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著作権判例セレクション

【美術著作物】「染描紙」(装飾材料等として用いられる模様付きの和紙(1点物))の著作物性/和紙を利用した屏風の二次的著作物性を認定した事例

▶令和5315日東京地方裁判所[平成30()39895]▶令和51225日知的財産高等裁判所[令和5()10038]
4 本件各染描紙が原告の著作物であるか(争点1)のうち、本件各染描紙15から20関係について
(1) 本件染描紙15から20は原告店舗の2階で販売されたものである。原告が制作する染描紙について、制作の状況は、【前記…のとおりであり】、販売の状況や上記染描紙販売後の原告ウェブサイトの記載は、(前記)のとおりであり、また、その用途については、(前記)のとおりの状況があった。
これらによれば、原告が制作した染描紙は、原告が無地の和紙に一点一点、刷毛等で模様等を描いて制作したものであり、原告が制作した染描紙を販売するための専用の場所といえる、原告の名前の一部を名称に有する原告店舗の2階において、原告が制作し、その独創によるものとして、販売されていた。その販売等の際に、染描紙の用途等が直接的に述べられることはないが、原告ウェブサイトには、染描紙を加工することの相談を受けることが記載され、また、壁、天井、襖、戸、床、卓、灯りなどの内装に使うことや、原告店舗で販売された染描紙等にアーティストが絵を描いたものが記載されており、加工して用いるという使用方法があることやその上に絵を描く者がいることが示されていた。上記の原告ウェブサイトで内装に使うとして例示されたもののうち、「壁、天井、襖、戸」などは、染描紙の全部又は一部をそれらに貼って染描紙の模様等を見ることができるようにしてそれを利用するものであると認められ、また、染描紙がそのように用いられた写真も掲載されている。「灯り」は、染描紙を「灯り」の機器の一部に貼るなどして利用するものと考えられ、原告の染描紙が竹のかご様のものに添わせるように貼って利用されることもあった。また、染描紙は、書道用紙として用いられたり、掛け軸、額などの装飾用紙として用いられたり、花入れで花を飾る部分の周りの装飾として用いられることもあった。
他方、原告ウェブサイトには「パネル仕立て」の相談に応じることが記載され、原告店舗で販売された染描紙をそのままパネルなどにした上で、アートワークとして、店舗やマンション等の壁面に飾られたことも少なくなかった。
以上のとおり、原告店舗で販売される染描紙は、原告が制作したものとして販売されていたところ、その使用の目的を特に定めて販売されているものではなく、それをパネルなどにした上でアートワークとして使用されることも普通に行われ、また、それを壁、天井、襖、戸などに貼ってその模様等をそのまま楽しむ用途で使われることもあり、そのような用途では大きな染描紙が使われることも多かったが、他方、工芸作品の一部に装飾材料として用いられたり、その上に書や絵を描いたりされることもあるものであり、原告ウェブサイトでも染描紙に加工をすることがあることを前提とする記載もされていた。これらによれば、原告の制作する染描紙は、大きなものなどは特に、それ自体が鑑賞の対象とされることも少なくなかったが、画家が描いた絵のように専ら鑑賞目的で販売されているものとまではいえず、工芸作品の装飾材料、書道用紙、絵画用紙等に用いるという実用的な目的も有するものであったといえる。そして、本件染描紙15から20も、原告が販売する他の染描紙に比べて大きいものであったとはいえるが、他の染描紙と同様に販売されていて、専ら鑑賞を目的とするものとまではいえず、上記のような実用的な目的も有するものであったといえる。
(2) 専ら鑑賞を目的とするものではなく、実用的な目的を有するものであっても、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できるものは、その作品の全体が美術の著作物として保護され得ると解するのが相当である。なお、一品制作品といえる「美術工芸品」は実用的な目的を有していても美術の著作物であるとされるところ(著作権法2条2項)、染描紙は原告が一点一点制作しているものではあるが、本件染描紙15~20について、類似する表現を有する染描紙が一定数制作されていることがうかがわれ(例えば、本件染描紙16,20、類似染描紙16、20等)、それぞれが個別に制作されていることをもって、これらが直ちに上記条項にいうところの「美術工芸品」であるということはできない。
そこで、本件染描紙15から20について、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できるかについてみると、本件染描紙15から20について、工芸作品の装飾材料等として模様のついた和紙として利用するという実用目的があるといえ、そのようにして利用される模様のついた和紙として通常想定される模様等は実用的な目的のためのものといえる特徴として、それがあることにより著作物であるとは認められないが、それと分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を有する部分を把握できれば、著作物となり得るといえる。そして、(証拠)によれば、紙におけるにじみなどの模様は模様付きの和紙としてカタログで販売されるものにおいても見られ、本件染描紙15から20における、個々のにじみなどの模様のそれぞれについて、工芸作品の装飾材料等に用いられる模様のついた和紙として通常想定される特徴を超えるといえることを認めるに足りない。他方、本件染描紙15から17、19、20は約74cm×約100cmの大きさであり、本件染描紙18は約65cm×約180cmの大きさであるところ、そこに、特定の色彩を選択して、それぞれににじみなどの技法を用いた相当数の模様等を配置し、その全体としてまとまりのある模様等としている。少なくとも、そのような模様とその配置からなる全体的な構成は、関係各証拠によっても、工芸作品の装飾材料等として用いられる模様付きの和紙として通常想定される特徴とは認められない。
