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著作権判例セレクション

【コンテンツ契約紛争事例】ローカルピクトグラム使用許諾契約/観光案内図使用許諾契約

平成27924日大阪地方裁判所[平成25()1074]
() 本件は,別紙ピクトグラム(「本件ピクトグラム」)及び別紙地図デザイン(「本件地図デザイン」)の著作権者であると主張する原告が,各被告に対し,次のとおりの請求した事案である。
(1) 請求の趣旨1項
ア 被告都市センターについては,本件ピクトグラムについての使用許諾契約及び本件地図デザインに本件ピクトグラムを配した大阪市観光案内図(以下「本件案内図」といい,「本件ピクトグラム」と「本件案内図」とをあわせて「本件ピクトグラム等」という。)についての使用許諾契約の各期間満了による原状回復義務として,被告大阪市については,被告都市センターから許諾を受けた者である以上同様の原状回復義務を負うとして民法613条を類推して,被告らに対し,各使用許諾期間内に作成した大阪市内の案内表示に用いている本件ピクトグラムの撤去・抹消請求。
イ 被告らに対し,被告大阪市が前記アの各使用許諾期間満了後に新たな本件ピクトグラムを複製したとして,著作権法112条1項に基づく本件ピクトグラムの抹消・消除請求。
(2) 請求の趣旨2項
被告らに対し,上記(1)アの各使用許諾期間内に作成した案内表示に用いている本件ピクトグラムについての原状回復義務違反,及び上記(1)イの各使用許諾期間満了後の本件ピクトグラムの著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求として,所定の金員の支払請求。
(3) 請求の趣旨3項
公益社団法人大阪観光コンベンション協会(「コンベンション協会」)が無断で本件ピクトグラムの複製使用及び公衆送信を行った不法行為につき,被告大阪市は本件ピクトグラムを使用するように指示し,被告都市センターは本件ピクトグラムのデータをコンベンション協会に送信して教唆又は幇助したと主張し,共同不法行為に基づく損害賠償請求等の金員の支払請求。
(4) 請求の趣旨4項
被告大阪市に対し,被告大阪市が原告に依頼した本件ピクトグラムの一部の修正につき,原告の営業の範囲内の行為を行ったものであるとして,商法512条に基づく相当額等の支払請求。
(5) 請求の趣旨5項ないし7項
被告大阪市が,遅くとも平成24年8月1日以降,本件地図デザインを用いた別紙4の案内図(「別紙4案内図」)を複製又は翻案して使用し,原告の本件地図デザインにかかる複製権又は翻案権を侵害しているとして,本件地図デザインを用いた別紙4案内図を複製することの差止め(請求の趣旨5項),②同案内図の抹消・消除(請求の趣旨6項)など。
(前提事実)
〇 原告は,ビジュアル・アイデンティティ(Visual Identity,企業や商品のイメージを統一して,字体,色及びマークなどの視覚的なものによって,そのイメージを統一し,もって,企業や商品に対する認知度や好感度を高め,他企業との差別化を図るもの。以下「VI」という。)等の制作等を主たる目的とする株式会社である。原告の取締役であるP1は,国内外のデザインコンテストで受賞歴がある等の経歴を有するアートディレクター・デザイナーであり,本件ピクトグラムの制作者である。
Iデザイン研究所は,昭和63年8月30日に設立された広告及びデザイン制作等を目的とする株式会社であり,P1が代表取締役を務めていた。P1がデザインしたVIの著作権はP1からIデザイン研究所に譲渡され,その上でIデザイン研究所がVIデザインの使用許諾契約を行っていた。
〇 被告都市センターと板倉デザイン研究所との間の業務委託契約
被告都市センターは,平成11年11月2日,Iデザイン研究所に対し,被告都市センターにおいてローカルピクトグラム使用契約のためのプレゼンテーション資料として使用することを予定した,ローカルピクトグラム企画書の作成業務を業務委託料270万円(消費税込み)で委託した。
P1は,上記業務委託を受けて企画書を作成し,被告都市センターに国際集客都市大阪におけるローカルピクトグラム作成のコンセプトを提案した。
