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著作権判例セレクション
【美術著作物】文字(書体)及び文字セツト(書体の一揃え)の著作物性を否定した事例
▶昭和58年04月26日東京高等裁判所[昭和54(ネ)590]
一 控訴人の被控訴人らに対する本訴各請求は、いずれも、本件各文字(別紙記載の文字、記号などの書体)ないし本件文字セツト(同記載のとおり配列された文字などの書体の一揃い)が著作物性を有すること、換言すれば、著作権法第2条第1項第1号に規定された著作物たる要件をすべて具備することを前提として主張するものである。そこで、本件各文字及び本件文字セツトの著作物性について検討する。
二 文字及びこれに付随して広く用いられる記号(以下、これを「文字等」という。)は、様々な態様をとりうる書体をもつて、はじめて、かつ、専らこれによつて表出されうるものであり、書体を伴わない文字等はない。すなわち、文字等については、その表出に用いられうる書体が文字等と不可分に存しているといいうべきものである。したがつて、特定人に対し、書体について独占的排他的な権利である著作権を認めることは、万人共有の文化的財産たる文字等について、その限度で、その特定人にこれを排他的に独占させ、著作権法の定める長い保護期間にわたり、他人の使用を排除してしまうことになり、容認しえないところである(文字等が本来情報伝達の手段である以上、それは直ちに公に用いられるであろうから、他人がそれとは全く独自に同一著作物を創作して著作権を取得するという余地は、まず考え難いし、万人共有の財産を独占してしまうことには変りはない。)。
もつとも、いま文字等の限度において考えるに、たとえば、書や花文字のあるもののように、文字を素材としたものであつても、専ら思想又は感情にかかる美的な創作であつて、文字等が本来有する情報伝達という実用的機能を果すものではなく、美的な鑑賞の対象となるものであるときには、それは、文字等の実用的記号としての本来的性格を有しないから、著作物性を有するとしうべきものである。
また、文字等ひいてその書体は、その本来の性質として、必要に応じ、大小、太細、濃淡などの態様、黒、青などの色彩をもつて、種々の素材上に、思想又は感情を表現する文を構成するための手段として組み合せられて用いられるべきものであることはいうまでもなく、この意味で、まさに実用的なものである。そして、一般に、実用的なものが、おのずから様々に美的な表現を包含するのは当然であり、現に、文字等の広く一般に用いられている書体においても、そのままで美的な表現を十分具えており、更には、日常個々人が作出する書体も、美的な創作的表現を様々に具えることが多いことは疑いの余地のないところであつて、むしろ、実用的なものこそ、美的かどうかは優れて主観的な面を有するものであるとはいえ、多くの優れた美をおのずと具現するものである。そして、著作権法上の著作物性は、美的な価値の多寡高低によつて決せられるものではなく、単に美術の範囲に属するか否かによつて決せられるものであつて、文字等の書体について美的な表現を創作するにあたつての労作の多少などは、著作物性の決定については考慮されるべきものではない。
文字等の書体は、結局、著作物として特定人に付与される排他的権利の対象とされえないものというべきである。
三 (一)著作権法は、著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(第2条第1項第1号)と定め、著作物の例示をし、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を美術の範囲に属するものの代表的な著作物として示しており(第10条第1項第4号)、また、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」(第2条第2項)と規定している。更に、「美術の著作物」については、「著作者は、その美術の著作物……をこ……の原作品により公に展示する権利を専有する。」(第25条)と規定し、また、「美術の著作物」の原作品の所有者による展示についても、「美術の著作物……の原作品の所有者又はその同意を得た者は、こ……の著作物をその原作品により公に展示することができる。」(第45条第1項)とし、右の「展示が行なわれた場合には、公表されたものとみなす。」(第4条第3項)と定めている。
