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著作権判例セレクション
【著作隣接権の譲渡】共同制作原盤譲渡契約、原盤独占譲渡契約においてレコード製作者の一切の権利が譲渡されたか否かが争点となった事例
▶平成19年01月19日東京地方裁判所[平成18(ワ)1769等]
第2 事案の概要
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実の外,弁論の全趣旨及び後掲の各証拠によって認定できる事実を含む。)
(1) 当事者
本訴原告(反訴被告。以下「原告」という。)は,映画,放送,ステージ,スタジオその他芸能作品の企画制作及び提供並びに芸能人の出演斡旋に関する業務等を目的とする会社であって,アーティスト「THE
BOOM」(以下「本件アーティスト」という。)が所属する音楽事務所である。原告の代表者であるCは,音楽プロデューサーであり,関連する音楽事務所のファイブ・ディー株式会社(以下「ファイブ・ディー」という。)も経営している。
本訴被告(反訴原告。以下「被告」という。)は,株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(後記「SME」が平成15年4月1日に「株式会社エスエムイージェー」に商号変更されると同時に新設分割された会社。以下「新SME」という。)を中核とする企業グループ(ソニーミュージックグループ)内のレコード会社であり,平成13年10月1日,当時の株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(なお,平成3年4月1日前の旧商号は「株式会社シービーエス・ソニーグループ」であった。旧商号時も併せて,以下「SME」という。)から外6社とともに会社分割された。
(2) レコードの原盤制作
原告とSMEは,本件アーティストの実演に係る別紙A「収録楽曲名」記載の各楽曲を収録した各アルバムタイトル又は各シングルタイトルのレコード原盤に関する音源(以下「A音源」という。)について,平成元年5月21日付け共同制作原盤譲渡契約(以下「第1契約」という。),平成3年3月20日付け共同制作原盤譲渡契約(以下「第2契約」という。)及び平成5年5月10日付け共同制作原盤譲渡契約(以下「第3契約」という。)を締結し,それぞれ原盤制作費の各2分の1を負担してこれを制作した(なお,以下では,著作権法上のレコード製作者の場合を除き,原盤に関しては「制作」の語を用いる。)。
また,原告とSMEは,本件アーティストの実演に係る別紙B「収録楽曲名」記載の各楽曲を収録した各アルバムタイトルのレコード原盤に関する音源(以下「B音源」という。)について,平成6年11月21日付け覚書(以下「第4覚書」といい,第1契約,第2契約及び第3契約と併せて,以下「本件各契約」という。)を締結し,原告が原盤制作費の全額を負担してこれを制作した。
(3) 本件各契約の内容
第1契約,第2契約及び第3契約は,いずれも,原告(本件各契約中の呼称は「甲」)とSME(同「乙」)とが本件アーティスト(同「丙」)の「実演を収録し,共同にて原盤を制作し,甲はこれを何ら制限なく独占的に乙に譲渡すること」に関する内容であって,その大半の規定を同じくするものである。
第4覚書は,第3契約に附帯する形で,契約期間,原盤制作費等の割合,印税率の取扱いにつき変更を加え,契約更改金等の付随する規定を新たに設けたものであり,このほか,第4覚書に定めのない事項については,第3契約の諸規定を準用するものとされている。
第1契約及び第2契約には,いずれも,第6条(権利の譲渡)として,次の規定がある。
「第6条(権利の譲渡)
甲は,本契約に基づく原盤に関し甲の有する一切の権利(甲・丙の著作隣接権又は甲の著作権を含む)を,何らの制限なく独占的に乙に譲渡する。
①この権利には,一切の複製・頒布(貸与・放送・有線放送・上映を含む。以下同じ)権及び二次使用料等(〔省略〕)の徴収権を包含する。
②乙は,如何なる国に於いても,随時,本契約の終了後も引続いて自由に,且つ独占的に当該原盤を利用してレコード及びビデオを複製し,これらに適宜のレーベルを付して頒布することが出来る。
③前号のレコード及びビデオの種類,数量,価格,発売の時期・方法その他一切の事項について,乙は自由な判断により決定することが出来る。
④この権利の一部又は全部を,乙は自由な判断により第三者に譲渡することが出来る。」