P1は,本件ピクトグラムの対象となった19施設及びユニバーサル・スタジオ・ジャパンを加えた20施設について,「大阪市ローカルピクトグラム基本デザイン」を作成し,これを被告都市センターに提案した。
〇 被告都市センターとIデザイン研究所との間のローカルピクトグラム使用契約
被告都市センターは,平成12年3月31日,大阪市各局の設置する案内表示等に,P1がデザインしたローカルピクトグラムを使用することを目的として,Iデザイン研究所との間で,ローカルピクトグラム使用契約を締結した(「本件使用許諾契約1」)。
本件使用許諾契約1の対象は,前記の「大阪市ローカルピクトグラム基本デザイン」からユニバーサル・スタジオ・ジャパンを除いた19施設のピクトグラム(本件ピクトグラム)であり,その形状や色彩等は,別紙著作物目録記載のとおりである。
本件使用許諾契約1には以下の条項が定められている。
被告都市センター(以下甲)とIデザイン研究所(以下乙)とは,大阪市ローカルピクトグラム使用協定書による大阪市ローカルピクトグラム(以下本件ローカルピクトグラム)の使用許諾に関し,次の通り使用契約を締結する。
第2条(対象物)
大阪市案内表示ガイドラインに従って実施される大阪市各局の案内表示ならびにそれらを補足する地図等の媒体(別表の項目a)
別表 ローカルピクトグラムの適用事例項目
a 1 案内サイン,誘導サイン,案内地図
2 バナー,フラッグ等の装飾物
3 集客印刷物(ポスター,パンフレット,チラシ,DM等)の案内図
第3条(使用の制限)
本件ローカルピクトグラムの対象となる集客施設は本件ローカルピクトグラムを一般のサービスマークやシンボルマークとして使用することはできない(別表の項目b)。
ただし甲乙協議して合意できる使用についてはこの限りではない。
別表 ローカルピクトグラムの適用事例項目
b 1 ビジネスフォーム(名詞,便せん,封筒,紙袋類等)
2 パッケージ(キャリーバック,包装紙,ステッカー。および商品用パッケージ類等)
3 商品(記念品,贈答品,販売用商品類等)
4 媒体使用の制作物(ホームページ,屋外広告看板,新聞雑誌,CM等の広告類)
第5条(乙への発注)(改定前)
甲は,本件ローカルピクトグラムを使用する対象物のデザイン及びその製作を乙に依頼するものとする。
2 前項に基づく本件ローカルピクトグラムを利用する対象物のデザイン料,製作料等取り引き条件については,別途協議して取り決めるものとする。
3 ただし,甲乙協議により乙が認める対象物については乙への発注を除外することができる。
(甲第18号証で改定)
新たなローカルピクトグラムの追加については,乙に依頼することを前提に,協議によるものとする。
第6条(第三者への使用許諾)
甲及び乙は本契約の有効期間中,甲が大阪市経済局と締結するローカルピクトグラム使用協定書に定義される第三者の広告宣伝物等への使用を許諾しないものとする。
第7条(有効期間)
本契約の有効期間は,平成12年3月31日から1年間とする。但し,期間満了の1ヶ月前までに甲乙いずれからも何らの申出のないときは,更に1年間延長されるものとし以後も同様とする。本件ローカルピクトグラムの使用権の有効期間を10年とし,その間ローカルピクトグラムの効果的な普及に努める。その後の継続については公的なローカルピクトグラムの性格から評価して,施設管理者の承認のもとで使用権を開放することを検討する。
第8条(対価)
以上の条件で10年間の使用権および次の製作項目とその納品に対して甲は成果品の納品後1月以内に契約額6,982,500円(税込み)を支払う。ただし,10年を経過して後の使用権の追加支払いは生じないものとする。
〇 被告都市センターとIデザイン研究所との間の大阪市観光案内図使用契約
被告都市センターは,平成12年8月31日,被告大阪市が設置する観光案内表示板等に,P1のデザインした本件ピクトグラムを配した大阪市観光案内図を使用することを目的として,Iデザイン研究所との間で,大阪市観光案内図使用契約を締結した(以下この契約を「本件使用許諾契約2」といい,本件使用許諾契約1と併せて「本件各使用許諾契約」という。)。
〇 本件使用許諾契約2には,次の条項がある。
被告都市センター(以下甲)とIデザイン研究所(以下乙)とは,大阪市観光案内図の使用の許諾に関し,次の通り使用契約を締結する。
第2条(対象)
