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著作権判例セレクション

【言語著作物】時計の修理規約等の著作物性及び侵害性が問題となった事例

平成26730日東京地方裁判所[平成25()28434]
() 本件は,千年堂という屋号で時計修理サービス業を営む原告が,銀座櫻風堂 という屋号で時計修理サービス業を営む被告に対し,被告は,被告の管理するウェブサイト(「被告ウェブサイト」)に掲載した文言(修理規約を含む。)及びトップバナー画像を作成し,同ウェブサイトを構成したことにより(以下,文言,トップバナー画像及びサイト構成を「文言等」ということがある。),原告の管理するウェブサイト(「原告ウェブサイト」)の文言等を複製又は翻案したものであって,原告の著作権を侵害したなどと主張して,不法行為(著作権侵害)に基づく損害 賠償金の支払などを求めた事案である。

1 争点1(著作権侵害の成否)について
(1) 複製権又は翻案権の侵害の判断について
一般に,著作物の複製(著作権法21条,2条1項15号)とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう(最高裁昭和5397日第一小法廷判決参照)。すなわち,複製とは,既存の著作物と同一性のあるものを作成することをいうと解されるところ,この同一性の程度については,完全に同一である場合のみではなく,多少の修正増減があっても著作物の同一性を損なうことのない,実質的に同一である場合も含むと解される。また,著作物の翻案(同法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうと解される。
しかるところ,著作権法は,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物として保護するものであるから(同法2条1項1号),既存の著作物に依拠して作成された対象物件が思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体ではない部分又は表現上創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,当該対象物件の作成は,複製にも翻案にも当たらないものと解するのが相当である(最高裁平成13年年6月28日第一小法廷判決参照。)。
このように,複製又は翻案に該当するためには,既存の著作物とこれに依拠して作成された対象物件の同一性を有する部分が著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(同法2条1項1号)。
そして,「創作的」に表現されたというためには,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく,筆者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきであるが,他方,文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合には,筆者の個性が表現されたものとはいえないから,創作的な表現であるということはできない。
上記の観点に基づいて,以下,本件について検討する。
(2) 原告ウェブサイト文言,原告トップバナー画像及び原告規約文言の複製権侵害又は翻案権侵害について
ア 原告ウェブサイト文言1ないし17について
原告ウェブサイト文言1ないし17のうち,被告ウェブサイト文言1ないし17と共通する部分は,それぞれ,別紙に記載のとおり,他に適当な表現手段のない思想,感情若しくはアイデア,事実そのものであるか,あるいは,ありふれた表現にすぎないものというべきであって,いずれも創作的な表現と認めることは困難というべきである。
したがって,原告ウェブサイト文言1ないし17と被告ウェブサイト文言1ないし17とは,それぞれ,表現それ自体ではない部分か表現上の創作性のない部分において共通点を有するにすぎないから,被告が被告ウェブサイト文言1ないし17を作成したことをもって,原告ウェブサイト文言1ないし17を複製又は翻案したものと認めることはできない。
イ 原告トップバナー画像について
()
() 原告トップバナー画像と被告トップバナー画像とは,店舗名,電話番号の位置,赤色帯状の図形を設けて修理実績を文字で掲げている点,高級腕時計を二つ並べた写真を掲載している点で共通している。
しかしながら,店舗名や電話番号の位置,修理実績について目立つように赤色の帯状の図形で囲んで強調して記載することや,高級時計の修理業務という業務内容を宣伝する目的で高級時計を二つ並べることは,いずれもありふれた表現にすぎないものというべきであって,創作的な表現とは認められない。そうすると,原告トップバナー画像と被告トップバナー画像とは,表現上の創作性のない部分において共通点を有するにすぎないというべきである。
