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著作権判例セレクション
【同一性保持権】著作者の推定(14条)を覆した事例/観音像の仏頭部のすげ替えについて同一性保持権の侵害等が争われた事例
▶平成21年5月28日東京地方裁判所[平成19(ワ)23883]▶平成22年3月25日知的財産高等裁判所[平成21(ネ)10047]
(注) 本件は,原告が,原告の亡父(以下「亡D2」),亡兄(以下「亡E2」)及び兄(以下「F2」)と共同で制作した美術の著作物である別紙記載の観音像について,その原作品の所有者である被告光源寺が亡D2及び亡E2の死後に被告C1(以下「C2」)に依頼して仏頭部をすげ替えて,公衆の観覧に供していることが(以下,仏頭部すげ替え前の観音像を「本件原観音像」,仏頭部すげ替え後の観音像を「本件観音像」という。),本件原観音像に係る原告の著作者人格権(同一性保持権)及び著作権(展示権)の侵害又は原告の名誉若しくは声望を害する方法による著作物の利用行為(著作者人格権のみなし侵害)に当たり,かつ,亡D2及び亡E2が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為に当たる旨主張し,被告光源寺に対し,①著作権法112条1項,115条,113条6項に基づき又は亡D2及び亡E2の遺族として同法116条1項,112条1項,115条に基づき,本件観音像の仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部(すなわち,本件原観音像の仏頭部)に原状回復するまでの間,本件観音像を一般公衆の観覧に供することの差止めを,②同法112条2項,115条,113条6項に基づき又は亡D2及び亡E2の遺族として同法116条1項,112条2項,115条に基づき,本件観音像の仏頭部を本件原観音像の仏頭部に原状回復することを求めるとともに,被告両名に対し,③原告の著作者人格権侵害又は著作者人格権のみなし侵害の不法行為に基づく損害賠償(被告光源寺に対しては上記原状回復するまでの間の将来分の損害賠償を含む。)を,④同法115条に基づき並びに亡D2及び亡E2の遺族として同法116条1項,115条に基づき,原告,亡D2及び亡E2の名誉又は声望を回復するための適当な措置として別紙記載の謝罪広告を求めた事案である。
2 原告の共同著作者性(争点1)について
(1)
原告は,著作物の原作品である本件原観音像の体内(躯体の内部)及び足ほぞの「A1」との墨書によって,原告の氏名である「A1」が著作者名として通常の方法により表示されているから,著作権法14条に基づいて,原告は本件原観音像の著作者(共同著作者)と推定される旨主張する。
ア まず,証拠及び弁論の全趣旨によれば,仏像彫刻においては,仏像の体内や足ほぞに制作者の実名又は雅号を墨書することは,著作者名の通常の表示方法であることが認められる。
そして,前記争いのない事実等のとおり,本件原観音像の体内(躯体の内部)には,「制作者
E3 F3 A1 弟子 C1」との墨書が,また,本件原観音像の足ほぞには,「制作者E3 F3 A1 C1」との墨書が施されている。
イ しかし,他方で,以下のとおり,本件原観音像の体内(躯体の内部)及び足ほぞの「A1」との墨書から,原告が本件原観音像の著作者と推定されることを妨げる証拠がある。
(略)
ウ そうすると,本件原観音像の体内(躯体の内部)及び足ほぞの「A1」との墨書から,著作権法14条により,原告が本件原観音像の著作者と推定されるということはできない。
(2)
そして,本件全証拠によっても,原告が本件原観音像の制作に創作的に関与したことを認めるに足りない。
したがって,原告が本件原観音像の共同著作者であるものとは認められない。
(3)
以上によれば,原告は,本件原観音像について著作者人格権及び著作権を有するものとはいえないから,これを有することを前提とする原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
3 D4及びE4の人格的利益の保護のための原状回復等請求の可否(争点7)について
(1)
D4の人格的利益の保護のための原状回復等請求
ア 原告は,著作物の原作品である本件原観音像の体部(躯体部)の内部の「大仏師
監修 D3」及び同足ほぞ部の「監修 D3」との墨書によって,D4(亡D2)の雅号である「D3」が著作者名として通常の方法により表示されているから,D4は,著作権法14条に基づいて,本件原観音像の著作者(共同著作者)と推定される旨主張する。
前記争いのない事実等のとおり,本件原観音像の体内(躯体の内部)には,「大仏師