本件大阪市観光案内図は,大阪市が設置する観光案内表示板のほか大阪市各局ならびにローカルピクトグラム使用契約を結んでいる施設管理者が設置する案内表示板に使用することができる。
第3条(使用の制限)
本件大阪市観光案内図の印刷物並びに電子媒体への使用はできないものとする。
ただし,甲乙協議して合意できる場合についてはこの限りではない。
第6条(有効期間)
本契約の有効期間は,平成12年8月31日から1年間とする。但し,期間満了の1か月前までに甲乙いずれからも何らの申出のないときは,更に1年間延長されるものとし以後も同様とする。大阪市観光案内図の使用権の有効期間を10年とし,その間大阪市観光案内図の効果的な普及に努める。その後の継続については公的な性格から評価して,使用権を開放することを検討する。
第8条(対価)
以上の条件で10年間の使用権および次の成果品に対して甲は成果品の納品後1か月以内に契約額451万5000円(税込み)を支払う。ただし,10年を経過して後の使用権の追加支払いは生じないものとする。
〇 被告大阪市への使用許諾
被告都市センターは,本件使用許諾契約1における本件ピクトグラムの使用権に基づいて,被告大阪市に対し,大阪市各局の案内表示への本件ピクトグラムの使用を許諾し,また,本件使用許諾契約2における本件案内図の使用権に基づいて大阪市各局の設置する案内表示板への本件案内図の使用を許諾した。
Iデザイン研究所の原告への統合
原告は,平成19年6月1日,Iデザイン研究所の行っていた事業を原告内に統合した。
〇 被告大阪市及びコンベンション協会の行為
被告大阪市は,合計341か所の案内板で平成22年3月31日以降も本件ピクトグラムを使用し,そのうち23か所で,同年8月31日以降も本件案内図を使用してきた。
他方で,被告大阪市は,従前から別紙4案内図又はその基となった案内図を使用してきた。
コンベンション協会は,別紙「大阪街歩きガイド」と題する冊子(「本件冊子」)を発行してこれを不特定人に対して無償譲渡し,平成22年4月2日以降,同冊子の電子データ(PDFファイル)をホームページに掲載して閲覧及びダウンロード可能な状況においた。本件冊子中の地図及び路線図中には,本件ピクトグラム(一部)の四角枠と文字を除いた絵の部分が配されている。
〇 平成23年5月以降の経緯
被告都市センターは,平成23年5月頃,P1に対し,本件各使用許諾契約にかかる使用権の期間満了について問い合わせ,これを契機に,被告都市センター,被告大阪市及び原告は,約1年にわたり,本件ピクトグラム及び本件案内図の著作権の権利処理につき協議を行った。
被告大阪市は,当初,使用許諾の再契約をする方向で検討し,これを前提に,平成23年10月頃には,原告が本件ピクトグラムの修正を行うなどした。しかしながら,平成24年4月の協議において,被告大阪市は,本件ピクトグラムの著作権を譲り受ける方針に変更したため,相当額の協議を行うことになり,原告において本件ピクトグラム1施設につき100万円の提示がされるなどしたが,結局,原告との間で譲渡額の合意に至らなかった。
被告大阪市は,同年5月17日頃,原告に対し,本件ピクトグラム及び本件案内図の使用を中止し撤去する旨の申し出をし,同年6月15日付け書面において,同月18日から同年7月末までに撤去・抹消を完了する予定である旨通知し,平成24年6月頃から同年7月頃にかけて,それらを順次撤去・抹消するなどした。

2 判断
(1) 争点1-1(被告らは,本件各使用許諾契約における有効期間の満了により,有効期間内に作成した本件ピクトグラム等についての原状回復義務を負うか)について
ア 各使用許諾契約に基づく使用権について
前記前提事実のとおり,本件各使用許諾契約において,本件ピクトグラムを大阪市各局の案内表示等に,本件案内図を大阪市が設置する観光案内表示板等に使用することができるとし,使用権の有効期間を10年とする旨定められている(本件使用許諾契約1第2条,第7条,同契約2第2条,第6条)。
この点,被告らは,本件各使用許諾契約が10年後の使用権を前提とした規定がある,また,有効期間後の措置等についての定めがないなどとして,使用権が有効期間後も消滅しない旨主張する。