また,原告トップバナー画像を全体として創作的な表現と認めるべきであるとしても,原告トップバナー画像と被告トップバナー画像とは,画面の背景色,高級時計二つの位置などの点で相違しており,同一又は実質的に同一であるとは認められないし,被告トップバナー画像から原告トップバナー画像の本質的な特徴を直接感得することができるということもできない。
したがって,被告が被告トップバナー画像を作成したことをもって,原告トップバナー画像を複製又は翻案したと認めることはできない。
ウ 原告規約文言について
() 原告規約文言1ないし59のうち,被告規約文言1ないし59と共通する部分は,これらを個別にみる限り,別紙に記載のとおり,他に適当な表現手段のない思想,感情若しくはアイデア,事実そのものであるか,あるいは,ありふれた表現にすぎないものというべきであって,直ちに創作的な表現と認めることは困難というべきである。
したがって,被告規約文言1ないし59と,原告規約文言1ないし59とを個別に対比する限りにおいては,被告規約文言1ないし59はそれぞれ複製又は翻案に当たるものとはいえない。
() 原告は,原告規約文言全体の著作物性についても主張していると解されるので,以下,この点について検討する。
一般に,修理規約とは,修理受注者が,修理を受注するに際し,あらかじめ修理依頼者との間で取り決めておきたいと考える事項を「規約」,すなわち条文や箇条書きのような形式で文章化したものと考えられるところ,規約としての性質上,取り決める事項は,ある程度一般化,定型化されたものであって,これを表現しようとすれば,一般的な表現,定型的な表現になることが多いと解される。このため,その表現方法はおのずと限られたものとなるというべきであって,通常の規約であれば,ありふれた表現として著作物性は否定される場合が多いと考えられる。
しかしながら,規約であることから,当然に著作物性がないと断ずることは相当ではなく,その規約の表現に全体として作成者の個性が表れているような特別な場合には,当該規約全体について,これを創作的な表現と認め,著作物として保護すべき場合もあり得るものと解するのが相当というべきである。
これを本件についてみるに,原告規約文言は,疑義が生じないよう同一の事項を多面的な角度から繰り返し記述するなどしている点(例えば,腐食や損壊の場合に保証できないことがあることを重ねて規定した箇所がみられる原告規約文言4と同7,浸水の場合には有償修理となることを重ねて規定した箇所が見られる原告規約文言5の1の部分と同54,修理に当たっては時計の誤差を日差±15秒以内を基準とするが,±15秒以内にならない場合もあり,その場合も責任を負わないことについて重ねて規定した箇所がみられる原告規約文言17と同44など)において,原告の個性が表れていると認められ,その限りで特徴的な表現がされているというべきであるから,「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号),すなわち著作物と認めるのが相当というべきである。
そして,被告規約文言全体についてみると,見出しの項目,各項目に掲げられた表現,記載順序などは,すべて原告規約文言と同一であるか,実質的に同一であると認められる(表現上異なる点として,原告規約文言の「当社」が被告規約文言では「当店」にすべて置き換えられている点,助詞の使い方の違い,記載順序を一部入れ替えている箇所(別紙の番号5,38),表現をまとめている箇所(同別紙の番号36),「千年堂オリジナル超音波洗浄」「千年堂オリジナルクリーニング」を「銀座櫻風堂オリジナル超音波洗浄」「銀座櫻風堂オリジナルクリーニング」としている箇所(同別紙の番号50,52)などがあるが,これらは,極めて些細な相違点にすぎず,全体として実質的に同一と解するのが相当である。また,原告規約文言と被告規約文言の相違点が上記のとおりであることは,被告が,原告規約文言に依拠して,被告規約文言を作成したことを強く推認させる事情というべきである。)。
したがって,被告は,被告規約文言を作成したことにより,原告規約文言を複製したものというべきである。
(3) 原告サイト構成の複製権又は翻案権侵害について
ア 編集著作物とは,素材の選択又は配列に創作性のある著作物である(著作権法12条)。素材の選択や配列についての具体的な表現を保護するもの,つまり,具体的な編集物に具現化された編集方法を保護するものであって,具体的な編集対象物を離れた,編集方法それ自体をアイデアとして保護するものではない。
()
ウ 原告サイト構成と被告サイト構成は,トップ画像,困っている例を挙げている点,最下部にある無料見積もりを希望する場合のメール送信用のフォーム画面に移動するボタンがある点,業務内容を5つないし6つの特徴で説明している点,取り扱っているブランドを紹介している点,概算費用を紹介している点,原告又は被告に修理を依頼した顧客の感想を掲載している点,よくある質問としてQ&A形式で説明している点,修理依頼の流れを説明している点,無料見積もりを希望する場合のメール送信用のフォームが末尾に掲載されている点で共通している。