監修 D3」との墨書が,また,本件原観音像の足ほぞには,「監修 D3」との墨書が施されている。
しかし,他方で,①被告C2の供述中には,D4は,昭和62年5月ころ,ぼけの症状がひどくなってきており,本件原観音像の制作作業に関与できる状態にはなく,本件原観音像の制作作業に関与していない旨の供述部分があること,②D4は,本件原観音像の制作がされた昭和62年当時通院中であり,その後昭和63年5月下旬から通院不能となり,同年7月29日死亡したことに照らすと,「D3」との上記墨書から,D4が本件原観音像の著作者と推定されることを妨げる証拠がある。
イ また,原告の供述中には,本件原観音像の仏頭部の制作は,D4が健康のころはD4が行い,D4がなくなってからはほとんどE4が行い,また,化仏の粗彫りは,D4とE4が行った旨の供述部分があるが,これと反対の趣旨の被告C2の供述部分に照らし,採用することはできない。
他にD4が本件原観音像の著作者であることを認めるに足りる証拠はない。
ウ したがって,原告主張のD4の人格的利益の保護のための原状回復等請求は,いずれも理由がない。
(2)
E4の人格的利益の保護のための原状回復等請求
ア E4(亡E2)が,美術の著作物である本件原観音像の著作者であること,E4が平成11年9月28日に死亡したこと,被告光源寺が本件原観音像を本件観音堂内に祀り,参拝者等の公衆の観覧に供していたこと,被告らが,E4の死後である平成15年ころから平成18年ころまでの間に本件原観音像の仏頭部をすげ替え,被告光源寺がそのすげ替え後の本件観音像を本件観音堂内に祀り,参拝者等の公衆の観覧に供していることは,前記争いのない事実等のとおりである。
本件原観音像は,木彫十一面観音菩薩立像であって,11体の化仏が付された仏頭部,体部(躯体部),両手,光背及び台座から構成されているところ,11体の化仏が付された仏頭部が,著作者であるE4の思想又は感情を本件原観音像に表現する上で重要な部分であることは明らかである。
そうすると,本件原観音像の仏頭部のすげ替えは,本件原観音像の重要な部分の改変に当たるものであって,E4の意に反するものと認められるから,本件原観音像を公衆に提供していた被告光源寺による上記仏頭部のすげ替え行為は,E4が存しているとしたならばその著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為(著作権法60条本文)に該当するものと認めるのが相当である。
イ(ア) これに対し被告光源寺は,E4が本件原観音像の仏頭部に満足しておらず,これを作り直すべきことを検討していたから,被告光源寺による本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,E4の「意を害しないと認められる場合」(著作権法60条ただし書)に当たり,同条本文による禁止の対象とはならない旨主張する。
(略)
そうすると,被告光源寺による本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為がE4の「意を害しないと認められる場合」に当たる旨の被告光源寺の上記主張は,採用することができない。
(イ) また,被告光源寺は,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条項4号)に該当し,本件原観音像についての同一性保持権侵害に当たらない旨主張しているので,念のためこの点についても判断する。
(略)
d 以上によれば,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為が「やむを得ないと認められる改変」に該当するとの被告光源寺の主張は,採用することができない。
ウ 著作権法116条1項は,著作者の死後においては,その遺族は,当該著作者について故意又は過失により同法60条に違反する行為をした者に対し,同法115条の請求をすることができる旨定めている。
E4には配偶者及び子はいないこと,E4の父D4及び母亡G2は,E4の死亡前に既に死亡していること,原告は,E4の弟であることは,前記争いのない事実等のとおりである。
そうすると,原告は,本件原観音像の著作者であるE4の弟であって,E4の「遺族」(著作権法116条1項)に当たるから,同条項により,E4について故意又は過失により同法60条に違反する行為をした者に対し,同法115条の請求をすることができる。
ところで,著作権法115条は,著作者又は実演家は,故意又は過失によりその著作者人格権又は実演家人格権を侵害した者に対し,損害の賠償に代えて,又は損害の賠償とともに,著作者又は実演家であることを確保し,又は訂正その他著作者若しくは実演家の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができると規定している。
