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著作権判例セレクション
【コンテンツ契約紛争事例】韓国内の原権利者から韓国法人(後に清算)を通じて信託譲渡を受けた著作権等管理事業者から通信カラオケ業を営む日本法人に対して提起された事案
▶平成22年2月10日東京地方裁判所[平成16(ワ)18443]▶平成24年02月14日知的財産高等裁判所[平成22(ネ)10024]
第2 事案の概要(略号は原判決の例による。)
1本件は,平成14年4月15日に設立され同年6月28日に文化庁長官から著作権等管理事業者の登録を受けた一審原告が,日本において通信カラオケ業を営む一審被告に対し,原著作権者(「原権利者」)である韓国内の作詞家・作曲家・音楽出版社等が権利を有する音楽著作物に関し,韓国法である「株式会社ザ・ミュージックアジア」(日本語訳)・「The Music Asia」(英語訳)(以下「TMA社」という。ただし,平成18年10月4日に解散決議がなされ,平成19年3月28日に清算結了登記済み)を通じ又は原権利者から直接に,著作権の信託譲渡を受けた等として,平成14年6月28日から平成16年7月31日までの著作権(複製権,公衆送信権)侵害に基づく損害賠償金又は不当利得金9億7578万6000円及びこれに対する平成16年9月9日(訴状送達の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
これに対し一審被告は,一審原告が譲り受けた楽曲の範囲を争うほか,韓国法人で原権利者から信託譲渡を受けて更に一審原告に上記信託譲渡をしたTMA社は本件訴訟係属中の平成18年7月に一審原告に対する信託譲渡契約を解除し,平成18年10月4日に解散決議をして平成19年3月28日に清算結了登記もしているから,一審原告は本件訴訟を追行する権限を有しない等と,争った。
2 平成22年2月10日になされた原判決(一審判決)は,原権利者らが一審原告に対し信託の清算事務として訴訟を追行することを認めるとの意思を表明している場合に限って一審原告の原告適格が認められる等として,その表明をしない原権利者に係る請求部分につき訴えを却下し,本件訴訟係属中の平成19年4月から6月にかけて書面(確認書B)によりその表明がなされた部分及び直接契約に係る部分に関しては,JASRAC規程の個別課金方式によって一審原告の損害額を算定して,一審被告に対し2300万5495円及び遅延損害金の支払を命じたものである。
3 当事者双方は,上記一審判決にいずれも不服であったため,本件各控訴(A事件,B事件)を提起した。ただし,一審原告のなした控訴は,本訴請求の一部である2億2500万5495円と遅延損害金の支払を求める限度でなした一部控訴である。
なお,一審原告は,当審係属中の平成22年7月6日に至り,前記確認書Bと同様の趣旨で別の原権利者からの確認書Dを提出した。
(略)
第4 当裁判所の判断
一審原告の本訴請求は,①韓国内の原権利者から韓国法人であるTMA社を通じて信託譲渡を受けた著作権及び②上記原権利者から直接に信託譲渡を受けた著作権に基づき,日本法人である一審原告が同じく日本法人である一審被告に対し,著作権侵害に基づく損害賠償金9億7578万6000円と平成16年9月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を求めるものであるところ,当裁判所は,原判決同様,上記②は概ね理由があるが,原判決と異なり,上記①は理由がないものと判断する。その理由の詳細は,以下に述べるとおりである。
1 本件における基本的な事実関係
(略)
2 一審原告による本件著作権の管理権限の有無について
(1) TMA・原告契約によるもの
ア 平成15年(2003年)9月18日付けでなされたTMA・原告契約につき,一審被告は,平成18年(2006年)7月14日付けでTMA社代表者(
P1 )から一審原告に対してなされた著作権信託契約の解除(約)通知により同契約はその約定期限である平成19年(2007年)3月31日限りで終了した旨主張し,これに対し一審原告は,前記信託契約に基づく一審原告の管理権限はまだ存続している等と主張して,争っている。
イ TMA社は韓国法人であるが一審原告は日本法人であり,上記争点は平成15年9月18日になされたTMA・原告契約という法律行為の効力に関する問題であるから,平成18年7月14日付けでなされた上記解除通知の効力を判断するには,まずその根拠法令について検討する必要がある。