また,第3契約には,第6条(権利の譲渡)として,同①号の括弧内が「貸与・放送・有線送信・上映等を含む。以下同じ」と異なっているほかは,第1契約及び第2契約と同一の規定がある。なお,第4覚書には,この点についての規定がない。
(4) 送信可能化権の立法と音源配信
平成9年法律第86号による著作権法の改正(以下「平成9年改正」ということがある。)により,実演家とレコード製作者に対し送信可能化権を認める規定(著作権法92条の2第1項,96条の2)が創設され,平成10年1月1日から施行された。
その後,インターネットを通じたパソコン向けの音源配信については,平成11年12月からSMEにより「bitmusic」の名称で開始され,現在,関連会社により「mora」として運営されており,このほか,米国アップル社の関連会社が運営する「iTunes Music Store」等がある。
また,携帯電話向けの音源配信が平成11年2月からエヌ・ティ・ティ・ドコモの「i-mode」で「着信メロディ」として開始された後,現在,CD等の音源を用いた「着うた」,「着うたフル」(いずれもSMEの登録商標)がKDDI等によって展開されている。
(5) 本件各契約上の権利の帰属
平成13年10月1日,SMEの会社分割に伴い,SMEの本件各契約に係る権利義務その他債権債務を含む一切の契約上の地位が被告に承継された。
その結果,SMEが有していたA音源及びB音源に関する本件各契約上の権利は,現在,被告が保有している。
(6) 音源配信に関する印税と支払
本件アーティストの音源は,平成13年7月から平成17年12月までの間,「着うた」等において配信された。
SME又は被告において,音源配信の印税は,基本的にCDの印税と同様の計算方法に基づいて算出されており,「着うた」等については,平成16年1月1日以降の配信分から,「プロモート利用印税」(ただし,当初は「プロモート印税」の名称)が設定された。
本件アーティストの音源配信に関する印税(実演家印税,原盤印税及びプロモート利用印税)は,平成13年7月分から平成17年12月分まで,四半期ごとに原告又はファイブ・ディーに支払われた。
2 事案の概要
本訴は,原告が被告に対し,本件アーティストの実演に係るA音源及びB音源に関するレコード製作者の送信可能化権について,立法による権利創設前に締結された本件各契約によって譲渡されることはないなどと主張して,A音源につき原告が持分2分の1,B音源につき原告がその全部をそれぞれ有することの確認を求める事案である。
反訴は,被告が原告に対し,原告の主張するA音源の持分2分の1とB音源の全部についても,本件各契約による譲渡の対象となると主張して,被告がこれらの権利を有することの確認を求める事案である。
3 争点
A音源及びB音源に関するレコード製作者の送信可能化権の帰属(平成9年法律第86号によりレコード製作者の送信可能化権が法定される前に締結された本件各契約に基づく原盤に関する無制限かつ独占的な権利譲渡条項の解釈)
(略)
第4 当裁判所の判断
1 証拠によって認められる事実
(略)
2 A音源及びB音源に関するレコード製作者の送信可能化権の帰属について
(1) A音源及びB音源に関するレコード製作者
ア レコード製作者の意義
著作権法上,レコード製作者とは,「レコードに固定されている音を最初に固定した者をいう。」(著作権法2条1項6号)と定義されているから,レコード(同法2条1項5号)に入っている音を初めて蓄音機用音盤,録音テープその他の物に固定した者,すなわち,レコードの原盤の制作者を指すものと解される。そして,レコード製作者であるためには,いかなる方式の履行をも要しないものであるが(同法89条5項),物理的な録音行為の従事者ではなく,自己の計算と責任において録音する者,通常は,原盤制作時における費用の負担者がこれに該当するというべきである。また,レコード製作者が誰かについては,原盤制作と同時に原始的に決定されるべきものであり,原盤制作後の後発的な費用負担の変更等によって,レコード製作者たる地位そのものが変わることはないものと解される。
イ 本件におけるレコード製作者
これを本件についてみるに,本件各契約において,前記認定のとおり,第1契約,第2契約及び第3契約では,A音源に係る原盤の制作前に,原告とSMEが制作費の各2分の1を負担し,第4覚書では,B音源に係る原盤の制作前に,原告が制作費の全額を負担することが明示的に決まっていたものである。そして,A音源に係る原盤は,原告とSMEが共同で2分の1ずつ各自の計算と責任において制作し,B音源に係る原盤は,原告が自己の計算と責任において制作したものである。
