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著作権判例セレクション
【出版契約】出版権設定契約か出版許諾契約かが争点となった事例
▶昭和59年03月23日東京地方裁判所[昭和56(ワ)4210]▶昭和61年2月26日東京高等裁判所[昭和59(ネ)814]
3 右認定の事実によると、原告と被告B間において、遅くとも、昭和53年8月ころまでに、単行本「太陽風交点」の出版に関する契約が締結されたことが認められるが、本件全証拠によつても、締結された右契約が物権類似の性質を有する出版権を設定する出版権設定契約であると認めることはできない。すなわち、右認定の事実から明らかなとおり、原告と被告Bの間では出版権の設定との明示の文言その他出版権設定をうかがわせるに足る文言は交わされていないばかりか、当時、被告Bとしては、出版に関する契約に出版権設定契約と出版許諾契約があることすら認識していなかつたのであり、一方、右単行本の出版について原告側として被告Bと交渉に当たつたAについていえば、同人が証人として供述したところによれば、同人は右契約の種類については理解していたものの、本件においては単に出版を独占しうるのは当然と考えていたというに過ぎず、同証言のすべてを検討しても、本件につき、出版権設定契約を締結する意図ないし認識があつたとは認定できないのであつて、このような両当事者間で締結された出版に関する契約をもって出版の単なる許諾以上の権利義務を契約当事者に発生させる出版権設定契約とみることは到底許されないからである。
三 (中略)
右認定の事実によると、右日時における被告BとE間での話し合いの結果、被告Bが原告に「太陽風交点」を文庫本として出版することの許諾を与えたと評価することはできても、これをもつて出版権設定契約あるいは独占的出版許諾契約の締結ということは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、右話し合いのほかにハヤカワ文庫本「太陽風交点」の出版権設定契約あるいは独占的出版許諾契約が締結されたとの主張立証はない。
四 原告は、原告と被告B間で出版権設定【又は独占的出版許諾】の明示の文言が交わされていないことは認めながら、出版界の慣行として、著作権者と出版社間の単行本あるいは文庫本についての出版契約は出版権設定契約【又は独占的出版許諾】であり、本件における単行本及び文庫本「太陽風交点」の出版に関する契約も【出版権設定契約であり、仮にそうでないとしても独占的出版許諾契約であると主張する。】
成立に争いのない(証拠等)によると、ある著作物につきこれを最初に出版した出版社と著作者の間で当該著作物の出版につき明示の出版権設定契約もしくは他の出版社から出版させない等の明示の合意が交わされていない場合であつても、他の出版社は先行出版社の立場を尊重して、通常は三年程度は同一著作物についての出版を差し控えることが出版社として望ましい態度であると一般的には評価されており、したがって、他の出版社が同一著作物を出版しようとする場合には、先行出版社の了解を得ようとし、その為に金員の支払いその他の見返りの提供が先行出版社にされることもあることが認められる。このように先行出版社の立場を尊重しようとする一応の慣行が出版界にはあることは認められるのであるが、一方、前掲各証拠によれば、先行出版社と後行出版社間の力関係もしくは先行出版社と著作権者の力関係により、先行出版社が他社から出版することにあえて異を唱えない場合もあることが認められるのであつて、これらを考え合わせれば、右の慣行がすでに出版界において慣習法又は事実たる慣習として定立していると認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。【控訴人が当審において主張する慣習法又は事実たる慣習についても同様であつて、右の主張に副う(証拠)、当審証人Cの証言は前認定の事実に照らし採用できない。】のみならず、右は出版社間における事情であつて、出版社間で先行出版社の立場が尊重されてきたからといつて、このことが直ちに【出版社とは立場を異にする】著作者もしくは著作権者をもこれに【依らせる】ことが当然である、あるいは出版社と著作権者間の出版に関する契約の解釈においてこれが尊重されなければならないと【解すべき合理的な根拠となるとは解せられず、そのような】意識が確立されているとは、本件証拠上到底認めることができない。
原告は、著作権者に同一著作物について複数の出版社との間に複数の出版契約をする自由を認めたとしたら、先行の出版社は絶えず同一単行本もしくは単行本よりはるかに低額な文庫本の出現の危険にさらされ、単行本出版を不可能とし、文庫本についても果てしない値引き競争を惹起し、ひいては出版社の経済的基盤を失わさせるのみならず、読者の上質な単行本を求める権利を失わせる旨主張するが、もし、出版社にして、自ら欲すれば、著作権者との合意により、著作権法が一般的な著作物の利用の許諾とは別に明定しているところの著作物を複製頒布するについての排他的独占的権利である出版権の設定を受けることができるのであり、あるいは出版許諾契約であつても明示の約定によりこれに独占性を付与することにより、このような場合に出版社に生ずることあるべき不利益をあらかじめ防止することができるのである。本件の場合、前示認定の事実によれば、原告は被告Bとの間において単行本もしくは文庫本「太陽風交点」の出版につき、出版権設定契約【又は独占的出版許諾契約】を締結するにつき何らの障害もなかつたと推認されるにもかかわらず、漫然これを締結するの労をとらなかつたのであるから、そのよつて生じた結果を甘受するのほかはない。
また、出版社と著作権者間に信頼関係のある場合には、出版権設定契約又は独占的出版許諾契約が締結されていなくとも、事実上、著作権者が先行出版社の意向を無視して同一著作物を他社から同時に出版することはないであろうが、かかる信頼関係が崩壊してしまい紛争が生じた場合にも、明示の約定が何ら存しないのに、出版社の利益を保護するために、信頼関係に基づく従前の運用の継続を著作権者の意に反して強要することはできないことは当然である。
原告の【主たる請求】は失当であつて、採用しない。【また、独占的出版許諾契約であることを前提とする控訴人の当審における予備的請求も理由がない。】
五 以上のとおり、原告と被告B間の単行本及び文庫本「太陽風交点」の出版に関する契約は、単純な出版許諾契約と解するほかなく、これを出版権設定契約と認めることはできないから、出版権設定契約であることを前提に、被告Bが被告徳間書店からこれと同一の徳間文庫本「太陽風交点」を出版したことをもつて、被告らが原告の出版権を侵害したとする原告の主張は理由がない。