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著作権判例セレクション

【公衆送信権】訴状をブログ記事内にそのデータファイルへのリンクを張る形で公表する行為の侵害性

▶令和3716日東京地方裁判所[令和3()4491]
() 原告は,別件の名誉毀損訴訟(「別件訴訟」)の訴訟代理人であり,被告は,同訴訟の被告の一人でもあるところ,被告は,原告に無断で,別件訴訟の第1回口頭弁論期日の前に,原告の作成した別件訴訟の訴状(「別件訴状」)を,自らのブログの記事内にそのデータファイルへのリンクを張る形で公表するなどした。
本件は,原告が,被告に対し,被告の上記行為は,別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害するものであるとして,慰謝料等の支払を求めた事案である。

1 争点1(別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否)について
前提事実及び証拠によれば,別件訴状を複製して作成したデータをアップロードし,本件ブログ記事に同データへのリンクを張った被告の行為は,別件訴状について,公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信をするものであり(著作権法2条1項7号の2),未公表の別件訴状を公衆に提示(同法4条)するものであるから,別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成する。
被告は,裁判の公開の原則(憲法82条)や訴訟記録の閲覧等制限手続(民訴法92条)があることを理由として,訴状を非公表とすることに対する原告の期待を保護する必要性は低いと主張するが,裁判の公開の原則や閲覧等制限手続が存在することは,被告の行為が著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成するとの上記結論を左右しない。
2 争点2(著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否)について
(1) 著作権法40条1項は,「裁判手続(…)における公開の陳述は,同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き,いずれの方法によるかを問わず,利用することができる。」と規定しており,自由に利用することができるのは裁判手続における「公開の陳述」であるから,未陳述の訴状について同項は適用されない。
これに対し,被告は,訴状が裁判手続での陳述を前提に作成されるものであることなどを理由として,未陳述の訴状についても,同項が類推適用又は準用されると主張するが,裁判手続における公開の陳述については,裁判の公開の要請を実質的に担保するためにその自由利用を認めることにしたものと解すべきであり,かかる趣旨に照らすと,公開の法廷において陳述されていない訴状についてまでその自由利用を認めるべき理由はない。
(2) 被告は,未陳述の訴状を公表した場合であっても,公開の法廷における陳述を経た場合には,その瑕疵が遡及的に治癒されると主張するが,別件訴状が公開の法廷で陳述されることにより,それ以降の自由利用が可能となるとしても,それ以前に行われた侵害行為が遡及的に治癒され,原告の受けた損害が消失すると解すべき理由はない。
(3) 以上によれば,別件訴状の公表に著作権法40条1項が類推適用又は準用されるとの被告主張は採用し得ない。
3 争点3(著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無)について
著作権法41条は,「時事の事件を報道する場合には,当該事件を構成…(す)る著作物は,報道の目的上正当な範囲内において,…利用することができる。」と規定するところ,被告は,別件訴状の公表は「時事の事件を報道する場合」に当たると主張する。
しかし,本件ブログ記事には,前記前提事実のとおり,「改めて訴状をいただいたことは大変遺憾です。」,「仮にBさんの感情を害するものがあっても受忍限度内であると考えます。」,「『デマを意図的に拡散した』かのごとく記載されたことについては,業界の大御所であるBさんからパワハラを受けたと感じています。」などと記載されており,その趣旨は,紛争状態にある別件訴訟原告から訴えを提起されたことについて,遺憾の意を表明し,あるいは訴状の内容の不当性を訴えるものであって,公衆に対し,当該訴訟や別件訴状の内容を社会的な意義のある時事の事件として客観的かつ正確に伝えようとするものであると解することはできない。
したがって,別件訴状の公表は,「時事の事件を報道する場合」に該当せず,著作権法41条は適用されない。
4 争点4(別件訴状の公表に関する原告の同意の有無)について
被告は,訴状が公開の陳述を前提とする書面であることを根拠に,原告が別件訴状の公表に黙示的に同意していたと主張するが,訴状が公開の陳述を予定しているとしても,そのことから,公開の陳述前の公表についての同意が推認されるものではなく,他に,公開の陳述前に別件訴状を公表することについて原告が同意していたと認めるに足りる証拠はない。
5 争点5(原告に生じた損害の有無及び額)について
(1) 公衆送信権の侵害は,財産権の侵害であるから,特段の事情がない限り,その侵害を理由として慰謝料を請求することはできないところ,本件において,同権利の侵害について慰謝料を認めるべき特段の事情があるとは認められない。
(2) 公表権侵害による慰謝料請求に関し,前提事実及び証拠によれば,原告は,別件訴状の公表により,別件訴状の陳述以前の段階から,別件訴状を閲覧した者から「訴状理由が酷すぎてわろた」などの批判等を受けるなどして,精神的苦痛を受けたものと認められる。他方,別件訴訟は原告が訴訟代理人として自ら提起したものであり,訴状はその性質上公開の法廷における陳述を前提とする書面であること,別件訴状の公表から別件訴状の陳述までの期間は3か月程度にとどまること,原告は別件訴状について閲覧等制限などの手続を行っていないことを含め,本件に現れた一切の事情を考慮すると,別件訴状の公表権侵害に対する慰謝料は2万円と認めるのが相当である。