したがって,これらの音源に係る原盤の制作時において,原始的に,A音源については,原告とSMEが各2分の1の割合をもって共同してレコード製作者の地位を取得し,B音源については,原告がその全部につき単独でレコード製作者の地位を取得したものと認められる。なお,本件において,A音源及びB音源に関するレコードが著作権法8条(保護を受けるレコード)の要件を充たしていることは明らかである。
ウ レコード製作者の有する権利
平成11年法律第77号による著作権法改正の結果,現在では,レコード製作者は,複製権(著作権法96条),送信可能化権(同法96条の2),譲渡権(同法97条の2第1項)及び貸与権(同法97条の3第1項)の外,二次使用料を受ける権利(同法97条1項)及び報酬を受ける権利(同法97条の3第3項)をそれぞれ享有する(同法89条2項)。
このうち,二次使用料及び報酬を受ける権利を除いたものが,狭義の著作隣接権(同法89条6項)である。
本件各契約が締結された平成元年5月から平成6年11月までの当時は,平成9年法律第86号及び平成11年法律第77号の施行前であるから,レコード製作者には,上記の狭義の著作隣接権のうち,複製権及び貸与権のみが付与されていたものであり,送信可能化権及び譲渡権は付与されていなかった。
(2) 本件各契約におけるレコード製作者の権利
ア 本件各契約の体裁
本件各契約の当事者は,本件アーティスト(丙)の所属事務所である原告(甲)とレコード会社であるSME(乙)であり,このうち,第1契約,第2契約及び第3契約については,互いに共同のレコード製作者の地位にある原告とSMEとの間で交わされた契約であり,第4覚書については,単独のレコード製作者の地位にある原告とそのような地位にないSMEとの間で交わされた契約である。
第1契約,第2契約及び第3契約が前記の「共同制作原盤譲渡契約」に当たるのに対し,第4覚書は,前記の「原盤独占譲渡契約」であるものと位置付けられる。
なお,本件各契約においては,原告が本件アーティストからその実演を収録してレコード及びビデオを独占的に複製し,頒布その他を行うにつき委任を受けており,十分な権利を有することを保証する(第2条)とともに,要請によって,原告と本件アーティストの間の契約書の写しや委任状等をSMEに提出する(第15条)ものとされているから,原告は,実演家たる本件アーティストとの関係では,本件各契約における本件アーティストの権利義務に関する条項について,所属事務所として,本件アーティストを実質的に代理する立場で契約した内容となっている。
イ 本件各契約上のレコード原盤に関する権利
本件各契約の中では,第1契約,第2契約及び第3契約(第4覚書により準用される場合を含む。)の第6条(「原盤に関し甲の有する一切の権利(甲・丙の著作隣接権又は甲の著作権を含む)」)のみならず,第3条(「当該原盤及びこれに係る一切の権利」),第5条(3)項(「当該原盤に係る甲の有する一切の権利」),第7条(2)項(「レコード及びビデオに係る一切の権利(甲・丙の著作隣接権又は甲の著作権を含む)」)等の規定において,本件アーティストの所属事務所である原告が有する原盤に関する権利として,本件アーティストの実演家としての著作隣接権等も含め,これを包括的に捉えて構成している。
このような原盤に関する権利を「原盤権」と称するか否かは格別として,原盤に関して原告の有する権利の中に,著作権法で定められたレコード製作者としての一切の著作隣接権が含まれているものと解される。
なお,前記認定のとおり,被告が利用する現在の共同制作原盤譲渡契約書では,第6条(権利の譲渡及び帰属)の中で,譲渡の対象となる原盤に係る権利として,①所有権,②著作権法に基づくレコード製作者の権利,③著作権法に基づく実演家の権利,④著作権法に基づく著作者の権利,⑤著作権法に基づく映画製作者の権利,⑥原盤等の制作に伴って発生するその他一切の権利を掲げることにより,規定を具体化している。
(3) 本件各契約における著作隣接権譲渡の解釈
ア 本件各契約の解釈
本件各契約における権利譲渡条項については,当該条項の文言自体及び本件各契約書中の他の条項のほか,契約当時の社会的な背景事情の下で,当事者の達しようとした経済的又は社会的目的及び業界における慣習等を総合的に考慮して,当事者の意思を探求し解釈すべきものである。
イ 条項の文言及び契約の内容
