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著作権判例セレクション

【著作物の利用の許諾】事前の包括的な黙示の利用許諾を認定した事例(著作物性のある1点物の和紙の二次的著作物に関して)

▶令和5315日東京地方裁判所[平成30()39895]▶令和51225日知的財産高等裁判所[令和5()10038]
3 本件各染描紙が原告の著作物であるか(争点1)及び本件各展示物は本件各染描紙を複製又は翻案したものか(争点2)のうち、本件各染描紙1から14、本件展示物1から14関係について
被告Bが本件展示物1から14に使用した染描紙である本件染描紙1から14の模様等自体について、これらを直接明らかにする証拠はない。
本件染描紙1から14における模様等に関して、本件展示物1から14は、原告の制作した染描紙を切り出し、それをスキャナで読み込み、そのデータを用いて制作されたものであるという事情がある。また、原告は、類似染描紙1から14を提出し、別紙類似染描紙一覧の1から14の四角い枠で囲った部分と類似の表現が本件染描紙1から14にあったと主張する。
しかし、被告Bは、本件展示物1から14の制作に当たってスキャナで読み込んだデータに調整を施すなどの一定の加工を施しているため、本件展示物1から14から、それらの制作で使用された本件染描紙1から14の切り出した部分の模様等を直ちに認識、把握して、これを認定することができるものではない。特に、本件展示物1から14の模様等は、本件展示物(1~14)模様部分一覧のとおり、にじみ、かすれといえるものなど、加工により変化し得るものを対象としていて、上記のような加工を経ている場合、使用された模様等を認定し難い。また、別紙類似染描紙一覧の1から14の四角い枠で囲った部分と本件展示物1から14の模様等が一致しているとはいえず、類似染描紙1から14をもって、本件染描紙1から14の模様等を認定することまではできない。
本件展示物1から14に使用した染描紙である本件染描紙1から14の模様等を写真等で直接的に明らかにする証拠がなくとも、その内容を認定できれば、その認定を前提として、関係部分の著作物性や本件展示物1から14の複製、翻案該当性を判断することができる場合があるとはいえる。しかし、本件については、本件展示物1から14の内容も含めた上記に述べた事実関係等によれば、本件染描紙1から14やそこで被告Bが使用した部分の模様等について、これらを認定することまではできない。そうすると、それらの模様等を認定できない以上、それが著作物に当たるかや本件展示物1から14におけるそれらの使用が複製、翻案に該当するかを認定判断することはできない。
したがって、本件展示物1から14が、本件染描紙1から14を複製又は翻案したものであるとは認めるに足りない。
また、本件展示物1から14が本件染描紙1から14を複製又は翻案したものとは認めるに足りないことから、被告B及び被告ターミナルが、本件展示物1から14を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しなかったとしても、原告の氏名表示権を侵害したとはいえない。
4 本件各染描紙が原告の著作物であるか(争点1)のうち、本件各染描紙15から20関係について
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5 本件各染描紙について、原告が利用を黙示に許諾し、又は、著作権が消尽したか(争点3)のうち、本件展示物15から20関係について
⑴ 本件染描紙15から20は、平成23年4月頃、原告店舗の2階で販売されたものであるところ、その後の原告ウェブサイトにも、原告店舗で販売される染描紙について、加工することの相談を受けることが記載され、また、染描紙等を内装に使うことや原告店舗で販売された染描紙等にアーティストが絵を描いたものが記載されており、染描紙に一定の加工などがされることがあることを前提としていた。そして、以下に述べる本件注意書きのほかは、原告が染描紙の用途を制限したことはなかった。また、被告Bは、【雑誌『和樂』における連載『源氏物語』の挿絵として、】原告の制作した染描紙を利用して、原告の染描紙の限られた部分に絵を描いたものを発表しているが、原告はそれを問題としていない。これらによれば、原告は、染描紙について、個別に明示の許諾をしていない場合であっても、加工して利用することについては、相当に広い範囲で、包括的かつ黙示に許諾していたものと認められる。
他方、原告は、染描紙を含む原告が制作する紙について、原告店舗の店内に「無断転用、模倣、複写による商業行為は、固くお断りします。また、それを目的とする方には、販売をお断りしております。」等と記載した本件注意書きを掲示しており、被告Bが本件染描紙15から20を購入した平成23年4月頃にも本件注意書きは掲示されていた。したがって、原告は、上記記載の範囲で、その複製等を明示的に禁じていたと認められる。