たしかに、著作権法第2条第1項第1号の規定にいう「美術の範囲に属するもの」のうちには、同法の「建築の著作物」や「写真の著作物」なども包摂されるものであるが、著作権法における前記のような著作物についての例示規定や「美術の著作物」の展示に関する規定などに鑑みても、著作権法が第2条第1項第1号の「美術の範囲に属するもの」とした著作物は、そのうち実用に供されるものについては、創作されたときに、これを客観的にみて、鑑賞の対象と認めうる一品製作の著作物というものと解するのが相当である。著作権法の規定全体を通してみても、実用に供され、あるいは、産業上利用される、本来、量産の予定されることが外観からも認められるような美的な創作物について、これを著作権法による保護の対象としたものと理解しうる、たとえば意匠法など工業所有権制度との調整措置などを定めた規定は見出せない。かえつて、成立に争いのない(証拠)(著作権制度審議会答申)及び(証拠)(著作権制度審議会答申説明書―答申の付属書として審議会から文部大臣に提出されたもの)によれば、著作権法改正の審議過程においても、「実用に供され、あるいは、産業上利用される美的な創作物」(応用美術)の保護(答申説明書第一の四)について検討されてはいるが、そこには、「応用美術とくに図案、ひな型などは、その産業上の利用に関しては、意匠法又は商標法の適用を受けるものであるから、これらについて著作権法による保護を図る場合には、意匠法など工業所有権制度との調整に配意しなければならない。著作権法と意匠法などとでは、権利保護の方法、権利の性質、保護期間などにおいてかなり顕著な相違があり、単純に図案などを絵画、彫刻などと全く同様に著作権法によつて保護することとすると、両制度の重複によつて、従来意匠法などを基調としてその秩序を保つてきている産業界に対し、大きな影響を与えるおそれがあるから」、図案などについては、著作権制度、工業所有権制度双方の利点を取入れた別個のより効果的、合理的な保護制度の検討が必要であるが、右の調整措置の法制化が困難である場合には、今回の著作権制度の改正においては、著作権法による保護の対象を、実用品自体については、美術鑑賞の対象たりうるいわゆる一品製作の美術工芸品に限定することとし、量産される実用品は、それが美的な形状、模様あるいは色彩を有するものであつても、著作権法による保護の対象とはせず、図案などについては、将来において、効果的な保護の措置を検討すべきものである旨述べられている。
右の趣旨を受けて、著作権法は、とくに「美術工芸品」についての規定(第2条第2項)を設けたものと認められる。著作権法の規定内容と右の立法過程における審議内容とを併わせ考えてみても、著作権法が実用に供されるもので「美術の範囲に属する」著作物としたのは、創作されたときにこれを客観的にみて、鑑賞の対象となるべき絵画、彫刻などと同視しうるような一品製作の美術工芸品であると解するのが相当である。
そして、右の立法過程において期待された著作権法と意匠法など工業所有権制度との調整措置が現在なお実現されていないからといつて、著作権法についての右の解釈を変更することはできない。けだし、意匠法などを含む工業所有権制度における調整措置なしに、著作権法による保護の対象をひろげることは、これまで意匠法などを基調として確立されてきた工業所有権制度内の法的秩序を大きく乱すことになるからである。
(二)(証拠等)によれば、本件各文字及び本件文字セツトは、単にデザイン書体であつて、1969年から翌70年にかけて、控訴人が、写植機及び写植用フイルムの販売を業とするF社の注文に応じ、いずれもタイプ・フエイスとして製作したものであることが認められ、これに反する証拠はない。
右認定事実によれば、本件各文字及び本件文字セツトは、それぞれ「一組のデザインとして、印刷、タイプライター、その他の印刷技法によつて文を組立てる手段として意図された」タイプ・フエイス(書体)であることが明らかであつて、本件各文字にはデザインが施されているとはいえ、各文字、数字、その他の記号などは、本来的にそれらの組合わせによつて、情報伝達という実用的機能を期待されたものであり、それがため、そこに美の表現があるとしても、文字等についてすべての国民が共通に有する認識を前提として、特定の文字なり、数字なりとして理解されうる基本的形態を失つてはならないという本質的制約を受けるものである。この点からしても、本件各文字を美術鑑賞の対象として絵画や彫刻などと同視しうる美的創作物とみることはできない。
更に、本件文字セツト(各一揃い)を客観的にみても、タイプ・フエイスとして文を組立てるうえでの実用的利用目的のために、それぞれのセツトは、アルフアベツト、各種記号、数字の順に配列されたものとみられ、この配列形態によつて、鑑賞の対象として絵画や彫刻などと同視できる鑑賞美術の著作物を創作的に表現したものとは認められない。
四 以上のとおりであるから、いずれの点からしても、控訴人の本件各文字及び本件文字セツトについての著作権侵害を理由とする本訴各請求は、理由がなく失当として棄却されるべきものであり、これと同趣旨に出た原判決は正当であつて、本件控訴は、理由がないから、棄却されるべきものである。