確かに,被告側が当初は本件ピクトグラムの使用権を買い取ることを要望していたことは前記認定のとおりであり,10年経過後について,「使用権を開放することを検討する」,「10年を経過して後の使用権の追加支払いは生じないものとする。」(本件使用許諾契約1の7条及び8条,同2の6条及び8条)と規定されたのも被告側の求めによるものと考えられることからすると,被告側は,10年経過後には本件ピクトグラムの使用権が開放され,追加費用の支払を要しないようにしようとしていたと認められる。
しかし,被告側が求めた使用権の買取りができなかったのは,Iデザイン研究所との間で対価の折合いがつかなかったためであることからすると,本件許諾契約1は,本件ピクトグラムの使用条件を限定することで,所定の対価による折合いがついたものであると認められる。このような経緯からすると,10年が「契約の有効期間」と明記され,10年経過後の継続については,「使用権を開放することを検討する」と規定されるにとどまっており,何らの協議なく当然に開放されるとはされていないこと,「10年を経過して後の使用権の追加支払いは生じないものとする」との定めも,使用権に対する支払の規定であり,使用権の存続を定めるものではないことからすると,被告が有していた意図は,そのまま契約内容として条項化するには至らなかったというべきである。
そうすると,再契約や使用権の開放等がない以上,使用権は本件各使用許諾契約に定められた10年で消滅すると解するのが相当である。
イ 有効期間満了後の被告らの義務
() 被告都市センターについて
本件各使用許諾契約には,有効期間満了後の被告らの義務について明確な規定はない。
しかし,本件各使用許諾契約において,被告都市センターに認められた本件ピクトグラム等の使用権は,主として複製後も継続して展示される案内表示が対象とされており,複製後も被告大阪市において使用し続ける形態であることを前提としている。本件各使用許諾契約は,このような使用形態を前提に,有効期間を設定して契約当事者間の折合いをつけたものであることからすると,有効期間を新たな複製ができる期間と解したのでは,その趣旨が損なわれることになる。また,「使用」の通常の意義からしても,「使用権の有効期間」とは,本件ピクトグラム等を複製することだけでなく,複製した案内表示等の展示を継続することの有効期間を定めたものと解するのが自然である。
そうすると,本件各許諾契約においては,有効期間が満了した以上,少なくとも案内表示での本件ピクトグラム等の使用を中止し,原状に復するという合意までが含まれていると認めるのが相当であり,原状回復義務として,既に複製された本件ピクトグラム等の抹消・消除の義務が生じると解するのが相当である。
この点について,被告らは,本件各使用許諾契約において本件ピクトグラム等が展示され続けることが予想されながら撤去等の規定がないこと,本件各使用許諾契約が本件ピクトグラム等の普及を目指していた経緯等から,既に期間内に複製された本件ピクトグラムの展示等が「使用」に含まれると解するのは不合理である旨主張する。
しかし,本件各使用許諾契約において,本件ピクトグラム等の効果的な普及に努めることが定められ,有効期間満了後の使用権の開放等も念頭に置かれていたことや,原告が,有効期間満了後の協議において,大阪市観光における本件ピクトグラム等の位置づけやその普及を重視していたこと等からすれば,10年経過後も円満に使用継続がされるとの希望的観測の下に,有効期間満了後の撤去等の具体的定めを置かなかったにすぎないとしても不合理でないし,本件ピクトグラム等の使用権が継続されず,本件ピクトグラムの普及が困難となった場合,観光における意味は早晩無くなることは必至であるところ,原告が,そのような場合にまで,有効期間内に複製された本件ピクトグラム等を継続して展示することを了解していたと解することはできない。
よって,本件各使用許諾契約の期間満了による原状回復義務として,被告都市センターは本件ピクトグラム等の抹消・消除義務を負う。
() 被告大阪市について
