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著作権判例セレクション

プログラム著作物の侵害性】スピーカ測定器を稼働させるソフトウェアの侵害性が争点となった事例

▶平成211109日東京地方裁判所[平成20()21090]
2 争点(2)(被告ソフトウェアの著作権侵害の有無)について
原告ソフトウェアのプログラムの著作物性及び原告の著作権
ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告ソフトウェアは,パソコンに接続したマイクロフォン及び当該パソコンを経由し,原告測定器に入力された各スピーカの音声データについて,原告測定器を機能させることにより,周波数,抵抗値,極性,異常音等を解析し,その結果をデータ処理して当該パソコンのモニター上に表示するものであると認められる。したがって,電子計算機を機能させて一つの結果を得ることができるように,これに対する指令を組み合わせたものとして表現したものであって,創作性があると認められるから,プログラムの著作物であると認められる。なお,被告も,後記ウのとおり,原告ソフトウェアのソースコードの一部については,原告の著作物であることを争っているが,そのすべてについて著作物性を欠くと主張するものではない。
イ また,弁論の全趣旨によれば,原告ソフトウェアは,原告がその業務上の必要性から開発・製造することとし,原告の製造技術部の従業員が,その職務の一環として開発したものであると認められる。したがって,原告ソフトウェアは,原告の発意に基づき,原告の業務に従事する者が職務上作成したものであるから,原告ソフトウェアのプログラムの著作者及び著作権者は原告であると認められる(著作権法15条2項)。
ウ なお,被告は,被告主張プログラムは,旧モトローラ社から提供された汎用プログラム又はMFCが自動生成したプログラムであって,創造的,個性的内容を含まないものであると主張する。
しかしながら,被告が,旧モトローラ社から提供されたものであることを示すものとして挙げるウェブサイトに,被告主張プログラムの内容が掲載されていると認めるに足る証拠はない。
また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,MFCとは,Visual C++で使われるクラスライブラリーであって,これにより自動生成されるのは,プログラムの一部にすぎず,プログラム全体の完成には,必然的にプログラマーの個性が発揮された創作行為を要すると認められる。
そして,他に,被告主張プログラムが原告の著作物であると認めることを疑わせるに足る事情も認められない。
したがって,被告主張プログラムについても,そのすべてが原告の著作物ではないとはいえず,前記の自動生成される部分を除き,原告の著作物であって,原告にその著作権が帰属すると認められる。
(2) 著作権(複製権)の侵害について
() 被告は,被告ソフトウェアについて,原告ソフトウェアとは異なる機能を追加,変更し,そのためのプログラム・ソースを作成していることをもって,原告ソフトウェアのプログラムとは異なる新規性があると主張し,具体的にも,例えば,「音圧および抵抗の周波数特性を100KHzまで拡張するためのコードは,『ADC読込みタイミング生成ルーチン...A』以下で(中略)上記の追加により,TRS-2004の出力タイミングを設定するルーチン_C_P_N1(中略)_C_P_N4は不要となりTRS-563Wでは削除しました。」,「TRS-563Wでは,周波数foを下記の式⑴の如く補正しています TRS-2004では補正をおこなっていませんので,測定値foのままです。(中略)TRS-563W及びTRS-2004のプログラム・ソースは,(証拠)に示すとおりで,その表現は違いは,上記⑴式と(2)式の違いだけです。」などと主張する。そして,原告ソフトウェアと被告ソフトウェアのソースコードが同一である部分については,被告システムの思想を実現するための基礎知識として利用したにすぎないとも主張する。
しかしながら,このような被告の主張自体,原告ソフトウェアに依拠して,被告ソフトウェアを作成したことを自認したものということができる。
また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告ソフトウェアの45個のファイル中,43個のファイル名につき,被告ソフトウェアに同一のファイル名のものが存在すること,被告ソフトウェアのソースコードには,原告ソフトウェアの機能を変更し,又は新たな機能を付加したもの等に関し,原告ソフトウェアのソースコードに新たに付加した部分又はこれを変更した部分があるものの,その余の部分については,原告ソフトウェアのソースコードと同一又は類似していることが,それぞれ認められる(なお,被告自身,両者のソースコードが同一である部分のすべてにつき,原告の著作物ではないと主張するものではない。)。
