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著作権判例セレクション
【言語著作物の侵害性】司法書士試験合格を目指す初学者向け受験対策本の侵害性/「書籍(及びそれに依拠したほとんど同一の書籍)を経済的に利用されない営業上の利益」は一般不法行為上保護されるか
▶平成27年1月30日東京地方裁判所[平成25(ワ)22400]
(注) 本件は,原告書籍の著作権を有するとする原告が,被告書籍を販売するなどしている被告に対し,被告が被告書籍を販売・頒布する行為は,原告の複製権(著作権法21条)及び譲渡権(同法26条の2)を侵害するなどと主張して,不法行為(著作権侵害に基づく請求と一般不法行為に基づく請求の選択的併合)に基づく損害賠償金等の支払いなどを求めた事案である。
1 争点1(本件訴えの適法性)について
被告は,実質的にみて本訴が前訴の蒸し返しである旨主張する。
しかし,証拠及び当裁判所に顕著な事実によれば,原告が本訴において著作権侵害を主張する対象(不動産登記法のテキスト)と前訴において著作権侵害を主張した対象(民法のテキスト)とは,形式的にも実質的にも異なるものであって,著作物性の有無や複製の成否など裁判所の審理判断すべき事項も当然に異なるから,前訴の判決の確定は,被告が本訴に係る請求についてまで紛争が解決されたとの期待を抱くべき事情となり得ないことが明らかであり,原告の本訴における請求及び主張について,前訴における請求及び主張の蒸し返しに当たると認める余地はない(前訴と本訴の審理判断の対象が重複するのは,本件著作権譲渡条項が無効である旨の被告主張〔抗弁〕のみであり,この点について,前訴の判決の理由中では,本件著作権譲渡条項がその目的及び内容において不当又は不合理なものであるとは認められず,強行法規に反するものであるとも認められないと判断されている。)。なお,平成10年最判は,金銭債権の一部について前訴で争われた後に,残部について提訴した事件についての判断であり,本件とは事案を異にすることが明らかであって,被告は,同判決を曲解しているというほかはない。
被告は,本訴が被告への嫌がらせという不当な目的で提起されたものであって,信義則に反する旨の主張もするが,原告が,前訴において又は前訴の係属中に,本訴に係る請求及び主張をすべき義務を被告に対して負っていたと認めるべき根拠はなく,原告の本訴における請求及び主張が信義則に反し,許されないとすることはできない(なお,付言するに,被告が原告との間の紛争を一挙に解決したかったのであれば,被告において,原告の本訴に係る請求等を念頭に置いて,前訴の係属中に,債務不存在確認請求訴訟を提起し,裁判所の審理判断を求めることもできたはずである。)。
2 争点2(著作権侵害の成否)について
(1)ア 著作物の複製(著作権法21条,2条1項15号)とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決参照)。すなわち,複製とは,既存の著作物と同一性のあるものを作成することをいうと解されるところ,この同一性の程度については,完全に同一である場合のみではなく,多少の修正増減があっても著作物の同一性を損なうことのない,実質的に同一である場合も含むと解される。
また,著作物の翻案(同法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうと解される。しかるところ,著作権法は,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物として保護するものであるから(同法2条1項1号),既存の著作物に依拠して作成された対象物件が思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体ではない部分又は表現上創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,当該対象物件の作成は,複製にも翻案にも当たらないものと解するのが相当である(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
このように,複製又は翻案に該当するためには,既存の著作物とこれに依拠して作成された対象物件の同一性を有する部分が著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(同法2条1項1号)。
イ 前記のとおり,原告書籍は,司法書士試験合格を目指す初学者向けのいわゆる受験対策本であり,同試験のために必要な範囲で不動産登記法の基本的概念や手続を説明するものであるから,不動産登記法の該当条文の内容や趣旨,同条文の判例又は学説によって当然に導かれる一般的解釈や実務の運用等に触れ,簡潔に整理して記述することが,その性質上不可避である。
