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著作権判例セレクション
【編集著作物】英和辞典の編集著作物性を認めた事例
▶昭和59年05月14日東京地方裁判所[昭和50(ワ)480]▶昭和60年11月14日東京高等裁判所[昭和59(ネ)1446]
一 成立に争いのない(証拠)によれば、「アメリカ語要語集」と題する書籍が昭和30年8月20日に研究社出版株式会社から発行されたこと、同書には著作者として原告の氏名が表示されていることが認められ、また、成立に争いのない(証拠)によれば、「アメリカ語人門」と題する書籍が昭和45年11月15日に株式会社三省堂から発行されたこと、同書には著者として原告の氏名が表示されていることが認められる。これらの事実によれば、原告が右各書籍の原稿(以下、単に「要語集」又は「アメリカ語人門」というときは、これらを指す。)を右各日時までに執筆したことが推認される。
二 そこで、「要語集」と「アメリカ語入門」の著作物性について検討する。
1 「要語集」
(一) 前記(証拠)によれば、「要語集」は、3000前後の標準的なアメリカ語の単語、熟語、慣用句を使用頻度に従つて選び出した上、これらを見出し語としてアルフアベツト順に配列し、各見出し語に続けて、その日本語訳を付し、その大部分のものについて、見出し語を用いた慣用句、文例及びこれらの日本語訳を付し、場合により、見出し語の発音記号、見出し語の各日本語訳に対応する英語による言換え、語法の簡単な説明等をした「註」、「注意」等をも付したアメリカ語に関する英和辞典の一種であること、並びに右の文例は、昭和21年ころから昭和29年ころまでの間にわたり、ニユーズ・ウイーク、タイム、リーダーズ・ダイジエスト、ニユーヨーク・タイムズ等の雑誌、新聞やわが国の大学入試問題等に掲載された文章の中から、原告自身が適切であると考えたものを選択したものであることが認められる。
(二) 右の認定の事実と前記一の事実によれば、「要語集」は、原告がアメリカ語を素材にしてその選択と配列に創意をこらして創作した一個の編集著作物と認めることができる。
原告は、「要語集」に掲げられたアメリカ語の新しい語法及び文例について著作権及び著作者人格権を有する旨主張するけれども、アメリカ語の新しい語法を示すものとして原告が集録した単語、熟語、慣用句は言語それ自体を表記したに過ぎないものであつて、原告の思想又は感情の表現ではないことが明らかであるし、文例も原告が創作したものではないこと前記認定のとおりであるから、原告の右主張は失当である。
なお、単語、熟語、慣用句、文例等の日本語訳及び見出し語の英語による言換えは、原告の知的活動の結果表現されたものであると考えられるが、いずれも、日常的によく用いられている単語、熟語、慣用句又は短文の英語を日本訳又は他の英語に置き換えたものであつて、長い文章の翻訳と異なり、英語の語意を正しく理解する能力を有する者であれば、誰が行つても同様のものになると認められるから、原告のみの創作的表現ということはできない。
2 「アメリカ語入門」
(一) 前記(証拠)によれば、「アメリカ語入門」は、別紙記載の全10章から成り、各章において、アメリカ語の単語、熟語、文型等に関する合計113の項目を掲げて、これらにつき、スミス、太郎及び花子の討論という形式を用いた例文その他の用例を示しながら、その語法の解説を加え、また、各章の末尾には、これらの単語等を用いた和文英語の練習問題を、巻末にはその解答を掲げたことなどを内容とする著作物であり、全体として、アメリカ語特有の語法についての入門的解説書という性格を有することが認められる。
(二)右認定の事実と前記一の事実によれば、「アメリカ語入門」は、原告の学識に基づき原告が創作した著作物と認めることができる。
原告は「アメリカ語入門」についても編集著作権を有する旨主張し、確かにこれに収録された単語、熟語、慣用句、文例等について素材の選択、配列という要素が考えられないわけではないが、その著作の内容に照らせば、これらは一個の著作物の内容の成分となつていることが認められ、これらがあるからといつて「アメリカ語入門」を編集著作物としても観念しうるものというのは相当でなく、原告の右主張は失当である。また、同書中に収録された前記単語、熟語、慣用句、文例等は、「要語集」について前述したのと同様の理由で、それ自体が原告の著作物であると認めることはできない。