そして、染描紙が、実用的な目的も有するものであって、少なくとも、平成23年4月頃には、加工して用いられることがあることが前提として販売されていたといえるものであり、実際、原告が、染描紙について、加工して利用することを相当に広い範囲で許諾していたといることからも、上記で禁じていた転用、模倣、複写行為等は、染描紙をそのまま複写してこれを販売等することであり、染描紙に新たな表現を加えることを含めて加工して利用する場合には、翻案等も含めた利用を包括的かつ黙示に許諾していたものと認められる。
(2) 本件展示物15から20は、約65cm×約180cmや約74cm×約100cmの大きさの本件染描紙15から20について、【スキャナで読み込める約53cm×80cmの大きさ】に切り出し、これをスキャナで読み込んで、そのデータに調整を施し、それを印刷したものであり、縦約450cm×横約704cmの大きさの8曲の屏風様のものである。そして、本件展示物15から20は、本件染描紙15から20と比較して、全体的に青系の色彩が強調され、また、刷毛のあとや染色の境目などの輪郭が鋭く明確化されている。
本件展示物15から20は、「Bアートワークス/天空図屏風シリーズ」と題する一連の作品として、羽田空港第1旅客ターミナルビル南ウイング及び北ウイングの各2階の国内線出発ロビーに、6か所の各保安検査場の上方の壁面地上約10.3mから約15mの高さの位置に、被告Bの指定した一回り大きい茶色のアルミ複合版製の下地とともに設置され、昼間は、各展示場所の上方の天井にそれぞれ存在する天窓から日差しが射し込むほか、本件展示物15から20が展示されている各壁面の正面付近の各床には、本件展示物15から20について、本件説明とともに、それぞれ別紙本件展示物一覧記載15から20の各和歌(原典及び口語訳)が記載された説明書きが埋め込まれている。本件展示物15から20は、壁面にそれぞれ一回り大きい下地とともに設置されていて、それ自体でそれぞれが作品と認識できるものであり、それらが空港という空間や和歌と一体化して初めて作品として成立しているものではない。もっとも、本件展示物15から20は、「空」を主題とし、空港、内装の特性を考慮した上で、日本画の伝統である8曲の屏風様式や、天窓から射し込む自然光の効果も取り入れて、上記各和歌と【組み合わせて作品に仕立て上げられたと認められる。】
(3) 本件展示物15から20についての本件染描紙15から20の利用の許諾についてみると、原告は、平成23年頃、原告は、「無断転用、模倣、複写による商業行為」を明示的に禁じていた。しかし、前記のとおり、ここで禁じていた転用、模倣、複写行為等は、染描紙をそのまま複写してこれを販売等することであり、染描紙に新たな表現を加えることを含めて加工して利用する場合には、翻案等も含めた利用を包括的かつ黙示に許諾していた。
本件展示物15から20には、本件染描紙15から20の模様や配置等が利用されているといえるが、前記のとおり、模様等の表現自体に加工が加えられ、また、相当に大きな屏風様のものに加工され、他の要素と組み合わされた作品群であるという要素もあるといえる。【本件展示物15から20は、本件染描紙15から20の翻案であると認められるとしても、これをそのまま複写等して販売したものであるとは認められないから、】原告がその販売する染描紙に対してしていた利用についての包括的かつ黙示の許諾の範囲内のものであったと認められる。
原告は、現在、その許諾を争うが、少なくとも、被告Bが本件染描紙15から20を購入した平成23年当時、原告は、染描紙を加工して利用する場合には様々な態様による利用を広く許諾していたといえ、本件注意書きによる禁止は染描紙をそのまま複写してこれを販売等することを禁止するものであって、【染描紙を加工して新たな作品を制作することについては、翻案に当たる場合も含めて黙示的に許諾していた】と認められる。
そうすると、本件展示物15から20が本件染描紙15から20を翻案等したといえるものであったとしても、【事前の黙示の許諾により、】本件展示物15から20の制作における本件染描紙15から20の利用が違法となることはない。
6 本件各展示物の展示に当たり原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したか(争点8)のうち、本件展示物15から20関係について
原告は、原告の制作、販売する染描紙について、染描紙をそのまま複写してこれを販売等することを除き、翻案等を含めた利用を、包括的かつ黙示に許諾していたものと認められるところ、この許諾の性質からも、この許諾により利用された染描紙を用いた作品について、公衆へ提示するに際して氏名を表示しないことを包括的かつ黙示に許諾していたものと認められる。
本件展示物15から20には、本著作者名として被告Bの氏名が表示される一方で原告の氏名は表示されていないが、本件展示物15から20の制作に当たり、許諾により、本件染描紙15から20を利用したことが違法となることはなく、そうすると、以上に述べたところにより、本件展示物15から20の公衆への提示に当たり原告の氏名を表示しなかったことは、その余を判断するまでもなく、違法となることはない