同条は,その文言上,著作者が,故意又は過失によりその著作者人格権を侵害した者に対し,「著作者であることを確保」するために適当な措置,「訂正」するために適当な措置又は「その他著作者の名誉若しくは声望を回復」するために適当な措置の3類型の措置を請求することができることを定めたものと解され,「その他著作者の名誉若しくは声望を回復」するために適当な措置とは別類型である「訂正」するために適当な措置を請求するに当たっては,著作者の名誉又は声望が毀損されたことを要件とするものではないと解される。
そして,著作者人格権(同一性保持権)の侵害行為により改変された著作物の原作品を侵害前の原状に回復することは「訂正」に当たり,その必要性及び実現可能性があれば,著作者は,「訂正」するために適当な措置として,当該原状回復を請求することができるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに,①本件原観音像は,木彫十一面観音菩薩立像であって,美術の著作物の原作品であり,11体の化仏が付された本件原観音像の仏頭部は,著作者であるE4の思想又は感情を本件原観音像に表現する上で重要な部分であること,②被告光源寺は,被告C2に依頼して,仏頭部を新たに制作し,これを本件原観音像の仏頭部とすげ替えることによって,E4が存しているとしたならばその著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為を行ったものであり,被告光源寺には故意又は過失があること,③仏頭部のすげ替え後の本件観音像は本件観音堂内に祀られ,参拝者等の公衆の観覧に供されており,それがE4の意に反することは明らかであること,④本件原観音像から取り外した仏頭部(すげ替え前の仏頭部)は,被告らによってその原形のままの状態で保管されており,これを本件観音像に取り付けてすげ替え前の本件原観音像の状態に戻すことは可能であることを総合すれば,本件観音像について,その仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部(本件原観音像の仏頭部)に原状回復することの必要性及び実現可能性があるものと認められる。
したがって,原告は,E4の遺族として,著作権法116条1項,115条に基づき,被告光源寺に対し,訂正するために適当な措置として,本件観音像について,その仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部(本件原観音像の仏頭部)に原状回復することを求めることができるというべきである。
エ(ア) 原告は,E4の遺族として,著作権法116条1項,115条に基づき,被告光源寺に対し,本件観音像について,その仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部(本件原観音像の仏頭部)に原状回復するまでの間,一般公衆の観覧に供することの停止を請求できる旨主張する。
しかし,前記ウのとおり,上記原状回復そのものを請求することができる以上,本件観音像を公衆の観覧に供することの停止請求を認める必要性はなく,原告主張の上記停止請求は,著作権法115条にいう「適当な措置」に当たらないと解される。
したがって,原告の上記主張は,理由がない。
(イ) 原告は,E4の遺族として,著作権法116条1項,112条1項に基づき,被告光源寺に対し,本件観音像について,その仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部(本件原観音像の仏頭部)に原状回復するまでの間,一般公衆の観覧に供することの停止を請求できる旨主張する。
著作権法116条1項は,著作者の死後においては,その遺族は,当該著作者について同法60条に違反する行為をする者に対し,同法112条の請求をすることができる旨定めている。
しかるに,著作権法112条1項は,著作者人格権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができることを定めたものであるところ,被告光源寺による上記仏頭部のすげ替え行為は,前記アのとおり,E4の意に反する改変に当たり,E4が存しているとしたならばその著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為に該当するが,他方で,被告光源寺が仏頭部のすげ替え後の本件観音像を公衆の観覧に供していることは,上記改変後の行為であって,E4の著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為に当たるものとは認められないから,同条項により,原告が本件観音像を公衆の観覧に供することの停止請求をすることはできないものと解される。