しかし,原告ウェブサイトは,時計修理を考えている一般消費者向けの広告用のウェブサイトであり,原告のサービス(業務)内容について基本的な説明をする必要があり,広告の対象となるサービスを分かりやすく説明するため,平易で簡潔な表現を用い,項目ごとに見出しを付し,サービスの内容はどのようなものか,他社との違いやアピールポイントなどを原告サイト構成のような順序や表現方法で記載することは広く一般的に行われているものであり,最下部にある無料見積もりを希望する場合のメール送信用のフォーム画面に移動するボタンを途中に設けて,後に掲げる部分を読まなくても顧客を誘導する方法についても一般的に行われている手法であって,創作的な表現とはいえない。
したがって,原告サイト構成と被告サイト構成とは,表現上の創作性のない部分において共通点を有するにすぎないから,被告が被告ウェブサイトの構成を被告サイト構成のとおりとしたこともって,原告サイト構成の複製又は翻案をしたと認めることはできない。
なお,原告は,原告サイト構成を編集著作物としてとらえて著作権侵害を主張していると解されるが,上述のとおり,体系的な構成それ自体は,編集著作物として保護すべきものに当たらないところ,原告は,素材又は配列についての具体的な表現物に関して原告の個性が現れていることを主張しているとはいえず,原告の上記主張は採用することができない。
2 争点2(職務著作の成否)について
(1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告規約文言は,原告の代表取締役であるAが,原告の業務として作成し,平成25年1月,原告名義で公表した後,同年7月,顧問弁護士と相談の上,一部を修正し,原告名義で公表したことが認められる(なお,原告ウェブサイト文言,原告トップバナー画像及び原告サイト構成については,判断を要しない。)。
(2) 以上から,著作権法15条1項に基づき,原告規約文言の著作者は原告と認められる。
3 争点3(差止請求の可否,損害の発生の有無及び額)について
(1) 上述のとおり,原告ウェブサイト文言,原告トップバナー画像及び原告サイト構成については,複製権侵害及び翻案権侵害は認められないものの,原告規約文言の全体については,複製権侵害が認められる。
そして,前記前提事実,証拠及び弁論の全趣旨を総合すると(なお,被告ウェブサイトにおいて,平成25年10月20日以降,被告規約文言が掲載されていたと認めるに足りる証拠はない。),原告規約文言の複製権侵害による原告の損害額は,5万円と認めるのが相当である。
この点,原告は,被告ウェブサイトが公開されたことにより,原告の売上が500万円減ったことや,原告ウェブサイトを被告ウェブサイトと異なったものにするための費用として500万円を要した旨主張する。
しかし,原告の主張に係る売上げの減少が,被告ウェブサイトに被告規約文言が掲載されたことによるものであると認めるに足りる証拠はない。
また,そもそも,原告のウェブサイトを変更することや,そのために費用をかけることは,専ら原告の経営判断に基づくものというべきであって,被告の侵害行為との間に,相当因果関係を認めることができない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 前記前提事実によれば,被告は,少なくとも平成25年10月3日から同月19日まで,被告ウェブサイトにおいて,被告規約文言を自動公衆送信し又は送信可能化していたことが認められ,これに弁論の全趣旨を併せみれば,被告は,将来において,再び,被告ウェブサイトにおいて,被告規約文言を自動公衆送信し又は送信可能化するおそれがあると認めるのが相当である。
この点,被告は,「一旦サーバーから削除しており,現在は公開していない」旨主張するが,「一旦サーバーから削除したのは原告の主張を全面的に認めた訳ではな(い)」旨の主張もしており(平成26年1月31日付け被告準備書面),被告において,今後は被告規約文言を使用しない旨誓約するなどの対応をしていないことに照らせば,被告が被告規約文言を自動公衆送信し又は送信可能化するおそれがあるという上記認定が左右されるものではない。
したがって,原告は,被告に対し,著作権法112条1項に基づき,被告規約文言を被告ウェブサイトにおいて使用すること(自動公衆送信し又は送信可能化すること)の禁止を求めることができるというべきである。
4 結論
以上によれば,原告の本件請求は,損害賠償金5万円の支払,及び被告規約文言を被告ウェブサイトにおいて使用すること(自動公衆送信し又は送信可能化すること)の禁止を求める限度で理由があり,その余は,いずれも理由がない。