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著作権判例セレクション

二次的著作権と原著作権】楽曲の編曲権侵害の成否/原曲の編曲権を侵害して創作された楽曲(二次的著作物)に関する利用権(法28条)はJASRACに譲渡されていないと認定した事例/楽曲を利用する放送事業者の注意義務

平成151219日東京地方裁判所[平成14()6709]
1 争点(1)(編曲権を侵害する曲といえるか)について
(1) 法27条にいう編曲とは,既存の著作物である楽曲に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物である楽曲を創作する行為をいう(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
(2) 依拠性
ア 甲曲は,昭和41年,株式会社ブリヂストンのテレビコマーシャルとして,民放各社により放送され公表された。原告会社は,昭和42年,歌手Fの吹き込みによる甲曲のレコード化を企画し,キングレコード株式会社により,同レコードが製作・販売された。また,株式会社ブリヂストンは,甲曲を同社の愛唱歌としてレコード化し,原告Aに甲曲の変奏又は編曲を依頼して,平成4年ころまで27年間にわたり,甲曲をさまざまなバリエーションでテレビコマーシャルとして放送した。甲曲は,その後,有名な曲を編集したさまざまな歌集に掲載され,小・中学生の音楽教科書にも掲載された。
したがって,甲曲は,昭和41年に公表されたコマーシャルソングとしてばかりではなく,その後も,乙曲が創作される平成4年ころまで,長く歌い継がれる大衆歌謡ないし唱歌として著名な楽曲であることが認められる。
イ Cは,甲曲の公表前ではあるが,昭和35年と昭和37年の2回にわたり歌手Fが旧ソ連へ公演旅行した際に,伴奏者としてこれに同行し,Fの歌う曲の作編曲を多数手がけている。また,Cは,昭和59年ころ,ブリヂストンの社歌を作曲している。
このように,Cは,甲曲を歌唱した歌手やコマーシャルソングとした会社と関係が深かったのであるから,甲曲に接触する機会があったということができる。また,Cが記者会見やインタビューの際に甲曲を聴いたことがあることを認めていたことや,甲曲の著名性及びC自身が音楽家であることに照らせば,Cが乙曲の創作以前に甲曲を知っていたものということができる。
ウ これらの事情に加えて,後記(3)に認定するとおり,甲曲と乙曲の旋律が類似していることに鑑みれば,乙曲は,甲曲に依拠して創作されたものということができる。
(3) 表現上の本質的特徴の同一性
ア 一般に,楽曲に欠くことのできない要素は,旋律(メロディー),和声(ハーモニー)及びリズムの3要素であり,これら3要素の外にテンポや形式等により一体として楽曲が表現されるものであるから,それら楽曲の諸要素を総合して表現上の本質的特徴の同一性を判断すべきである。
もっとも,これらの諸要素のうち,旋律は,単独でも楽曲とすることができるのに対し,これと比較して,和声,リズム,テンポ及び形式等が,一般には,それ単独で楽曲として認識され難く,著作物性を基礎づける要素としての創作性が乏しく,旋律が同一であるのに和声を付したり,リズム,テンポや形式等を変えたりしただけで,原著作物の表現上の本質的な特徴の同一性が失われるとは通常考え難いこととされている。
そして,甲曲は,歌詞を付され,旋律に沿って歌唱されることを想定した歌曲を構成する楽曲である。甲曲の構成は,全16小節を1コーラスとする,比較的短い楽曲であり,後記のとおり,4小節を1フレーズとすると,4フレーズをA-B-C-Aと定式化することができる簡素な形式が採用されている。また,和声も基本3和音による3コードで進行する常とう的な和声が付けられているにとどまる。さらに,甲曲の旋律と類似する楽曲としても,せいぜい1フレーズ程度の旋律しか発見されず,4フレーズの旋律全体の構成が類似する楽曲が発見されていないことからすれば,甲曲の楽曲としての表現上の本質的な特徴は,和声や形式といった要素よりは,主としてその簡素で親しみやすい旋律にあり,特に4フレーズからなる起承転結の組立てという全体的な構成が重要視されるべきである。