したがって,原告の上記主張は,理由がない。
オ 以上によれば,原告主張のE4の人格的利益の保護のための原状回復等請求は,本件観音像について,その仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部(本件原観音像の仏頭部)に原状回復することを求める限度で理由がある。
4 E4の遺族としての謝罪広告請求の可否(争点8)について
(1)
原告は,本件原観音像の著作者であるE4の遺族として,著作権法116条1項により,同法115条の請求をすることができることは,前記3(2)ウのとおりである。
ところで,著作権法115条にいう「著作者の名誉若しくは声望」は,著作者がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的名誉又は声望を指すものであって,人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価,すなわち名誉感情を含まないものであり,著作者の社会的名誉又は声望が毀損された事実があり,かつ,その回復のために謝罪広告の必要性がある場合に限り,当該著作者は,同条にいう「名誉若しくは声望を回復」するために適当な措置として,謝罪広告を請求することができるものと解される(最高裁昭和45年12月18日第二小法廷判決,最高裁昭和61年5月30日第二小法廷判決参照)。
これを本件についてみるに,E4は,平成5年5月18日に執り行われた開眼法要(開眼落慶法要)の際に,本件原観音像の制作者として紹介され,出席者の前で挨拶していること,平成7年6月15日発行の宗教工芸新聞の記事において,「仏師
E3師」との見出しの下に,E4が本件原観音像の制作者として紹介され,「東京駒込光源寺大観音(E3)」と付された,本件原観音像の写真が掲載されていることからすれば,E4が死亡した平成11年9月28日から9年以上が経過した本件口頭弁論終結日(平成21年3月17日)の時点においてもなお,光源寺の檀家,信者や仏師等仏像彫刻に携わる者の間において,E4は「駒込大観音」を制作した仏師として知られているものと推認することができ,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,E4が存しているとしたならば仏師としてのE4の名誉感情を害するものであることは想像に難くはないというべきである。
しかし,他方で,①光源寺の現住職のB3は,本件原観音像の仏頭部のすげ替えの事実を被告C2との間で秘匿することとし,公表しなかったこと及び本件審理の経過からすれば,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替えの事実は,本件口頭弁論終結日の時点では,本件訴訟の関係者及びその協力者,光源寺の檀家及び信者の一部等の限られた範囲の者にしか知られていないものとうかがわれること,②被告らが本件原観音像の仏頭部をすげ替えるに至った経緯に照らすならば,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為によって,E4が社会から受ける客観的な評価の低下を来たし,その社会的名誉又は声望が毀損されたものとまで認めることはできない。
また,仮にE4のその社会的名誉又は声望が毀損されたと認める余地があるとしても,前記3(2)のとおり,本件においては,E4の人格的利益の保護のための措置として,被告光源寺に対し,本件観音像について,その仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部(本件原観音像の仏頭部)に原状回復することを求めることができる以上,E4の社会的名誉又は声望を回復するために謝罪広告請求を認める必要性はなく,原告主張の謝罪広告請求は,著作権法115条にいう「適当な措置」に当たらないと解される。
(2)
したがって,E4の遺族としての原告の謝罪広告請求は,理由がない。
5 結論
以上によれば,原告の請求は,被告光源寺に対し,E4の遺族として本件観音像について,その仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部(本件原観音像の仏頭部)に原状回復することを求める限度で理由があるからこれを認容することとし,被告光源寺に対するその余の請求及び被告C2に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。