本件各使用許諾契約においては,Iデザイン研究所が,被告都市センターに対し本件ピクトグラム等についての使用を許諾するに当たり,大阪市案内表示ガイドラインに従って実施される大阪市各局の案内表示とそれらを補足する地図等の媒体において,被告大阪市が本件ピクトグラム等を使用することが定められている。このような構造からすると,被告大阪市は,Iデザイン研究所の承諾の下に,都市センターの使用権を前提に,本件ピクトグラム等の一種の再使用許諾を受けているものといえ,これは,賃貸人の承諾を受けて転貸借がされている状況と同様の状況にあるといえる。そして,民法613条の趣旨は,転貸借が適法に行われている場合に,目的物を現実に用益する転借人に対する直接請求権を認めることにより,賃貸人の地位を保護する点にあるが,再使用許諾関係の場合にも,本件ピクトグラムを現実に使用するのが再被許諾者である被告大阪市である以上,同様の趣旨が妥当するというべきである。
この点について,被告らは,占有移転を前提とする賃貸借と,権利者の権利不行使を本質とする著作権の利用許諾を同一視できない旨主張するが,本件における本件ピクトグラム等の使用は,案内板等における継続的使用を対象とし,本件各使用許諾契約において被告都市センターに原状回復義務が認められるのであるから,賃貸借終了後の原状回復義務に類似した関係にあるといえる。
したがって,被告大阪市においては,本件各使用許諾契約の当事者ではないものの,民法613条を類推適用し,本件ピクトグラム等の抹消・消除義務を直接負うものと解される。
(2) 争点1-2(原告は,被告らに対し,Iデザイン研究所から本件各使用許諾契約の許諾者たる地位を承継したとして,同契約上の権利を主張し得るか)について
ア 原告が,平成19年6月1日にIデザイン研究所の事業を統合する際に,P1がIデザイン研究所において作成したVIデザイン等の著作権全てをIデザイン研究所から包括的に譲り受ける合意をしたことについては,原告代表者とIデザイン研究所の代表であったP1との間で認識が合致しており,その後同年9月にIデザイン研究所が解散清算していること等からしても,当事者間において本件ピクトグラム等を含む著作権(後記争点のとおり本件ピクトグラム等は著作物性を有すると認められる。)が譲渡された事実が認められ,そうである以上,本件各使用許諾契約上の地位も譲渡されたと認められる。
被告らは,事業の全部譲渡に該当するとして,必要な株主総会特別決議がないことから譲渡はなく,仮に譲渡があったとしても総会決議がなく無効である旨主張するが,原告がIデザイン研究所における雇用関係や顧客を承継していないことからすれば,事業の全部譲渡には該当せず,被告の主張は採用できない。
イ そして,本件各使用許諾契約における許諾者の義務は,許諾者からの権利不行使を主とするものであり,本件ピクトグラムの著作権者が誰であるかによって履行方法が特に変わるものではないことからすれば,本件ピクトグラムの著作権の譲渡と共に,被許諾者たる被告都市センターの承諾なくして本件各使用許諾契約の許諾者たる地位が有効に移転されたと認めるのが相当である(賃貸人たる地位の移転に関するものではあるが最高裁判所昭和46年4月23日判決参照)。
ウ しかし,著作物の使用許諾契約の許諾者たる地位の譲受人が,使用料の請求等,契約に基づく権利を積極的に行使する場合には,これを対抗関係というかは別として,賃貸人たる地位の移転の場合に必要となる権利保護要件としての登記と同様,著作権の登録を備えることが必要であると解される(賃貸人たる地位の移転に関するものではあるが最高裁判所昭和49年3月19日判決参照)。
この点について,原告は,被告らは平成23年5月以降の協議において原告が著作権者であることを認めていたと主張するが,(証拠)に照らして採用できない。
したがって,原告は,被告らに対し,著作権の登録なくして本件各使用許諾契約上の地位を主張することはできない。
エ よって,その余の点について判断するまでもなく,本件各使用許諾契約の有効期間内に作成された本件ピクトグラム等について,原告の被告らに対する,本件各使用許諾契約による原状回復義務及びその違反に基づく請求は理由がない。
(3) 争点2-2(被告大阪市による有効期間満了後に作成された本件ピクトラムの使用による著作権侵害の有無)及び争点3(原状回復義務及び著作権に基づく本件ピクトグラムの抹消・消除の必要性)について
原告は,本件使用許諾契約1の有効期間満了後に,被告大阪市が本件ピクトグラム等を用いた案内板等を新たに作成している旨主張するが,これを認めるに足る証拠はなく,そのおそれがあると認めるに足りる証拠もない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,被告大阪市による本件ピクトグラムの使用による著作権及び著作権侵害に基づく請求は理由がない。
