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著作権判例セレクション

【著作隣接権の譲渡】専属実演家契約において実演家の一切の権利が譲渡されたか否かが争点となった事例/将来法定される支分権を譲渡対象とすることの可否

▶平成19427日東京地方裁判所[平成18()8752]
() 本件は,本件音源について実演をした原告らが,本件音源に関する実演家の送信可能化権は原始的に原告らに帰属し,同権利はレコード会社である被告側との専属実演家契約により被告側に承継されていない旨主張して,原告らが実演家の送信可能化権を有することの確認を求めたのに対して,被告が,反訴として,同専属実演家契約により,送信可能化権を含む実演家の著作隣接権は被告側に譲渡された旨主張して,被告が実演家の送信可能化権を有することの確認を求めた事案である。

2 判断
(1) 本件契約の解釈
本件契約4条の「一切の権利(原告らの著作隣接権を含む)」に実演家の送信可能化権が含まれるか否かについては,契約の解釈の手法に則り,①本件契約の文言,各条項の関係,②契約締結当時における音源配信に関する状況,③契約締結当時における著作権法の規定,④業界の慣行,⑤対価の相当性等の諸事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。
(2) 本件契約の文言等
ア 前記認定のとおり,本件契約は,前文が示すとおり,原告らがSMEの専属実演家として,SMEのためにのみ実演し,SMEがこれを独占的に収録して録音物等として複製・頒布等を行うことに関して締結されたものである。そして,本件契約の2条(目的),4条(権利の帰属)は,この前文を具体化した規定であり,SMEは原告らの実演をSMEの費用で独占的に収録して原盤を制作し,これを利用してレコード及びビデオを独占的に複製・頒布することができる旨定め(2条),SMEは,本件原盤に係る一切の権利は,何らの制限なくSMEに帰属し,一切の権利には原告らの著作隣接権が含まれることを明記し,SMEが,いかなる国においても,契約終了後も引き続いて自由にかつ独占的に本件原盤を利用してレコード及びビデオを複製頒布することができる旨が定められ,将来にわたって,SMEが,本件契約に基づく複製,頒布権を有することとされ(4条),原告らに何らかの著作隣接権が留保されることを窺わせる記載はない。
なお,本件契約4条は,「原始的且つ独占的にSMEに帰属する。」と規定しているが,この定めは,合理的に解釈すれば,原告らが原始的に取得した権利を譲渡されることを定めたものと解すべきである。
イ 原告らは,本件契約は有体物を利用した頒布に限定されている旨主張する。確かに,本件契約の権利の内容や印税について定めた条項には,「レコード」や「ビデオ」と記載されており,印税の計算方法を定めた規定(6条)は,ジャケット代を控除することとなっている。
しかし,「レコード」は,「蓄音機用音盤,デジタル・オーディオ・ディスク,録音テープ,フォノ・シートその他音を物に固定した一切の物をいう。」と広く定義されており(1条2号),「頒布」の形態も「放送・有線放送・上映」などの無形利用を含むことが例示され,有体物の譲渡等に限定されていないこと(2条1項)からすると,本件契約がその対象を有体物を利用した頒布に限っていると解することはできない。
ウ また,原告らは,本件契約締結当時,送信可能化権は法定されていなかったのであるから,譲渡の対象となり得ない旨主張する。
まず,将来法改正により法定される権利であっても,契約の対象とすることは可能である。しかも,我が国著作権法は,各支分権を例示とせず,限定列挙としたため,新たな利用形態の出現に対応して頻繁に法改正を必要とする。したがって,我が国著作権法の下では,将来法定される支分権を譲渡の対象とすることの必要性は極めて高いものである。よって,原告らの上記主張は,採用することができない。
(3) 本件契約の締結時における音源配信に関する状況
前記認定のとおり,違法ダウンロードに対抗するために著作権保護を施したビジネスとしてのパソコン向け音源配信サービスが開始されたのは,平成11年末ころであるが,本件契約が締結された平成元年には,既に旧電電公社のINS構想によるデジタル化された音源の配信は提示されており,キャプテン端末による送受信が開始され,ニフティサーブ内の「MIDIフォーラム」における音楽の配信やBGMとして音楽の配信を含んだゲームソフトのデータの配信などが開始されており,著作権審議会の小委員会の報告書においても将来における音源配信の可能性についての示唆があるなど,音源配信の萌芽はすでに芽生えていたものである。
したがって,本件契約が締結された平成元年の時点で,近い将来,デジタル化された音声情報がパソコン通信等により配信されることを予測することは,被告はもちろん原告らにとっても,十分可能であったと認められる。
(4) 本件契約の締結当時における著作権法の規定