第4 結論
以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとする。

[控訴審]
当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 認定事実
認定事実は、次のとおり補正するほか、原判決に記載のとおりであるから、これを引用する。
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2 争点1(本件各染描紙が控訴人の著作物であるか)及び争点2(本件各展示10 物は本件各染描紙を複製又は翻案したものであるか)のうち、本件染描紙1から14及び本件展示物1から14について
当裁判所も、争点1及び争点2のうち、本件染描紙1から14及び本件展示物1から14に関する控訴人の主張は採用することができず、本件染描紙1から14に係る控訴人の著作権又は著作者人格権が侵害されたとは認められないと判断する。その理由は、原判決に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点1(本件各染描紙が控訴人の著作物であるか)及び争点2(本件各展示物は本件各染描紙を複製又は翻案したものであるか)のうち、本件染描紙15から20について
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4 争点3(本件各染描紙について、控訴人が利用を黙示に承諾し、又は著作権が消尽したか)について
当裁判所も、控訴人が、本件染描紙15から20を加工して利用することを黙示に承諾していたと認められ、被控訴人Y’が本件染描紙15から20を用いて本件展示物15から20を制作したこともこの黙示の承諾の範囲に含まれると判断する。その理由は、次のとおり補正するほか、原判決に記載のとおりであるから、これを引用する。
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5 争点8(本件各展示物の展示に当たり控訴人の氏名を表示しないことを控訴人が黙示に許諾したか)のうち、本件展示物15から20の関係について
控訴人は、その制作、販売する染描紙について、その購入者が染描紙に加工して新たな作品を制作することを黙示に許諾していたと認められるところ、染描紙の購入者に対し、染描紙を加工して制作した作品を発表する際に控訴人の氏名を表示するよう求めていたとは認められない。
被控訴人Y’は、染描紙に絵を描き加えて「源氏物語」の挿絵を作成して雑誌「和樂」に掲載しており、控訴人はそのことを認識していたが、控訴人が被控訴人Y’に対し、上記挿絵の雑誌掲載の際に控訴人の氏名を表示するよう求めたことはない。
以上の事情によれば、控訴人は、染描紙の購入者が染描紙に加工をして制作した作品を公衆に提供又は提示するに際し、控訴人の氏名を表示しないことを黙示に許諾していたと認められる。
したがって、被控訴人Y’及び被控訴人ビルデングが、本件展示物15から20の公衆への提示に際して控訴人の氏名を表示しなかったことは、控訴人の著作者人格権(氏名表示権)を侵害しない。
6 当審における当事者の補充主張に対する判断
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⑵ 被控訴人Y’の前記第2の5⑵の主張について
被控訴人Y’は、控訴人が本件染描紙15から20を作成したとは認められないと主張する。
しかし、控訴人が本件染描紙15から20を制作したと認められることは、補正の上で引用した原判決のとおりである。
控訴人は、原審における本人尋問において、染描紙が1日ではできない旨供述しているが、この供述は、ある染描紙の構想を開始してから染描紙の完成までに複数日を要するとの趣旨であって、控訴人が1日又は数日に1枚の染描紙のみを制作しているということはないと認められる。このことは、控訴人が、本件類似染描紙16、18、20が本件染描紙16、18、20と同日に作成された各連作の一つであると主張していることからも明らかである。したがって、1日1枚の制作であれば控訴人店舗にある枚数の染描紙を1人で作れないから控訴人が控訴人店舗で販売された染描紙を制作したと考えられないと解することはできず、ましてや染描紙は工業的に大量生産されたものであると認められることもない。
したがって、被控訴人Y’の上記主張は採用することができない。
⑶ 控訴人の前記第2の4⑴の主張について
控訴人は、染描紙につき、和紙と分離して無体物である「染描」部分だけを利用することを包括的に許諾したことはなく、翻案等も含めた利用を包括的かつ黙示に許諾してはいないと主張する。