平成19年1月1日に施行された「法の適用に関する通則法」(以下「通則法」という。)によれば,法律行為の効力については,同附則第2条により通則法が適用されるところ,通則法7条は「法律行為の成立及び効力は,当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。」と定め,乙24(著作権信託契約書)の第32条には「本契約は日本国法に準拠するものとする」と記載されていることから,日本国法によりその効力が判断されることになる。そして,上記のような信託契約について適用がある信託法は,平成18年法律第108号により改正がなされたが,上記信託契約は平成15年9月18日に締結されているから,同契約につき適用される信託法は上記改正前の信託法(大正11年法律第62号,以下「旧信託法」という。)であることになる。
そして,旧信託法56条は「信託行為ヲ以テ定メタル事由発生シタルトキ・・・ハ信託ハ之ニ因リテ終了ス」とし,63条は「信託終了ノ場合ニ於テ信託財産カ其ノ帰属権利者ニ移転スル迄ハ仍信託ハ存続スルモノト看做ス此ノ場合ニ於テハ帰属権利者ヲ受益者ト看做ス」と定めている。
ウ ところで,前記1の認定事実によれば,平成15年(2003年)9月18日付けでなされた著作権信託契約書(TMA・原告契約,乙24)の第19条には「甲は,信託期間内においても書面をもって乙に通知することにより本契約を解除することができる。この場合本契約は,通知の到達の日から6か月を経過した後最初に到来する3月31日をもって終了する」旨記載され,その後上記契約書の甲であるTMA社代表者P1は当時の一審原告代表者P13宛てに,平成18年(2006年)7月14日付けの書面により,「本件契約第19条に基づき,貴社に対し契約の解約を通知致します」との通知を同年7月20日ころ発し,まもなく一審原告に到達しているのであるから,TMA・原告契約は,上記通知が到達した平成18年(2006年)7月20日すぎころから6か月を経過した後最初の3月31日である平成19年3月31日を以て終了したものというべきである。
上記終了により,一審原告の受託財産である原権利者の有する著作権(複製権・公衆送信権)は直ちに委託者であるTMA社に移転したというべきであり(TMA社が平成19年(2007年)3月28日付けで清算結了登記を経由していたとしても,返還を受けた著作権との関係では依然として法人格を有すると解される。),上記著作権の侵害を理由とする一審被告に対する損害賠償債権(請求権)もTMA社に移転すると解するのが相当である。
もっとも,一審被告に対する著作権侵害を理由とする損害賠償債権(請求権)は,一審原告が一審被告に対し原審の東京地裁にその支払を求める民事訴訟を提起し現に係属中であったから,その移転時期はいつかという問題がある。しかし,TMA社からの解約(解除)通知が発せられたのが平成18年(2006年)7月20日ころであり,契約終了時とされたのがそれから8か月余を経過した平成19年(2007年)3月31日であるから,係属中の損害賠償請求訴訟を一審原告からTMA社に承継させるための猶予期間としては十分であると解することができ,一審原告は平成19年3月31日の経過により,TMA・原告契約に基づく本件著作権と一審被告に対する損害賠償債権(請求権)の管理権限を全て失ったと認めるのが相当である。この結論は,その後一審原告が,原権利者の一部の者から確認書B及び確認書Dを取得したことを考慮しても,影響を受けるものではない。
一審原告は,平成19年(2007年)3月31日を経過しても上記管理権を失わないと主張するが,これを採用することができない。
エ 一審原告の主張に対する判断
(ア) 一審原告は,本件では,残存信託財産中に未収財産のある原信託の受益者が帰属権利者に該当するから,訴訟の係属中か否かを問わず,本件での各信託契約が終了した後の法定信託は「復帰信託」ではなく「原信託の延長」となり,その場合,受託者の職務権限は,通常の信託契約とほぼ同様である旨主張するが,前記ウのとおり,一審原告は,平成19年3月31日の経過により,TMA・原告契約に基づく本件著作権と一審被告に対する損害賠償債権(請求権)の管理権限を全て失ったと認めるのが相当であり,信託契約が終了した後の法定信託の性質をどのように解するかによって,上記結論に直ちに影響が及ぶものとは解されない。
また,一審原告は,本件において,帰属権利者(原権利者)による,使用料相当額を早く回収したいとの意思を尊重すべき旨主張するが,前記ウのとおり,原権利者はTMA・原告契約の当事者ではないのみならず,TMA・原告契約につき解除(約)通知がされてから同契約の終了の効果が発生するまでに8か月以上の期間があったことからすれば,一審原告の上記主張は採用することができない。