よって,甲曲のように,旋律を有する楽曲に関する編曲権侵害の成否の判断において最も重視されるべき要素は,旋律であると解するのが相当であるから,まず,旋律について検討し,その後に楽曲を構成するその余の諸要素について総合的に判断することとする。
イ そこで,甲曲と乙曲の旋律を対比する。
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エ 被告は,編曲の成否は,一般人が乙曲に接したとき,甲曲の存在を想起し,その表現形式上の本質的特徴を直感的に想起するか否かによって判断されるべきであるとし,乙曲の放送開始から原告らのCに対する別件訴訟提起までの5年以上の間,乙曲が甲曲に類似しているなどという指摘が一切なかったことは,一般人が乙曲に接しても甲曲の存在を想起しないことを示している旨主張する。
しかしながら,甲曲が最初に公表されたのは,テレビコマーシャルソングとしてI が歌唱したものであるが,これは実演家としてのI の個性が強く表現されている。また乙曲が最初に公表されたのは,本件番組のエンディング・テーマに用いるために生徒一同が斉唱したものであって,子供達による斉唱という特定の歌唱による印象づけが行われている上,Eによる編曲とJによるストリングス編曲が施されており,歌詞の付された歌曲として,歌詞自体が持つ印象の相違が及ぼす影響も無視することはできない。したがって,前記の両曲の類似性にもかかわらず,一般視聴者から指摘がなかったからといって,一般人が乙曲に接しても甲曲の存在を想起しないというのは相当ではなく,被告の上記主張は,採用することができない。
(4) したがって,乙曲は,甲曲に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が甲曲の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものということができる。よって,乙曲は,原告会社の甲曲に係る法27条の権利(編曲権)及び原告Aの甲曲に係る同一性保持権を侵害して創作されたものである。
2 争点(2)(原告会社の著作権が侵害されたか)について
(1) 法27条について
法27条は,「著作権者は,その著作物を翻訳し,編曲し,若しくは変形し,又は脚色し,映画化し,その他翻案する権利を専有する。」と規定し,法28条は,「二次的著作物の原著作物の著作者は,当該二次的著作物の利用に関し,この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。」と規定する。このように,法27条は,文言上,「著作物を編曲する権利を専有する」旨定めており,「編曲する」という用語に「編曲した著作物を放送する」という意味が含まれると解することは困難である。そして,法27条とは別個に,法28条が,編曲した結果作成された二次的著作物の利用行為に関して,原著作物の著作権者に法21条から27条までの二次的著作物の経済的利用行為に対する権利を定めていることに照らせば,法27条は,著作物の経済的利用に関する権利とは別個に,二次的著作物を創作するための原著作物の転用行為自体,すなわち編曲行為自体を規制する権利として規定されたものと解される。
原告会社は,二次的著作物を放送する行為に対しても,法27条の権利侵害が成立すると主張するが,そのように解すると,「編曲」の意味を法27条に例示された形態以上に極めて広く解することになるし,著作権法が法27条とは別個に法28条の規定を置いた意味を無にするものとなるから,法27条を理由とする同原告の主張は,採用することができない。
(2) 法28条について
本件において,甲曲について法27条の権利を専有する原告会社の許諾を受けずに創作された二次的著作物である乙曲に関して,原著作物である甲曲の著作権者は,法28条に基づき,乙曲の複製権(法21条),放送権(法23条)及び譲渡権(法26条の2)を有するから,原告会社の許諾を得ずに乙曲を放送,録音し,録音物を販売した被告に対しては,法27条に基づくのではなく,法28条に基づいて権利行使をすることができると解すべきである。
