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著作権判例セレクション

【ネット社会と人権】株主による取締役会議事録等の無断公表が問題となった事例

▶平成17317日大阪地方裁判所[平成16()6804]▶平成171025日大阪高等裁判所[平成17()1300]
() 本件は,被告(原告ダスキンの株主であり元従業員)がそのウェブサイトにおいて,平成16年3月4日から同年5月26日までの84日間,別紙記載1ないし11の文書(原告ダスキン代理人弁護士作成名義の意見書,同原告の取締役会議事録)を電磁的記録に変換して公衆送信したことにより,原告ダスキンの名誉,情報プライバシー(人格権を含む。)又は信用が毀損され(民法709条,710条),原告ダスキンが上記文書について有する著作権が侵害され(著作権法21条,23条),また,原告A(原告ダスキンの従業員)の名誉,情報プライバシーが毀損された(民法709条,710条)などと主張して,原告ダスキンの人格権,著作権等に基づき,上記文書の公衆送信の差止めを求めるとともに,名誉,情報プライバシー(人格権を含む。)若しくは信用の毀損,著作権の侵害等による原告ダスキンの損害,また,名誉,情報プライバシーの毀損による原告Aの損害等の賠償を求めた事案である。

1 争点(1)(原告ダスキンの名誉,情報プライバシー(人格権を含む。)又は信用の毀損の有無)について
(1) 本件文書1について
ア 本件文書1は,本件謄写許可申請事件において,被申請人であった原告ダスキンの代理人弁護士が作成し,裁判所に提出した意見書である。
(証拠)及び弁論の全趣旨によれば,本件文書1は,本件謄写許可申請事件の申請人であった被告が受領した副本を電磁的記録に変換して公衆送信したものであり,その正本は同事件の裁判記録の一部であると認められる。
イ 取締役会議事録謄写許可申請事件のような商事非訟事件の記録は,その公開について定めた規定がなく,運用により,裁判所の許可がなければ閲覧,謄写することができないものとされている。これは,商事非訟事件が訴訟のように公開の口頭弁論を経るものではなく,また,その事件の性質に照らし,記録を公開するのが相当でないと考えられることから,記録の公開について定めた規定を置かず,これを原則として非公開としているものと解される。そして,相手方から提出された意見書等の書面の副本を受領した一方当事者は,当該事件の手続を進める限りにおいて,相手方の提出した同書面を使用することができるにとどまり,それをみだりに公開したり,他の用途に使用する権限を有するものではないというべきである。したがって,商事非訟事件において意見書等の書面を提出する者は,その書面が,裁判所の許可がない限り閲覧,謄写されないことを前提とした上で,記載事項を検討し,これを作成しているものと推認される。
そうであるとすると,商事非訟事件の手続において意見書の副本を受領した一方当事者が,その提出者である相手方当事者の承諾を得ないでこれをインターネット上で公開し,だれでも閲覧できるようにすると,提出者は,裁判所の許可がない限り閲覧,謄写されないことを前提として作成した意見書を意に反して公表されることになり,本来公表されるべきでない意見書が公表されるという意味において社会的評価が低められ,その信用が毀損されるものというべきである。
ウ 本件においても,原告ダスキンは,裁判所の許可がない限り閲覧,謄写されないことを前提として,本件謄写許可申請事件において意見書である本件文書1を提出し,その副本を被告に交付したというべきところ,被告によって,原告ダスキンの承諾のないまま本件文書1を被告サイトで公開されたものであり,被告の上記行為により,本来公表されるべきでない意見書を公表されたという意味においてその社会的評価が低められ,その信用が毀損されたものと認められ,それによって無形的損害を被ったものと認められる。
(2) 本件文書2ないし11について
ア 商法260条の4第6項[注:現会社法371条参照]は,株主等がその権利を行使する必要があるときは,裁判所の許可を得て取締役会議事録の閲覧又は謄写の請求をすることができる旨規定している。