このほか,一審原告は,法的安定性については時効の制度があり,時効が成立しないにもかかわらず権利者の権利行使の方法の選択を妨げることは,むしろ法秩序を害するなどと主張するが,消滅時効制度は,存在する権利が一定期間行使されないことにより消滅するという制度であって,信託契約終了後において受託者が有する権利義務の範囲とは関係がなく,一審原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 一審原告は,自身はTMA社を経由せずとも原権利者と容易に連絡を取ることができる状況にあり,また,原権利者が外国において訴訟を提起することは非常に困難であるから,一審原告が当然に著作権使用料の回収に当たるのが原権利者の合理的意思に合致する旨主張する。
しかし,前記のとおり,TMA・原告契約の終了(平成19年3月31日の経過)により,一審原告は,TMA・原告契約に基づく本件著作権と一審被告に対する損害賠償債権(請求権)の管理権限を全て失ったものであって,この点は,一審原告が主張する上記事情によって影響を受けるものではなく,一審原告の上記主張は理由がない。
オ 以上によれば,本件著作権の管理権限については,本件訴訟の対象たる損害賠償請求権も含め,TMA・原告契約によるものは,一審原告はこれを一切有しないというべきである。
(2) 一審原告と原権利者との直接契約によるもの
ア 以下のとおり付加・訂正するほか,原判決記載のとおりであるから,これを引用する。
(略)
3 損害額について
(1) 前記2によれば,一審原告は,TMA・原告契約による本件著作権の管理権限はこれを有しないが,一審原告と原権利者との直接契約によるものは,その大部分につきこれを有することになるので,以下,本件著作権侵害となる部分の損害額について検討する。
(2) 一審被告により侵害されたとする原権利者の著作権は韓国法に基づく権利であり,その権利が,本件では平成14年6月28日から平成16年7月31日までの間,日本において一審被告により侵害された,というものである。
ところで,原権利者の有する著作権は韓国法に基づく権利であるが,日本と韓国は,「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(昭和50年3月6日条約第4号)」の同盟国であるから,原著作者が創作した著作物は日本においては日本著作権法の保護を受け(同法6条3号),本件における損害額の算定に当たっては,不法行為に関する日本の法律(民法等)に基づきこれを行うべきこととなる(平成19年1月1日から施行された前記「通則法」によっても,その附則3条4項により,施行日前に加害行為が発生した不法行為によって生じる債権の成立及び効力については旧法である「法例」によるところ,不法行為について定めた「法例」11条によれば原因発生地の法がその準拠法となるから,結局,一審被告による侵害行為がなされた日本の法がその準拠法となる。)。
そこで,以下,日本の法律(民法,著作権法)に基づき,損害額を算定する。
(3) 原告規程の適用の可否につき
ア 事実関係については,原判決…までを引用する。
イ 一審原告は,まず,原告規程を用いて損害額を算定すべき旨主張するが,原告規程については,原判決が詳細に認定するとおり,一審原告とAMEI間の交渉において,一審原告が必ずしも十分な情報を提供せず,一審原告の管理楽曲のリストなどがAMEIに対して開示されなかったことなどもあり,両者間で原告規程につき合意に至っていないことからすれば,原告規程を基準として損害額を算定するのは相当でない。
この点につき,一審原告は,一審原告のような一般管理事業者に対する著作権等管理事業法13条2項所定の意見聴取義務は努力義務にすぎず,仮にこれが尽くされなくても使用料規程の法的効力は妨げられないとか,一審原告・AMEI間で合意に至っていないのは,一審原告の努力が足りないためではなく,むしろ,AMEIを構成する利用者団体の交渉戦術によるものであり,AMEIを構成する利用者団体は,使用料を支払わずに使用料規程に関する交渉を長引かせて,自己に有利な結果を引き出そうとしている旨主張する。
しかし,同条2項所定の義務が,形式的には努力義務にすぎないとしても,著作権等管理事業者が利用者から相当額の著作権使用料を徴収する以上は,その使用料規程につき,利用者との協議を経て,その内容を周知させ,さらには利用者の納得を得る必要があると解すべきであり,一審原告の上記主張は採用することができない。
なお,同条2項所定の義務が努力義務とされたのは,「管理事業者の中には小規模で利用者への影響力が極めて小さい者もいることが想定されることや,使用料規程の内容に対する意見を申し述べることができる利用者又は利用団体が存在しない場合も想定されることを踏まえてのもの」と解されている(乙14(逐条解説著作権等管理事業法)参照)ところ,一審被告も指摘するとおり,一審原告は,本件訴訟において,約10億円の著作権使用料相当損害金を請求するものであって,小規模で利用者への影響力が極めて小さいなどといえないことは明らかである。また,原告規程の内容に対する意見を申し述べることができる利用者や利用団体は観念できる(AMEI等)ものであるから,いずれにしても,本件において,一審原告につき,著作権等管理事業法13条2項所定の義務が努力義務にすぎないと形式的に解するのは相当でない。