ところで,既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が法令や判決や決定等である場合には,これらが著作権の目的となることができないとされている以上(著作権法13条1ないし3号参照),複製にも翻案にも当たらないと解すべきであるし,同一性を有する部分が法令の内容や判例,法令,通達等によって当然に導かれる事項である場合にも,表現それ自体でない部分において同一性を有するにすぎず,思想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから,複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。また,一つの手続について,法令の規定や実務の手続に従って記述することはアイデアであり,一定の工夫が必要ではあるが,これを独自の観点から分類し整理要約したなどの個性的表現がされている場合は格別,法令等の内容や手続の流れに従って整理したにすぎない場合は,誰が作成しても同じような表現にならざるを得ないから,手続について,実務の手続の流れに沿って説明するにすぎないものである場合も,思想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえず,複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。このように解さなければ,ある者が実務の流れに沿って当該手続を説明した後は,他の者が同じ手続の流れ等を実際の実務に従って説明すること自体を禁じることになりかねないからである。さらに,同一性を有する部分が,法律問題に関する筆者の見解又は一般的な見解であったり,当該手続における一般的な留意事項である場合も,一般の解説書等に記載されていない独自の観点から,それを説明する上で普通に用いられる表現にとらわれずに論じているときは格別,そうでない限り,思想ないしアイデアにおいて同一性を有するにすぎず,思想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから,複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。けだし,ある法律問題についての見解や手続における留意事項自体は著作権法上保護されるべき表現とはいえず,これと同じ見解を表明することや手続における留意点を表記することが著作権法上禁止されるいわれはないからである。
そうすると,法律に従った手続等についての受験対策用の解説書であれば,関連する法令の内容や法律用語の意味を解説し,一般的な法律解釈や実務の運用に触れる際には,確立した法律用語をあらかじめ定義された用法で使用し,判例,法令,通達等によって当然に導かれる一般的な手続を説明しなければならないという表現上の制約があるため,これらの事項について,独自の観点から分類し普通に用いることのない表現を用いて整理要約したなど表現上の格別の工夫がある場合はともかく,手続の流れを手続の目的に沿って,実務で行われる手順に従い,簡潔に要約し,それを説明する上で普通に用いられる法律用語や手続に関する言葉の定義を用いて説明する場合には,誰が作成しても同じような表現にならざるを得ず,このようなものは,結局,筆者の個性が表れているとはいえないから,著作権法によって保護される著作物としての創作性を認めることはできないというべきである。
この点,原告は,原告書籍を全体として,又は一定以上のまとまりのある部分についてみた場合に,作成者の個性が表現されており,創作性がある旨主張するが,以下に述べるとおり,原告の主張する点においては,いずれも上記個性を感得することはできず,表現上の創作性を認めることはできない。
(2)
別紙3「対比表」に関する主張について
以下のとおり,別紙3「対比表」に掲げられた1ないし16の各部分については,いずれも表現上の創作性を認めることはできず,これらが同一であったとしても,被告書籍が原告書籍と表現上の創作性ある部分において同一性を有するとはいえず,原告の著作権を侵害するものとはいえない。
ア 別紙3「対比表」1
「第2章 所有権移転 二 §74Ⅱ保存」と題し,冒頭に土地と1棟の建物の図,敷地利用権の種類を掲げ,不動産登記法の規定する分離処分禁止の原則の説明を関連する法律を交えながら箇条書きで説明した記載である。
しかし,原告が主張する当該原則を説明する際に,関連する情報を選択のうえ箇条書きにして説明すること,必要事項のみを平易な言葉に置き換えること,「→」などを駆使して流れを表現し,重要な箇所には下線で強調すること,余白を使用することなどは,司法書士試験受験対策のための原告書籍の性質上,いずれもありふれたものというべきであるし,その他の点においても創作性は認められない。