このように,取締役会議事録は,当然に公開されるべきものではなく,株主等がその権利を行使する必要がある場合に限り,裁判所の許可を得て閲覧又は謄写をすることができるにすぎないものであることを前提として,作成されるものである。
イ そして,商法260条の4第6項の趣旨及び前記認定の経緯に鑑みると,本件謄写許可申請事件の平成15年1月22日の審尋期日において,原告ダスキンが取締役会議事録の一部である本件文書2ないし11を被告に開示するに当たり,原告ダスキンと被告との間で,本件文書2ないし11は株主代表訴訟の訴訟手続のためにのみ用いるという黙示の合意が成立したものと認められる。
しかるに,被告は,原告ダスキンの取締役会議事録である本件文書2ないし11を同原告の承諾を得ないで被告サイトで公開し,だれでも閲覧できるようにしたものである。
したがって,原告ダスキンは,裁判所の許可がない限り閲覧,謄写されないことを前提として作成された取締役会議事録を意に反して公表されたものであって,当然に公表されるべきものではない取締役会議事録が公表されたという意味において社会的評価が低められ,その信用が毀損されたものと認められ,それによって無形的損害を被ったものと認められる。
ウ 被告は,本件文書2ないし11に記載された事項は,既に公開済みのものばかりである旨主張する。
しかし,(証拠)によれば,本件文書2ないし11に記載された事項には,原告ダスキンの発表や報道等によって公開されていない事項も含まれていることが認められる。また,前記イのとおり,本件文書2ないし11が公表されたことにより,当然に公表されるものではない取締役会議事録が公表されたことそれ自体によって,原告ダスキンの社会的評価が低められ,その信用が毀損されたものであるから,本件文書2ないし11に記載された事項に公開済みの事項が含まれていたとしても,原告ダスキンの信用が毀損されたという上記判断を左右するものではない。
(3) 上記のとおり,原告ダスキンは,被告による本件文書1ないし11の公開によって,その信用を毀損されたものというべきである。その被侵害利益である原告ダスキンの「信用」は,営利企業である原告ダスキンに対する社会的評価であり,信用回復のために会社経営の公正さや透明性について議論されることがあるとしても,結局のところ,支払能力又はその財産的裏付けに対する信頼という経済的評価に帰着するものと解される。原告ダスキンは,これに加え,被告の上記行為により人格権としての性質を有する原告ダスキンの名誉,情報プライバシーも侵害された旨主張する。自然人のみならず,法人についても,名誉,情報プライバシーを観念し得るか否かは検討の余地があるが,仮にこれを観念し得るとすれば,被告の上記行為は,原告ダスキンの人格権としての名誉,情報プライバシーをも侵害したものであるといえる。もっとも,原告ダスキンのいう人格権としての名誉,情報プライバシーなる利益の侵害の意味は,必ずしも明確ではなく,結局のところ,本来当然に公表されるべきものではない文書がその意に反して公表されたこと,これにより原告ダスキンの社会的評価が低められたことを別の観点で法的構成したものにすぎないとも考えられる。また,これらは人格権的利益とはいえ,自然人の人格について保護されるべき利益とは異なるものであり,これを実質的に考えると,原告ダスキンが営利企業であることからすれば,経済的利益に帰着するものであって,不法行為の成否という観点からは,上記信用毀損とは別個の被侵害利益と観念することの実益に乏しいものというべきである(人格権としての名誉,情報プライバシー侵害による差止請求権の当否については後記3で検討する。)。したがって,被告の上記行為が原告ダスキンの名誉(「信用」とは区別された意味での)や情報プライバシーを侵害されたか否かについての検討にはこれ以上立ち入らないこととし,これらの事情は後記の信用毀損による無形的損害を算定する一事情として考慮するにとどめることとする。
2 争点(2)(原告Aの名誉,情報プライバシーの毀損の有無)について