[控訴審]
2 原告の共同著作者性(争点1),原告の同一性保持権侵害に基づく差止等請求の可否(争点2),原告の法115条に基づく原状回復等請求の可否(争点3),原告の著作者人格権のみなし侵害に基づく措置請求の可否(争点4),二次的著作物の原著作物の著作者としての展示権侵害に基づく差止等請求の可否(争点5),原告の著作者人格権侵害及び著作者人格権のみなし侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の可否(争点6),原告の著作者人格権侵害及び著作者人格権のみなし侵害の不法行為に基づく謝罪広告請求(訂正広告請求を含む。)の可否(争点8)について
原告が本件原観音像を創作したことを根拠とする請求の当否について,判断する。
(1)
事実認定
本件原観音像の体内(躯体の内部)に,「大佛師
監修 T」,「制作者R J X 弟子Y」との墨書が,また,本件原観音像の足ほぞには,「監修 T」,「制作者 R J X Y」との墨書が記載されていることは,当事者間に争いがない。
しかし,本件において,原告が,本件原観音像の木彫作業がほぼ完成した平成元年9月までの間に,本件原観音像の制作作業に関与した事実を裏付ける証拠は,原告が制作作業に関与したとする供述及び陳述書があるのみで,他に客観的な書証,供述,証言等は存在せず,以下の各証拠を総合評価するならば,本件原観音像の木彫作業がほぼ完成した平成元年9月までの間に,原告は,本件原観音像の制作作業に関与していないと認定できる。
その理由は,以下のとおりである。
(略)
エ 小括
前記によれば,法14条所定の推定を覆す事実があるから,原告を本件原観音像の共同著作者と認めることはできない。
(2)
判断
前記のとおり,原告が本件原観音像の共同著作者と認められないから,原告が本件原観音像について共同著作者であることを前提とする前記争点2ないし争点6,争点8(原告固有の権利に基づく請求部分)についての原告の請求はいずれも理由がない。
3 Tの遺族として,①法112条,法115条に基づく本件観音像を公衆の観覧に供することの差止請求,②法112条,法115条の適当な措置請求等による原状回復請求,③法115条に基づく名誉声望回復のための謝罪広告請求(訂正広告請求を含む。),④Tから相続した展示権侵害を理由とする公衆の観覧に供することの差止請求(法112条1項),原状回復請求(法112条2項)及び損害賠償請求の可否(争点7ないし10---Tに係る請求部分)
(1)
事実認定
原告は,著作物の原作品である本件原観音像の体部(躯体部)の内部の「大仏師
監修 T」及び同足ほぞ部の「監修 T」との墨書によって,T(亡T)の雅号である「T」が著作者名として通常の方法により表示されているから,Tは,法14条に基づいて,本件原観音像の著作者(共同著作者)と推定される旨主張する。
しかし,原告の請求は,以下のとおり,理由がない。
前記争いのない事実等のとおり,本件原観音像の体内(躯体の内部)には,「大仏師
監修 T」との墨書が,また,本件原観音像の足ほぞには,「監修 T」との墨書が施されている。
しかし,他方で,①被告Yの供述中には,Tは,昭和62年5月ころから,認知症がひどくなってきており,本件原観音像の制作作業に関与できる状態にはなく,本件原観音像の制作作業に関与していない旨の供述部分があること,②Tは,本件原観音像の制作がされた昭和62年当時通院中であり,その後昭和63年5月下旬から通院不能となり,同年7月29日死亡したことに照らすと,「T」との上記墨書から,Tが本件原観音像の著作者と推定されることを妨げる事実があるといえる。
また,原告の供述中には,本件原観音像の仏頭部の制作は,Tが健康のころはTが行い,TがなくなってからはほとんどRが行い,また,化仏の粗彫りは,TとRが行った旨の供述部分があるが,これに反する被告Yの供述部分に照らし,原告の供述部分は,到底採用することはできない。
他にTが本件原観音像の著作者であることを認めるに足りる証拠はない。
(2)
判断
したがって,原告の主張に係る,Tの遺族として,①本件観音像を公衆の観覧に供することの差止請求,②適当な措置請求等としての原状回復請求,③名誉声望回復のための謝罪広告請求(訂正広告請求を含む。),④Tから相続した展示権侵害を理由とする公衆の観覧に供することの差止請求(法112条1項),原状回復請求(法112条2項)及び損害賠償請求は,いずれも理由がない。