イ 別紙3「対比表」2
原告書籍の不動産登記法の規定する所有権移転のうち特定承継の「1売買」について説明した一部であり,「添付情報」として必要な情報を箇条書きに掲げ,「登録免許税」,「まとめ」として,申請方法,登記済証・登記識別情報等について要・不要を「○」「×」で表して,一つの表にした記載がある。
しかし,原告が主張する登記に必要な書類,手続に必要な費用を箇条書きで掲げること,要・不要なものを表にして「○」「×」で表記すること等は,司法書士試験受験対策のための原告書籍の性質上,いずれもありふれたものというべきであるし,その他の点においても創作性は認められない。
ウ 別紙3「対比表」3
原告書籍の不動産登記法の規定する所有権移転のうち特定承継の「3農地の売買」について説明した一部であり,農地法の許可が必要な行為と不要な行為について説明した箇所であり,意思に基づく移転か否かで大きく分けられること,許可が不要なものと必要なものを相続,包括遺贈,遺産分割などに分けて表にした記載がある。
しかし,原告が主張する条文に規定のない行為についての記載や,条文の順序に関わりなく,類似知識を一体的に並べることで受験生にわかりやすく配列し,比較対照しやすい知識を左右に横並びに表示して一覧性を高めること,平易な言葉で分かりやすく表現する,箇条書き的に短い平易な文章で説明すること等は,司法書士試験受験対策のための原告書籍の性質上,いずれもありふれたものというべきであるし,その他の点においても創作性は認められない。
エ 別紙3「対比表」4
不動産登記法の規定する所有権移転における特定承継のうち「7未成年者(意思能力なし)及び成年被後見人関与の場合」の説明の一部であり,未成年者の場合の「申請人」,「添付情報」について箇条書きで説明した後,成年被後見人の場合の手続を説明し,申請人との関係を実線で結び,その間に必要な書類を記載した図がある。
しかし,原告が主張する,申請人,添付情報,登場人物の関係を実線で結び配置し,その関係性の証明に必要な添付書面を間に配置した点等については,アイデアないしありふれた表現にすぎないというべきであるし,その他の点においても創作性は認められない。
オ 別紙3「対比表」5
不動産登記法の規定する所有権移転における特定承継のうち,「8
利益相反」の項目のうち,親権者と未成年の子の間の利益相反について説明する一部分であり,「申請人」,「添付情報」について箇条書きで説明し,印鑑証明の図を挿絵として入れ,申請人と代理人等の関係を実線で示し,その間に必要な書類を記載した図があり,「その他」において,親権者を債務者とする抵当権設定登記がされている親権者所有の不動産を未成年の子に対して贈与する場合について,図式を挿絵として説明した記載がある。
しかし,原告が主張する,申請人,添付情報,登場人物の関係を実線で結び配置し,その関係性の証明に必要な添付書面を間に配置した点等については,アイデアないしありふれた表現にすぎず,事例を図式化して説明することは,法律の理解のために使用されるありふれた表現というべきであるし,その他の点においても創作性は認められない。
カ 別紙3「対比表」6
不動産登記法の規定する所有権移転における特定承継のうち,「10会社関与」の説明の一部分であり,「添付情報」として必要な書類を箇条書きに記載したほか,人物の関係を実線で結び,その間に必要な書類を記載した図があり,代表者事項証明書を実際の書類の形式で表示した記載がある。
しかし,原告が主張する,登場人物の関係を実線で結び配置し,その関係性の証明に必要な添付書面を間に配置する点は,アイデアないしありふれた表現にすぎず,その他,手続の理解を促すために実際の書類の形式のまま表示することもありふれたものであって,いずれも創作性は認められない。
キ 別紙3「対比表」7
上記「対比表」6に続く頁であり,不動産登記法の規定する所有権移転における特定承継のうち,「10
会社関与」の説明の一部分であり,必要書類と参考情報や必要とされる理由等を四角枠で囲んで説明し,「支配人からの申請」についても,箇条書きで説明した記載がある。
しかし,上記カのとおり,原告が主張する登場人物の関係を実線で結び配置し,その関係性の証明に必要な添付書面を間に配置する点は,アイデアないしありふれた表現にすぎないというべきであるし,その他の点においても創作性は認められない。
ク 別紙3「対比表」8
不動産登記法の規定する所有権移転における特定承継のうち,「19遺贈」の説明の一部分であり,「添付情報」として,箇条書きで必要な情報を説明した記載がある。そのうち,代理権限を証する情報として,a遺言執行者から申請があった場合の説明に,遺言者と遺言執行者等の関係を実線で結び,その間に必要な書類を記載した図がある。
