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著作権判例セレクション
【権利濫用】公衆送信権及び公表権に基づく権利行使が権利濫用に当たり許されないとした事例
▶令和3年4月14日東京地方裁判所[令和2(ワ)4481等]▶令和3年12月22日知的財産高等裁判所[令和3(ネ)10046]
(注) 本件は,原告(弁護士)から懲戒請求(「本件懲戒請求」)を受けた弁護士であるYが自らのブログ上に掲載した,原告の主張に対する反論を内容とする別紙各記事(「本件記事1」「本件記事2」)に関し,①Yが原告の氏名を明示して本件記事1及び2を掲載したことが原告のプライバシー権を侵害するとともに,原告の氏名が請求人として記載された懲戒請求書(「本件懲戒請求書」)をPDFファイルに複製し,インターネットにアップロードした上,本件記事1内に同ファイルへのリンク(「本件リンク」)を張った行為が,著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害し〔第1事件〕,②第1事件におけるYの訴訟代理人となったZが,第1事件に係る訴えの提起後,Zのブログ記事(「本件記事3」)に本件記事1に対するリンクを張ったことが,前記著作権及び著作者人格権の各権利の幇助に当たるとして〔第2事件〕,原告が,Yに対し,本件記事1(本件リンク先のPDFファイルを含む。)及び本件記事2の削除を求めるとともに,慰謝料等の支払を求めた事案である。
1 争点1-1(本件懲戒請求書の著作物性)について
(略)
2 争点1-2(本件懲戒請求書の公表の有無)について
(略)
6 争点3(本件記事3の掲載の不法行為性)について
(1) 本件記事3の掲載の経緯及び内容は,前記前提事実のとおりであり,これによれば,Zは,Yの第1事件における訴訟代理人として,本件記事3において,Yの意見陳述が素晴らしいものであったとして,その内容をインターネット上に紹介するとともに,これを紹介する前提として,第1事件の内容を説明した上,本件記事1にリンクをし,これを参照し得るようにしたものであると認めることができる。
(2) 原告は,このような本件記事3の掲載が,本件懲戒請求書に係る公表権及び公衆送信権の侵害の幇助に当たると主張する。
しかし,本件記事3は,Yの意見陳述を紹介する前提の説明のため,本件記事1を容易に参照し得るようにリンクを張ったにすぎず,その参照先である本件記事1自体はYの掲載した記事であって,原告の著作物ではない。
したがって,本件記事3の掲載が,本件記事1のリンク先であるPDFファイルに係る公表権及び公衆送信権を侵害するとも,その幇助に当たるとも評価することはできない。
(3) したがって,その余の点を検討するまでもなく,本件記事3の掲載について,不法行為が成立するということはできない。
[控訴審]
1 争点1-1(本件懲戒請求書の著作物性)について
争点1-1(本件懲戒請求書の著作物性)に関する判断は,…原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 争点1-2(本件懲戒請求書の公表の有無)について
争点1-2(本件懲戒請求書の公表の有無)に関する判断は,…原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点1-3(引用の適法性)について
⑴ 著作権法32条1項は,「公表された著作物は,引用して利用することができる。」と定め,引用の対象となる著作物の公表を,適法な引用の要件とするところ,前記2で引用した原判決の説示するとおり,本件懲戒請求書は,公表されたものと認めることはできないから,その余の点について判断するまでもなく,本件リンクにより本件記事1において本件懲戒請求書を引用することは,同項に該当する適法な引用と認めることはできない。
⑵ この点に関して一審被告Yは,本件懲戒請求書が公表された著作物に該当しなかったとしても,著作権法32条1項該当性を認めるべきであると主張するが,同条項は著作権の個別的制限規定であるから同条項の文言に反してその適用要件を緩和することは相当でなく,引用の対象となる著作物が公表されていない以上,同項該当性を認めることはできないというべきである。
4 争点1-4(権利濫用の成否)について
一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使が権利濫用に当たり許されないかについて,検討する。
⑴ 公衆送信権及び公表権により保護されるべき一審原告の利益について
ア 本件懲戒請求書の性質・内容
本件懲戒請求書は,一審原告が,弁護士会に対し,一審被告Yに対する懲戒請求をすること,及び懲戒請求に理由があること等を示すために,本件懲戒請求の趣旨・理由等を記載したものであって,利用者に鑑賞してもらうことを意図して創作されたものではないから,それによって財産的利益を得ることを目的とするものとは認められず,その表現も,懲戒請求の内容を事務的に伝えるものにすぎないから,全体として,著作物であることを基礎づける創作性があることは否定できないとしても,独創性の高い表現による高度の創作性を備えるものではない。
イ 一審原告自身の行動及びその影響
本件産経記事は,一審原告による本件懲戒請求の後,産経新聞のニュースサイトに掲載されたものであって,本件懲戒請求書の「懲戒請求の理由」の第3段落全体(4行)を,その用語や文末を若干変えるなどした上で,かぎ括弧付きで引用していることに加え,証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,一審原告は,産経新聞社に対し,一審被告Yの氏名に関する情報を含め,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら提供したものと推認される。
