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著作権判例セレクション
【その他の支分権】 世界各地のSLの様子をデジタルビデオカメラで撮影した映像のテレビ局への販売等につき頒布権等の侵害を認定した事例
▶平成24年03月22日東京地方裁判所[平成22(ワ)34705]
(注) 本件は,世界各地の蒸気機関車(SL)を撮影したビデオ映像の著作者及び著作権者である原告が,上記ビデオ映像が被告らによってテレビ放送用の番組に編集され,テレビ局に販売されてテレビで放映されたことにより,同ビデオ映像に係る原告の著作権(複製権,頒布権及び公衆送信権)及び著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権及び公表権)が侵害されたと主張して,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償金の内金として,所定の金員の支払を求めた事案である。
1 争点1(原告は,被告らに対し,本件ビデオ映像を編集して放送番組を制作すること及びテレビ局を通じて同番組を放送することを黙示に許諾したか)について
(1)
認定事実
(略)
(2)
上記事実関係によれば,原告は,平成16年5月28日にCから本件ビデオ映像の説明書の作成を依頼された際,被告らにおいて本件ビデオ映像を利用した放送番組を制作するという企画を検討中であることも伝えられていたものであり,その時点では,同企画及び本件説明書を作成することについて特段異議を述べず,むしろ,Cに対し,本件説明書を作成するために必要であるとして本件ビデオ映像のコピーを渡して欲しいと求めるなど,本件説明書の作成に応じるかのような対応をとっていたことが認められる。
そして,被告らは,このような事実をもって,原告は,本件ビデオ映像が編集されて放送番組が制作されること及び同番組がテレビ局を通じて放送されることについて黙示の許諾を与えていたものと評価することができると主張する。
しかしながら,証拠及び弁論の全趣旨によれば,Cが原告に対し本件ビデオ映像を利用した放送番組制作の企画を検討していることを伝えた段階では,本件ビデオ映像を使用して実際に放送番組を制作することができるか否かは,まだ判断ができない状態であって,当該企画自体が明確に確定していたわけではなく,当然,被告らにおいて,どのような方針で本件ビデオ映像を編集し,具体的にどのような内容の番組を制作するのかという点や,制作された番組を誰に対してどのような条件で販売し,いつどのような形で放送されるのかという点についても,確定していなかったものであり,これらの事項について,被告らから原告に対して説明したり,原告の許諾を求めたりしたことはなく,原告においてこれらの事項を認識していたものでもなかったこと,その後,別件訴訟が提起されるまでの間に,被告らが,これらの事項を原告に説明するなどして許諾を求めたことはないこと,が認められる。
そうすると,原告が,Cから,本件ビデオ映像を利用した放送番組制作の企画があること及びそのために本件説明書を作成する必要があることを伝えられ,そのことに特段異議を述べず,むしろ,Cに対して本件説明書の作成に応じるかのような態度をとっていたとしても,そのことだけをもって,原告が,被告らに対し,本件ビデオ映像を編集して放送番組を制作し,これをテレビ局に販売することや,同番組をテレビで放送することについて,黙示に許諾していたものと認めることはできない。
(3)
以上のとおりであるから,被告O企画による本件テレビ番組の制作,被告O社による本件テレビ番組の販売及び販売先のテレビ局による本件テレビ番組の放送につき,原告の許諾を得ていたと認めることはできない。また,前記認定のとおり,本件テレビ番組がテレビで放送された当時,本件ビデオ映像は,まだ公表されていなかったものであり,かつ,同番組には,撮影者である原告の氏名は表示されていなかったことが認められる。
したがって,原告は,被告O企画が,原告の意に反して本件ビデオ映像を編集し,本件ビデオ映像の一部を利用して本件テレビ番組を制作したことにより,本件ビデオ映像に係る原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害されたものと認められる。
また,原告は,被告O社が,本件テレビ番組がテレビで放送されることを目的として,同番組をテレビ局に販売し,その後同番組がテレビで放送されたことにより,本件ビデオ映像に係る原告の著作権(頒布権及び公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権及び公表権)を侵害されたものと認められる。