(4) 争点5-1(本件ピクトグラムの著作物性)について
()
(5) 争点5-2(本件冊子において本件ピクトグラムが「複製」されているか)について
()
(6) 争点5-3(本件冊子における本件ピクトグラムの掲載が「引用」に当たるか)について
()
(7) 争点5-4(本件冊子の頒布及びPDFファイルのホームページへの掲載は,本件使用許諾契約1により許諾されたものか)について
ア 本件冊子の頒布について
本件使用許諾契約1においては,使用許諾の対象について,「大阪市各局の案内表示ならびにそれらを補足する地図等の媒体(別表の項目a)」(第2条)と規定し,別表における項目aとして,「集客印刷物(・・・パンフレット等・・・)の案内図」が記載されている。
本件冊子は,大阪観光ガイドブックとして,被告大阪市がコンベンション協会との共同名義で発行したものであり,そのような集客印刷物である観光パンフレットの案内図に本件ピクトグラムを使用したものであるから,本件使用許諾契約1の予定する範囲内であり,許諾されたものといえる。
この点について,原告は,複製の主体はコンベンション協会であり,同協会による使用は許諾の範囲外である旨主張するが,コンベンション協会が共同名義になっていたとしても,共同で発行する被告大阪市が許諾を受けているのであれば,コンベンション協会の行為も上記許諾に基づくものであると解されるし,仮にそうでないとしても,本件使用許諾契約1の第6条の趣旨に照らして適法な再々使用許諾がされたと認めるのが相当である。
そして,本件冊子については,発行日を認めるに足る証拠はないが,発刊の知らせがホームページ上に掲載されたのが平成22年4月2日であることからすれば,その製作自体は遅くとも同年3月31日までにされていたと推認できるから,時期的にも本件使用許諾契約1の範囲内のものといえる。なお,本件冊子のように頒布が当然予定される集客印刷物について,頒布されたか否かを覚知することは一般に困難であることからすれば,被告大阪市が所有管理する前記(1)の案内板等の場合とは異なり,本件使用許諾契約1の有効期間内に作製された集客印刷物については,有効期間満了後これを回収し,廃棄することまでを合意していたと解することはできない。したがって,本件冊子が有効期間内に作製されたものである以上,その頒布も許諾されているものと解される。
イ ホームページへの掲載
次に,コンベンション協会のホームページに,本件冊子がPDFファイルにしてダウンロード可能な状態に置かれたことについて検討する。
この点について,被告都市センターは,本件冊子のPDFファイルをダウンロードできる状態に置くことは,本件冊子の頒布にすぎず,本件使用許諾契約1による許諾の範囲内であると主張する。しかし,不特定多数の公衆がダウンロードすることにより閲覧可能となる状態のものが,使用許諾対象とされた「集客印刷物」に該当するとはいえないし,不特定多数人がダウンロードすることが可能な状況を,アクセスの限定されている印刷物の「頒布」と同視することもできない。なお,ホームページでのこのような掲載方法は,本件使用許諾契約1第3条で使用許諾が禁止された別表bの4には該当しないといえるが,これは禁止対象を明確化したにとどまり,許諾対象自体は第2条で規定されているのであるから,第2条に該当しない以上,使用許諾の範囲内にあるとはいえない。
しかも,上記のホームページ掲載は,前提事実記載のとおり,その時期の面でも本件使用許諾契約1の有効期間経過後にされたものといえ,同契約上の使用権が消滅している以上,許諾されたものとはいえない。
したがって,本件冊子のホームページへの掲載は,原告の著作権(公衆送信権)を侵害する行為を構成する。
(8) 争点5-5(被告らは共同不法行為責任を負うか)について
ア 被告大阪市の責任
前記のとおり,本件冊子はコンベンション協会のホームページに掲載されたものである。しかし,被告大阪市も,本件冊子を共同発行するほどコンベンション協会と共同で同市の観光振興を図っていたことからすると,上記ホームページの掲載に関与したものと推認するのが相当であるから,被告大阪市も本件冊子をホームページに掲載した侵害行為について,共同不法行為責任を負うと認められる。
