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著作権判例セレクション
【出版契約】浮世絵集の出版を巡る紛争
▶平成13年9月20日東京地方裁判所[平成11(ワ)24998]▶平成14年12月10日東京高等裁判所[平成13(ネ)5284]
(注) 本件本訴請求は,原告(反訴被告)が,自己が著作権を有する「浮世絵春画一千年史」(「本件著作物」)につき,被告(反訴原告)株式会社櫻桃書房及び被告株式会社人類文化社(以下,この2社をいうときは,「被告両会社」という。)と出版契約を結び,被告甲野次郎(「被告次郎」)に収録写真のデジタルワーク処理を担当させたところ,被告ら3名が無断で本件著作物を改変し,著者として原告のほかに被告次郎を表示して出版したと主張して,著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)に基づき,上記被告らに対し,損害賠償を求めている事案であり,本件反訴請求は,被告櫻桃書房及び同人類文化社が,原告に対し,本件著作物の出版に際し,原告の作業の遅れにより増加した費用,出版が遅れたことなどによる慰謝料等の損害賠償を求めるとともに,本件著作物の出版に際してのフォトCDの作成費用等の立替金の償還及び企画段階で出版取り止めとなった書籍について前払いした印税の返還等を求めている事案である。
2 本件著作物の著作物性及び著作者
(略)
3 本訴請求について
(1) 上記認定によれば,被告次郎が,ペーパーレイアウトにより示された構成を原告に無断で改変した行為は,原告による承諾のないことを知りながら行ったものであるから,故意に,本件著作物について原告の有する同一性保持権を侵害したものというべきである。また,原告の単独の著作物である本件著作物につき,被告次郎との共同著作物であるかのような表示を付して本件出版物として出版した行為は,原告の氏名表示権を侵害したものというべきである。上記認定によれば,原告は,このような本件著作物の性格を大きく変える変更につき,承諾を与えていなかったものであり,原告はこれによって精神的苦痛を被ったものというべきであるから,被告次郎は,原告の被った精神的苦痛に対し,損害賠償の責任を負う。
(2) 被告両会社は,被告次郎が原告に無断で本件著作物の改変を行ったことにつき,当初において同被告が改変を行うことに無権限で承諾を与え,改変後においても改変の事実をあえて原告に知らせることのないまま本件出版物を刊行したのであるから,被告次郎と共に共同不法行為者として,上記侵害行為により原告の被った精神的苦痛につき,責任を負うものというべきである。
この点に関し,被告両会社は,原告との間の合意によれば,本件出版物については印刷前の工程までのすべてを,原告のいう「甲野ブラザース」(原告及び被告次郎)が責任を持って行うことになっていたもので,本件出版物は,原告との間の上記合意に基づき,被告次郎のデジタル製版作業により編集制作されたものをそのまま出版したものであるから,被告両会社に責任はないと主張する。
しかしながら,本件出版物は,原告の単独著作物として企画され,上記認定のように,出版直前の平成11年3月になった段階でも,原告の単独著作物として出版契約書が取り交わされているのであり,被告両会社は,当然に同書が原告の単独著作物となるべきことを認識していた。そして,被告次郎が本件出版物を共同著作物のような体裁にしたい旨を言い出したのが,報酬の増額の件で紛争を生じた平成10年の12月ころからであることも被告両会社は認識していたのであるから,被告両会社は,遅くともカラーカンプを見た時点で,本件出版物が原告の作成したペーパーレイアウトの内容と異なっていることを認識していたものというべきである。したがって,このことを原告に確認することは,出版社としての職務というべきである。さらに,印刷に入る前に,その段階の版と,元の原稿に相違がないかどうかを確認すべきことは,出版社として当然のことであり,このことはどのような編集技術を用いるかにかかわらない。実際,本件においても,被告人類文化社は,文章部分の校正を行っているし,被告次郎の作業が終わってからは,被告人類文化社においてペーパーレイアウトを保管しているもので,かつ,被告次郎の下で刷り上がったカラーカンプを見ており,これとペーパーレイアウトを対照して,相違のある点を認識していたのであるから,単に被告次郎の下ででき上がったものを印刷すればよいのではなく,出版社として原稿と版の点検をすべきことは当然の責務として認識していたものと認められる。したがって,上記主張は単に責任逃れのためにする弁解といわざるを得ず,採用することができない。
また,先行仮処分事件の和解において,著作者人格権侵害に基づく損害賠償の件が解決されなかったことは,前記認定のとおりであり,これを解決済みとする主張も採用できない。
(3)