前記認定のとおり,平成9年改正により,従前有線の場合に制約されていた実演家の許諾を得た録音物を用いた有線送信についても,実演家の送信可能化権が及ぶことになり,権利として強固なものとなったが,本件契約の締結前である昭和61年改正時から,著作権法は,インタラクティブ送信について,有線送信権として認知及び保護を開始していたものである。
(5) 業界の慣行
前記認定のとおり,音楽業界においては,平成9年改正が施行される以前に締結された専属実演家契約であっても,実演家の送信可能化権を含む著作隣接権は,すべてレコード会社に帰属し,その対価として売上げに応じて実演家印税が支払われるという慣行が確立していたものである。
(6) 対価の相当性
ア 前提事実のとおり,本件契約6条2項は「デジタル・オーディオ・ディスク又は特殊なレコード,ビデオとして発売した場合は,SMEの業界慣習に従いSMEが決定する。」,17条は「本契約に定めのない事項,又は本契約の条項の解釈等についての疑義を生じた場合は, B・SME・原告ら誠意をもって協議の上,信義に則して解決するものとする。」と規定していることからすると,本件契約6条2項は,音源配信を含む新たな頒布形態について,SMEによる一方的な実演家印税額の決定を認めているものではなく,新たな頒布形態の特殊性等に応じた相当な率による実演家印税が支払われるべきことを規定しているものと解される。
したがって,本件契約が定めている音源配信に対する印税率が低いものと認めることはできない。
イ なお,前記認定のとおり,被告が現在採用している音源配信についての実演家印税の計算方法は,
(税込価格-消費税)×(印税率1%×80%)×ダウンロード数
というものであり,税込価格は,フル音源配信の場合は210円程度であり,サーバー等の設備投資,音源配信サービスの市場形成等に当たりSMEが投資した費用を回収するため,印税率に80%を乗じているというものである。
しかし,レコード会社は,リスクを負担して商品を製造販売するからこそ,実演家に対しては,比較的低い率での実演家印税の支払を許容されているといわなければならないのであって,サーバー等の設備投資,音源配信サービスの市場形成等に当たりSMEが投資した費用の一部を実演家に負担させることができるか否か,負担させるとしても,80%を乗じることが相当か否かについては,疑問の余地があるといわなければならない。
さらに,CD等に比べて音源配信の単価が低いこと,前記のとおり,「着うた」等の携帯電話向けの音源配信サービスについて,SMEは実演家に対して実演家印税の他にプロモート印税を支払っていることを考慮すると,今後とも音源配信のシェアが増加し,CD等のシェアが減少することが予想される状況の中で,従来のCD等について定めた算定方法や印税率がそのまま妥当するかについては,疑問が残る。
(7) その他の原告らの主張に対する検討
ア 原告らは,実演家は経済的弱者であり,弱者保護の観点から本件契約の条項を解釈すべきである旨主張する。
しかし,実演家が経済的弱者であるとしても,前記認定のとおり,専属実演家契約の性質からすると,レコード会社に原盤に対する排他的な支配権を確保させ,原盤の自由かつ独占的な利用を可能とすること自体には合理性があるものである。しかも,経済的弱者であるとの事情は,本件契約6条2項が相当な実演家印税率を規定していると解するに当たり,十分考慮されているものである。
よって,原告らの上記主張は,採用することができない。
イ 実演家に係る貸与報酬請求権の創設時の意識
原告らは,昭和59年の法改正により新たに創設された実演家の貸与報酬請求権について,実演家が,指定団体を通じて権利を行使し,貸与報酬等を取得しているのは,実演家もレコード会社も,新たに創設された権利が実演家に留保されるという意識を有していたことを意味する旨主張する。
しかし 前提事実のとおり,本件契約4条①には,貸与報酬請求権(95条の2,現行95条の3)は被告に帰属する旨明記されていたし,証拠によれば,現在の専属実演家契約書の雛型の6条2項には,「前項第3号の規定に拘わらず,実演家の権利のうち,以下各号のいずれかに属する権利であって,著作権法の規定に基づいて,社団法人日本芸能実演家団体協議会のみが指定団体として権利行使すべきものは,丙(注:実演家)がこれを保有することができます。
① 著作権法第95条第1項に基づく二次使用料請求権。
② 著作権法第95条の3第3項に基づく貸与報酬請求権。
③ ・・・」と規定され,新しく創設された権利であるからではなく,権利の性質に応じて帰属が定められていることが認められるから,実演家の貸与報酬請求権は新たに創設された権利であるから実演家に留保されるという意識があったものと認めることはできない。
よって,原告らの上記主張は,採用することができない
(8) まとめ
以上の事情を総合的に考慮すると,本件音源についての実演家の送信可能化権も,本件契約4条柱書の「一切の権利(原告らの著作隣接権を含む)」に含まれ,平成10年1月1日に著作権法92条の2が施行された時点で,原告らが原始的に取得すると同時に,SMEに対して譲渡され,その後,被告に承継されたものというべきである。
3 結論
よって,原告らの本訴請求は理由がなく,被告の反訴請求は理由があるので,主文のとおり判決する。