そうすると,一審原告は,産経新聞社に対し,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供し,それに基づいて,本件懲戒請求書の一部を引用した本件産経記事が産経新聞のニュースサイトに掲載され,その結果,後記⑵のとおり,一審被告Yが,ブログにより,本件懲戒請求書に記載された懲戒請求の理由及び本件産経記事の内容に対して反論しなければならない状況を自ら生じさせたものということができる。
ウ 保護されるべき一審原告の利益
前記2のとおり,本件懲戒請求書は公表されたものとは認められないから,一審原告は,本件懲戒請求書に関して,公衆送信権により保護されるべき利益として,公衆送信されないことに対する財産的利益を有しており,公表権により保護されるべき利益として,公表されないことに対する人格的利益を有していたものと認められる。
しかし,本件懲戒請求書の性質・内容(前記ア)を考慮すると,一審原告が本件懲戒請求書に関して有する財産的利益及び人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動及びその影響(前記イ)を考慮すると,保護されるべき一審原告の上記利益は,一審原告自身の自発的な行動により,少なくとも産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載された時以降は,相当程度減少していたものと認めるのが相当である。
⑵ 一審被告Yによる本件記事1と本件リンクの目的について
前記(前提事実)によれば,本件記事1の目的は,本件産経記事により,一審被告Yに対する本件懲戒請求の事実が報道され,一審被告Yに対する批判的な論評がされたことから,一審被告Yが,自らの信用・名誉を回復するため,本件懲戒請求の理由及びそれを踏まえた本件産経記事の報道内容に対して反論することにあったものと認められる。
ところで,弁護士に対する懲戒請求は,最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず,懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものと認められるから,懲戒請求が弁護士会によって審理・判断される前に懲戒請求の事実が第三者に公表された場合には,最終的に懲戒をしない旨の決定が確定した場合に,そのときになってその事実を公にするだけでは,懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉を回復することが困難であることは容易に推認されるところである。したがって,弁護士が懲戒請求を受け,それが新聞報道等によって弁護士の実名で公表された場合には,懲戒請求に対する反論を公にし,懲戒請求に理由のないことを示すなどの手段により,弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ機会を与えられることが必要であると解すべきである。
本件においては,前記⑴イのとおり,一審原告が一審被告Yに対する懲戒請求をしたことに加え,一審原告が本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら産経新聞社に提供したため,一審被告Yに対して本件懲戒請求がされたことが報道され,広く公衆の知るところになったのであるから,一審被告Yが,公衆によるアクセスが可能なブログに反論文である本件記事1を掲載し,本件懲戒請求に理由のないことを示し,弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ手段を講じることは当然に必要であったというべきである。したがって,本件記事1を作成,公表し,本件リンクを張ることについて,その目的は正当であったものと認められる。
⑶ 本件リンクによる引用の態様の相当性について
ア 上記⑴及び⑵のとおり,一審被告Yは,本件リンクにより,本件懲戒請求書の全文(ただし,本件懲戒請求書のうち,一審原告の住所の「丁目」以下及び電話番号が墨塗りされているもの。)を本件記事1に引用したものであるが,本件においては,一審原告が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容を提供し,産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたため,一審被告Yは,弁護士としての信用及び名誉の低下を防ぐために,ブログに反論文である本件記事1を掲載し,懲戒請求に理由のないことを示すことが必要となった。
確かに,本件懲戒請求書は未公表の著作物であり,本件産経記事には本件懲戒請求書の一部が引用されていたものの,その全体が公開されていたものではないが,懲戒請求書の理由の欄には,その全体にわたって,懲戒請求を正当とする理由の主張が記載されていたから,一審被告Yとしては,本件記事1において本件懲戒請求書の要旨を摘示して反論しただけでは,自分に都合のよい部分のみを摘示したのではないかという疑念を抱かれるおそれもあったため,その疑念を払拭し,本件懲戒請求の全ての点について理由がないことを示す必要があり,そのためには,本件懲戒請求書の全部を引用して開示し,一審被告Yによる要旨の摘示が恣意的でないことを確認することができるようにする必要があったものと認められる。
また,一審被告Yは,本件記事1に本件懲戒請求書自体を直接掲載するのではなく,本件懲戒請求書のPDFファイルに本件リンクを張ることによって本件懲戒請求書を引用しており,本件懲戒請求書が,本件記事1を見る者全ての目に直ちに触れるものでなく,本件懲戒請求書の全文を確認することを望む者が本件懲戒請求書を閲覧できるように工夫しており,本件懲戒請求書が必要な限りで開示されるような方策をとっているということができる。
さらに,本件記事1は,本件懲戒請求書とは明確に区別されており,本件懲戒請求に理由のないことを詳細に論じるものであって,その反論の前提として本件懲戒請求書が引用されていることは明らかであり,仮に主従関係を考えるとすれば,本件記事1が主であり,本件懲戒請求書はその前提として従たる位置づけを有するにとどまる。