前記のとおり,本件文書2には,「ミスタードーナツにおける不適正処理事案」として,原告Aが平成13年12月1日付けで戒告処分を受けることが記載されていた。
勤め先の会社から戒告処分を受けるという事実は,それが公表されると,戒告処分を受けるとされた者の社会的評価が低められることが明らかであるから,原告Aは,本件文書2が公開されたことにより,名誉を侵害され,精神的損害を被ったものと認められる。
なお,原告Aは,被告の本件文書2の公開により,情報プライバシーも侵害されたと主張する。しかし,原告Aのいう情報プライバシー侵害なるものの内容は必ずしも明らかではなく,それが原告Aが戒告処分を受けるという情報が同原告の意に反して公開されたことを指すとすれば,上記名誉毀損行為を別の観点で法律構成したものにすぎないものというべきである。したがって,これらの事情は後記の名誉毀損による精神的損害を算定する一事情として考慮するにとどめることとする。
3 争点(3)(原告ダスキンの名誉,情報プライバシー(人格権)の毀損に基づく差止請求の当否)について
(1) 一般的に,表現行為によって,差止請求権を根拠付ける物権的な性質を有する人格権としての名誉,情報プライバシーが侵害されたとき又は侵害されるおそれがあるときに,表現行為の差止めが認められる場合があることは,否定し得ない。しかし,表現の自由の重要性に鑑みると,表現行為の差止めが認められるためには,単に当該表現行為によって人格権が侵害されるというだけでは足りず,当該表現行為によって,被害者が,事後の金銭賠償によっては回復が不可能か,著しく困難になる程度の重大な損害を被るおそれのあることが必要というべきである。
(2) 本件において,被告が被告サイトで本件文書1ないし11を公開したことによって,原告ダスキンは,前記1(1)ウ,(2)イのとおり信用を毀損されたものである。
しかし,本件文書1ないし11の被告サイトでの公開も一種の表現行為といえるから,表現の自由の重要性に鑑み,その差止めの可否は慎重に判断されるべきであるところ,原告ダスキンは,法的に保護されるべき利益としての信用を毀損されたものとは認められるが,その性質,内容,公開の態様及びそれによって原告ダスキンが被った信用毀損の程度等,とりわけ,本件文書1ないし11は,本件謄写許可申請事件において提出された原告ダスキンの代理人弁護士名義の意見書及び原告ダスキンの取締役会議事録であり,その文書の内容自体に原告ダスキンの社会的評価を低下させるような表現がなされているものではなく,単に,本来当然には公表されるべきでない文書が原告ダスキンの意に反して公表されたという意味においてその社会的評価を低下させるにとどまるものであること,また,被告による本件文書1ないし11の公開によって被告ダスキンの被った損害は,後記7のとおり,金銭に換算することができ,その換算の結果等の事情に鑑みれば,原告ダスキンの被った損害は,事後の金銭賠償によっても回復し得る程度のものであると認められ,その性質上,これを差し止めなければ事後の金銭賠償によっては回復が不可能か,著しく困難になる程度の重大な損害を被るおそれがあるとは認め難い。他に,原告ダスキンが被告の本件文書1ないし11の公開により,事後の金銭賠償によっては回復が不可能か,著しく困難になる程度の重大な損害を被ったことを認めるに足りる証拠はなく,そのおそれがあることを認めるに足りる証拠もない。
したがって,原告ダスキンは,人格権としての名誉,情報プライバシーが毀損されたことに基づいて,被告による被告サイトでの本件文書1ないし11の公開(公衆送信)の差止めを求めることはできないものというべきである。
4 争点(4)(原告ダスキンの著作権侵害の有無)について
()
5 争点(5)(原告ダスキンの不正競争防止法に基づく請求の当否)について
(1) 不正競争防止法2条4項の秘密管理性の要件を充足するためには,アクセスした者が営業秘密であることを認識し得ること,アクセスできる者が限られていることなどが必要である。