【確かに、(証拠)によれば、紙におけるにじみなどの模様は模様付きの和紙としてカタログで販売される ものにも見られるものではある。しかし、控訴人は、楮を原料とし、にじみが良く、染め方に深みを出すことができる和紙に、膠、明礬及び水を混合した礬砂を刷毛で和紙の片面又は両面に引いて乾かし、その際、礬砂の配合量や引き方等を調整したり、複数の刷毛を使い分けたりすることにより、紙上に、水のにじみにくい部分や染料の染みにくい部分を生み出し、毛質、長さ、大小が異なり、特別に注文した複数の刷毛を使い分け、主に柿渋、胡桃、墨、土など自然の染料で和紙を染め、刷毛のあと、にじみにより紙上に色を配置するなどの手法を用いて和紙に模様や色彩を施し、一点ずつ異なる模様の染描紙を制作しており、創作ノートに構図のためのスケッチ、色、染料の選択、配置、濃淡、線や動き等を記載することもあったこと、そして、本件染描紙15から20のうち、本件染描紙18は約65cm×約180cm、それ以外は約74cm×約100cmという大きさを備えるものであって、控訴人は空の情景を意識して本件染描紙15から20を制作していること、それぞれの模様は原判決別紙本件染描紙(15~20)一覧の各写真のとおりであって、控訴人が、特定の色彩を選択して、構図を考えた上で模様を配置し、全体としてまとまりのある図柄を作り上げたものといえることを考慮すれば、創作的表現がされていると認められる。これらの事情を総合すれば、本件染描紙15から20の上記創作的表現は、模様のついた和紙として通常想定される模様とはいえず、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備える部分を把握することができるといえる。したがって、本件染描紙15から20は、控訴人の著作物であると認められる。】
被告らは、染描紙の著作物性を否定し、原告は、染描紙を、画材として大きさ、類似の模様ごとに分類して、大量の和紙と共に平積みにして無記名で販売していることなどを指摘する。
しかし、染描紙自体には原告の署名等はなかったと認められるものの、染描紙は、原告が一点一点制作するものであるところ、原告が制作した染描紙を販売するための専用の場所といえる、原告の名前の一部を名称に有する原告店舗の2階において、原告が制作し、その独創によるものとして、販売されていた(被告Bも、その制作者が原告であることを認識して、原告店舗で染描紙をたびたび購入していた。)。原告ウェブサイトにおいては、染描紙を「パネル仕立て」にすることが記載され、また、染描紙が壁や天井等の全面に貼られ、それ自体で鑑賞されることがある様子を写した写真も掲載されており、染描紙は用途を画材に限定して販売されているものではない。原告は、新潟県及び北海道等に工房を設けてそこで染描紙の制作を長年続けていて、そのような長年にわたる多量の作品を、原告が制作する染描紙を販売するための専用の場所といえる原告店舗の2階で、分類の上で棚に平積みにして、販売しているといえる。なお、原告は、国内外の様々な展覧会に作家としてその染描紙を出展するほか、原告の名前を冠した展覧会も多数開催されている。染描紙には、様々な大きさのものがあり、その模様等についても種々のものがあることはうかがえるが、少なくとも、本件染描紙15から20については、前記に述べたところにより、著作物であると認められる。

[控訴審]
⑴ 著作物性について
当裁判所も、本件染描紙15から20は控訴人の著作物であると認める。
その理由は、次のとおり補正するほか、原判決のとおりであるから、これを引用する。
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⑵ 翻案について
翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
これを本件において検討すると、被控訴人Y’が制作した本件展示物15から20は、本件染描紙15から20に依拠し、原判決別紙染描紙(15~20)一覧において、四角い枠を付したものとして示した写真における、四角い枠で囲んだ部分を利用して、補正した上で引用した原判決で認定した制作過程を経て制作されたものと認められ、また、本件展示物15から20は、作品の全体像として、「Yアートワークス/天空図屏風シリーズ」と題する一連の作品として、屏風様式を取り入れ、上記作品より一回り大きい茶色のアルミ複合版製の下地とともに設置され、晴天の日の日中は、各展示場の上方の天井にそれぞれ存在する天窓から日差しが差し込むように配置され、本件展示物15から20が展示されている各壁面の正面付近の各床には、本件展示物15から20について、本件説明とともに、それぞれ各和歌(原典及び口語訳)が記載された説明書きが埋め込まれていて、これらの構成要素が組み合わされて仕立てあげられた作品であることが認められるから、本件染描紙15から20の具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現するものと認められるものの、本件展示物15から20の屏風の部分の表現と本件染描紙15から20の上記四角い枠で囲んだ部分の表現とを対比すると、前者は後者と比較して、全体的に青系の色彩が強調され、また、刷毛のあとや染色の境目などの輪郭が鋭く明確化されているなど、両者は色合いや色調に多少の相違が認められるものの、刷毛状の模様、にじみ具合及びこれらの構成や配置は極めて類似しているから、本件展示物15から20に接する者が本件染描紙15から20の表現上の本質的特徴を直接感得することが十分に可能であるということができる。