4 Rの遺族として,①法112条,法115条に基づく本件観音像を公衆の観覧に供することの差止請求,②法112条,法115条の適当な措置請求等による原状回復請求,③法115条に基づく名誉声望回復のための謝罪広告請求(訂正広告請求を含む。)の可否(争点7ないし9---Rの著作者人格権侵害に係る請求部分)
(1)
はじめに
原告は,Rの遺族として,著作者であるRが存しなくなった後において,著作者が存しているとしたならばその著作者人格権(法20条及び113条6項所定の権利)の侵害となるべき行為を保護するために,①法112条,法115所定を根拠とする本件観音像を公衆の観覧に供することの差止請求,②法112条,法115条を根拠とする適当な措置請求としての原状回復請求,③法115条を根拠とする名誉声望回復のための謝罪広告請求(訂正広告請求を含む。)を求める(法20条,113条6項,116条1項,60条)。
これに対して,被告らは,①法20条1項所定のRの「意に反する・・・改変」に該当しない,及び法60条ただし書き所定のRの「意を害しないと認められる場合」に該当する,②法20条2項4号所定の「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ない・・・改変」に該当する,③法113条6項所定の「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に該当しないなどと反論する。
当裁判所は,①被告光源寺による本件観音像の仏頭部のすげ替え行為は,著作者であるRが生存しているとしたならばその著作者人格権(同一性保持権,法20条)の侵害となるべき行為であり,②法113条6項[注:現11項。以下同じ]所定の「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に該当し,侵害とみなされるべき行為であり,③法60条のただし書等により許される行為には当たらないと判断する。したがって,原告はRの遺族として,法116条1項に基づいて,法115条に規定するRの名誉声望を回復するための適当な措置等を求めることができると解される。そして,当裁判所は,すべての事情を総合考慮すると,法115条所定のRの名誉声望を回復するためには,被告らが,本件観音像の仏頭のすげ替えを行った事実経緯を説明するための広告措置を採ることをもって十分であり,法112条所定の予防等に必要な措置を命ずることは相当でないと判断するものである。
その理由は,以下のとおりである。以下,要件論(要件を充足性しているかの判断)と効果論(適切な回復措置に関する判断)と分けて,検討する。
(2)
要件論---要件充足性(法20条の同一性保持権侵害,法113条6項の著作者人格権のみなし侵害,及び法60条所定の要件該当性)について
ア 改変の有無について
R(亡R)が,美術の著作物である本件原観音像の著作者であること,Rが平成11年9月28日に死亡したこと,被告光源寺が本件原観音像を本件観音堂内に祀り,参拝者等の公衆の観覧に供していたこと,被告らが,Rの死後である平成15年ころから平成18年ころまでの間に本件原観音像の仏頭部をすげ替えたことは,前記争いのない事実等のとおりである。
本件原観音像は,木彫十一面観音菩薩立像であって,11体の化仏が付された仏頭部,体部(躯体部),両手,光背及び台座から構成されているところ,11体の化仏が付されたその仏頭部は,本件原観音像においてRの思想又は感情を表現した創作的部分であるといえる。
そうすると,本件原観音像の仏頭部の眼差しを修正する目的で行われたものであるとしても,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,本件原観音像の創作的部分に改変を加えたものであると認められる。
イ 法20条1項所定のRの「意に反する・・・改変」の該当性,及び法60条ただし書き所定のRの「意を害しないと認められる場合」の該当性について
被告らは,R自身も本件原観音像の仏頭部に満足しておらず,これを作り直すべきことを検討していたから,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,Rの「意に反する・・・改変」(法20条1項)には当たらず,また「意を害しないと認められる場合」(法60条ただし書)に該当し,法20条1項による禁止の対象とはならない旨主張する。
しかし,以下の経緯に照らすならば,本件原観音像の完成後に,観音像の仏頭部を作り直した行為は,法20条1項所定のRの「意に反する・・・改変」と推認するのが相当であり,また法60条所定の「意を害しないと認められる場合」に該当すると認めることはできない。