(2) 原告ダスキンは,取締役会議事録は典型的な秘密文書であるから,アクセスした者はだれでも,それが会社の秘密に該当するものであると認識し得ること,原告ダスキンにおいては,取締役会議事録を閲覧することができるのは,役員ほか一部の従業員に限られており,従業員に対してアクセスを制限しており,秘密として管理されていることを主張する。
前記1(2)のとおり,取締役会議事録は,商法260条の4第6項により,株主等がその権利を行使する必要があるときに,裁判所の許可を得て閲覧又は謄写の請求をすることができるにとどまる。しかし,そのことから直ちに,取締役会議事録が常に営業秘密に該当すること,アクセスした者がだれでも営業秘密であると認識し得ることは認められず,その他に,本件文書2ないし11について,アクセスした者がだれでも営業秘密であると認識し得たことを認めるに足りる証拠はない。また,本件では,原告ダスキンにおいて,取締役会議事録を閲覧することができるのが,役員ほか一部の従業員に限られていたこと,及び従業員に対してアクセスを制限していたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,本件文書2ないし11が営業秘密として管理されていたことを認めるに足りる証拠はなく,不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に当たらないから,原告ダスキンの不正競争防止法に基づく請求は,理由がない。
6 争点(6)(違法性阻却事由の有無)について
(1) 被告は,被告の行為が名誉,情報プライバシー又は信用の毀損に該当するとしても,公共の利害に関し,専ら公益を図る目的でなされ,その内容が主要な点において真実であるか,若しくは真実と信じたことに相当な理由があるから,その違法性は阻却される旨主張する。
(2) しかし,原告ダスキンとの関係で被告の不法行為とされるのは,前記1(1)ウ及び(2)イのとおり,本来公表されるべきでない原告ダスキン又はその代理人弁護士作成の文書を原告ダスキンの意に反して公表し,それ自体によって原告ダスキンの社会的評価を低下させたというものであって,同文書の内容の真実性はそもそも問題にならないから,被告主張の事情は,原告ダスキンとの関係では違法性阻却事由となるものではない。
(3) また,(証拠)及び弁論の全趣旨によれば,原告ダスキンの食品衛生法違反事件及びその事後処理が国民の関心事であり,同様の事件の再発防止が社会的に要請されていたことが認められるものの,本件文書1ないし11の性質,記載内容等に鑑みると,上記の点について被告自らの意見を表明し,世論を喚起するために,本件文書1ないし11をインターネット上でそのまま公開することが有用であったとは考えられないし,意見の表明や世論の喚起を実現するためには,他に採り得るよりよい方法があったというべきである。また,前示のとおり,本件文書1ないし11は,本来当然に公開されるべきものではなく,これをインターネット上でそのまま公開することは,それ自体,当然に公開されるべきものではないものが公開されたという意味で,必然的に原告ダスキンの社会的評価を低下させるとともに,原告Aの名誉を毀損するものであって,このことは,被告も容易に認識し得ることであったというべきである。さらに,本件文書2ないし11は,前記1(2)イ認定のとおり,本件謄写許可申請事件の審尋期日における原告ダスキンと被告の間の,株主代表訴訟の訴訟手続のためにのみ用いるという合意の下に被告に開示されたものであるが,それにもかかわらず,被告は,その合意に反して本件文書2ないし11を被告サイトで公開したものであり,そのような行為は,商事非訟事件手続を利用しつつ,その手続上当事者間で形成された合意に従わず,同手続の潜脱を図るものであって,裁判手続上の信義則に反する行為ともいうべきものである。したがって,被告が本件文書1ないし11をインターネット上でそのまま公開したことについては,公益を図る目的のみならず,原告ダスキンの私企業としての信用をことさら毀損し,その社会的評価を低下させるとの意図があったことも推認し得るところである。