しかし,原告が主張する,登場人物の関係を実線で結び配置し,その関係性の証明に必要な添付書面を間に配置する点は,アイデアないしありふれた表現にすぎず,その他の点においても創作性は認められない。
ケ 別紙3「対比表」9
上記「対比表」8に続く頁であり,不動産登記法の規定する所有権移転における特定承継のうち,「19
遺贈」の説明の一部分で,「添付情報」として,箇条書きで必要な情報を説明した記載のうち,代理権限を証する情報として「a 遺言執行者から申請があった場合」と,「b
相続人から申請する場合」を説明した箇所である。それぞれの場合において,さらに細かく場合分けをして箇条書きで説明し,必要な書類や参考事項について四角枠で囲んだり,必要なものとそうでないものを○×で表形式でまとめた記載,遺言者と遺言執行者等を実線で結び,その間に必要な書類を記載した図がある。
しかし,原告が主張する,登場人物の関係を実線で結び配置し,その関係性の証明に必要な添付書面を間に配置する点は,アイデアないしありふれた表現にすぎず,表形式にまとめることもありふれた表現であるというべきであるし,その他の点においても創作性は認められない。
コ 別紙3「対比表」10
原告書籍においては上記「対比表」9に続く頁(被告書籍においては「対比表」9と同じ頁)であり,不動産登記法の規定する所有権移転における特定承継のうち,「19
遺贈」の説明の一部分で,「添付情報」として,申請人が遺言執行者か相続人かで分けて,必要な書類を○×方式で表にまとめた記載と,事例を掲げて,その場合に必要な添付情報について説明した記載と,登録免許税についての記載がある。
しかし,手続に必要な書類を対象者ごとに分けて表形式にまとめること,事例を掲げて必要な書類を記載すること,手続に必要な費用を掲げることは,いずれもありふれた表現であるから,いずれの点においても創作性は認められない。
サ 別紙3「対比表」11
不動産登記法の規定する所有権移転における包括承継のうち,「2
相続を証する情報について」の説明の一部分であり,被相続人と相続人を実線で結び,その間に必要な書類を記載した図を掲げた後,「相続放棄」についての説明とともに必要な手続について矢印を用いて説明した記載,相続放棄申述受理証明書を実際の書類の形式で表示した記載がある。
しかし,法律の効果や手続について条文とともに箇条書きで説明することは,原告書籍の性質上ありふれた表現であり,理解を助けるために,実際の書式を掲載することもありふれたものであるから,いずれの点においても創作性は認められない。
シ 別紙3「対比表」12
上記「対比表」11に続く頁であり,不動産登記法の規定する所有権移転における包括承継のうち,「2
相続を証する情報について」の説明の一部分で,特別受益について,箇条書きで条文とともに説明した記載がある。また,特別受益証明書を実際の書類の形式で表示したり,特別受益証明書に押印した印鑑について印鑑証明が必要であることについて,特別受益証明書と印鑑証明書の模式図の記載がある。
しかし,法律の効果や手続について説明することや,理解を助けるために,実際の書式を掲載することはありふれた表現であり,いずれの点においても創作性は認められない。
ス 別紙3「対比表」13
不動産登記法の規定する所有権更正における所有権保存登記の更正のうち,「2
単独名義を共有名義に更正」を説明した一部分であり,「所有権保存登記の更正(まとめ)」と題し,登記と実体が異なる場合の登記権利者,登記義務者,利害関係について,持分のみの更正か,単有から共有に,共有から単有に更正かについて,表形式でまとめ,所有権保存登記や抵当権設定登記等の実際の具体的な表記を模式図で表した記載がある。
しかし,上記記載は,不動産登記法の規定内容を表形式で整理したにすぎず,ありふれた表現であって,具体例を実際に示す記載もありふれており,創作性は認められない。
セ 別紙3「対比表」14
不動産登記法の規定する所有権更正における所有権保存登記の更正のうち,「6
「売買」を「贈与」に更正」を説明した一部分であり,「所有権保存登記の更正(まとめ)」と題し,上記スと同様,登記と実体が異なる場合について表形式でまとめた上,所有権保存登記や抵当権設定登記等の実際の具体的な表記を模式図で表した記載がある。
しかし,上記記載も,上記スと同様,不動産登記法の規定内容を表形式で整理したにすぎず,また,具体例を実際に示す記載もありふれた表現であって,創作性は認められない。
ソ 別紙3「対比表」15
不動産登記法の規定する所有権移転における特定承継のうち,「1