() したがって,被告ソフトウェアのプログラムは,原告ソフトウェアのプログラムに依拠して作成されたものであり,かつ,実質的にこれと同一のものであると認められるから,原告の原告ソフトウェアのプログラムについての著作権(複製権)を侵害するものであると認められる。
イ 被告の主張について
() 被告は,仮にソースコードに似ている点があったとしても,被告ソフトウェアは,100KHzまで測定することができるという思想に基づき創作されたものであって,その背景にある思想は,原告ソフトウェアとは全く異なることをもって,著作権侵害はないと主張する。
しかしながら,被告ソフトウェアのプログラムが,原告ソフトウェアのプログラムに変更を加え,独自の機能を付加し,又はその性能を向上させたものであって,その点に独自性を有するとしても,原告ソフトウェアのプログラムに依拠し,その内容及び形式を覚知することができるものを再製した場合(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決参照),又は,原告ソフトウェアのプログラムに依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が原告ソフトウェアのプログラムの表現上の本質的特徴を直接感得することができる別の著作物を創作した場合(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)には,原告ソフトウェアの著作権(複製権又は翻案権)の侵害となることが明らかであるから,このような被告の主張は,それ自体失当であるといわざるを得ない。
() また,被告は,原告ソフトウェアのソースコードは被告が作成したものであって,それを基礎知識として利用して被告ソフトウェアが作成されたにすぎないから,被告ソフトウェアは,原告ソフトウェアの著作権を侵害しないとも主張する。
しかしながら,たとえ被告が原告ソフトウェアのソースコードを作成したとしても,前記⑴イのとおり,その著作者は,原告となり,その著作権も原告に帰属するから,このような被告の主張も,失当であるといえる。
3 争点(3)(原告の許諾の有無)について
(1) 前記2⑴のとおり,原告ソフトウェアのプログラムの著作権は,原告に帰属するから,被告がこれを作成したものであったとしても,原告の許諾なしに,これを複製したプログラムを作成することはできない。
(2)ア 被告は,Bに,被告がスピーカ測定器を製造することを伝えていることをもって,原告の許諾があったと主張する。
しかしながら,他方で,被告自身,その際,Bは,はっきりした返事はしなかったと陳述書に記載している。また,仮に,同陳述書に記載のとおり,Bが被告に顧客を紹介したとしても,その際に,Bが,被告システムの具体的な内容(原告の営業秘密や著作権を侵害する可能性があること)を把握していた等の特段の事情がない限り,そのことをもって,原告の許諾があったと認めることはできない。そして,特段の事情があったと認めるに足る証拠はないから,仮に,Bが顧客を紹介したという事実が認められるとしても,このような事実をもって,被告による原告ソフトウェアのプログラムの利用について,原告の許諾があったと認めることはできない。
そして,他に,Bが,被告に対し,原告ソフトウェアのプログラムを利用することにつき許諾をしたと認めるに足る証拠はない。
イ また,被告は,原告社員が被告システムを共同開発したことをもって,原告から許諾があったと主張し,その証拠として原告社員からのメールを挙げる。
しかしながら,原告社員からのメールには,「TRSで測定したDate」が記載されているのみであり,この記載のみをもって,原告社員が被告システムを共同開発したと認めることはできない。また,当該メールには,原告ソフトウェアのプログラムの利用につき原告からの許諾があったことをうかがわせる記載は,全く認められない。
そもそも,仮に,原告社員が被告システムを共同開発したとしても,それが原告による業務上の命令等に基づき,原告の業務として行われた等の特段の事情がない限り,そのことをもって,原告の許諾があったとみることはできない。そして,このような特段の事情があったと認めるに足る証拠はない。
ウ さらに,被告は,原告及び原告の関連会社が被告システムを購入したことをもって,被告に対する黙示の許諾があった旨主張するが,原告又はその関連会社が,被告システムを購入した事実をもって,被告による原告ソフトウェアのプログラムの利用につき原告の許諾があったといえないことは,明らかである。