上記事情に鑑みると,本件文書1ないし11は,原告ダスキンの食品衛生法違反事件やその事後処理という公共の利害に関する事項に係るものということはできるものの,その公開が専ら公益を図る目的でなされたとは認められない。
(4) したがって,被告による本件文書1ないし11の公開について違法性は阻却されないというべきである。
7 争点(7)(損害額)について
(1)ア 原告ダスキンは,被告による本件文書1ないし11の公開によって前記1(1)ウ,(2)イのとおり無形的損害を被ったものであり,本件文書1ないし11の性質,内容,被告による公開の態様,原告ダスキンの被侵害利益等諸般の事情を考慮すると,その損害は,金銭に換算して50万円と認めるのが相当である。
イ 被告による本件文書1ないし11の公開と相当因果関係にある弁護士費用としての原告ダスキンの損害は,本件の事案の性質,審理の経過等諸般の事情を考慮すると,5万円と認めるのが相当である。
ウ したがって,原告ダスキンの損害の合計は55万円と認められる。
(2)ア 原告Aは,被告による本件文書2の公開によって前記2のとおり精神的損害を被ったものであり,本件文書2の性質,内容,被告による公開の態様,原告Aの被侵害利益等諸般の事情を考慮すると,その損害は,金銭に換算して50万円と認めるのが相当である。
イ 被告による本件文書2の公開と相当因果関係にある弁護士費用としての原告Aの損害は,本件の事案の性質,審理の経過等諸般の事情を考慮すると,5万円と認めるのが相当である。
ウ したがって,原告Aの損害の合計は55万円と認められる。

[控訴審]
1 争点(1)(1審原告ダスキンの名誉,情報プライバシー又は信用の毀損の有無)について
(1) 本件文書1について
ア 本件文書1は,本件謄写許可申請事件において,被申請人であった1審原告ダスキンが裁判所に提出した許可申請の許否に関する意見書(作成者は同原告の代理人弁護士)である。
(証拠)及び弁論の全趣旨によれば,本件文書1は,本件謄写許可申請事件の申請人であった1審被告が受領した上記意見書の副本を電磁的記録に変換して公衆送信したものであり,その正本は同事件の裁判記録の一部であると認められる。
イ ところで,取締役会議事録謄写許可申請事件はいわゆる非訟事件に属し,その審理は公益的要素が強く,場合によれば秘密性保持が要請されるところから,非公開で行われるものとされており(非訟事件手続法13条),その事件記録についても,裁判所の許可がなければ閲覧,謄写することができないものとして運用されている。
そして,当該事件において書面を提出する当事者も,当該書面が裁判所の許可がない限り閲覧,謄写されないことを前提とした上で,記載事項を検討し,これを作成しているものと推認されることからすると,書面の提出者は,その副本を相手方に交付する場合でも,相手方がこれを当該手続の進行のため等の正当な目的以外には使用しないことを当然に期待し得るものであって,本件におけるように,書面の提出者等の承諾を得ることなく,これをインターネット上で公開し,極めて広範囲の一般人がだれでも閲覧又は複写(ダウンロード)し得るような状態に置くようなことは,当該手続を非公開とした前記法規の趣旨,目的に反するとともに,書面を提出した当事者の信頼を著しく損なうものであって,信義則上許されないものといわなければならない。
そして,当該文書をみだりに公表されることがないという上記提出者等の期待ないし利益は法的保護に値するというべきところ,1審原告ダスキンのような法人も自然人と同じく法律上一個の人格者であってみれば,上記のような利益をみだりに侵害されてよいはずはなく,これを侵害された場合は,民法709条,710条に基づき,財産的損害のみならず,社会観念上,金銭の支払によって補填されるのが相当と考えられる無形的損害につき損害賠償を求めることができると解される(最高裁判所昭和39年1月28日判決参照)。
ウ 1審原告ダスキンは,裁判所の許可がない限り閲覧,謄写されないことを前提として,代理人弁護士を介して本件謄写許可申請事件における自己の主張として本件文書1を提出し,その副本を1審被告に交付したというべきところ,無断で1審被告サイトで公開され,これにより前記利益を違法に侵害され,無形的損害を被ったものと認められる。