上記精神的苦痛に対する慰謝料の額については,侵害行為の内容及びその量,本件出版物の発行部数及び定価,被告両会社が原告に謝罪し,詫び文を本件出版物に挟み込んでいること,被告次郎も原告に詫び状を送付していること,先行仮処分事件の和解では,本件出版物の発行自体は差し止めない内容となっていること,証拠によれば,別紙改変目録記載の点を除き,原告も本件出版物の書籍としての出来映えには満足していると認められることなど,本件における一切の事情を考慮すれば,100万円をもって相当と認める。
4 反訴請求について
(1) 「浮世絵名宝撰」(仮題)の出版につき前払いされた印税内金100万円の返還請求について
被告両会社が,平成10年8月24日付けで,原告に,100万円を支払ったことは当事者間に争いがない。証拠及び弁論の全趣旨によれば,同金員は,「浮世絵名宝撰」(仮題)の出版につき印税内金として前払いされたものであるが,上記内金受領後,原告は,「浮世絵名宝撰」について,作業にとりかかり,カタログを完成させるなどしていたところ,平成10年10月ころに至って,被告両会社の営業上の判断により一方的に同書の出版が中止されたこと,その際,原告から一方的な中止について金銭的な補償を求めたり,被告両会社において前払いした印税内金の返還を求めたりすることのないまま,長期間が経過したことが認められるのであって,このような経緯からすれば,そのころ,原告と被告両会社との間で,同書の出版につき,被告両会社において100万円の返還を求めず,原告においてそれ以上出版中止についての金銭補償を求めない旨の内容を含む黙示の合意解除が成立したものと認めるのが相当である。
したがって,反訴請求のうち,前払金100万円の返還を求める請求は理由がない。
(2) 出版契約書10条2項による差額の損害賠償請求について
反訴請求中の当該請求部分は,原告と被告両会社との間において,当初予定した頁数,収録口絵点数よりも,頁数,収録口絵点数が増加し,その結果本件出版物の刊行が予定より遅れたことによる,費用の増加分の支払を求めるものである。
上記で認定したように,頁数,収録口絵点数,刊行予定日の変更は,被告両会社においては当初これを渋ったものの,最終的にはこれを了承して,原告と被告両会社の合意の上でされたのであるから,これに伴う費用を被告両会社において負担することにも同意したものというべきである。したがって,これに伴って増加した費用は,被告両会社の主張する出版契約書10条2項の場合に該当せず,出版に当然要する費用として,出版社である被告両会社の負担すべきものである。したがって,この点についての請求も理由がないというべきである。
(3) 予約募集の新聞広告代について
上記(2)認定のように,頁数,収録口絵点数の追加,刊行予定日の延伸は,原告と被告両会社の合意の上でされたのであるから,これに伴う費用の増加は,被告両会社において負担すべきものである。さらに,証拠によれば,被告両会社は,本件出版物の刊行時期が迫ってから,そのためにわざわざ新聞等の広告スペースを確保したりしたのではなく,常に一定期間ごとにあらかじめ新聞等の広告スペースを予約していること,広告の都度,適当な同社の出版物の広告でこのスペースを埋めていること,特に刊行時期が確実でない段階でも本件出版物の広告をしていること,の各事実が認められる。そうであれば,本件出版物の刊行予定日が変更されたことによって,そもそも広告費が増加したり無駄になったりした事実自体が認められないというべきである。したがって,この請求も理由がない。
(4) フォトCD作成の立替金及び被告両会社の被告次郎への立替金250万円について
前記争いのない事実,前記認定の事実及び証拠並びに弁論の全趣旨によれば,本件出版物の出版において,出版及び販売に関する費用を除けば,フォトCDの作成費用及びデジタルワークに要する費用(すなわち被告次郎の報酬)が,最も経費のかかる部分であり,原告及び被告両会社は,いずれもこのことを認識していたものと認められる。被告両会社は,このことを認識していたからこそ,訴外ラボインクス株式会社に,178万7562円にも及ぶフォトCDの作成費用を支払い,かつ被告次郎の報酬250万円を支払ったものと考えられる。被告両会社が,本件反訴の提起に至るまで1度も原告にその支払を求めていないことも,これに沿うものということができる。他方,(証拠)及び被告人類文化社代表者乙川三郎によれば,本件出版物における原告の印税261万円は,売上げ(1冊当たり5800円の約5000部で2900万円)の約10%として定められており,「浮世絵名宝撰」(仮題)においても,被告両会社は同様に考えていたことが認められる。ところが,被告両会社の主張のように,フォトCDの作成費用及び被告次郎の報酬を原告に負担させるというのは,原告の印税を売上げの10%とするということと全く整合しない。仮にこの被告両会社の主張のとおりとすれば,原告の取り分を売上げの半分程度としなければ,その負担に見合わないことになるというべきであるし,逆に,出版社は,手間及び資金の両面において,全く労せずに,やすやすと出版物を手に入れ得ることになり,あまりにも都合のいい話といわなければならない。このような主張は,到底採用することができない。