前記(2)アのとおり,第1契約,第2契約及び第3契約は共同制作原盤譲渡契約であり,第4覚書は原盤独占譲渡契約であるところ,本件各契約は,第1契約,第2契約及び第3契約の前文にあるとおり,本件アーティストの実演を収録して原盤を制作し,原告からSMEに対して「何ら制限なく独占的に」これを譲渡することに関して契約されたものである。そして,本件各契約の第3条(目的)及び第6条(権利の譲渡)は,いずれも,この前文を直接的に具体化した規定であり,第6条には,原告は,当該契約に基づく原盤に関し原告の有する「一切の権利(中略)を,何らの制限なく独占的に」SMEに譲渡すること及び上記権利には,「一切の複製・頒布(貸与・放送・有線放送・上映を含む。)権」等を包含することが規定されているのである。
他方,本件各契約のうち,第1契約,第2契約及び第3契約についての第8条(実演家印税),第9条(原盤印税),第10条(特別な場合)及び第11条(印税計算・支払),第4覚書の2項及び3項は,いずれも,印税の支払についての取決めであり,本件各契約の第6条に従って,原盤に関する権利が原告からSMEに譲渡された後,レコード等の売上げに応じて,SMEから原告に対して原盤印税が支払われ,実演家印税もSMEから本件アーティストに対して原告を経由して支払われることを規定したものである。
本件各契約の第6条の文言は,前記認定のとおり,各柱書において,原盤に関して原告の有する権利(原告と本件アーティストの著作隣接権又は原告の著作権を含む)を「何らの制限なく独占的に」SMEに譲渡するというものであり,そこには,原告の下に権利の一部を留保するような文言上の手掛かりはない。
なお,本件各契約の第6条①号の中で,柱書の権利の内容として,「一切の複製・頒布(貸与・放送・有線放送〔有線送信〕・上映〔等〕)権〔省略〕を包含する」と規定されているが,このうち,レコード製作者の著作隣接権に該当するのは,貸与権のみであり,放送権,有線放送権(有線送信権)は,実演家の著作隣接権に関するものである。ここでの有線放送権あるいは有線送信権における解釈の如何は,著作権法上の排他的権利であるレコード製作者の著作隣接権の帰属に関しては,特段の意味を持たないものと考えられる。他方,同条②号では,いかなる国においても,随時,契約終了後も引き続いて自由に独占的に原盤を利用できることが言及されており,将来にわたって,本件各契約に基づく当事者間の基本的な権利関係が維持されることを内容としている。
ウ 当事者の目的
(ア) 著作権法103条は,著作隣接権の譲渡について,同法61条1項の規定を準用しているから,レコード製作者の著作隣接権についても,その全部又は一部を譲渡することが可能である。本件各契約の第6条は,その文言のとおり,このようなレコード製作者の著作隣接権を含む原盤に関する権利の一切,すなわち一部ではなくその全部をレコード会社であるSMEに譲渡したものである。
そして,原告のレコード製作者の地位に基づく権利の譲渡に対して,その譲渡の対価に相当するものが印税の支払であり,A音源及びB音源に係るレコードの売上げに応じて,所定の計算方法によって算出された原盤印税が計算明細書を付して支払われることになる。
このように,本件アーティストの所属事務所である原告としては,レコード製作者として与えられた排他的権利である著作隣接権をレコード会社であるSMEに譲渡して,その行使を放棄する一方,経済的な観点から,SMEに対する原盤印税支払請求権という形に発展させて,実質的な権利行使を意図したものである。また,レコード会社であるSMEとしては,レコード製作者の著作隣接権のみならず,原盤の所有権や実演家の著作隣接権等も併せて譲り受けることにより,原盤に対する排他的な支配権を確保し,自由でかつ独占的な経済的利用が可能となる反面,その利用による売上げに応じた収益を,印税の形で,レコード製作者たる原告や実演家たる本件アーティストに還元することを容認したものである。
(イ) 原告とSMEの双方が本件各契約において意図した内容は,前記(ア)のとおり,原告がレコード製作者としての著作隣接権を含む一切の権利を譲渡し,SMEが自由で独占的な経済的利用をする一方で,その収益を原告に還元することにある。
このような当事者の意図や目的において,本件各契約の締結当時,著作権法上,レコード製作者の著作隣接権として,具体的にいかなる権利が定められているかは問題とされず,SMEに当該レコード原盤の自由で独占的な経済的利用を可能ならしめるため,これに係る一切の権利を移転させ,その反面において,対価的な印税の支払を約束したものである。