なお,被告らは,本件テレビ番組の販売先は特定かつ少数であるから,被告O社が本件テレビ番組を販売した行為は原告の著作権(頒布権)を侵害するものではないと主張する。しかしながら,被告O社が,本件テレビ番組がテレビで放送されること,すなわち,同番組を公衆に提示すること(著作権法2条1項19号)を目的として同番組をテレビ局に販売したことについては上記認定のとおりであるから,被告O社の上記行為は原告の著作権(頒布権)を侵害するものといえる。
2 争点2(被告らは,本件テレビ番組に原告の氏名表示を省略すること(著作権法19条3項)ができるか)について
被告らは,本件ビデオ映像は撮影対象であるSLの希少性に主たる価値があること,本件テレビ番組は被告O企画が本件ビデオ映像のごく一部を抽出して編集したものであり,本件ビデオ映像の全体とは相当質の異なる作品となっていること,映像作品においては,放送時間の制約もあり,氏名表示についても一定の制約があることなどを挙げ,本件テレビ番組に原告の氏名の表示を省略したとしても,著作物の利用の目的及び態様に照らし,著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがなく,公正な慣行にも反しない(著作権法19条3項)と主張する。
しかしながら,著作権法は,著作者の人格的利益を保護するために,著作者人格権としての氏名表示権を認めており,同権利は,二次的著作物の公衆への提供等に際しての原著作物の著作者名の表示についても認められることに鑑みれば,仮に,本件ビデオ映像の価値や本件テレビ番組の編集方法について,被告らの主張する事実が認められるとしても,そのことのみをもって,本件ビデオ映像を撮影した原告の氏名を,同映像を素材として制作された本件テレビ番組に表示しないことが,原告が著作者であることを主張する利益を害するおそれがないものとも,公正な慣行に反しないものであるともいうことはできない。
したがって,被告らの上記主張は理由がない。
3 争点3(被告らの故意又は過失の有無)について
被告O企画が本件テレビ番組を制作し,被告O社が同番組をテレビ局に販売し,販売先のテレビ局が同番組をテレビで放送したことにより,本件ビデオ映像に係る原告の著作権及び著作者人格権が侵害されたことについては,前記1及び2で説示したとおりである。
また,被告O企画はテレビ番組の制作等を業とする者として,被告O社はテレビ用映画フィルムの配給等を業とする者として,それぞれ,本件テレビ番組の制作ないし販売に当たり,本件ビデオ映像の著作権の帰属について十分な検討をするとともに,本件ビデオ映像の撮影者である原告の認識を確認するなどの調査を行えば,本件ビデオ映像の著作権が原告にあることを認識することが可能であったにもかかわらず,必要な検討及び調査を行うことなく,同映像の著作権を被告O企画が有するものと安易に判断して,上記侵害行為を行ったものである。したがって,被告O企画は本件テレビ番組を制作したことにつき,被告O社は本件テレビ番組を販売したことにつき,少なくとも過失があったというべきである。
さらに,証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告O社は,被告O企画が制作した映像の販売等を行う会社であり,また,被告Bは,上記侵害行為がされた当時,被告2社の株式のすべてを保有し,両社の代表取締役を務めていた者であり,被告Bの自宅を被告O企画の制作室として使用し,被告Bの意向により上記侵害行為が行われたものであることが認められる。
このような,本件テレビ番組の制作及び販売における被告らの緊密な関係に鑑みると,本件テレビ番組の制作及び販売という一連の侵害行為について,これを全体的に考察すれば,被告らは共同して上記侵害行為を行ったものと認められる。
4 争点4(過失相殺の成否)について
被告らは,原告はCから本件ビデオ映像の説明書を依頼された段階で,本件ビデオ映像を利用した放送番組を制作する企画があることを伝えられていたものであり,この時点で,被告らが本件ビデオ映像を利用した放送番組を制作することを予想し得たにもかかわらず,被告らに対して何らの対応もとらなかったものであるから,本件テレビ番組が制作ないし放送されたことについて原告に過失が認められるとして,過失相殺を主張する。
しかしながら,Cが原告に本件説明書の作成を依頼した時点では,前記のとおり,上記企画は明確に確定していたわけではなく,その後に同企画が具体化した後も,本件ビデオ映像の著作権は被告O企画にあると認識していた被告らは,原告に対し,本件ビデオ映像を編集して本件テレビ番組を制作することや,これをテレビ局に販売することを連絡しなかったものであり,原告においても,そのような事実を認識することがなかったものであって,原告が被告らに対し,被告らが本件ビデオ映像を編集して放送番組を制作すること及びテレビ局を通じて同番組を放送することを原告が許諾していると誤信させるような,積極的な言動を行った事実は認められない。
