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著作権判例セレクション

【氏名表示権】 彫物師の入れ墨に係る著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)の侵害を認定した事例/著作者名の表示の省略(193)を認めなかった事例

▶平成23729日東京地方裁判所[平成21()31755]▶平成24131日知的財産高等裁判所[平成23()10052]
() 原告は,被告Yが執筆し,被告H社が発行,販売した「合格!行政書士 南無刺青観世音」と題する書籍(「本件書籍」)について,被告らが原告の許諾を得ずに原告が被告Yの左大腿部に施した十一面観音立像の入れ墨(「本件入れ墨」)の画像(ただし,陰影が反転し,セピア色の単色に変更されている。以下「本件画像」という。)を本件書籍の表紙カバー(「本件表紙カバー」)及び扉(「本件扉」)の2か所に掲載したことは,原告の有する本件入れ墨の著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害するなどとして,被告らに対し,著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償金等の支払いなどを求めた事案である。

1 争点(1)(本件入れ墨の著作物性)について
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2 争点(2)(著作者人格権侵害の成否)について
上記1のとおり,本件入れ墨は,原告が創作したものであり,その著作者であると認められるから,原告は,本件入れ墨の著作者人格権を有する。
(1) 公表権侵害の成否
ア 本件画像は,本件入れ墨を撮影した写真を加工して作成したものであるから,本件入れ墨に依拠したものである。そして,本件入れ墨と本件画像とを対比すると,本件画像は,陰影が反転し,セピア色の単色に変更されているが,本件入れ墨の表現上の同一性が維持されており,その表現上の本質的特徴を直接感得するのに十分な大きさ,状態で,ほぼ全体的にその表現が再現されていると認められ,他方,上記変更には,創作性があるとは認められない。したがって,本件画像は,本件入れ墨の複製物である。
イ しかしながら,原告は,本件書籍の初版第1刷が発行され,本件各ホームページに本件表紙カバーの写真が掲載された平成19年7月1日よりも前に,本件入れ墨の写真を,株式会社コアマガジン発行の雑誌「バースト」平成14年3月号,同会社発行の雑誌「タトゥー・バースト」同年5月号,株式会社竹書房発行の雑誌「月刊実話ドキュメント」同年4月号の各広告欄に掲載したことが認められ,原告はその著作物である本件入れ墨の複製物を被告らが公表する前に自ら公刊物に掲載して公表していたことが明らかである。
したがって,本件入れ墨は未公表の著作物ということはできないから,被告らの上記行為が,原告の有する本件入れ墨の公表権を侵害するものということはできない。
ウ この点について,原告は,著作物をいかなる媒体においていかなる形式で公表するかは,専ら著作者である原告に専属する権利であり,著作者の承諾していない媒体に著作物を掲載することは,著作者の一身専属的な公表権を侵害すると主張する。しかしながら,原告が自ら本件入れ墨を公表した以上,その後に被告らがこれを原告の承諾していない媒体に掲載したからといって,これが公表権を侵害するということはできず,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 氏名表示権侵害の成否
ア 本件画像が本件入れ墨の複製物と認められることは,上記(1)アに説示したとおりであり,本件画像が掲載された本件表紙カバー,本件扉及び本件表紙カバーの写真を掲載した本件各ホームページには,いずれも本件入れ墨の著作者である原告の氏名が表示されていないことは当事者間に争いがない。
そして,被告Yは本件書籍を執筆するに際し,被告H社は本件書籍を発行するに際し,本件画像を上記のとおり本件表紙カバー及び本件扉に掲載したものであるから,共同して本件画像を公衆に提供したものと認められる。また,被告Yは本件ホームページ1に本件表紙カバーの写真を掲載したものであり,被告本の泉社は本件ホームページ2に本件表紙カバーの写真を掲載したものであり,いずれも本件画像を公衆に提示したものと認められる。