イ 被告都市センターについて
本件使用許諾契約1において,被告都市センターが本件ピクトグラムの使用権を包括的に管理する旨規定されており(第1条),被告大阪市が本件ピクトグラムのデータ使用を認められていたことからすれば,被告都市センターは,本件冊子の作成のために,本件ピクトグラムのデータを提供したことが推認できる。しかし,本件冊子の上記ホームページへの掲載は,本件冊子をPDFファイル化してされたものであり,その掲載に上記データが直接用いられたとは認められない。また,被告都市センターが上記ホームページへの掲載に関与したことをうかがわせる事情もない。そうすると,被告都市センターに本件冊子のホームページへの掲載について共同不法行為責任を問うことはできない。
ウ 以上からすれば,被告大阪市については共同不法行為責任が認められるが,被告都市センターについては認められない。
(9) 争点5-6(原告は,本件ピクトグラムの著作権を取得したとして,その著作権を被告らに対して主張し得るか)について
前記(2)アのとおり,原告は,本件ピクトグラムの著作権を取得したと認められるところ,著作権を取得した者は,著作権を侵害する不法行為者に対し,何ら対抗要件を要することなく自己の権利を対抗することができると解されるから,原告は,被告大阪市に対し,著作権侵害に基づく損害賠償を請求することができる。
(10) 争点5-7(損害額)について
ア 原告は,損害額について,本件使用許諾契約1の8条に定められた対価(698万2500円)を主張する。しかし,本件使用許諾契約1は,別紙全体の38個の本件ピクトグラムのデータ作製及び10年間の使用権に対する対価として定められたものであり,本件冊子のPDFファイルデータの掲載に対する損害としては相当ではない。
そこで検討するに,上記ホームページへの掲載は,平成22年4月2日以降,遅くとも平成24年3月までされたというものであるところ,本件使用許諾契約1の対価が前記のとおりのピクトグラムの数,対価項目及び使用期間に対するものであるのに対し,本件冊子において用いられたものは別紙の本件ピクトグラムのうち18個の絵部分であること,期間として長くみても2年程度であることからすれば,多く見積もっても,70万円を超えることはないと認められる。
この点について,原告は,本件使用許諾契約1の対価の額は,同契約第5条に定める追加発注の可能性を考慮して低額としたものであると主張するが,前記のとおり,本件使用許諾契約1は,当初は被告側とIデザイン研究所とが対価面で折合いがつかなかったことから,種々の限定をした上で上記の対価額で折合いをつけたものであることや,Iデザイン研究所にとっても本件ピクトグラムが公共機関で幅広く使用されることのメリットが十分あったと考えられることからすると,上記の対価額が,本件における著作権法112条3項の損害額の算定資料とならないほどに低額であるとは認められない。
イ そうすると,コンベンション協会が,上記行為に対する解決金として,原告に対し,70万円を支払ったことは当裁判所に顕著な事実であるところ,共同不法行為に基づく損害は,既に共同不法行為者であるコンベンション協会の支払により消滅しており,被告大阪市において,支払うべき損害はない。
以上によれば,原告の被告大阪市に対する本件冊子関係での著作権侵害に基づく損害賠償請求は,理由がない。
(11) 争点6-1(被告大阪市の商法512条に基づく報酬支払義務の有無)について
ア 被告大阪市が,原告に対し,本件ピクトグラムのうち2つの表記の変更及びOCATの飛行機図柄を削除する依頼を行い,原告がこれを受けて上記ピクトグラム3つの修正を行い,データを引き渡したことについては当事者間に争いがない。そこで,被告大阪市がいう無償での合意が成立していたか否かが問題となる。