また,仮に,本件説明書の作成依頼を受けた後の原告の対応に問題があったとしても,著作権者である原告の許諾を得ずに,その著作物である本件ビデオ映像を利用して放送番組を制作したり,テレビ局を通じて同番組を放送することは,本来,当然に著作権侵害及び著作者人格権侵害となる行為であり,被告らにおいても,この点を十分認識した上で,本件テレビ番組の制作及び販売に当たる必要があったにもかかわらず,前記のとおり必要な調査を怠り,原告の著作権及び著作者人格権を侵害したことが認められる。
以上のような事情を考慮すると,本件において,被告らによる著作権侵害及び著作者人格権侵害につき,原告に過失があったと認めることはできない。
5 争点5(原告の損害)について
(1)
著作権法114条3項による損害額について
ア 前記認定のとおり,本件ビデオ映像は,原告が,被告Bの厚意により,被告O企画の保有するDVカメラ等機材一式を無償で借り受け,DVテープの提供を受けて撮影したものであり,原告は,上記撮影に当たって,被告B及びCから,SLの映像だけでなくSLが走っている地域の風俗等が伝わる映像も撮った方がよい旨の助言を受けたり,撮影旅行のために中国に渡航する際に,渡航費用の援助を受けたりしていた。
また,本件ビデオ映像は,もともと原告の趣味の一環として撮影されたものであり,原告において,同映像を使用して映像作品を制作することを意図して撮影したものではなく,そのままの状態でテレビ番組に用いることのできるものではなかった。そのため,被告O企画は,本件テレビ番組を制作するに当たり,撮影時間が約25時間にも及ぶ本件ビデオ映像を編集し,解説のナレーションや音楽等を挿入して,放映時間が各25分程度の本件テレビ番組を制作した(なお,本件テレビ番組の映像のうち,本件テレビ番組1の中のハワイ及びニュージーランドの映像(放映時間合計4分49秒)は,本件ビデオ映像ではなく,被告O企画が独自に入手した映像が使用された)。
そして,本件テレビ番組は,別紙一覧表のとおり,被告O社から地方のテレビ局8社ないし9社に対し,販売価格合計110万3000円で販売され,販売先の地方テレビ局により,延べ17回にわたって放送されたが,その放送地域は,自局のみに限られていた。また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告O企画は,本件テレビ番組を制作するに当たって,スタジオ代,テープ代,Cによる演出料,ナレーション料及び原告に支払った旅費として,少なくとも58万円余を支出したことが認められる。
他方,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件ビデオ映像は,原告が世界各地を訪れて,当地の貴重なSLを撮影したものであることが認められる。また,原告は,上記撮影旅行に行く際の旅費等の大半を自己負担している。
以上のような,本件ビデオ映像の撮影及び本件テレビ番組の制作に至るまでの経緯,本件テレビ番組の販売価格,放送態様,放送回数及び放送地域,本件ビデオ映像中のSLの映像の貴重性等の事情を総合的に考慮すると,本件において,本件ビデオ映像の著作権者である原告が「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法114条3項)は,50万円であると認めるのが相当である。
イ これに対し,原告は,本件ビデオ映像は世界の辺境などで稼働する鉄道の紀行映像であり,その映像価値は非常に高いものであって,同映像をテレビ番組として販売する場合の通常の価格は,少なくともTBSビジョン価格表の金額を下回るものではない,被告O社が本件テレビ番組をテレビ局に販売した価格では,本件ビデオ映像の撮影等の実費を回収することができず,営業として成り立たない,と主張する。
しかしながら,証拠及び弁論の全趣旨によれば,TBSビジョン価格表は,全国ネットのキー局であるTBSテレビで放送される番組等を制作する会社であるTBSビジョン社が,同社で撮影した映像の使用を第三者に許諾する場合の許諾料の基準であると認められる。これに対し,本件は,被告O社が,地方テレビ局において一本の番組として放送されることを目的として,各テレビ局に対して本件テレビ番組を販売したという事案であるところ,TBSビジョン社が,同社の制作した映像を一本のテレビ番組として地方テレビ局に販売するに当たって,上記価格表に基づいてその販売価格を定めていることを認めるに足りる証拠はない。
したがって,TBSビジョン価格表を,本件ビデオ映像のように,もともと原告の趣味の一環として撮影されたものであり,そのままの状態ではテレビ番組として使用することができない映像について,これを編集してテレビ番組を制作したり,その番組を地方テレビ局で放送したりすることを許諾する際の基準として用いることは,適切ではない。