(ウ) 著作権法は,改正の比較的頻繁な法分野であり,急速な技術の発達や利用環境の変化を背景にして,新しい権利関係や法的規制が創設されてきたものであり,平成9年改正による送信可能化権の創設についても,インターネットなどのネットワーク環境の下でのインタラクティブな送信形態の発達を背景としたものである。
本件各契約の第6条の文言と前記ウ(ア)のような当事者の意図を勘案すれば,契約当事者としては,SMEに当該レコード原盤に係る一切の権利を取得させ,原告に対し対価としての印税を与えるという基本的な関係を確保すべく,上記のような立法の背景の下,少なくともレコード製作者の地位に伴うものである限り,契約締結当時の具体的な権利関係に加え,将来的な立法にわたる部分についても,一律に包括的な譲渡の対象としたものと解するのが相当であり,これが本件各契約の第6条の趣旨であると考えられる。
エ 音楽業界における慣行
本件各契約のうち,第1契約及び第2契約の書面は,前記認定のとおり,レコード会社であるSMEが用意した印字された雛型の定型用紙の空欄に,原告名,本件アーティスト名,原盤制作費の持分比率,印税率等の数字,印税の振込先口座等を手書きで書き入れたものであった。
前記認定のとおり,我が国のレコード音楽業界において,原盤に収録された音源に関し,レコード会社が実演家及びレコード製作者の著作隣接権を含む一切の権利の譲渡を受け,他方で原盤の利用に関して印税を支払うことは,長年にわたる慣行として確立しており,このような関係を前提として,今日まで,原盤ビジネスが展開されていることが窺える。
そして,この関係は,レコード原盤を基本単位として,レコード会社がコントロール権を保有し,実演家と所属事務所とが報酬請求権を保有するという図式でも説明されており,音楽業界の構成員である実演家,所属事務所及びレコード会社の三者間において,これまでに構築されてきた相互の役割や力関係を反映した特有の経済的な合理性の1つのあらわれと解することができる。
オ 音源配信と印税支払の対価性
なお,本件各契約の第6条の趣旨を前記ウ(ウ)のように解するとすれば,新たに譲渡の対象となる送信可能化権についても,その対価性が確保されていることが必要である。
この点,音源配信に係る印税支払については,前記認定のとおり,プロモート利用印税も含め,ダウンロード数に応じて,一定の算定式に従った印税が支払われており,その金額は,平成13年7月から平成17年12月までの分として,合計143万6645円に及んでいる。原告は,この算定式自体に対して,不満を持ち,前記認定のとおり,適正な利益配分を求める申入れをしたものと窺えるが,音源の配信数に応じて支払われるものであることに変わりがなく,このような算定方法に依っていることは,従前のCD等の販売の枠組みとの整合性を保つ上で,やむを得ないところでもある。
そうすると,送信可能化権を譲渡対象とした場合においても,音源配信による比例的な対価の支払がされているから,従前のCD等の販売に準じて対価性がなお維持されているとみることができる。
(4) 小括
以上のとおり,①本件各契約には,原盤に関し原告の有する「一切の権利」を「何らの制限なく独占的に」譲渡する旨の規定があること,②それにより,レコード会社であるSMEにおいて原盤に対する自由でかつ独占的な利用が可能となったこと,③そこでは著作隣接権の内容が個々に問題にはならず,原盤に対する自由でかつ独占的な利用を可能ならしめるための一切の権利が問題になっていること,④他方,アーティストの所属事務所である原告は,レコード会社から収益を印税の形で受け取り,レコード製作者の権利の譲渡の対価を収受することができること,⑤このような関係は,音楽業界において長年にわたる慣行として確立していること,これらの事情を総合的に考慮すれば,本件各契約により,原盤に関して原告の有する一切の権利が何らの制約なくSMEに譲渡されたものと解される。すなわち,平成9年法律第86号により創設された送信可能化権についても,本件各契約の第6条の包括的な譲渡の対象となり,上記改正法が施行された平成10年1月1日の時点で,A音源の持分2分の1とB音源の全部について,いったん,レコード製作者たる原告の下に付与されたものが,同時に,本件各契約の第6条により,そのまま原告からSMEに譲渡され,後に被告に承継されたことになる。
なお,A音源の残りの持分2分の1については,本件の確認請求の対象とはなっていないが,レコード製作者たるSMEが送信可能化権を取得し,その後被告に承継されたものであり,その結果,A音源の全部についての送信可能化権が被告に帰属することとなったものである。
3 原告の主張について
(1) 本件各契約の解釈について