エ そして,本件各証拠に照らしても,被告が,原告ソフトウェアのプログラムを利用してソフトウェアを製造・販売することにつき,原告の許諾があったと認めるに足る証拠はないことから,被告が原告ソフトウェアのプログラムを利用することにつき,原告の許諾があったことをうかがわせるに足る事情は,認めることができない(なお,仮に,被告がスピーカ測定器及びそのためのソフトウェアを製造・販売することを原告が認めていた(又は禁止をしていなかった)としても,原告ソフトウェアのプログラムの使用についての明確な許諾がない限り,原告ソフトウェアのプログラムを利用して,これと実質的に同一のソフトウェアを製造・販売することは,許容されるものではない。)。
4 争点(4)(差止め等の請求の可否)について
証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告は,平成19年1月30日時点では,ウェブサイトに被告測定器の写真を含む被告システムの情報を記載し販促行為を行っていたが,現在は,被告システムを販売しておらず,新たにTRSX(TRSX-100Aと称することもある。以下,単に「TRSX」という。)という品番のスピーカ測定器及びこれに対応したソフトウェアを製造・販売していること,被告のウェブサイトの前記記載も,その後,TRSXに関する記載及びその写真に差し替えられていること,被告は,本件訴訟の過程においても,今後は,被告システムを販売しない旨述べていることが,それぞれ認められる。また,被告は,いまだ被告ソフトウェアのソースコードを記録した電子データを保有していると認められるものの,被告測定器を保有していると認めるに足る証拠はない。
これらのことからすれば,被告は,現在,被告測定器を製造・販売していないのみならず,今後も,これを製造・販売するおそれがあると認めることはできない。また,被告測定器に関する情報も,現在,被告のウェブサイト上に掲載されていないのみならず,今後も,これが掲載されるおそれがあると認めることはできない。
他方で,被告ソフトウェアについては,被告は,現在,これを製造・販売していないものの,いまだこれを記録した電子データを格納した記憶媒体を保有していること,電子データであるという性質上,その複製も容易であることに照らして,複製又は販売のおそれがないとはいえず,このようなおそれを完全に払拭するためには,被告ソフトウェアを格納した記憶媒体を廃棄させる必要があると認められる。
したがって,原告ソフトウェアについての原告の著作権を被告が侵害するおそれがある(著作権法112条1項)と認められるから,原告の差止め及び廃棄の請求は,著作権侵害に基づき,被告ソフトウェアの複製・販売の差止め及び被告ソフトウェアを格納した記憶媒体の廃棄を求める範囲で理由があるものと認められる。
なお,原告の請求のうち,被告測定器の製造・販売の差止め及び被告測定器の情報のウェブサイトへの掲載の禁止,被告測定器の廃棄を求める部分については,前記1のとおり,原告ソフトウェアのソースコードに関する部分を除いて不競法違反が認められないのみならず,被告が営業上の利益を侵害するおそれがある旨の差止めの要件(不競法3条1項)も認められないことから,この点からも理由がない。
5 争点(5)(損害賠償請求の可否及びその額)について
(1) 前記2のとおり,被告は,原告ソフトウェアに依拠して被告ソフトウェアを作成したと認められることからすれば,著作権を侵害したことにつき,故意(少なくとも過失)があったと認められる。仮に,被告において原告ソフトウェアのプログラムを自由に利用することができると誤信していたとしても,それは著作権及び原告の許諾の存在についての誤解に基づくものにすぎず,このような誤解をもって,少なくとも過失がないということはできない。
したがって,被告は,原告に対し,原告ソフトウェアのプログラムの著作権を侵害したことにつき,損害賠償義務を負う。
(2) 著作権法114条2項に基づく損害額(主位的主張)
ア 原告は,被告システムの製造原価について,原告システムの1台当たりの製造原価34万6248円を基にして,1台当たり35万円であると主張する。そして,証拠によれば,原告の主張に係る製造原価は,原告システムの材料・部品費のみに係るものであって,また,原告が,中国において,原告システムを5台製造した場合の費用に基づいて算出されたものと認められる。
しかしながら,製造原価は,材料・部品費のみにとどまるものではない。
また,被告システムが,原告システムと同一の部品を用いたものであって,かつ,被告が中国において当該部品の調達・製造を行っていると認めるに足る証拠はないことからすれば,原告が主張する額をもって,被告システムの製造原価であるということはできない。