被告は,原告会社が法28条の権利を有しない旨主張するので,この点について検討する。
ア JASRACは,昭和40年9月1日,原告会社から,同年10月15日から著作権の全存続期間を信託期間として,本件信託契約約款により,原告会社の有する総ての著作権並びに将来取得することあるべき著作権の信託を引き受ける旨の契約を締結した。本件信託契約約款1条本文において,委託者は「その有する総ての著作権並びに将来取得することあるべき総ての著作権」を信託財産として受託者に移転する旨規定されている。そして,原告会社は,昭和42年2月28日,JASRACに対し,甲曲及びその歌詞につき,著作権を信託する旨の作品届を提出した。
法61条2項は,「著作権を譲渡する契約において,法27条又は28条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは,これらの権利は,譲渡した者に留保されたものと推定する。」旨規定している。原告会社がJASRACに甲曲の著作権を信託譲渡した昭和40年当時の旧著作権法(法律明治32年法律第39号)においては,2条に「著作権ハ其ノ全部又ハ一部ヲ譲渡スルコトヲ得」と規定されているだけであったが,現行著作権法(昭和45年法律第48号)が施行される際,附則9条によって,旧法の著作権の譲渡その他の処分は,附則15条1項の規定に該当する場合を除き,これに相当する新法の著作権の譲渡その他の処分とみなす旨定められたため,法61条2項の推定規定は,旧法時代に行われた著作権譲渡契約にも適用される。
法61条2項は,通常著作権を譲渡する場合,著作物を原作のままの形態において利用することは予定されていても,どのような付加価値を生み出すか予想のつかない二次的著作物の創作及び利用は,譲渡時に予定されていない利用態様であって,著作権者に明白な譲渡意思があったとはいい難いために規定されたものである。そうすると,単に「将来取得することあるべき総ての著作権」という文言によって,法27条の権利や二次的著作物に関する法28条の権利が譲渡の目的として特掲されているものと解することはできない。この点につき,法28条の権利が,結果的には法21条ないし法27条の権利を内容とするものであるとして,単なる「著作権」という文言に含まれると解釈することは,法61条2項が,法28条の権利についても法27条の権利と同様に「特掲」を求めている趣旨に反する。
また,現行の著作権信託契約約款(平成13年10月2日届出)によれば,委託者は,その有するすべての著作権及び将来取得するすべての著作権を信託財産として受託者に移転する旨の条項(3条)のほか,委託者が別表に掲げる支分権又は利用形態の区分に従い,一部の著作権を管理委託の範囲から除外することができ,この場合,除外された区分に係る著作権は,受託者に移転しないものとする旨の条項がある(4条)。そして,この「別表に掲げる支分権及び利用形態」とは,①演奏権,上演権,上映権,公衆送信権,伝達権及び口述権,②録音権,頒布権及び録音物に係る譲渡権,③貸与権,④出版権及び出版物に係る譲渡権,⑤映画への録音,⑥ビデオグラム等への録音,⑦ゲームソフトへの録音,⑧コマーシャル放送用録音,⑨放送・有線放送,⑩インタラクティブ配信,⑪業務用通信カラオケであり,二次的著作物に関する法28条の権利については明記されていない。
他方,JASRACは,法28条の権利をも譲渡の対象とするのであれば,著作権信託契約約款に,例えば,社団法人日本文藝家協会の管理委託契約約款のように,「委託者は,その有する著作権及び将来取得する著作権に係る次に定める利用方法で管理委託契約申込書において指定したものに関する管理を委任し,受託者はこれを引き受けるものとする。(1)著作物又は当該著作物を原著作物とする二次的著作物の出版,録音,録画その他の複製並びに当該複製物の頒布,貸与及び譲渡 (2)著作物又は当該著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆送信,伝達,上映,上演及び口述 (3)著作物の翻訳及び映画化等の翻案」という条項によって,明確に「特掲」することが可能である。
