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著作権判例セレクション
【二次的著作権と原著作権】 連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対して、原作原稿の原著作者としての権利が及ぶか/法28条の趣旨
▶平成12年05月25日東京地方裁判所[平成11(ワ)8471]
(注) 本件は、連載漫画「キャンディ・キャンディ」につき、そのストーリーの創作を担当した著述家である原告が、原告に無断で行われた連載漫画の登場人物の絵の商品化事業について、原告が連載漫画について有する原著作者としての権利を侵害するものであると主張して、商品化事業に関与した被告B(連載漫画の作画を担当した漫画家)を始めとする被告らに対して、著作権侵害を理由とする損害賠償を求めた事案である。
1 争点1(本件連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対して、原告の本件連載漫画の原著作者としての権利が及ぶかどうか)について
(一)前記認定の本件連載漫画の制作の経過によれば、本件連載漫画は、原告の創作した原作原稿を原著作物とする二次的著作物に該当するものである(被告らも、本件においては、これを争っていない。)。
著作権法28条は、「二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。」と規定するものであり、右規定によれば、原著作物の著作者は、二次的著作物の利用に関して、二次的著作物の著作者と同一の権利を有するものというべきである。同条は「同一の種類の権利」と規定するが、これは、二次的著作物の利用に関して原著作物の著作者が二次的著作物の著作者とまったく同一の内容の権利を有することを前提とした上で、二次的著作物においてその著作者の有する権利の内容が原著作物においてその著作者の有する権利の内容と種類を異にする場合であっても、そのような権利の種類の異同にかかわらず、二次的著作物においてその著作者に認められる権利であれば、これを原著作物の著作者が有することを明らかにしたものと解するのが、相当である。したがって、原著作物の著作者は、二次的著作物の一部の利用に関しても、それが原著作物の内容を覚知できる部分かどうかにかかわらず、二次的著作物の著作者と同様の権利を有するものである。
けだし、二次的著作物は、原著作物を基礎としてこれに新たな創作的要素を付加して作成されるものであるから、その性質上当然に、原著作物の内容をそのまま引き継ぐ部分と、二次的著作物において新たに付与された創作的部分の双方を有するものであるところ、両者を区別することは実際上困難なことが多く、両者を区別して扱うこととすれば二次的著作物の利用をめぐる権利関係が著しく複雑となり、法的安定性を害する結果となること、また、二次的著作物における新たな創作的部分であっても、原著作物の内容による制約の下で付与されるものであり、原著作物の創作性に全く依拠しないとはいえないことなどから、著作権法は、両者を区別しないで二次的著作物の利用全般について、原著作物の著作者が二次的著作物の著作者と全く同一の権利を有するものとしたと解するのが合理的だからである。この点に関して被告Bらの引用する判例(最高裁昭和55年3月28日第三小法廷判決)は、本件とは事案を異にするものであって、本件に適切でない。
漫画は、ストーリー展開、登場人物の台詞、コマ割りの構成、登場人物や背景の絵などの諸要素が不可分一体として有機的に結合したものであり、言語的要素と絵画的要素が有機的に結合した著作物である。一般に、著作権者は、第三者が著作物の一部のみを複製する行為に対しても、著作権の侵害を理由として差止め等を求めることができるものであり、これを漫画についていえば、漫画の著作権者は、第三者が漫画を構成する要素の一部である絵画的要素のみを利用する行為、例えば漫画の登場人物の絵のみを複製する行為に対しても、著作権の侵害を理由として差止め等を求めることができる。そうであれば、ストーリー原稿を原著作物として漫画が作成されている場合においては、原著作物の著作者(原作者、著述家)は、二次的著作物の著作者(作画者、漫画家)と同様、当該漫画の登場人物の絵のみを複製する行為に対しても、著作権侵害を理由として差止め等を求めることができるというきである。
(二)また、被告B及び被告アイプロは、本件においては、原告から被告Bに本件連載漫画の第一回連載分の原作原稿が交付される前に、被告Bによりキャンディ原画及びキャンディ予告原画が作成されていたから、本件連載漫画における主人公キャンディの絵は、原告作成の原作原稿に依拠することなく作成されたものであり、キャンディ原画ないしキャンディ予告原画の複製物ないし翻案物であって、原作原稿を原著作物とする二次的著作物に該当しないと主張する。