イ 被告らは,上記各掲載について,著作権法19条3項により著作者名の表示を省略することができる場合に該当すると主張し,その理由として,①本件書籍における本件入れ墨の利用目的は,本件入れ墨の芸術的価値を付加することによって本件書籍の価値を高めることにあったのではなく,かえって,被告Yがその人生の中で特定の女性に対する強い心情から痛苦に耐えて本件入れ墨を施したことを記し,その人生の集約又は象徴として本件入れ墨を表出したものであること,②本件画像は原告から無償譲渡された写真によるものであって,原告もその合理的範囲における利用をあらかじめ容認していたこと,③執筆の中に,その内容の集約又は象徴として絵画,写真などを掲載することは,公の慣行に属し,特に著作者名を表示しなければ著作者の利益を害すると認められる場合でない限り,著作者名を省略することが許容されるべきであり,本件は正にこれに該当することなどを挙げる。
しかしながら,本件書籍において,本件入れ墨は,表紙カバー及び扉という書籍中で最も目立つ部分において利用されていること,本件表紙カバー及び本件扉は,いずれも本件入れ墨そのものをほぼ全面的に掲載するとともに,「合格!行政書士 南無刺青観世音」というタイトルと相まって殊更に本件入れ墨を強調した体裁となっていることからすれば,読者の本件書籍に対する興味や関心を高める目的で本件入れ墨を利用しているものと認められ,本件入れ墨の利用の目的及び態様に照らせば,著作者である原告が本件入れ墨の創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認めることはできない。
また,原告が本件画像の基となる写真を被告Yに対し無償で譲渡していたとしても,それだけで原告が本件入れ墨の利用を許諾していたものと認めることはできず,ほかに原告が被告らによる本件入れ墨の利用を許諾していたことを認めるに足りる証拠はない。
さらに,書籍中に入れ墨の写真を掲載するに際し著作者名の表示を省略することが公正な慣行に反しないと認めるに足りる証拠はない(竹書房平成14年4月1日発行の雑誌「月刊実話ドキュメント」同年4月号に掲載された入れ墨の写真には,彫物師の屋号が表示されていることが認められる。)。
したがって,被告らによる上記各掲載が著作権法19条3項により著作者名の表示を省略することができる場合に該当すると認めることはできず,被告らの上記主張は採用することができない。
ウ 以上によれば,本件入れ墨の著作者である原告の氏名を表示しないまま,本件入れ墨の複製物である本件画像を本件書籍及び本件各ホームページに掲載した被告らの行為は,いずれも原告が有する本件入れ墨の氏名表示権を侵害するものであり,また,この点に関し被告らに少なくとも過失が認められることは明らかである。
(3) 同一性保持権侵害の成否
ア 本件入れ墨と本件画像とを対比すると,本件画像は,陰影が反転し,セピア色の単色に変更されていることは,上記(1)アのとおりである。
そして,被告らは,原告に無断で,原告の著作物である本件入れ墨に上記の変更を加えて本件画像を作成し,これを本件書籍及び本件各ホームページに掲載したものであり,このような変更は著作者である原告の意に反する改変であると認められ,原告が本件入れ墨について有する同一性保持権を侵害するものである。
イ 被告らは,本件画像は原告から無償譲渡された写真によるものであり,原告は当該写真の利用方法につき何らの制約も加えるところがなかったので,被告らが無償譲渡された写真を本件書籍に掲載する際,ネガとポジを反転し,モノクロ化したことは原告の許容した利用範囲にとどまり,原告の同一性保持権を侵害するものではないと主張する。
しかしながら,原告が写真を譲渡したからといって,それだけで原告が上記のような改変を許容していたとは認められず,ほかにそのように認めるに足りる証拠はない。したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
【被告らは,本件入れ墨の写真画像について,陰影を反転させ,かつ,セピア色の単色に変更させた点は,被告Xの大腿部に施された入れ墨をそのまま使用することが相当でない点を考慮すれば,著作権法20条2項4号所定の「やむを得ない改変」に該当すると主張する。しかし,本件入れ墨を撮影した写真を書籍に掲載することがふさわしくない事情があるからといって,本件入れ墨を改変して,本件書籍に掲載することが,著作権法20条2項4号所定の「やむをえない改変」に該当するとして,その掲載が許されるものではない。被告らの主張は採用の限りでない。
また,被告らは,原告と被告Xとの間において,明示又は黙示の著作者人格権不行使の合意が成立していると主張する。しかし,著作者人格権不行使の合意がされた場合に,その合意が効力あるものと解されるべきか否かの判断はさておき,本件全証拠によっても,著作者人格権不行使の合意が成立したことを認めることはできない。被告らの上記主張は,採用の限りでない。
さらに,被告らは,本件入れ墨は,原告と被告Xの共同著作物であり,原告は,被告Xの合意なく,請求権を行使することは許されない,とも主張する。しかし,被告Xは,本件入れ墨について,画像の選択,観音像の顔の表情について希望は述べた事実はあるが,本件全証拠によるも,被告Xが,本件入れ墨の作成に,創作的に関与したことを認めることはできないから,被告らの主張は,採用できない。】