エ なお,1審被告は,非公開手続で交付を受けた書面が,別の訴訟において証拠として用いられることは珍しくないなどと主張しているが,裁判手続における証拠としての提出とインターネット上の公開とは全く性質の異なる行為であるというべきである。
(2) 本件文書2ないし11について
ア 取締役会議事録は,会社が業務執行に使用する目的で作成し管理する内部文書であるところ,商法260条の4第6項は,株主等がその権利を行使する必要があるときは,裁判所の許可を得て取締役会議事録の閲覧又は謄写の請求をすることができる旨規定している。
そして,謄写又は閲覧が認められる場合でも,株主等の権利行使のため必要な範囲で認められるものであるから,これにより取得した書面等の使用は,当然に,閲覧謄写請求権行使の目的自体による制約を受けるものというべきである。
イ 商法260条の4第6項の趣旨及び引用に係る原判決認定の経緯並びに弁論の全趣旨に鑑みると,1審原告ダスキンは,本件謄写許可申請事件の平成15年1月22日の審尋期日において,いわゆるインカメラによる審査をした裁判所の示唆を受けて,取締役会議事録の一部である本件文書2ないし11を1審被告に任意開示したものと推認されるところ,その際,1審原告ダスキンは,1審被告においても前記制約に従うことを当然の前提として期待していたものであることは明らかというべきである。
それにもかかわらず,1審被告は,1審原告ダスキンの承諾を得ることなく,取締役会議事録である本件文書2ないし11をインターネット上で公開し,極めて広範囲の一般人がだれでも閲覧又は複写(ダウンロード)し得る状態に置いたものであって,前記法規の趣旨,目的に反するとともに,1審原告ダスキンの信頼を著しく損なうものであり,信義則上許されないことは明らかというべきである。
そして,任意開示等した取締役会議事録(本件文書2ないし11)をみだりに公表されることがないという1審原告ダスキンの期待ないし利益は法的保護に値するというべきであるし,本件において,1審原告ダスキンは,1審被告の上記行為によって前記利益を違法に侵害され,無形的損害を被ったものと認められる。
ウ 1審被告は,昭和56年の商法改正の趣旨からして,取締役会議事録の記載のうち株主の閲覧謄写請求から保護されるべきものが会社の営業秘密やプライバシーに関するものに限られるとの趣旨の主張をしているが,このような解釈は商法260条の4第6項,7項の文理にそぐわず,にわかに採用することはできない。
また,1審被告は,本件文書2ないし11に記載された事項が,既に公開済みのものであるとも主張するが,本件文書2ないし11の記載には,各取締役会の開催日時,場所及び出欠(本件各文書)や,1審原告ダスキンの意思決定の在り方,従業員の処分情報や役員の退任や報酬カットについての決定過程(本件文書2,3),平成14年5月31日時点でのミスタードーナツ加盟店における売上げ減少についての具体的記載(本件文書4),今後の対処方針の具体的内容,同年6月20日時点での人事異動(本件文書5),1審原告ダスキンによる同加盟店やミスタードーナツ共同体への緊急融資等の具体的内容(本件文書4,6,7),大肉まん事件対策費用等として支出,負担された具体的金額及び内容(本件文書6ないし8),大肉まん事件に伴う一連の支出のために1審原告ダスキンが銀行から融資を受けた事実(本件文書7) ,広告,広報費用等の具体的内容(本件文書9),再生委員会答申の報告書案に対応した具体的な決定事項(本件文書10),同報告書受理に伴う質疑の具体的内容(本件文書11)等,未公表の事実も含まれていることが認められるから,本件文書2ないし11に記載された事項に公開済みの事項が含まれていたとしても,上記判断を左右するものではない。
さらに,1審被告は,1審被告の行為によって,いかにして1審原告ダスキンの経済的側面における信用が低下するのか不明であるとも主張しているが,1審原告ダスキンは,業種的にも地域的にも極めて広範な活動をしている営利企業であるから,前記利益が侵害され,取締役会議事録等の,当然には公表されるべきものではない文書がその意に反して違法に公表せしめられることは,結局は,その経済的側面における信用(この場合は,利益や金銭と直結するものに限らず,ブランド力や暖簾のようなものも含め,広義に解釈されるべきである。)の低下につながるものであることは容易に推認し得るところである。