したがって,これら費用はいずれも,被告両会社が負担するというのが当事者の認識であったというべきであり,原告にその償還を求める請求は理由がない。
(5) 慰謝料について
反訴請求中の当該請求部分は,本件出版物の刊行の遅れ並びに先行仮処分事件及び本訴請求を原告が提起したことを理由とするものであるところ,上記判示のとおり,本件出版物の刊行が遅延したことについては,原告と被告両会社との間での合意によるものである。また,そもそも,訴えの提起は,提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り,相手方に対する違法な行為となるところ(昭和同63年1月26日第3小法廷判決参照),本件においては,上記に説示したとおり,原告の本訴請求には理由があるのであるから(ただし,損害賠償の金額の点を除く),原告の本訴請求及びこれに先立つ本件仮処分手続をもって,不当提訴ということはできない。したがって,慰謝料の請求は理由がない。
(6) 小括
以上によれば,被告両会社の反訴請求はいずれも理由がなく,棄却すべきものである。
[控訴審]
2 本訴請求について
当裁判所も,被控訴人の本訴請求は,控訴人らに対し,連帯して100万円及びこれに対する平成11年11月12日から支払済みまでの年5分の割合による金員を支払うよう求める限度では理由があると判断する。その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決の…「3
本訴請求について」の各欄記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 本件ペーパーレイアウトの著作物性について
(略)
(2) 本件出版物の編集レイアウトの著作者について
(略)
(3) 本件出版物の編集,色校に関する控訴人らの義務について
控訴人らは,本件出版物についての出版契約上,控訴人らは,印刷用CDRに基づき印刷,製本を行うだけで,それ以前の編集,色校については何らの義務も負わないから,原審被告Bが被控訴人の意思に反して本件ペーパーレイアウトを改変した内容の印刷用CDRを作成したとしても,そのことについて,控訴人らには何らの責任もない,と主張する。
しかしながら,前記引用に係る本件の事実関係についての原判決の認定のとおり,本件において,控訴人人類文化社の担当社員であるYは,原審被告Bから報酬の増額要求が入れられなければ仕事を辞めると告げられたことから,同人をなだめるため,被控訴人に無断で,原審被告Bにおいて本件出版物のレイアウトを自由にやってよい,一切を任せる旨を告げ,控訴人人類文化社の代表者のXもこのことを了承したこと,Y及びXは,原審被告Bが作成した印刷用CDRを市販のプリンターで印刷したカラーカンプを見て,その中に本件ペーパーレイアウトどおりでなく,原審被告Bが自分の判断で改変した部分があることを知ったことが認められるのであり,このような事実関係の下では,改変の事実を被控訴人に知らせるべき注意義務があったというべきである。控訴人らは,上記改変の事実を知りながら,故意にその事実を被控訴人に告げないままにしたのであるから,共同不法行為により被控訴人の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害したものというべきである。
控訴人らは,その主張の根拠として,本件出版物についての出版契約締結に当たり行われた打合せにおいて作成された打合せ書の記載を挙げる。上記打合せ書には,本件出版物の制作の工程について,①カラー・リバーサル・フィルム,②フォトCD入力(64ベース)・スキャンニング,③コンピューター・グラフィック,コンピューター・デジタル・レタッチ(DTP),色補正,編集,印刷用CDR制作(6色分解),④A3サイズ,色校,6色,カラープリント,⑤刷版(6色オフセット),⑥製本,⑦完成,の順に行うこと,①ないし④は,まとめて「デジタル印刷システム」と呼ぶ工程であること,⑤ないし⑦は,「印刷会社」において行う工程であること,CDR制作については,被控訴人及び原審被告Bが共同制作スタッフであることが記載されている。しかしながら,上記記載からは,印刷用CDRの制作を被控訴人及び原審被告Bが行い,完成した印刷用CDRに基づいて印刷を行うといった,大まかなことが把握できるにとどまり,これを根拠に,上記認定の事実関係にかかわらず,控訴人らには,印刷用CDRの内容に関し,一切責任がない,と解することはできない。