ウ 以上によれば,上記アの改変は,原告が本件入れ墨について有する同一性保持権を侵害するものであり,また,この点に関し被告らに少なくとも過失が認められることは明らかである。
3 争点(3)(人格権及びプライバシー権侵害の成否)について
(1) 人格権侵害の成否
ア 本件書籍に本件各記述があることは当事者間に争いがなく,原告は,本件各記述について,原告が精魂を込めて施した本件入れ墨に対する負の評価をしたものであり,これは専門技能者としての原告の人格権を侵害する,そもそも原告の施した入れ墨が,単に被告Yにとっても負のものであったことを強調しているのみならず,一般読者に対しても,入れ墨そのものが入れ墨をした者にとって,秘匿し乗り越えるべき性質のものであることを公言しているのであって,これは彫物師としての原告の人格権を棄損したものであると主張する。
イ しかしながら,証拠によれば,本件書籍には,本件各記述がある一方で,次の各記述があることも認められる。
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ウ また,本件書籍は,原告が指摘するとおり,平成18年度の行政書士試験に合格したという被告Yが,出生から様々な苦難,不祥事,病気を乗り越えて,その試験に合格したという来歴を自ら記述したものであり,大要,①幼児期において家庭的に恵まれなかったこと,②就職に失敗したこと,③勤務した映画館において横領をして解雇されたこと,④この間,女性に金銭を貢いだが,結局,だまされたこと,⑤その女性に影響されて,脇にその名前(源氏名)を彫り込んだ本件入れ墨をしたこと,⑥その女性のためとの考えから入れ墨をしたものの,その女性からだまされていたことがわかり,うつ病に陥り,精神科に通院して治療を受けたこと,⑦しかし,これを乗り越えて,行政書士試験に合格したこと等が記載されているものである。
エ 本件書籍全体の上記内容や,原告及び本件入れ墨を肯定的に評価する上記イ () ()の各記述を考慮すれば,本件各記述は,ある女性を信じて自己の身体に本件入れ墨を入れたものの,その後当該女性に裏切られたことで精神的に混乱を来してしまい,自己の信念の証であった本件入れ墨まで精神的に負担になってしまったということを述べているが,それ以上に彫物師である原告又は原告の手による本件入れ墨自体の価値や評価を貶める意図や効果があるものとは認められない。
したがって,本件各記述が原告の人格権を侵害するものと認めることはできない。
(2) プライバシー権侵害の成否
ア 原告は,本件書籍においては,入れ墨を施した原告のことを仮名で表記しているが,1か所だけ「X3の先生」と記述した部分があり,同記述によって,本件入れ墨を施したのは原告であることが他者の知るところとなり得ると主張する。
しかしながら,そもそも,原告は彫物師であり,業として入れ墨を行う者であるから,原告にとって本件入れ墨を施術したことが,プライバシー権の対象となる私生活上の事実に該当するとはいえない。
また,本件書籍に登場する彫物師の属性は,せいぜい,屋号が「X4」であること,東京都に自宅ないし作業場を持っていること,奥さんらしき人がいること,猫を飼っていることの4つであって,1か所だけ「X4」ではなく「X3の先生」と記述した部分があったとしても,これだけでは,一般の読者はもちろんのこと,原告と面識がある者であったとしても,原告を同定し得るものとは認め難い。
したがって,上記記述が原告のプライバシー権を侵害するものと認めることはできない。
イ 原告は,本件書籍においては,被告Yが初めて原告を訪問した際の原告の仕事場兼居宅における状況として,「奥さんらしき人……」,「二匹の黒と白の飼い猫が……旋回していた」との記述があり,前者は婚姻関係にある原告及び原告の妻の名誉を害する,後者は衛生に気を使う仕事をし,ペット飼育不可の賃借物件に居住する原告にとって不利益な記載であるから,原告のプライバシー権を侵害すると主張する。
しかしながら,前者の記述については,被告Yが初めて原告を訪問した際の状況として,原告の妻を「奥さんらしき人」と表現したとしても,それは,初めて原告を訪問した被告Yにとって,原告の傍らにいる女性が原告と婚姻関係にある女性かどうか直ちに分からなかったという被告Yの認識を意味するにすぎず,それ以上に原告夫婦の婚姻関係を殊更に否定するなど何らかの悪意が込められていることまでは読み取れない。したがって,当該記述により原告及び原告の妻の社会的名誉が低下するものとは認められず,これが原告及び原告の妻の名誉を害するものと認めることはできない。