また,一審原告とAMEIとの交渉が決裂したのは,一審原告の当初の説明内容が十分ではなかったことも原因となっているものであり,必ずしもAMEIの交渉戦略によるものともいえない。
このほか,一審原告は,原告規程はその内容も合理的なものである旨主張するが,前述のとおり,原告規程については,実質的にみれば,著作権等管理事業法所定の手続を十分に経ていないものであるから,原告規程の内容の合理性について検討する必要はない。
なお,一審原告は,著作権等管理事業においては,自由競争の枠を超えるような場合には,文化庁による業務改善命令(著作権等管理事業法20条参照)が出されるところ,一審原告はそのような業務改善命令を一切受けていない旨主張するが,同命令を受けていないからといって,原告規程の内容が合理的であるとまで認められるものではない。
また,一審原告は,AMEI以外の団体・各利用者が原告規程の内容に一切異議を述べていないとも主張するが,「AMEI以外の団体・各利用者」とは,業務用通信カラオケ業者以外の団体・利用者であるから,これらの者が原告規程に異議を述べないからといって,原告規程(業務用通信カラオケ事業に関する部分)の内容の合理性を裏付けるものではない。
さらに,一審原告は,一審被告が原告規程の内容を知りながら著作物(楽曲)の利用を継続したものであり,このような事業者につき,原告規程の内容の不合理性を主張するのを認めるのは信義誠実に反する旨主張するが,前述のとおり,一審原告は,AMEIとの交渉において,必要な情報を十分に開示しないなどの事情があったものであるから,一審原告の上記主張は採用することができない。
(4) 複製権侵害を基準とする損害額の算定の可否につき
一審原告は,仮に損害額算定において原告規程を用いないのであれば,両者間に何ら合意がなく,著作権等管理事業者の定める有効な規程がない場合であるから,原則に戻り複製権侵害を基準として損害額を計算すべき旨主張するが,一審被告も主張するように,業務用通信カラオケにおいては,自動公衆送信装置への複製,公衆の求めに応じた公衆送信及び送信可能化,受信装置への複製といった,複数の著作権支分権が複合的に関わってくることが明らかであり,実際に,原告規程においても,複製権侵害回数を基準とした課金方式を採用していない。
また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,カラオケ業界においては,記憶媒体の変化に伴い,現在では極めて多数の楽曲が各端末機において歌唱可能になったものの,売上高は一定程度以上には上がらない(すなわち,多くの楽曲が単なる品揃え的な意味で歌唱可能な状態となっているにすぎない。)という実態があるものと認められる。
以上からすれば,カラオケ業界において,単純に複製権侵害回数を基準として著作権使用料相当損害金を算定するのが適切とはいえない。
この点につき,一審原告は,JASRAC・AMEI間の平成8年合意においては,複製権侵害を基準として損害額を算定したと主張するが,同事実が存在したとしても,上記のとおり,カラオケ業界において,単純に複製権侵害回数を基準として使用料相当損害金を算定するのが実態にそぐわないことに変わりはない。
また,一審原告は,一審被告をはじめとするカラオケメーカーは,カラオケ設置店舗からの情報利用料を毎月受領するほか,通信カラオケ端末機の高額な販売代金を受領しており,同代金には,プレインストールされている楽曲データの複製についての著作権使用料を支出し得るに十分な楽曲利用の対価が含まれている旨主張するが,同主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
(略)
5 結論
以上のとおり,一審原告の本訴請求のうち,直接契約に係る部分については,直接契約の締結が認められた部分につき請求を認容し,TMA社を介した部分については,一審原告が対象楽曲の著作権の管理権限を失ったものと認められるため,この部分に関する請求を棄却することとし,その損害額の算定方法については,JASRAC規程の個別課金方式を採用することとする。
そうすると,一審原告の本訴請求のうちその認容金額は原判決より少ないこととなるので,一審原告の控訴(A事件)は全て理由がなく,逆に,一審被告の控訴(B事件)は一部理由があることになる。
よって,A事件についての一審原告の控訴を棄却し,B事件について一審被告の控訴に基づき原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。