売買」についての説明の一部分であり,登記申請書を実際の書類の形式で掲げ,登記原因及びその日付,添付情報,登録免許税について説明した上,まとめとして,申請方法等について○×を用いて整理した表の記載があり,注意すべき点について,枠で囲んだ記載がある。
しかし,登記申請書は,法令の規定に従って記載するものであり,これを実際の形式に沿って記載することはありふれたものであって,登記原因の日付としていつの日付を記載すべきか,添付書類として必要なもの等は法令の規定等から決められた内容,解釈を説明するにすぎないのであって,創作性は認められない。
タ 別紙3「対比表」16
上記シの「対比表」12に続く頁であり,不動産登記法の規定する所有権移転における包括承継のうち,「2
相続を証する情報について」の説明の一部分で,特別受益について,箇条書きで条文とともに事例や先例を掲げて説明した記載がある。説明部分に合わせ,未成年者のイラストを掲げて,原告書籍においては「印鑑証明書が付けられるんだったら,自分で作れるよ」(被告書籍においては「印鑑登録したから自分で作れるよ」)と吹き出し風に記載し,印鑑証明書を取得できる場合を説明したり,親権者のイラストを掲げ,「利益相反にはならないよー」と吹き出し風に記載し,先例の説明に付している。また,特別受益者たる相続の関係を相続関係図を使って説明し,点線の枠囲みをしている記載がある。
しかし,上記のとおり,受験知識に必要な事例や理由,先例の記載は,いずれも通常の不動産登記法の解説書に記載されているような基礎知識や先例の要約であり,原告書籍の性質上,ありふれたものであり,また,イラストや吹き出しを使うことはアイデアに属するもので,創作性は認められない。
(3)
別紙5「対比表」について
ア 前述のとおり,複製権侵害が成立するためには,被告書籍の表現が原告書籍の表現と同一性を有するだけでは足りず,思想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有することが必要である。原告書籍及び被告書籍はいずれも不動産登記法という法令を解説するものである以上,その記載内容,表現ぶり,記述の順序等の点において,不動産登記法の該当条文の内容等を簡潔に整理した記述という範囲にとどまらない,作成者の独自の個性の表れとみることができるような特徴的な点がない限り,表現上の創作性は認められないと解される。以下,原告が主張する各まとまりの表現上の創作性について検討する。
イ 各まとまりについて
(ア) 別紙5「対比表」の各まとまりについては,別紙10「別紙5対比表についての裁判所の判断」の「同一部分の表現上の創作性について」に記載のとおり,各まとまりにおける各記載は,登記手続に必要な知識や情報について,箇条書きで掲げ,簡潔に説明したり,語句をならべて簡潔にまとめたり,図や表形式,登記申請書等の実際の書類をその形式にしたがって具体例を挙げて説明しただけのありふれた表現にすぎないため,表現上の創作性を有しない。
この点,原告は,表現上の制約がある中で,一定以上のまとまりを持って,記述の順序を含め具体的表現において同一である場合には,複製権侵害に当たる場合があると主張する。そして,原告は,原告書籍は一定のまとまりで見た場合,その解説の流れや構成に創作性が看取できると主張し,例えば,原告書籍4頁以下では,所有権保存登記の5類型(「表題部所有者からの保存登記」,「表題部所有者の相続人その他の一般承継人からの保存登記」,「所有権を有することが確定判決によって確認された者からの保存登記」,「収用によって所有権を取得した者からの保存登記」,「区分建物にあって表題部所有者から直接所有権を取得した者からの保存登記」)についてまとめて解説せず,「表題部所有者からの保存登記」という1類型に限定して項目を立て,その登記申請手続から登記の実行までを解説し,解説方法として,冒頭に意義を長々と述べることを避け,表題部の表示と登記申請書を一覧的に掲載・表現することにより,具体的なイメージを受験生に持ってもらい,そのイメージを保持したまま,「表題部所有者からの保存登記」という一つの目的に沿って,登記申請手続の一連の流れを追っていくことができる表現構成になっていることや,原告書籍は,登記申請手続の流れを意識した記載表現・構成となっており,「登記原因及びその日付」,「申請人」,「添付情報」,「登録免許税」,「登記の実行」といった項目立てを用いて,その内容を箇条書き的に示すことで,受験生が最終的に目指す職業である司法書士の実際の業務に沿った形で,具体的な作業をイメージしながら学習できるよう創意工夫が凝らされている点などを掲げて,一定のまとまりとしての創作性を主張する。
