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著作権判例セレクション
【言語著作物】営業上の名称の著作物性を否定した事例/「営業上の名称権」なるものは認められるか
▶平成12年09月13日名古屋地方裁判所[平成11(ワ)3573]
(注) 本件は、調査業(探偵興信業)を営む原告が、原告を退職して調査業を営む被告に対し、被告が原告在職中に営業上の名称として使用していた「D」の呼称(「本件名称」)を営業上の名称として使用することは、原告の著作権あるいは営業上の名称権若しくは営業上の利益を侵害し、また本件名称を被告の商号に使用することは他人である原告の調査業と誤認させるものであるとして、著作権法112条1項、営業上の名称権及び商法21条2項本文に基づき本件名称を含む商号の使用差止めなどを求めた事案である。
一 争点1について
1 著作物性について
著作権法の保護を受ける著作物とは、思想又は感情の創作的表現であって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項1号)。
本件名称は、特定個人の名称を指すものであり、右の著作物に該当しないことは明らかである。この点、原告が主張するように、本件名称が原告が経営するE調査室中部統括本部又はA調査室中部統括本部の営業員の名称を指称するものであったとしても同様である。
よって、この点に関する原告の主張には理由がない。
2 営業上の名称権若しくは営業上の利益について
原告は、本件名称はフィクショナル・キャラクターとしての性格を持つ原告の営業員の呼称として原告が営業に使用してきたものであり、原告は本件名称について営業上の名称権を有している、あるいは本件名称の使用につき営業上の利益を有していると主張する。
証拠によると、調査業においては、女性の顧客からの夫や恋人の浮気調査の依頼が多いところ、女性のほうが顧客に安心感を与え、調査を頼みやすい効果が生じるとして、女性名を含んだ商号を採用する者が多く、同様の観点から、顧客と接触する営業員にも女性を充てることが多いこと、そして、営業員が調査活動をする場面においては、調査対象者などから絡まれるなどのトラブルが生じるおそれがあることから、営業上の名称として仮名を使用することが多いことが認められる。
しかしながら、原告の主張する「営業上の名称権」の内容については、その内容や権利の性質について明らかでない。第三者の営業について一定の行為の差止めを認めた場合には、これにより侵害される利益も多大なものになるおそれがあり、営業の自由に対する重大な制約を課すことになるから、不正競争防止法による差止請求権の付与など、法律上の規定なくしてはこれを認めることができず、物権や人格権、知的所有権と同様に解するためには、それと同様の社会的必要性、許容性が求められるものである。しかるに、「営業上の名称権」について、その社会的必要性や許容性については、なんらの主張がない。
かえって、前記認定によれば、調査業において、営業員が営業をする上で仮名を必要とする理由は、営業上の効果と、営業上のトラブルからの影響を小さくするためのもので、調査業の特殊性による必要性にすぎず、社会的必要性が高いとはにわかに認められないし、本件名称それ自体は、特定個人の名称として一般的に用いられるものであり、万人がその使用権を享有することができるものであるから、第三者が同様の名称を使用したからといって、原告がその第三者に対してその使用の差止めや損害賠償を請求することができるといった法的権利性を許容することはできないものである。以上のとおり、第三者の名称の使用を差し止めることができる「営業上の名称権」なる権利を認めることはできず、この点に関する原告の主張には理由がない。
原告は、本件名称の使用につき、法的保護に値する営業上の利益を有すると主張するが、前記のとおり、それ自体特定個人の名称として一般的に用いられる名称を使用することは、本来的に自由であり、本件名称の使用が不正競争防止法に規定する不正競争行為に該当しない(本件名称をもって、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示性若しくは営業表示であるとはいえない。)以上、その使用を違法とするような法的保護に値する営業上の利益を有しているとはおよそいえないというべきである。
よって、この点に関する原告の主張には理由がない。
二 争点2について
商法21条は、不正の目的をもって、営業の主体を誤認させるような商号の使用を禁止することにより、誤認されるおそれのある者の氏、氏名権ないし商号権その他の名称の保護を図るものであり、商号選定自由主義(同法16条)の例外を定めている。この点、原告は、原告が雇用する営業員に使用させている呼称を被告が商号に使用していることをもって、営業主体の誤認が生じると主張するが、商号選定自由主義の例外として同条が営業主体の名称一般を特別に保護しようとしている趣旨からすれば、当該営業主体が雇用する営業員の名称一般にまで同条の保護を及ぼすべきでない。
また、被告が本件商号を営業に使用することが被告の営業を原告の営業であると誤認させるようなものであるかを検討するに、原告は「A調査室中部統括本部」の商号で調査業を行っているのに対し、被告は本件商号(「D調査室」及び「D事務所」)で調査業を行っているのであるから、一般人がみて被告の営業を原告の営業であると誤認するおそれがあるとは到底いえないというべきである。
よって、原告の被告に対する商法21条2項本文に基づく本件商号の使用差止請求は理由がない。