(3) 他方,1審原告らは,前記1審被告の行為により,人格権としての性質を有する名誉,情報プライバシーも侵害された旨主張しているが,1審原告らのいう人格権としての名誉,情報プライバシーなる利益の侵害の意味は必ずしも明確ではなく,結局のところ,1審原告ダスキンの前記利益が侵害され,当然には公表されるべきものではない文書がその意に反して違法に公表せしめられたこと,これにより1審原告ダスキンの無形的損害が生じたことを別の観点で法的構成するものにすぎないとも考えられるところである。
2 争点(2)(1審原告Bの名誉,情報プライバシーの毀損の有無)について
原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点(3)(1審原告ダスキンの名誉,情報プライバシー(人格権)の毀損に基づく差止請求の当否)について
(1) 一般的に,表現行為によって,差止請求権を根拠付ける物権的な性質を有する人格権としての名誉,情報プライバシーが侵害されたとき又は侵害されるおそれがあるときに,表現行為の差止めが認められる場合があることは否定し得ない。
しかし,表現の自由の重要性に鑑みると,表現行為の差止めが認められるためには,単に当該表現行為によって人格権が侵害されるというだけでは足りず,当該表現行為によって,被害者が,事後の金銭賠償によっては回復が不可能か,著しく困難になる程度の重大な損害を被るおそれのあることが必要というべきである。
(2) 本件において,1審被告が1審被告サイトで本件文書1ないし11を公開したことによって,1審原告ダスキンは,前記のとおり信用を毀損されたものである。
しかし,本件文書1ないし11の1審被告サイトでの公開も一種の表現行為といえるから,表現の自由の重要性に鑑み,その差止めの可否は慎重に判断されるべきであるところ,1審原告ダスキンは,法的に保護されるべき利益としての信用を毀損されたものとは認められるが,その性質,内容,公開の態様及びそれによって1審原告ダスキンが被った信用毀損の程度等,とりわけ,本件文書1ないし11は,本件謄写許可申請事件において提出された1審原告ダスキンの代理人弁護士名義の意見書及び1審原告ダスキンの取締役会議事録であり,その文書の内容自体に1審原告ダスキンの社会的評価を低下させるような格別の表現がなされているものではなく,単に,本来当然には公表されるべきでない文書が1審原告ダスキンの意に反して公表されたという意味においてその信用を低下させるにとどまるものであること,また,1審被告による本件文書1ないし11の公開によって1審被告ダスキンの被った損害は,後記7のとおり,金銭に換算することができ,その換算の結果等の事情に鑑みれば,1審原告ダスキンの被った損害は,事後の金銭賠償によっても回復し得る程度のものであると認められ,その性質上,これを差し止めなければ事後の金銭賠償によっては回復が不可能か,著しく困難になる程度の重大な損害を被るおそれがあるとは認め難い。他に,1審原告ダスキンが1審被告の本件文書1ないし11の公開により,事後の金銭賠償によっては回復が不可能か,著しく困難になる程度の重大な損害を被ったことを認めるに足りる証拠はなく,そのおそれがあることを認めるに足りる証拠もない。
したがって,1審原告ダスキンは,人格権としての名誉,情報プライバシーが毀損されたことに基づいて,1審被告による1審被告サイトでの本件文書1ないし11の公開(公衆送信)の差止めを求めることはできないものというべきである。