ア 原告は,本件各契約が送信可能化権が創設された平成9年改正前に締結されており,存在していない法的権利が譲渡されることはないと主張する。
なるほど,本件各契約は平成9年改正前に締結されたものであるが,その第6条については,レコード製作者の権利につき包括的な譲渡を規定したものと解され,契約締結時に存在する権利に限定されるものとまではいえない。
イ また,原告は,本件各契約の締結当時,インターネットによる音楽配信サービスを想定しておらず,契約による意思解釈として,送信可能化権の譲渡意思を認めることができないと主張する。
本件各契約の締結当時,送信可能化権に係るインターネット等による音源配信について,原告において,具体的に予期していなかった事態であったとしても,そのような認識のみから契約の意思解釈をすることは相当ではなく,本件各契約の文言やこれに込められた当事者の意図ないし目的から契約の解釈をすべきである。そして,本件各契約の第6条の文言と前記2(3)ウ(ア)のような当事者の意図を勘案すれば,契約当事者としては,SMEに当該レコード原盤に係る一切の権利を取得させ,原告に対し対価としての印税を与えるという基本的な関係を確保すべく,少なくともレコード製作者の地位に伴うものである限り,契約締結当時の具体的な権利関係に加え,将来的な立法にわたる部分についても,一律に包括的な譲渡の対象としたものと解される。
(2) 有線送信権と送信可能化権について
ア 原告は,平成9年改正による送信可能化権の創設は,実演家とレコード製作者の権利保護の強化にあり,このような法の趣旨からは,譲渡を明示するなどの特別の事情のない限り,譲渡の対象に含まれないものと限定的に解釈されると主張する。
しかし,送信可能化権の立法の経緯がレコード製作者等の権利保護の強化にあったとして,立法前に締結された譲渡契約の解釈において,経済的な側面での対価性が肯定できるのであれば,これによる譲渡を特に不合理なものと考えることもできず,限定的に解する必然性はない。
イ また,原告は,契約で定めた「放送権」に「衛星放送権」も「有線放送権」も含まれないと判断した東京高裁平成15年8月7日判決(ライオン丸事件)が参考になると主張する。
しかし,同判決は,著作権の一部譲渡の事案であって,包括的な全部譲渡を目的としたものではなかったため,契約文言中の「放送権」の内容をめぐる当事者の意思解釈が結論を左右したものであり,同じく権利の譲渡を問題とするものではあるが,本件のように当初から包括的な全部譲渡を目的とする契約の場合とは,おのずと当事者の意思解釈の手法や内容が異なるというべきである。
(3) 音源配信に関する印税について
原告は,本件各契約における印税に関する条項は,送信可能化権を想定しておらず,音楽配信サービスの場面での適正な印税計算を定めていないと主張する。
確かに,本件各契約における印税の取決めは,従前のCD等の販売を念頭に置いたものであるが,音楽配信サービスにおいても,これに準じた計算がなお一定の合理性を失っていないというべきであり,送信可能化権の帰属に関する解釈を左右するとまではいえない。なお,レコード会社が自ら音楽配信事業を行うか否かは,専ら経営判断の問題であり,また,音楽配信サービスの場合には,CDの場合のように在庫リスクが発生するわけではないが,設備投資や管理のコストは生ずるものであって,これを考慮することはやむを得ないところである。
(4) 業界慣習について
原告は,音楽業界においても,経済的な弱者対強者の問題があり,著作権法の改正もそのような著作権者側の保護を目的としており,著作権法61条2項の規定が参考となると主張する。
しかしながら,送信可能化権の創設自体にそのような弱者救済の目的があったとしても,本件各契約の解釈において,譲渡合意の対象に含まれるか否かの問題に強行規定的な意味まで有するとは解されない。なお,著作権法61条2項の趣旨は,著作権の譲渡契約において,そのような特掲のない限り,著作者の下に翻案権等を留めておくことにより,著作者の創作活動に支障を来さないようにするところにあると解され,著作隣接権である送信可能化権の場合に,この趣旨を類推することはできない。
4 結論
したがって,原告の本訴請求については,いずれも理由がないことになる。
他方,被告の反訴請求については,いずれも理由があり,被告がA音源に関するレコード製作者の送信可能化権につき持分2分の1を有すること(確認請求の対象となっていない残りの持分2分の1を併せると,全部を有することになる。)及びB音源に関するレコード製作者の送信可能化権を有することをそれぞれ確認する。