しかし、控訴人が控訴人店舗に掲げていた本件注意書きは、「無断転用、模倣、複写による商業行為」を禁ずるとの内容である。この「無断転用、模倣、複写」に、控訴人がいう「無体物」としての利用、すなわち、染描紙の購入者が染描紙の紙自体を使わずに模様をデータ化するなどして絵画等の作品制作において利用する行為が含まれることが明らかであるとはいえない。控訴人は、控訴人店舗で販売された染描紙にアーティストが絵を描いたものを控訴人ウェブサイトに掲載しており、染描紙の購入者が染描紙を自らの作品に使用することが可能である旨を示していたといえ、それにもかかわらず控訴人がいう「無体物」としての利用を明示的に禁じていなかったのであるから、控訴人店舗で染描紙を購入した者が、本件注意書きを見て、染描紙の模様をデータ化するなどして利用する行為が禁じられていると理解することはできなかったといえ、かつ、控訴人も、こうした行為を禁ずる意図を有していなかったと推認することができる。
また、控訴人は、被控訴人Y’が染描紙を利用して雑誌「和樂」の「源氏物語」の挿絵を作成して掲載することを被控訴人Y’から伝えられながら、被控訴人Y’による染描紙の利用を問題とせず、被控訴人Y’が染描紙を利用して実際にどのような絵を制作して雑誌に掲載したのかを確認しなかった。この事実からも、控訴人が、染描紙の購入者が染描紙を利用して他の作品を制作することに関し、染描紙に直接絵を描くことは許諾し、染描紙の模様をデータ化するなどして利用することは禁じていたとの区別をしていたとは認められない。
控訴人のいう「無体物」としての利用であっても、それによって作品を制作しようとする者は和紙である染描紙を購入するのであるから、控訴人が染描紙を制作する目的が手漉き和紙の販売の促進にあるとしても、控訴人が「無体物」としての利用も含めて黙示に許諾することと矛盾しない。
控訴人が、染描紙について「無体物」としての利用をしようとする者に対して明示的な許諾の意思表示をしたことがあるとしても、そのことは控訴人が「無体物」としての利用を含めて他の作品制作への染描紙の利用を黙示に許諾していたことと矛盾しない。控訴人が、明示的な許諾をする際に、「無体物」としての利用を希望する者と何らかの条件交渉を行ったことがあるのか否か、どのような条件交渉を行ったのかは不明であり、仮に何らかの条件交渉を行った上で明示的な許諾の意思表示をしたことがあるとしても、事前に利用態様を認識した場合に控訴人がその者に対して一定の条件を求めることはあり得るといえ、やはり、控訴人が「無体物」としての利用を含めて他の作品制作への染描紙の利用を黙示に許諾していたことと矛盾しない。
以上の事情に加え、原判決に挙げられた事情も併せ考慮すれば、控訴人は、複製に当たる場合を除き、「無体物」としての利用を含め、染描紙を用いて他の作品を制作することを黙示的に許諾していたと認められる。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
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⑸ 控訴人の前記第2の4⑶の主張について
控訴人は、控訴人の氏名を表示しないことについて包括的かつ黙示的に許諾していたことはないと主張する。
しかし、控訴人が、その購入者が染描紙に加工して新たな作品を制作することを黙示に許諾していたと認められることは、補正の上で引用した原判決の説示のとおりである。そして、上記の点に加え、控訴人が、染描紙を加工して制作された作品の発表の際に控訴人の氏名を表示するよう求めていたと認められず、被控訴人Y’が染描紙を用いて「源氏物語」の挿絵を雑誌に掲載した際にも、控訴人が被控訴人Y’に控訴人の氏名を表示するよう求めなかったことからすれば、染描紙の購入者が染描紙に加工をして制作した作品を公衆に提供又は提示するに際し、控訴人の氏名を表示しないことを黙示に許諾していたと認められることは、前記5の説示のとおりである。
控訴人は、「源氏物語」の挿絵につき、被控訴人Y’の説明により、染描紙の本質的特徴の感得が難しくなるほど大きく手が加えられると誤解したために氏名表示を求めなかったと主張する。しかし、控訴人が、染描紙を利用して別の作品を制作する者に対し、染描紙の本質的特徴を感得することができない程度に手を加える場合には控訴人の氏名表示を求めず、そうでない場合には氏名表示を求めるとの区別をしていたと認めるに足りる証拠はなく、控訴人が、上記誤解に基づいて被控訴人Y’に氏名表示を求めなかったとは認めがたい。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
⑹ 控訴人の前記第2の4⑷及び⑸の主張について
前記4及び5のとおり、著作権の消尽が認められるか否か、及び著作権法19条3項の適用があるか否かにかかわらず、控訴人の請求はいずれも認められないと判断されるから、これらの点に関する控訴人の主張は本件の結論を左右しない。
なお、控訴人は、被控訴人Y’の著作権法19条3項に関する主張は時機に後れた攻撃防御方法であるから却下するよう申し立てたが、訴訟の完結を遅延させることとなると認められないから、上記申立ては理由がない。
7 結論
以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の請求はいずれも棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。