以上によれば,原告会社の有する法28条の権利が,明示の合意により,JASRACに譲渡されたことを認めるに足りない。
イ 被告は,原告らが別件訴訟提起時に,JASRACに対し,乙曲の著作物使用料の分配保留を求めたことをもって,JASRACへの信託譲渡を容認している旨主張する。しかしながら,もともと乙曲の管理を委託したのは原告会社ではなく,著作物使用料も原告会社に支払われていたわけではないから,上記の事実をもって,原告会社が許諾することなく編曲された二次的著作物の利用に関する権利をもJASRACに信託譲渡したと認めることはできない。
また,原告会社が,編曲を許諾していない二次的著作物の自由な利用までもJASRACに容認していたと認めるに足りる証拠はない。
他に原告会社の法28条の権利が黙示の合意によりJASRACに譲渡されたことをうかがわせる事実はない。
ウ かえって,①JASRACにおいて,編曲著作物の届出方法が定められ,原著作物の著作権がある作品については,原著作物の著作権者の承認を証明する文書が必要とされ,JASRACにおいて,編曲審査委員会及び理事会に諮って,当該編曲著作物がJASRACの管理する二次的著作物として妥当なものであるかどうかを決定すること,②JASRAC発行の「日本音楽著作権協会の組織と業務」と題する説明書において,「編曲や翻訳等を認める権利はJASRACに譲渡されていないので,著作権法第61条により,これらの権利は当然著作者なり,著作権者なりに留保されていることに気を付ける必要がある。」と記載されていること等の事実によれば,少なくとも原著作物の著作権者の許諾なくして編曲され編曲著作物として届出されていない二次的著作物に関する権利についてまで信託契約の対象とする意思は,原告会社のみならず,JASRACにもなかったものと認められる。
このように解しても,著作権集中管理団体に対する信託譲渡の実態や仲介業務法に反するものではない。
逆に,原著作物の著作権者の許諾なくして編曲された二次的著作物に関する権利が信託契約の対象となり,JASRACに譲渡されたものであるとすると,編曲権を侵害する二次的著作物が放送等利用された場合に,JASRACが編曲権を侵害する二次的著作物に当たらないと判断したときには,これと異なる見解を有する原著作物の著作権者が,何らの権利も行使することができないこととなる。現に,本件において,JASRACは,被告に対し乙曲について利用許諾を与えて使用料を徴収していたのであるから,JASRACがこれらの利用者に対し法28条の権利を行使して利用差止めや損害賠償等の請求をすることは期待し難く,原著作物の著作権者の保護に欠ける不当な結果となりかねない。
エ したがって,少なくとも,法27条の権利(編曲権)を侵害して創作された乙曲を二次的著作物とする法28条の権利は,JASRACに譲渡されることなく原告会社に留保されているということができる。そうすると,原告会社は,法28条に基づき,乙曲の複製権(法21条),放送権(法23条)及び譲渡権(法26条の2)を専有するから,原告会社の許諾を得ることなく乙曲を放送,録音し,録音物を販売した被告は,原告会社の有する法28条の権利を侵害したことになる。
3 争点(3)(原告Aの著作者人格権を侵害するか)について
(1) 被告が原告Aの氏名を表示することなく乙曲を放送したことは前記のとおりである。被告の上記行為が法19条1項後段所定の氏名表示権を侵害することは明らかである。
(2) 法20条によれば,同一性保持権とは,その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し,その意に反してこれらの変更,切除その他の改変を受けない権利である。そして,法20条は,条文上,改変行為だけを侵害行為としており,改変された後の著作物の利用行為については規定されていない。