後者の記述についても,当該記述は殊更に原告が仕事場で猫を飼育しているとか,ペット飼育不可の賃借物件で猫を飼育しているなどと記載しているのではなく,単に訪問先に飼い猫がいたことを述べているにすぎないし,飼い猫がいること自体は社会生活上ごくありふれたことであって,一般人にとって公開を欲しない事柄であるとは認められない。仮に原告が主張するような事情から原告にとってはそれが公開を欲しない事柄であったとしても,そもそも本件書籍の記載のみでは,本件書籍に登場する彫物師が原告であると同定できないことは前示のとおりであって,これによれば,当該記述から直ちに原告に不利益が及ぶものとは認められず,これが原告のプライバシー権を侵害するとは認められない。
以上によれば,上記各記述はいずれも原告のプライバシー権を侵害するものということはできない。
4 争点(4)(損害及びその額)について
(1) 被告らの責任
前記2 (2) (3)によれば,被告らが原告に対し不法行為責任を負う範囲は次のとおりである。
ア 被告らは,平成19年7月1日以降,本件入れ墨の著作者である原告の氏名を表示しないまま,本件入れ墨に原告の意に反する改変をした本件画像を本件書籍に掲載し,原告が本件入れ墨について有する氏名表示権及び同一性保持権を侵害したものであって,上記侵害について被告らには少なくとも過失が認められるから,被告らの上記行為は共同不法行為に該当する。
【被告らは,他人の許諾を得ない限り,自己の身体の利用ができないとすることは社会通念に照らし不合理であることから,被告らが,本件入れ墨の画像を用いて,本件書籍カバー等に掲載した行為に過失はないなどと主張するが,採用の限りでない。】
よって,被告らは,原告に対し,連帯して,原告が上記共同不法行為により被った損害を賠償する義務がある。
イ 被告Yは,平成19年7月1日以降,本件ホームページ1に本件表紙カバーの写真を掲載し,原告が本件入れ墨について有する氏名表示権及び同一性保持権を侵害したものであって,上記侵害について被告Yには少なくとも過失が認められるから,被告Yの上記行為は不法行為に該当する。
よって,被告Yは,原告に対し,原告が上記不法行為により被った損害を賠償する義務がある。
ウ 被告H社は,平成19年7月1日以降,本件ホームページ2に本件表紙カバーの写真を掲載し,原告が本件入れ墨について有する氏名表示権及び同一性保持権を侵害したものであって,上記侵害について被告本の泉社には少なくとも過失が認められるから,被告本の泉社の上記行為は不法行為に該当する。
よって,被告H社は,原告に対し,原告が上記不法行為により被った損害を賠償する義務がある。
(2) 本件書籍による損害
ア 著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害による慰謝料
本件入れ墨の制作過程や被告らによる著作者人格権侵害の態様,本件書籍の発行部数と実売部数,その他本件に表われた一切の事情を考慮すれば,被告らの著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は【10万円】と認めるのが相当である。
イ 弁護士費用相当額
本件訴訟の難易,請求の内容及び認容額その他諸般の事情を考慮すると,被告らの著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は【2万円】と認めるのが相当である。
(3) 本件ホームページ1による損害
ア 著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害による慰謝料
本件入れ墨の制作過程や被告Yによる著作者人格権侵害の態様,本件ホームページ1における本件表紙カバーの写真の掲載期間,その他本件に表われた一切の事情を考慮すれば,被告Yの著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は【5万円】と認めるのが相当である。
イ 弁護士費用相当額
本件訴訟の難易,請求の内容及び認容額その他諸般の事情を考慮すると,被告Yの著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は【1万円】と認めるのが相当である。
(4) 本件ホームページ2による損害
ア 著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害による慰謝料
本件入れ墨の制作過程や被告本の泉社による著作者人格権侵害の態様,本件ホームページ2における本件表紙カバーの写真の掲載期間,その他本件に表われた一切の事情を考慮すれば,被告本の泉社の著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は【5万円】と認めるのが相当である。
イ 弁護士費用相当額
本件訴訟の難易,請求の内容及び認容額その他諸般の事情を考慮すると,被告本の泉社の著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)侵害と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は【1万円】と認めるのが相当である。