ウ 他方,被告らは,別件訴訟控訴審判決が,本件DVDの販売に関する複製権侵害による損害額を認定するに際し,本件DVDの販売価格は本件テレビ番組を利用して作成されたことから可能となったと説示している事実をとらえて,別件訴訟控訴審判決では,実質的に,本件テレビ番組が放送使用されたことも含めて損害額が評価されており,原告はその支払を受けているから,原告は本件訴訟において著作権侵害による損害賠償を請求することはできないと主張する。
しかしながら,別件訴訟控訴審判決の説示の内容をみるならば,同判決において,本件テレビ番組を利用して本件DVDが作成された点について言及がされたのは,本件DVDの販売価格が同DVDの内容や同種のDVD商品の販売価格に照らして相当程度低廉であることを認定する際,その要因の一つとして挙げたにすぎないものであると理解するのが相当である。したがって,別件訴訟控訴審判決において,本件テレビ番組が放送使用されたことも含めて損害額が評価されたものということはできない。
(2)
著作者人格権侵害による損害について
ア 既に説示したとおり,原告は,被告らによって,本件ビデオ映像に係る原告の著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権及び公表権)を侵害されたものである。また,本件ビデオ映像は,原告が,約4年をかけて世界各地を訪れて,当地の貴重なSLを撮影したものであり,原告は,同映像に対する愛着を持っていることがうかがえる。
原告は,このような映像を,原告に無断で改変されてテレビ番組に編集され,その番組に撮影者として原告の氏名を表示されず,延べ17回にわたって同番組を各地で放送されたものであるから,これらの行為によって精神的苦痛を被ったものと認められる。
他方,原告は,本件テレビ番組をDVDにした本件DVDが制作,販売されたことにより,本件ビデオ映像に係る原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権及び公表権)が侵害されたと主張して,別件訴訟を提起し,別件訴訟控訴審判決において,著作者人格権侵害の慰謝料として100万円が認容され,その支払を受けている。
これらの事情に加えて,前記(1)で説示した,本件ビデオ映像の撮影及び本件テレビ番組の制作に至るまでの経緯,本件テレビ番組の放送態様,放送回数及び放送地域等,本件に顕れた諸般の事情を総合的に考慮すれば,被告らが原告の著作者人格権を侵害したことに対する慰謝料の額は,50万円と認めるのが相当である。
イ これに対し,被告らは,原告は別件訴訟において,本件テレビ番組の制作についての同一性保持権や,同番組の放送についての氏名表示権及び公表権侵害についても,実質的に勝訴判決を得てその弁済を受けているといえるから,本件訴訟において著作者人格権侵害に基づく損害賠償を請求することはできないと主張する。
確かに,別件訴訟において,その制作及び販売行為が原告の著作者人格権を侵害するものであると認定された本件DVDは,本件テレビ番組をDVDに収録したものであるから,別件訴訟控訴審判決において,本件DVDを制作及び販売したことについて著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権及び公表権)侵害が認定され,慰謝料請求が認容されて原告がその支払を受けている事実は,本件訴訟における著作者人格権侵害の慰謝料を算定するに当たっても,考慮すべき事情の一つとなり得るものといえる。
他方,別件訴訟は,前記のとおり,原告が,本件DVDの制作,販売により著作者人格権を侵害されたことによる慰謝料の支払を求めたものであり,原告が,本件テレビ番組の制作及び放送による著作者人格権侵害に基づく慰謝料の支払を求めている本件訴訟とは,請求原因及び訴訟物を異にするものである。
したがって,別件控訴審判決において著作者人格権侵害による慰謝料請求が認容されているからといって,直ちに,原告が,本件テレビ番組の制作についての同一性保持権や,同番組の放送についての氏名表示権及び公表権侵害についても,別件訴訟において実質的に勝訴判決を得てその弁済を受けているものと認めることはできないというべきである。被告らの上記主張は採用することができない。
(3)
弁護士費用について
原告は,弁護士を選任して本件訴訟を追行しており,本件事案の内容,認容額及び本件訴訟の経過等を総合すると,上記著作権侵害行為及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は,それぞれ5万円(合計10万円)と認められる。
(4)
小括
以上のとおり,被告らによる本件テレビ番組の制作,販売及び公衆送信と相当因果関係がある原告の損害額は,合計110万円及びこれに対する不法行為の後(被告2社に対する訴状送達の日,被告Bに対する訴状送達の日の3日後)である平成22年10月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金であると認められる。