イ 前記で認定したとおり,上記ピクトグラムの修正は,被告大阪市と原告との間において,本件ピクトグラムの使用継続に向けた協議がされていた際に,被告大阪市の側が,原告に対し,本件ピクトグラムを大阪市公認ピクトグラムとすることや,原告のクレジットを入れるといった,原告の名声向上に寄与する優遇策を示す一方,既存の本件ピクトグラムの継続使用について追加の費用の支払がないようにするよう求め,さらに,原告から新たなピクトグラムの提案があれば予算と随意契約について検討するといった原告の商機拡大の提案もしていた中で,被告大阪市からの求めがあり,原告がこれに応じたものである。そして,その後に原告が,新たなピクトグラムを有償で開発する旨の業務委託契約書の提案をしたのに対し,被告大阪市側は,それを検討すると回答しつつ,上記のピクトグラムの修正を求めたことから,原告はそれに応じて実際に修正作業をし,納品したものである。
このように,当時,被告大阪市は,既存の本件ピクトグラムの継続使用を無償でできるようにするために,原告に対してさまざまな優遇策を示し,原告側はそのような提案の得失を検討して,それらの提案に乗る形で再契約をしようとしており,上記の3つのピクトグラムの修正も,その最中で行われたことからすれば,原告が,被告大阪市の依頼について特に報酬額を定めることなく請け負ったのは,今後,被告大阪市において本件ピクトグラムが公認である旨の何らかの表示がされたうえで法的処理がなされるとともに,新たなローカルピクトグラムを請け負うことができることを条件に,費用の支払なくその前に必要な修正を行うことを合意したもので,今後何の契約も行われない場合にまで当該修正についての報酬を放棄する趣旨ではなかったと認められ,このことは,納品後にP1が被告大阪市の担当者に送付したメールにおいて,「お渡ししたデータ類は,公式ピクトグラムとしてご紹介いただくと共に,契約締結を前提とした無償での業務となっています。」と述べたことからも明らかである。そして,このような原告の意図は,当時の状況からして,被告大阪市側も当然理解していたと推認される。
この点について被告大阪市は,原告が無償で修正することに同意した証拠として乙2を指摘するが,乙2は,平成23年8月25日の原告と被告大阪市とのやりとりを被告大阪市の担当者がまとめたものであるにすぎず,同やりとりの録音反訳である(証拠)に照らして採用できない。
そうすると,被告大阪市との間で上記条件が成就されなかった以上,商人である原告が,本件ピクトグラムの修正という営業の範囲内の行為を行ったのであるから,被告大阪市は,商法512条に基づき,原告に対して報酬を支払う義務を負う。
(12) 争点6-2(相当報酬額)について
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ウ 以上からすれば,原告の被告大阪市に対する相当報酬額は合計22万6500円となる。
(13) 争点7-1(本件地図デザインの著作物性)について
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(14) 争点7-2(別紙4案内図は,本件地図デザインの複製又は翻案か)について
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3 結論
以上をまとめると,本件の各請求についての結論は次のとおりとなる。
(1) 被告都市センター及び被告大阪市に対する本件各使用許諾契約の各有効期間満了による原状回復義務(ないしは民法613条を類推)に基づく,有効期間内に作成した本件ピクトグラムの抹消・消除請求は,原告が契約上の権利を被告らに対抗することができないから,理由がない。
(2) 被告らに対する著作権侵害に基づく本件ピクトグラムの撤去・抹消請求は,被告らにおいて本件各使用許諾契約の有効期間満了後に新たに本件ピクトグラムを作成した事実が認められず,そのおそれも認められないから,理由がない。
(3) 被告らに対する原状回復義務違反ないし著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求は,(1)及び(2)が認められないことから,理由がない。
(4) 被告らに対する本件冊子の頒布及びホームページへの掲載による著作権侵害に基づく損害賠償請求については,被告都市センターについては共同不法行為の成立が認められず,被告大阪市については損害が填補されていることから,理由がない。
(5) 被告大阪市に対する商法512条に基づく請求は,先に述べた限度で理由がある。
(6) 被告大阪市に対する本件地図デザインの著作権侵害にもとづく損害賠償請求は,複製ないし翻案と認められないことから,理由がない。