また,法113条1項には,同一性保持権侵害とみなされる行為が規定されているが,そこで列挙されているのは,頒布行為や頒布目的の所持,輸入などの行為である。すなわち,同項は,法21条から法26条の3に定められた支分権の対象となる行為の中から,一定の類型の行為のみを一定の要件を課して同一性保持権侵害とみなしているのである。法113条1項においては,頒布行為と同列に扱われるべき公衆送信(放送)行為や複製(録音)行為は,同一性保持権侵害とはみなされていないし,「頒布」は,法2条1項19号において定義されているとおりの行為をいい,公衆送信(放送)や複製(録音)を含むと解することはできない。
原告Aは,著作者人格権を侵害した楽曲を自由に放送や録音等することができるとすると,著作者人格権を法律上保護することが無意味となる旨主張する。
同一性保持権については,立法論としてはともかく,現行法の解釈としては,上記のとおり,同一性保持権を侵害して作成された二次的著作物を放送する行為は,同一性保持権侵害とならないといわざるを得ない。
4 争点(4)(過失の有無)について
(1) 被告は,放送事業及び放送番組の制作等を業としている法人であり,その放送する番組や音楽等が他人の著作権及び著作者人格権を侵害することのないように万全の注意を尽くす義務がある。特に,本件においては,平成10年7月に別件訴訟が提起され,乙曲が甲曲に係る著作権等を侵害するか否かが問題になっていることは大きく報道されたのであるから,被告は,遅くとも平成10年7月以降は,乙曲が甲曲に係る著作権ないし著作者人格権を侵害するものか否かについて真摯に調査検討し,著作権ないし著作者人格権侵害を防止する方策をとるべき注意義務があったというべきである。そして,被告は,その事業規模からしても,調査能力を十分有していたというべきであり,乙曲が甲曲に係る著作権ないし著作者人格権を侵害していると判断される可能性があれば,乙曲の放送を中止することによって,著作権侵害の結果を回避することができたものである。
しかるに,被告は,JASRACの利用許諾を信用したと主張するのみで,一般に放送する音楽著作物について著作権等の侵害を防止するための何らかの方策を採っているという主張も立証もなく,JASRACに任せきりで,自らは全く関知していないで上記注意義務を尽くさなかったのである。本件全証拠によっても,被告社内において,乙曲が他の音楽著作物あるいは甲曲に係る著作権ないし著作者人格権を侵害しているかどうかを検討した形跡すらない。そして,被告は,本件において損害を請求されている平成11年4月以降の放送分については,別件訴訟が提起された後であるから,乙曲が甲曲の著作権ないし著作者人格権を侵害するものであるか否かについてとりわけ慎重な検討をして権利侵害の結果を回避すべき義務があった。しかるに,被告は,これを怠り,漫然と乙曲の放送をし続けたのであるから,過失があったといわざるを得ない。
(2) 被告は,被告が尽くすべき注意義務の内容は,利用しようとする楽曲がJASRACの管理楽曲に含まれているか否かを調査することに尽きており,それ以上の注意義務を負わないと主張する。
なるほど,JASRACは,現行の著作権信託契約約款7条において,委託者に管理を委託する著作物について自らが著作権を有していること,かつ,それが他人の著作権を侵害していないことを保証させ,29条では,著作権の侵害又は著作権の帰属等について,告訴,訴訟の提起又は異議の申立てがあったときは,著作物の利用許諾,著作物使用料等の徴収を必要な期間行わないことができる旨定めている。したがって,JASRACは,楽曲の管理の委託を受けるに際して,他人の著作権を侵害する楽曲の委託を受けないようにしているものということができる。そして,本件において,JASRACは,原告らによる別件訴訟提起後も,なお乙曲を管理除外とすることなく,何の制限も付することなく乙曲の利用を許諾していたのである。