確かに,創作性の幅が狭い場合であっても,他に異なる表現があり得るにもかかわらず,同一性を有する表現が一定以上のまとまりをもって当該表現物のほとんどの表現を占めるといえる場合には,そのほとんどの表現を選択していることをもって複製権侵害に当たる場合もあるとも考えられるが,その場合であっても,一定以上のまとまりをもった具体的な表現に筆者の個性が現れていると言えなければ,著作権法によって保護される表現上の創作性を認めることはできないというべきである。
しかし,原告が挙げる上記の点は,司法書士試験受験対策のための原告書籍の性質上,いずれもありふれた表現というべきで,一定のまとまりをもった部分についてみても,それぞれ創作性は認められない。
なお,原告が一定のまとまりとして主張する箇所については,長いもので17頁に及んでいる(まとまり①)が,司法書士試験受験対策のために不動産登記法を解説するという原告書籍や被告書籍の性質を考慮すれば,上記判断を左右するものとはいえない。
(イ) なお,原告は,各まとまりにおいて,被告書籍は「瑣末な部分を除き原告書籍と同一である」旨主張する。
確かに,各まとまりをみると,図表の体裁や挿入箇所,全体のレイアウト,記載順序,説明表現について同一であるところも多いが,別紙10「別紙5対比表についての裁判所の判断」の「相違点について」に記載のとおり,各まとまりにおいては,相当程度の相違点があり,司法書士試験受験対策本という性質上,表現上の制約があることにかんがみれば,上記各相違点は必ずしも「瑣末な部分」であるとはいえず,この点においても,原告の主張は採用できない。
(4)
原告書籍全体について
原告は,原告書籍の全部を著作物として主張し,その例として,別紙3「対比表」及び別紙5「対比表」を掲げた上,創作性を主張するが,原告の主張する点にはいずれも表現上の創作性が認められないことは上記のとおりである。
さらに,原告は,原告書籍全体において筆者の個性が現れた創作性がある表現として,原告書籍が,司法書士試験を受験する受験生にとって分かりやすいことを目的とするものであり,したがって,分かりやすい表現として,体現止め,箇条書き,四角で囲む,矢印等の図式的な表現,樹形図,図表,売買契約書や登記申請書の見本,イラストを用いた視覚的表現を用いていることを主張する。
しかし,原告の主張する上記の点は,受験対策用のテキストであれば普通に用いられる表現又はアイデアであって,表現上の創作性は認められない。
また,解説の流れや構成に創作性があるとし,共通する要素を取り出す総論を置いた後に各論を説明したり,まとめて説明すること,解説として冒頭に意義を長々と述べることを避け,表題部の表示と,登記申請書を一覧できるように掲載したこと,登記の目的に沿って,登記申請手続の一連の流れを追っていくことができる表現構成になっていること等を挙げるが,これらはいずれも,司法書士試験受験対策の講義用のテキストとして,分かりやすくするためのありふれた表現ないしアイデアというべきものであり,表現上の創作性を認めることはできない。
(5)
小括
以上のとおり,原告が主張する点において,被告書籍が原告書籍と表現上の創作性のある部分において同一性を有するとは認められないから,その余の点について検討するまでもなく,被告による著作権侵害は成立せず,著作権侵害を理由とする原告の請求(差止請求,廃棄請求及び損害賠償請求)は,いずれも理由がない。
3 争点3(一般不法行為の成否)について
原告は,被告が原告書籍に依拠して被告書籍を作成・発行した行為は,著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる,原告の営業上の利益という法的に保護された利益を侵害し,しかも,原告の成果物を不正に利用して利益を得たものであるから,公正な自由競争として社会的に許容される限度を超えるものとして一般不法行為を構成する旨主張する。
しかし,「著作権法6条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解するのが相当」(最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決)であり,原告が主張する,原告書籍(及びそれに依拠したほとんど同一の書籍)を経済的に利用されない営業上の利益というのは,まさに著作権法が規律の対象とする,原告書籍の著作物の利用による利益というべきものであって,著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益とは認められず,本件各証拠によっても,被告の営む事業が,自由競争の範囲を逸脱し原告に対する営業妨害等の不法行為を構成するとみられる事情も認められない。
したがって,一般不法行為を理由とする原告の請求(損害賠償請求)は,理由がない。
第5 結論
よって,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。