なるほど、漫画の登場人物の絵として、既存の別個の漫画の登場人物の絵を使用した場合(例えば、手塚治虫の漫画においては、複数の作品を通じて、「ヒゲオヤジ」「ランプ」「ヒョウタンツギ」などの人物が脇役として登場している。)、既存のオリジナルキャラクター(例えば、「ハロー・キティ」など)を使用した場合や、漫画以外の既存の著作物における絵を使用した場合(例えば、漫画「ポケットモンスター」においては、先行して発売された同名の携帯液晶ゲーム機用ソフトに登場する様々なモンスターが登場している。)は、漫画における当該登場人物の絵は、既存の他の著作物における絵の複製であり、当該漫画の作画を担当した漫画家は当該登場人物の絵について著作権を有しないものであるから、当該漫画につきそのストーリー原稿を作成した者(著述家)がいたとしても、その者は、当該登場人物の絵については、原著作物の著作者としての権利を有しないこととなる。
しかし、本件においては、証拠及び弁論の全趣旨によれば、①昭和49年秋、なかよし編集部は、当時なかよしに連載中の被告Bの著作に係る漫画「ひとりぼっちの太陽」の連載終了後に、同被告による新たな連載漫画をなかよしに連載することを企画し、被告Bの担当編集者であったGが同被告との間で新たな連載漫画の構想を話し合うなかで、新連載漫画については、なかよし昭和50年4月号から連載を開始し、ストーリーの作成を原告が担当し、作画を被告Bが担当することが決まり、昭和49年11月までの間に、Gは、被告B及び原告とそれぞれ個別に打合せを行って、新連載漫画につき、舞台を外国として、主人公である孤児の少女が逆境に負けずに明るく生きていく姿を描くなどの、漫画の舞台設定、主人公の性格や基本的筋立て等の基本的構想を決定したこと、②右に引き続いて、同年11月、原告と被告Bは、Gを交えて初めての打合せを行い、なかよし昭和50年4月号に掲載する連載第一回分の筋立てのほか、なかよし同年3月号に同漫画の予告を掲載するために必要な、漫画の題名、主人公の名前、キャラクター等について各自の意見を交換したが、その際、被告Bは、携帯していたB5判の無地のレポート用紙綴りに、主人公のラフスケッチ(キャンディ原画)を描いたこと、③右打合せの結果を踏まえて、原告は、本件連載漫画の連載第一回分の原作原稿を執筆していたところ、これと並行して、被告Bは、Gからの依頼に基づき、なかよし3月号に掲載する本件連載漫画の予告用の主人公キャンディのカット画(キャンディ予告原画)を作成して、昭和50年1月8日ころまでにGに渡したこと、④その後、同年1月中旬に、被告Bは、原告の作成した連載第一回分の原作原稿を、Gから受領したこと、が認められる。
右事実関係に照らせば、キャンディ原画は、原告、被告Bと編集者との間で本件連載漫画の基本構想が決まった後に、三者で主人公の名前、キャラクターについての意見を交換している際に、被告Bが主人公の少女の容貌についての一案を提示する目的でその場で描いたものであって、本件連載漫画における主人公キャンディの絵との関係でいえば、下書きないし習作というべきものであり、キャンディ予告原画も、本件連載漫画の予告掲載のため、昭和50年1月初めに、三者の右打合せの結果を踏まえて主人公キャンディの暫定的な予定画として作成されたものであって、いずれも、原作原稿において予定されていた主人公の性格等の特徴に合致するように、本件連載漫画の制作作業の一環として作成されたものである。右によれば、キャンディ原画及びキャンディ予告原画は、いずれも、本件連載漫画のストーリーと無関係に独立して作成されたものということができず、本件連載漫画の制作経過を全体としてみれば、キャンディ原画及びキャンディ予告原画は、本件連載漫画における主人公キャンディの絵と一体として、原告作成の原作原稿に依拠して作成されたものというべきである。したがって、結果的に、本件連載漫画において描かれた主人公キャンディの絵がキャンディ原画ないしキャンディ予告原画と同一ないし類似するものであったとしても、本件連載漫画の絵が、これらに依拠して作成されたということはできず、これらの複製ないし翻案に当たるということはできない。被告Bらの前記主張は、採用することができない。
また、本件連載漫画におけるキャンディ以外の登場人物の絵については、原告による原作原稿作成以前に被告Bによりこれらの絵の原画が作成されていたことを認めるに足りる証拠はないから、被告Bらの主張はその前提を欠くものであって、これ以上の検討を要するまでもなく、失当である。
(三)以上によれば、本件連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対しても、原告は、本件連載漫画の原著作物の著作者として、著作権を行使し得るものというべきである。
2 争点2(本件商品の販売について、被告アドワーク及び被告カバヤが責任を負うかどうか)について