しかしながら,このように自らが管理する著作物に関して著作権侵害のないように注意しているJASRACが,乙曲を管理除外とすることなく被告に乙曲の利用を許諾していたからといって,JASRACから利用の許諾を受けた被告に直ちに過失がないということはできない。JASRACがこのような体制をとりながら被告に乙曲の利用を許諾していたことは,JASRACが当該曲の管理委託を受けた時点及び別件訴訟が提起された時点で,乙曲が甲曲に係る著作権を侵害するものと判断しなかったという事情を示すものにすぎず,JASRACと被告との間の内部関係においてこの点を斟酌することがあるとしても,法28条の権利を有する原告会社との関係で被告に過失がないということはできない。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
(3) 被告は,乙曲を聴いただけで,世の中に無数に存在する音楽の中から,甲曲と特定して想起することはおよそ不可能であるとか,視聴者からの問い合わせや指摘も一切なかったなどと主張するが,遅くとも平成10年7月以降は,乙曲に類似する曲として甲曲が特定されていたにもかかわらず,被告はそもそも何の調査も検討もしていないのであるから,注意義務を果たしたといえないことに変わりはない。
さらに,被告は,乙曲が原告らの権利を侵害していることが一見して明らかとはいえないとか,Cが甲曲と乙曲との同一性を否定していたとか,高名な音楽家であるCが著作権を侵害して作曲するとは通常では考えられないとか,別件訴訟第1審では乙曲による甲曲の著作権侵害を否定する判決が言い渡されたなどと縷々述べるが,いずれも,著作権者又は著作者人格権を有する原告らとの関係で過失があるとした前記の判断を覆すに足りない。
したがって,被告の前記主張は,採用することができない。
5 争点(5)(損害の発生の有無及び額)について
(1) 原告会社の損害額の算定基準
ア 甲曲及び乙曲を含む音楽著作権の管理が,実際上は大多数の場合において,JASRACに対する信託を通じてされていること,当該管理はJASRACの本件使用料規程及び著作物使用料分配規程(以下「本件分配規程」という。)に準拠して行われていること,使用料規程については,仲介業務法3条の規定により文化庁長官の認可を受けていたものであることから,JASRACの本件使用料規程及び本件分配規程に基づく著作物使用料の徴収及び分配の実務は,音楽の著作物の利用の対価額の事実上の基準として機能するものであり,法114条2項[注:現3項。以下同じ]の相当対価額を定めるに当たり,これを一応の基準とすることには合理性があると解される。
イ JASRACの本件使用料規程及び分配規程によれば,一般放送事業者の行う放送及び放送用録音に係る使用料については,包括使用料方式のほかに,1曲1回当たりの曲別使用料を積算する算定方法が定められている。
被告は,原告会社の主張する法114条2項の許諾料相当額は,JASRACから包括使用料方式で定められた乙曲に関する分配金相当額を超えることはあり得ないから包括使用料方式によって算定すべきであると主張する。
しかしながら,包括使用料方式は,全体として低廉な使用料を設定することにより,著作物の利用許諾を受けるインセンティブを与えることに意味があるから,違法な著作物の利用を行った侵害事件において,包括使用料方式を採用することはできない。したがって,著作権侵害訴訟における損害額の算定については,包括使用料方式ではなく,1曲1回当たりの曲別使用料を積算する算定方式を基準とすることが合理的である。
ウ 被告は,相当対価額の算定上,JASRACの管理手数料を控除すべきである旨主張する。
しかしながら,音楽著作物の著作権の管理をJASRACに委託するかどうかは自由であり,しかも,前記のとおり,二次的著作物の利用に関する権利は当然にはJASRACに移転していないと解するから,JASRACの管理手数料は当然に発生するものであるとはいえない。また,本件は,使用料請求ではなく損害賠償請求であり,現行法114条2項において,「通常」の文言が削除された趣旨からすれば,被告の上記主張は,採用できない。
エ 原告会社は,編曲権を侵害する曲について歌詞を付けた作詞者の行為は,すべて編曲権侵害行為であるから,作詞者に対する分配分はこれを控除すべきではない旨主張する。
しかしながら,歌詞と楽曲が別個の著作物として独立に保護し得るものであり,しかも,本件においては歌詞が先に作詞され,それにCが曲を付けたのであるから,作詞者Dの行為が編曲権を侵害する行為であるということはできない。