(3) この点に関し,1審原告らは,差止請求が認められるために,当該表現行為によって,被害者が,事後の金銭賠償によっては回復が不可能か,著しく困難になる程度の重大な損害を被るおそれのあることが必要だとすれば,取締役会議事録の流出を事前にくい止める手段がないことになる旨主張するが,表現の自由は,民主主義の存立基盤をなすものとして極めて重要な位置を占めること,事後的救済といっても,実際には,損害賠償義務が認められ得ること自体によって事前にも一定の抑止効果を期待し得ること等を考慮すると,上記のような制約もやむを得ない制約というべきである。
4 争点(4)(1審原告ダスキンの著作権侵害の有無)について
()
5 争点(5)(1審原告ダスキンの不正競争防止法に基づく請求の当否)について
原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
6 争点(6)(違法性阻却事由の有無)について
(1) 1審被告は,1審被告の行為が名誉,情報プライバシー又は信用の毀損に該当するとしても,公共の利害に関し,専ら公益を図る目的でなされ,その内容が主要な点において真実であるか,若しくは真実と信じたことに相当な理由があるから,その違法性は阻却される旨主張する。
(2) しかし,1審原告ダスキンとの関係で1審被告の不法行為とされるのは,前記のとおり,当然には公表されるべきでない1審原告ダスキン又はその代理人弁護士作成の文書を1審原告ダスキンの意に反して公表したことによって1審原告ダスキンの社会的評価を低下させたというものであるから,同文書の内容の真実性はそもそも問題にならない。
また,本件においては,1審原告ダスキンの食品衛生法違反事件及びその事後処理が国民の関心事であり,同様の事件の再発防止が社会的に要請されていたことが認められるものの,既にみたとおり,1審被告が本件各文書を公表したこと自体が法規の趣旨,目的に反し,著しく信義に反するものであって,それ自体違法と評価されるものである以上,上記の点を考慮にいれても違法性が阻却されることはないというべきである。
(3) さらに,1審被告は,むしろ,1審被告と1審原告らとの間に1審被告が本件各文書を自由に使用し得る旨の合意が成立したなどと主張しているが,これを認めるに足りる証拠はないばかりでなく,そのようにみることが相当でないことは既にみたところから明らかというべきであるし,本件記録を精査しても,他に1審被告の行為の違法性を阻却すべき事情は見いだせない。
7 争点(7)(損害額)について
(1)ア 1審原告ダスキンは,1審被告による本件文書1ないし11の公開によって前記のとおり無形的損害を被ったものであり,本件文書1ないし11の性質,内容,1審被告による公開の態様,1審原告ダスキンの被侵害利益等諸般の事情を考慮すると,その損害は,金銭に換算して50万円と認めるのが相当である。
イ 1審被告による本件文書1ないし11の公開と相当因果関係にある弁護士費用としての1審原告ダスキンの損害は,本件の事案の性質,審理の経過等諸般の事情を考慮すると,5万円と認めるのが相当である。
ウ したがって,1審原告ダスキンの損害の合計は55万円と認められる。
(2)ア 1審原告Bは,1審被告による本件文書2の公開によって前記2のとおり精神的損害を被ったものであり,本件文書2の性質,内容,1審被告による公開の態様,1審原告Bの被侵害利益等諸般の事情を考慮すると,その損害は,金銭に換算して50万円と認めるのが相当である。
イ 1審被告による本件文書2の公開と相当因果関係にある弁護士費用としての1審原告Bの損害は,本件の事案の性質,審理の経過等諸般の事情を考慮すると,5万円と認めるのが相当である。
ウ したがって,1審原告Bの損害の合計は55万円と認められる。
(3) なお,1審原告ら及び1審被告は,それぞれ本件の損害額の認定に当たって考慮されるべき点を主張しているが,それらの主張を考慮に入れても(ただし,1審被告の主張のうち,本件訴訟提起が1審被告に対する嫌がらせのためであるとの点については,これを認めるに足りる証拠はない。),前記各金額をもって相当とするものというべきである。
8 その他,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出,援用された全証拠を改めて精査しても,引用に係る原判決を含め,当審の認定,判断を覆すほどのものはない。