そして,前記⑴のとおり,一審原告が本件懲戒請求書に関して有する,公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自らの行動により,相当程度減少していたから,本件懲戒請求書の全部が引用されることにより一審原告の被る不利益も相当程度減少していたと認められるばかりか,一審原告は,自らの行為により,本件懲戒請求書又はその内容を産経新聞社に提供し,本件産経記事の産経新聞のニュースサイトへの掲載を招来したものであり,一審原告の上記行為は,本件懲戒請求があったこと及び本件懲戒請求書の内容を世間に公にするという点において,一審被告Yの弁護士としての信用及び名誉に関して非常に大きな影響を与えるものであったと認められる。
イ 以上の点を考慮するならば,一審被告Yが,本件リンクを張ることによって本件懲戒請求書の全文を引用したことは,一審原告が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供して本件産経記事が産経新聞のニュースサイトに掲載されたことなどの本件事案における個別的な事情のもとにおいては,本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったと認められる。
⑷ 権利濫用の成否
前記⑴のとおり,一審原告が本件懲戒請求書に関して有する,公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動により,相当程度減少していたこと,前記⑵のとおり,本件記事1を作成,公表し,本件リンクを張ることについて,その目的は正当であったこと,前記⑶のとおり,本件リンクによる引用の態様は,本件事案における個別的な事情のもとにおいては,本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったことを総合考慮すると,一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は,権利濫用に当たり,許されないものと認めるのが相当である。
⑸ 当事者の主張に対する判断
ア 一審原告の主張について
(ア) 一審原告は,一審原告が本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供し,本件懲戒請求書の一部が本件産経記事に引用されたとしても,一審原告の公表権を保護すべき必要性が全くなくなったわけではなく,他方,一審被告Yは,本件懲戒請求書の要旨又はその一部を引用することにより一審原告の懲戒請求に対して反論することが可能であり,本件懲戒請求書の全部を引用する必要がなかったにもかかわらず,これを全部引用して公表したのであるから,一審原告の一審被告Yに対する公表権の行使は権利濫用に当たらないと主張する。
しかし,前記⑴ウのとおり,一審原告が本件懲戒請求書に関して公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動により相当程度減少していたものと認められる。他方,前記⑶のとおり,一審被告Yは,一審原告が産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容を提供し,産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたため,弁護士としての信用及び名誉の低下を防ぐために,本件懲戒請求書の全文を引用して開示した上で反論する必要があったものであるから,それらを比較衡量すれば,後者の必要性が前者の必要性をはるかに凌駕するというべきであるから,たとえ一審原告の公表権を保護すべき必要性が全くなくなったわけではないとしても,一審原告の一審被告Yに対する公表権の行使は権利濫用に該当するというべきである。
したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 一審原告は,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為と,本件リンクを張るという一審被告Yの行為とは,行為の性質やそれによって閲覧可能となる範囲・程度が異なり,本件懲戒請求書の内容が拡散する規模は,本件リンクを張る行為の方が,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供する行為よりも圧倒的に大きいから,一審原告による公衆送信権及び公表権の行使は権利濫用に当たらないと主張する。
しかし,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為は,産経新聞又はそのニュースサイトによって本件懲戒請求に関する情報が報道されることを意図してされたものと容易に推認され,実際,産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたものであり,産経新聞が大手の一般紙であって,法律に興味を有する者に限らず広く公衆がその新聞又はニュースサイトを閲読するものであることからすると,一審原告の上記行為は,一審被告Yに対する本件懲戒請求があったこと及び本件懲戒請求書の内容を世間に公にするという点において,一審被告Yの弁護士としての信用及び名誉に関して非常に大きな影響を与えるものであったと認められるから,本件懲戒請求書の内容が拡散する規模において,本件リンクを張る行為の方が,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為よりも大きいということはできない。
したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。
イ 一審被告Yの主張について
(ア) 一審被告Yは,一審被告Yの行為は,米国のフェア・ユースの法理により許容されると主張するが,著作権法には,同法理を定めた規定はなく,著作権法の条文を超えて,米国における同法理を我が国において適用することはできないというべきであるから,一審被告Yの上記主張は採用することができない。