そして,歌曲「記念樹」は,作詞者Dと作曲者Cのいわゆる結合著作物であり,その楽曲(乙曲)についての著作権とは別個に,歌詞についての著作権が存在している。他方,JASRACによる著作物使用料の分配額は,歌曲「記念樹」の使用料として分配されている種目及び歌詞と楽曲を分けてそれぞれに適用される種目がある。歌詞と楽曲を併せて算定される使用料については,楽曲としての乙曲の相当対価額の算定上は,歌詞の著作物の利用の対価額を控除するのが相当である。
オ 原告会社は,翻案権を侵害する曲について編曲した編曲者の行為は翻案権侵害行為であるから,編曲者に対する分配分はこれを控除すべきではない旨主張する。
しかしながら,このような解釈は,翻案権侵害の範囲を不当に拡大するものであるし,法2条1項11号は,二次的著作物に著作権法上の保護を与える要件として,当該二次的著作物の創作過程の適法性を要求していないといえるから,原告会社の主張は,採用できない。
そして,乙曲は甲曲を原曲としつつ,Cにより創作的な表現が加えられた二次的著作物であるから,Cは,二次的著作物として新たに付与された創作的な部分について著作権を取得し(最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決参照),これをフジパシフィックに譲渡したものである。また,歌曲「記念樹」は,Eの編曲が施されたものとして公表されているところ,Eの編曲についても同様である。
そうすると,甲曲を原曲とする二次的著作物である乙曲の利用の対価額中には,原曲の著作権者に分配されるべき部分と二次的著作物の著作権者及びその編曲者に分配される部分とを観念することができる。したがって,甲曲の相当対価額を定めるに当たっては,二次的著作物の著作権者及びその編曲者の分配分を控除すべきであり,その控除されるべき割合は,原曲の編曲者への分配率に準じて定めるのが相当である。
(2) 原告会社の損害額
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オ 合計
したがって,原告会社の損害額は,上記イないしエの合計額である276万3180円となり,遅くとも最終の放送日である平成14年9月1日に遅滞に陥る。
  236万9000円+14万4180円+25万円=276万3180円
(3) 原告Aの損害額
ア 慰謝料
被告は,原著作者すなわち甲曲の著作者である原告Aの氏名を表示することなく乙曲を放送した結果生じた原告Aの精神的損害について賠償すべき義務がある。
被告の上記行為は,乙曲を創作したCとの共同不法行為というべきであるから,被告の原告Aに対する慰謝料支払義務は,Cとの不真正連帯の関係に立つ。別件訴訟控訴審判決においては,控訴審の口頭弁論終結時である平成14年5月10日まで約10年間にわたって,被告の本件番組のエンディング・テーマ曲として放送が継続されていた事実も総合考慮して,原告Aが受けるべき慰謝料の額は500万円が相当であると認定された。原告Aは,上記別件訴訟控訴審判決に基づいて,Cから慰謝料500万円全額の支払を既に受けている。しかし,被告が乙曲の放送を中止したのは,平成14年9月1日であり,上記口頭弁論終結時以降更に放送され続けた分については,既払分以上に原告Aの損害が発生しているということができる。また,別件訴訟控訴審判決においては,被告の系列局による放送について,関西テレビによる放送しか認定されておらず,残り30局による放送の影響が考慮されていない。
したがって,これらの事情を考慮すると,別件訴訟控訴審判決に基づくCによる慰謝料債務の弁済があったとしてもなお,被告は,原告Aに対し,氏名表示権侵害を理由とする慰謝料支払義務を負うというべきであり,その額としては,50万円が相当である。
イ 弁護士費用
原告Aの弁護士費用としては,上記アの2割である10万円を被告に負担させるのが相当である。
ウ 合計
したがって,原告Aの損害額は,上記ア及びイの額の合計額である60万円となり,遅くとも最終の放送日である平成14年9月1日に遅滞に陥る。