したがって、本件展示物15から20は、本件染描紙15から20を翻案したものであると認めるのが相当である。
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6 当審における当事者の補充主張に対する判断
⑴ 被控訴人Y’の前記第2の5⑴の主張について
被控訴人Y’は、本件染描紙15から20は著作物に当たらないと主張する。
しかし、補正の上で引用した原判決のとおり、本件染描紙15から20については創作的表現がされていると認められる。
前記のとおり、本件染描紙15から20の模様は、単なる和紙の染みやにじみではなく、控訴人は、膠、明礬及び水を混合した礬砂を刷毛で和紙の片面又は両面に引いて乾かし、その際、礬砂の配合量や引き方等を調整したり、複数の刷毛を使い分けたりすることにより、紙上に、水のにじみにくい部分や染料の染みにくい部分を生み出し、毛質、長さ、大小が異なり、特別に注文した複数の刷毛を使い分け、主に柿渋、胡桃、墨、土など自然の染料で和紙を染め、刷毛のあと、にじみにより紙上に色を配置するなどの手法を用いて模様や色彩を施すなどして、一点ごとに模様の異なる染描紙を制作しており、本件染描紙15から20は空の情景を意識して制作したものである。実際、被控訴人Y’も、控訴人店舗以外の店でも和紙を購入したが、控訴人店舗で購入した染描紙の模様が「空」や「雲」の世界観を見出しやすいと認識し、さらに、本件染描紙15から20の中に「空」や「雲」の世界観を見出すことのできる部分があると認め、その部分を選定して切り出し、染描紙の色合いや色調の変化等を調整、刷毛のあとを際立たせるといった加工を行い、その上で、紙をスキャナで読み込んでスキャンデータを作成し、これを拡大し、電子データ上で色付けし、縦横比を調整するなどして「天空図屏風シリーズ」と題する一連の作品を制作したのであって、本件染描紙15から20の模様を変えることなく、これを強調することによって「空」をイメージさせる作品を作ったといえる。
これらの事情からすれば、本件染描紙15から20については、創作ノートその他染描紙の構成や色彩に関して控訴人が記載した資料は証拠として提出されていないものの、控訴人は、これらの染描紙の制作にあたり、特定の色彩を選択して、構図を考えた上で模様を配置して図柄を作り上げ、完成したこれらの染描紙は、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備える部分を把握することができる。
原審で行われた控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、染描紙を制作する際に用いる刷毛に含まれた水が紙の上でどのように動くのかについて完全にコントロールすることはできず、染料を紙に染み込ませた後にどのような模様が浮かび上がるのかを事前に完全に予想できるわけではないと認められる。しかし、上記のとおり、本件染描紙15から20については、控訴人が空の情景を意識して制作し、実際に空の情景を見出し得る模様が作り出されていると認められるのであって、制作過程の中に一部控訴人のコントロールが及ばない部分があることや、完成した模様が控訴人の事前の想定と完全には一致しないことがあるとしても、そのことをもって、本件染描紙15から20が著作物と認められないことにはならない。
したがって、被控訴人Y’の上記主張は採用することができない。
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⑷ 控訴人の前記第2の4⑵の主張について
控訴人は、被控訴人Y’が、本件展示物15から20の制作に当たり、本件染描紙15から20に新たな表現を加える「加工」をしていないと主張する。この主張は、本件展示物15から20の制作において被控訴人Y’が行ったのは本件染描紙15から20の翻案ではなく複製であって、控訴人は染描紙の複製は許諾していなかったから、被控訴人Y’による本件展示物15から20の制作は控訴人の許諾の範囲に含まれないという趣旨の主張であると解される。
しかし、前記3⑵のとおり、本件展示物15から20は、本件染描紙15から20に依拠し、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているが、具体的表現に修正、変更が加えられ、新たな思想又は感情を表現した創作物であるといえるから、「インスタレーション(芸術的空間)作品群」といえるかどうかはともかく、本件染描紙15から20の複製には当たらないと解される。
(証拠)その他の証拠を検討しても、本件展示物15から20について、本件染描紙15から20の図柄、模様や色合いに修正や変更が加えられていないとは認められず、上記のとおり、本件染描紙15から20よりも非常に拡大され、屏風様の展示物とされており、空港のターミナルビルにおいて天窓から射し込む自然光の効果も考慮されて作品とされていることも考慮すれば、本件展示物15から20が本件染描紙15からの複製であるとはいえない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。