的でありふれた表現の域を出るものではない。原告が主張する,ちょっとした表記の違いが決定的な違いを生む場合があるとの点は,その事実を具体的に認めるに足りる証拠はない。かえって,Bは,自らが著作者となる書籍の中で,Qシートと同内容のチェックリストを「FFS分析」「FFS調査」「FFS簡易個性判定」などと称して使用しているところ,その際に使用されている個々の質問文の文言は,Qシートの文言とは異なるから,この事実は,ちょっとした表記の違いがそれほど意味を持たないことを示しているということができる。
したがって,本件50問の個々の質問文の表現に,作者の個性が表出されているとは認められないから,創作性は認められない。著作権法は表現を保護するものであって,思想やアイディアを保護するものではないから,いずれの質問文の表現にも創作性が認められない以上,著作物性は認められない。
(2) そして,個々の質問文に著作物性が認められない以上,これらの独立した質問文を80問集めたものであるQシートの質問文全体についても,それが編集著作物として著作物性を認められるかどうかという点を別にすると,著作物性は認められない。
(3) 原告は,Qシートについて,BがFFS理論に基づき,人の個性について,凝縮性,受容性,弁別性,拡散性及び保全性の5個の因子並びにあるストレスを与えることにより発現する潜在能力を計量的に分類するために作成したものであって,質問文は,1946年にミネソタ大学のFとGによって英文で作成された550問を翻訳して,80問を選択し,その質問の順序は,判定の対象となる5つの因子に関し,同じ因子についての質問が連続しないように配列されていると主張しており,この主張によると,Qシートの質問文全体は,素材の選択又は配列によって創作性を有するとして,編集著作物に当たるとする余地がある。
3 被告らによる侵害の有無
(1) Qシートの80問の質問文全部が測定テストに使用されているのではなく,測定テストに使用されているのは,そのうちの本件50問である。
別紙2のとおり,本件50問の質問内容のうち,第26問「少数派になるより,多数派でいることの方が好き」,第40問「燃えやすく,冷めやすい」を除く48問については,1977年に発表されたE・D式質問票の50問とほぼ同じ内容であると認められる(乙1,なお,原告は,第48問「八方美人的なところが多い」とE・D式質問票の「人から気に入られたいと思いますか」が同じ意味であることを争うが,「八方美人」は,「誰に対しても如才なくふるまう人」という意味がある(広辞苑第5版2161頁)から,これらはほぼ同じ意味であると認められる。)。E・D式質問票は,アメリカの精神分析学者・精神科医であるHの「TA(交流分析)」法に基づきアメリカの心理学者Cが開発した性格分析手法で,全ての観察可能な行動(言語,音声,表情,ジェスチャー,姿勢,いわゆる行動)をCP(Critical Parent,批判的な親),NP(Nurturing Parent,養育的な親),A(Adult,大人),FC(Free Child,自由な子供),AC(Adapted Child,適応的な子供)という5つの自我状態に分類し,それらの発生頻度を棒グラフにして示したエゴグラムを基礎としており,それぞれの自我状態ごとに10問ずつの質問をまとめて,合計50問としたものである。
このように,本件50問が,原告がQシートを完成する以前に発表されたE・D式質問票の50問のうち48問とほぼ一致することからすると,本件50問のうち48問は、E・D式質問票又はその基となった質問票に依拠して作成されたものと推認することができる。そうすると、上記のとおりQシートの質問文全体が素材の選択によって創作性を有するとしても,被告会社が,測定テストに本件50問のうち上記48問を選択して使用した行為は,Qシートの選択についての創作性を有する部分を複製した行為ということはできない。また,Qシートの質問文全体が素材の選択によって創作性を有するとしても,それは,前述のような目的の下に最適の80問を選択したことにあるから,その創作性は,1問や2問の選択に認められるものではなく,したがって,被告会社が,測定テストに本件50問のうちE・D式質問票にない2問を選択して使用した行為が,Qシートの選択についての創作性を有する部分を複製した行為ということはできない。よって,被告会社が本件50問を測定シートの作成に使用した行為は,Qシートの質問文全体の素材の選択による創作性を有する部分を複製した行為ということはできない。
(2) 前記認定のとおり,測定シートでは,本件50問は,他の160問と混在しており,その順序も,Qシートとは全く異なっている。したがって,上記のとおりQシートの質問文全体が素材の配列によって創作性を有するとしても,被告会社が,測定テストの作成に当たって本件50問を使用した行為は,Qシートの配列についての創作性を有する部分を複製した行為ということはできない。
(3) よって,被告会社の行為がQシートについての複製権を侵害したとは認められないから,Qシートについての複製権侵害を理由とする請求は理由がない。
4 原告は,Qシートの著作者ではないから,著作者人格権を有していない。したがって,Qシートについての同一性保持権及び氏名表示権の侵害を理由とする請求は理由がない。
5 以上のとおり,原告の請求は,いずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。