() これに対し,被告は,被告システムを2台製造するための費用は,コンピューター代21万円,マイクロフォン代54万円,部品代及び製造代70万円,アートワーク費57万円,設計開発費55万円,管理費用10万円の合計267万円であると主張する。
() 原告は,このうち,初期費用であるプリント基板のアートワーク代については,これを控除すべきではないと主張する。しかしながら,著作権法114条2項にいう「利益の額」とは,売上高等の収入から,被告が侵害品を製造・販売するために追加的に要した費用を控除したものをいうと解すべきところ,これらの費用も,侵害品を製造・販売するために追加的に要した費用と評価することができるから,これも控除すべき費用に含まれるというべきである。
そして,証拠によれば,アートワーク費用は,57万2550円と認められる。
() また,原告は,被告システムは既存のマイクロフォンやパソコンを外付けするから,これらに要する費用は,控除すべき費用には含まれないと主張する。しかしながら,被告システムがこれらの物を含めずに販売されていたと認めるに足る証拠はない。かえって,証拠によれば,被告が新たに製造・販売しているTRSXについての被告のウェブサイトにおける説明には,「既存PC(要USB1.0以上)を利用出来,従来品に比べて価格性能的に優れています」旨の記載があることからすれば,「従来品」である被告システムにおいては,パソコンも合わせて販売していたと推測することができる。
そして,証拠によれば,コンピューター代が21万円,マイクロフォン代が54万円と認められる。
() さらに,部品代及び製造費用が控除すべき費用に含まれることは当事者間に争いがないところ,その額について,被告は,当初,約40万円(=20万円×2台)と主張しながら,後に,原告が主張する製造費用に基づいた額である70万円が部品代及び製造費用であるとして,費用の額を増額して主張する。しかしながら,被告は,自らは何ら部品代及び製造費用の客観的根拠を示していないことからすれば,当初,被告が自認していた額であり,かつ,原告が主張する額の範囲内である,40万円の範囲で,部品代及び製造費用を認めるのが相当である。
() このほか,被告は,設計開発費55万円,管理費用10万円を費用として主張するが,これらは,審理終了段階になって主張を追加したものであって,その具体的な支出内容については何ら明らかにしていないことからすれば,これを控除すべき費用と認めることはできない。
() したがって,被告が被告システム2台を製造するために要した追加的費用は,前記の合計額である172万2550円(=57万2550円+21万円+54万円+40万円)と認められる
ウ これに対し,被告の売上額は160万円であることからすれば,被告においては,侵害行為によって受けた利益が存するとは認められない。
よって,著作権法114条2項に基づく損害額の主張は,認められない。
(3) 著作権法114条3項に基づく損害額(予備的主張)
ア 被告システムは,被告測定器とこれを稼働させる被告ソフトウェアから成るものであるが,このうち,被告が原告の権利を侵害した部分は,被告ソフトウェアに係る部分のみであるから,その損害額も,それに対応した売上額を基準として算定すべきである。
しかしながら,被告測定器と被告ソフトウェアのそれぞれの販売価額は明らかではないことから,被告システム全体における被告ソフトウェアが占める価値を算定する必要があるところ,被告測定器と被告ソフトウェアは,両者が一体となって被告システムの機能を発揮させるものであることに照らせば,被告ソフトウェアが占める価値は,少なくとも,被告システムの販売価格の2分の1を下らないと解すべきである。
イ そして,証拠によれば,平成4年度ないし平成10年度における電気計測器・工業計器・その他の電気機器の技術分野において,他社の技術を導入した場合に契約上支払われる実施料率は,統計上,イニシャルの支払がない場合の平均値が4.6%,最頻値が5%であることが認められる。そして,前記2(2)アのとおり,被告ソフトウェアが,原告ソフトウェアの機能を変更し,又は新たな機能を付加した部分等を除くほかは,原告ソフトウェアのプログラムを複製して作成されたものであると認められること等も考慮すれば,使用料相当額は,前記アの金額の5%とするのが相当である。
したがって,被告の著作権侵害による使用料相当額は,4万円(=160万円×1/2×0.05)となる。
(4) 弁護士費用
本件訴訟の経緯に照らして,弁護士費用は,5万円とするのが相当である。
(5) したがって,原告の損害額は,9万円となる。
なお,前記のとおり,原告ソフトウェアのプログラムについて,その著作権侵害及びそれに基づく差止め等が認められる以上,原告ソフトウェアのソースコードが営業秘密に該当することを前提とする不競法違反の請求については,その検討を要しないことが明らかといえる。