控訴人らは,控訴人人類文化社の担当社員であるYが,被控訴人に対し,本件出版物の色校の確認をするよう求めたにもかかわらず,被控訴人はこれを行わなかったとして,これを前提に,被控訴人は,Yに黙示的に色校を一任した,と主張する。(証拠)及び証人Yの証言中には,Yが,被控訴人に対し,静岡県沼津市の印刷工場での本件出版物の印刷に立ち会うよう求めたところ,被控訴人から,Yに対し立会のすべては任せる,と告げられた,との部分があるものの,これらの供述及び記載は,被控訴人本人の供述に照らし採用することができない。仮に,被控訴人がYに対し印刷の立会いを任せたことが認められるとしても,そのことは,控訴人らが,本件ペーパーレイアウトが被控訴人に無断で改変された部分があることを知りながら,これを被控訴人に知らせるべき義務を免除したとまで評価し得るようなものではないことは明らかである。他にも,被控訴人が本件レイアウトの改変があってもこれを不問に付する,という内容の意思表示をしたとの評価を可能とする事実を認めるに足りる証拠はない。
控訴人らの主張は,採用することができない。
3 反訴請求について
当裁判所は,控訴人らの反訴請求は,本件フォトCD作成費用相当額の金員の支払請求についてのみ理由があり,その余は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決の「4 反訴請求について」欄記載のとおり(ただし,「(4) フォトCD作成の立替金及び被告両会社の被告Bへの立替金250万円について」のうち,フォトCD作成の立替金に関する部分を除く。)であるから,これを引用する。
(1) フォトCD化の費用の返還請求について
本件フォトCD作成の費用を,控訴人らが負担すべきであると解すべきことは,原判決に記載されたとおりであるから,引用する。しかしながら,本件フォトCD作成の費用を控訴人らが負担する以上,作成された本件フォトCDの所有権は,反対の結論に導く特別の事情が認められない限り,控訴人らに属するものと解するのが相当である。ところが,上記特別の事情に該当する事実は,本件全証拠によっても認めることができないから,本件フォトCDの所有権は,少なくとも当初は,控訴人らに属したということができる。
被控訴人が本件フォトCDを占有していることは,弁論の全趣旨により明らかである。本件訴訟において,控訴人らは,所有権に基づきフォトCDの返還請求をすることをしないで,返還を求めてもこれに応じないことは明らかであるとして,その返還を求める代りに,本件フォトCD作成費用相当額の支払を求めている。控訴人らが返還請求をしても,被控訴人がこれに容易に応じるとは考えられない状態にあることは,弁論の全趣旨で明らかである。
被控訴人が,本件フォトCDの占有権原(所有権の取得によるものを含む。)を有することは,本件全証拠によっても認めることができず,むしろ,そのような権原がないことが弁論の全趣旨で認められる。控訴人らは,本件フォトCDの所有権に基づき被控訴人に対しその返還を請求することができる状態にあるものと認められる。また,被控訴人らの所有に属する本件フォトCDを権原なく占有し,その返還を請求してもこれに容易に応じない態度をとることは,反対の結論に導く特別の事情が認められない限り,それ自体,控訴人らに対する不法行為を構成するものというべきである。そして,上記特別の事情に当たる事実は本件全証拠によっても認めることができない。
このような場合,本件フォトCDの所有者である控訴人らは,所有権に基づく返還請求権の行使が可能であっても,本件フォトCD自体の返還を求めることなく,その取得に要した費用に当たる額の支払を求めることは,不法行為に基づく損害賠償請求として許されるものと解するのが相当である。このような不法行為により生じた損害の回復の方法の一つとして,本件フォトCD自体の回復の実現を断念する代りに,その価値に見合う額の金員の支払を受けるということを,他のもの(例えば,本件フォトCD自体の返還を求めつつ,返還によって補えないものを金銭で請求するなど)とともに認め,その選択を許すとすることには,不法行為という制度の目的に照らし,十分合理性があるということができるからである。
控訴人らは本件フォトCDの作成費用として合計178万7562円を負担しているから,特段の事情が認められない限り,本件フォトCDには少なくとも同額の価値があるというべきである。そして,上記特段の事情は本件全証拠によっても認めることはできない。
控訴人らは,被控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき,178万7562円及びこれに対する平成12年7月8日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきである。
(2) 上に述べたところによれば,控訴人らの反訴請求は,上記(1)の限度で理由があり,その余は理由がない。