(イ) また,一審被告Yは,一審原告による著作権の主張は,いわゆる「私的検閲」に当たるから,権利の濫用に当たる旨,本件記事1における本件懲戒請求書の利用は,時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)に該当するから適法である旨主張する(いずれも当審における新たな主張)。しかし,前記⑷のとおり,前記⑴ないし⑶の事情に照らし,一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権,公表権に基づく権利行使は,権利濫用に当たり,許されないものと認められるから,上記の一審原告の当審における新たな主張に対しては判断を要しない。
5 争点2(プライバシー権侵害の有無)について
⑴ 争点2(プライバシー権侵害の有無)に関する判断は,後記⑵のとおり当審における補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑵ この点に関して一審原告は,弁護士に対して懲戒請求がされたというニュース記事において,対象弁護士の氏名は,公開する必要性が高い情報であるのに対し,懲戒請求者の氏名は公開する必要性のない情報である旨,本件産経記事によって公衆が関心をもつのは,一審被告Yがどのような非違行為を行ったことを理由として懲戒請求されたかということであり,懲戒請求者については,「東京都内の男性」という以上に興味をもつとはいえない旨,そのため,一審原告の氏名は公表される必要性がなく,一審原告が氏名を公表されない利益は,法的保護に値するものである旨,したがって,一審被告Yが本件記事1及び2において本件懲戒請求の懲戒請求者として一審原告の氏名を掲載したことは,一審原告のプライバシー権を侵害する旨主張する。
しかし,懲戒請求は匿名でされるものではなく,特定の懲戒請求者による懲戒請求に理由があるか否かが調査されるものであるから,懲戒請求に関する事実関係において,懲戒請求者の氏名は,懲戒請求された弁護士の氏名,懲戒請求の理由ととともに,重要な意味を有する事項であると認められる。
しかも,前記4⑵のとおり,弁護士に対する懲戒請求は,最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず,懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで,請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものであるから,懲戒請求が弁護士会によって審理・判断される前に懲戒請求の事実が第三者に公表された場合には,最終的に懲戒をしない旨の決定が確定した場合に,そのときになってその事実を公にするだけでは,懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉を回復することが困難であることは容易に推認されるところであるから,懲戒請求があった事実を公にするに当たり,懲戒請求を受けた弁護士の氏名のみを公にし,懲戒請求をした者の氏名を公にしないことは,懲戒請求をしたことについて責任を有する者を明らかにしないまま,一方的に懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉に対し重大な影響を与えることになりかねない。したがって,一審原告が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供して産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載され,本件産経記事においては懲戒請求の対象である一審被告Yの氏名が明らかにされたのみで懲戒請求者の氏名が明らかにされていなかったという本件の具体的事情のもとにおいては,一審被告Yがその信用及び名誉を回復するために本件懲戒請求に対する反論を公にするに当たり,懲戒請求者の氏名を明らかにすることは許容されるべきものであって,それによって一審原告のプライバシー権が違法に侵害されるということにはならないというべきである。
したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。
6 争点3(本件記事3の掲載の不法行為性)について
⑴ 本件記事3の掲載の経緯等は,原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑵ 一審原告は,一審被告Zが,本件記事3に本件記事1に対するリンクを張ったことが,一審被告Yによる一審原告の公衆送信権及び公表権に対する侵害の幇助に当たると主張する。
しかし,証拠によれば,一審被告Zの作成した本件記事3は,本件訴訟の第1審の口頭弁論における一審被告Yの口頭での意見陳述につき,「『刑事弁護』という職業について深く考えさせられるものであり,またこの刑事弁護を生業としている1人として非常に誇りを感じさせられるもの」であったとして,「この素晴らしい意見陳述を1人でも多くの人に見てもらいた」いとの趣旨で,本件懲戒請求書の存在に全く触れることなく,単に本件記事1を容易に参照し得るようにリンクを張ったにすぎないから,一審被告Zに懲戒請求書の公表についてこれを幇助する意思があったとは認められないばかりか,前記4のとおり,一審原告による一審被告Yに対する公衆送信権,公表権に基づく権利行使は権利濫用に当たり許されないものと認められるから,一審被告Zが本件記事3を掲載したことが違法であるとは認められないというべきである。
7 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,一審原告の請求はいずれも理由がないから棄却すべきところ,これと異なり,一審被告Yに対し,本件ブログに掲載されている本件懲戒請求書のPDFファイルの削除を命じた原判決主文第1項は相当でないから,一審被告Yの控訴に基づき,これを取り消し,その取消しに係る部分につき一審原告の請求を棄却することとし,一審原告の本件控訴(当審において控訴の趣旨として追加した差止めの請求を含む。)を棄却することとし,主文のとおり判決する。