証拠及び弁論の全趣旨によれば、①被告アドワークは、被告B及び被告アイプロの許諾を得て本件連載漫画のキャラクターの商品化事業を遂行していたところ、平成9年5月から、被告カバヤとの間で、本件連載漫画の登場人物の絵を付した菓子製品を新たに製造販売することについての交渉を始めたこと、②被告アドワークは、被告Bと共に、原告から提起された先行訴訟の相手方となっていたが、右訴訟の対応において、被告Bの当時の代理人弁護士から、原告は本件連載漫画作成の際に参考資料等の提供をしただけであって本件連載漫画について著作権を有するのは被告Bのみである旨及び仮に原告に何らかの権利があったとしても本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上の問題を生じない旨の説明を受けていたこと、③商品化事業の交渉中、被告B、被告アイプロ及び被告アドワークは、被告カバヤに対して、原告が同意しないためテレビアニメ「キャンディ・キャンディ」(本件連載漫画をアニメーション化したテレビ番組)の再放送ができないことを説明したが、先行訴訟が係属していることは述べず、本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上何らの問題も生じない旨の説明をしていたこと、④被告カバヤは、被告B、被告アイプロ及び被告アドワークによる右説明を信じて、本件商品の製造販売には著作権法上の問題はないものと判断して、本件許諾契約の締結に応じたこと、⑤本件許諾契約の締結後、平成10年6月ころに、被告アドワークは、被告Bの当時の代理人弁護士が作成した、本件連載漫画について著作権を有するのは被告Bのみである旨及び仮に原告に何らかの権利があったとしても本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上の問題を生じない旨を説明した書面を、被告カバヤに交付したこと、が認められる。
右認定事実によれば、被告らは、本件連載漫画について著作権を有するのは被告Bのみである旨及び仮に原告に何らかの権利があったとしても本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上の問題を生じない旨の共通認識の下で、共同して、本件連載漫画のキャラクターの商品化事業として、被告カバヤによる本件商品の製造販売を遂行したものと認められるから、本件商品の製造販売による原告の著作権の侵害については、各自、共同不法行為者として責任を負担するものというべきである。
被告アドワークは自己の行為は違法と評価されるものではないと主張するが、前記のとおり、本件許諾契約に向けての交渉の際には、本件連載漫画について著作権を有するのは被告Bのみである旨及び本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上の問題を生じない旨を繰り返し説明していたものであり、なるほど本件許諾契約には本件商品の製造販売により第三者の権利を侵害したときには被告カバヤの責任により処理する旨の条項(11条(2))は置かれているものの(右条項の存在は、乙一により認められる。)、前記のような交渉の経緯に照らせば、右条項が本件連載漫画の登場人物の絵の使用について原告から別途許諾を得る必要のあることを意味するものと解することはできない。
また、被告アドワーク及び被告カバヤは自己の過失を争うが、被告らは、本件連載漫画の登場人物の絵の使用について著作権法上の問題を生じないかどうかを、それぞれの事業の遂行に当たり、各自、自己の責任により判断すべきものであるところ、前記認定事実に加えて、なかよしにおける本件連載漫画の各連載分に「原作E」という形で原告のペンネームが表示されていたことに照らせば、本件連載漫画の登場人物の絵の使用につき原告が何らかの権利を有することは容易に知り得べきものであったから、被告Bないし同被告の当時の代理人弁護士の説明を軽信して本件商品の製造販売に関与した被告アドワーク及び被告カバヤに、過失があったことは明らかである。
3 争点3(原告の被った損害の額)について
証拠及び弁論の全趣旨によれば、①本件許諾契約においては、被告カバヤが本件商品におけるキャラクター使用料として支払うべき額は、本件商品の小売価格の3パーセントであり(3条(1))、被告カバヤは仮に右により算出された使用料が100万円を下回るものであったとしても最低保証使用料として100万円を支払うべきものと定められていること、②被告カバヤは、本件許諾契約に基づき、平成10年6月から同11年2月までの間に、本件商品を小売価格180円で108万4702個販売したこと、③被告カバヤは、本件許諾契約に基づき、右販売につき、被告アイプロに対して小売価格の3パーセントに当たる585万7391円の使用料の支払義務を負担するところ、このうち371万8953円は既に被告アドワークを介して被告アイプロに支払ったが、残額213万8438円はいまだ支払っていないこと、が認められる。
右事実関係に照らせば、本件許諾契約において定められている本件商品についてのキャラクター使用料は、被告Bが本件連載漫画の登場人物の絵の使用についてのすべての権利を有することを前提として、商品化契約としての通常の交渉の結果合意された額と認めることができるところ、本件連載漫画については、原告は原著作物の著作者として、被告Bは二次的著作物の著作者としてそれぞれ権利を有するものであり、その割合は各二分の一と認めることができるから、本件商品における本件連載漫画の登場人物の絵の使用について原告が通常受けるべき使用料は、本件許諾契約において定められた額の二分の一に当たる本件商品小売価格の1.5パーセントと認めるのが相当である。したがって、著作権法114条2項[注: 現3項]により、原告が本件商品の製造販売により被った損害額は292万8695円と認めることができる。