すなわち,被告Yの供述中には,仏頭部の粗彫りが完成した際,Rが先代住職に確認を求めたその場で,先代住職に対し,「お気に召さなければ作り直ししましょうか,と言いました」との供述部分があり,また,被告光源寺代表者(A)の供述中には,先代住職とAが昭和62年6月14日に本件工房を訪れた際,Rが先代住職に対し,粗彫りが出来上がった仏頭部について,「だみ声で,どうでしょう。お気に召さなかったら作り直しましょうかねえ,というふうにおっしゃったのを覚えてます。」,Rは仏頭部の出来について,「作り直しましょうかという言葉からすると,満足なさっていなかったのではないかと思います。」との供述部分がある。
他方で,①Rは,昭和63年8月23日から1週間,化仏がつけられた仏頭部が,日本橋三越百貨店で開催された第35回仏教美術彫刻展に出展されているが,仏師であるRが自ら制作した作品である仏頭部の出来について満足せず,あるいはこれを作り直すつもりでいたとすれば,仏教美術彫刻展に出展することを差し控えるのが自然であること,②平成5年5月18日に執り行われた本件原観音像の開眼法要(開眼落慶法要)の際に,Rは,本件原観音像の制作について,「・・・一生懸命やりました。出来映えはまあまあというところだと思います。」と挨拶していること,③被告Y及び被告光源寺代表者の前記各供述部分は,Rが粗彫りが出来上がった仏頭部について「お気に召さなければ作り直ししましょうか」あるいは「お気に召さなかったら作り直しましょうかねえ」と発言したというものであって,その発言は,本件原観音像の制作途中の段階のものであり,完成した本件原観音像の仏頭部について作り直す意向を示したものとまではいえないと推認されること,④前記開眼法要(開眼落慶法要)が執り行われた平成5年5月18日以降,Rが死亡した平成11年9月28日までの間に,Rが本件原観音像の仏頭部を作り直す意向を示したことをうかがわせる証拠はないことに照らすならば,被告Y及び被告光源寺代表者の上記各供述部分からRが本件原観音像の完成後にその仏頭部を作り直す確定的な意図を有していたとまで認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,Rが,本件原観音像について,どのような感想を抱いていたかはさておき,本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,法20条1項所定のRの「意に反する・・・改変」と推認するのが相当であり,また法60条所定の「意を害しないと認められる場合」に該当するとまでは認めることはできず,この点に関する被告らの上記主張は,いずれも採用することができない。
ウ 法20条2項4号所定の「やむを得ないと認められる改変」の該当性について
被告らは,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,法20条2項4号所定の「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」に該当すると主張する。
確かに,前記1で認定した事実によれば,①本件原観音像は,本件観音堂に祀られた本件観音像を下から見上げる拝観者の眼差しと本件原観音像の眼差しとが合わさらなかったことから,Rが,本件原観音像が下を向くように,眼球面を彫刻した結果,上まぶたが仏像の慈悲の表現を表す「半眼」にならず,しかも,下から見上げると,本件原観音像は,驚いたように又は睨みつけるように眼を見開いた表情となった,②観音像は,信仰の対象であり,その表情は,拝観者らの信仰の対象として,重要な意義を有するところ,信者や拝観者において,本件原観音像の表情について違和感を覚えるなどの感想を述べる者,慈悲深い表情とするよう善処を求める者がいた,③被告光源寺は,平成6年ころ,Rに対し,本件原観音像の左右の眼の修繕を依頼したところ,原告において,本件原観音像の眼差しの修正を試みたものの,本件原観音像の眼差しや表情を補修するには至らなかった,④被告光源寺の現住職のAは,信者や拝観者らの信仰心を考慮して,本件原観音像の表情を修復すべきであると考えた,⑤Aは,Rの死後の平成15年ころ,被告Yに相談したところ,本件原観音像の表情を変えるには,「目の部分だけを彫り直す方法」や「顔の前面を彫り直す方法」などが考えられるが,失敗する可能性もあり,その可能性を考えると,新たに仏頭部を作り直した方がよい旨の助言を受け,仏頭部全体の作り直しを決意した,⑥原告に対し,本件原観音像の仏頭部の作り直しを伝えたところ,原告は,仏頭部の作り直しを拒絶した,⑦Aは,被告Yに対して,本件原観音像の眼差しや表情を修正するため,新たな仏頭部を制作を依頼し,本件原観音像の仏頭部をすげ替えたとの経緯が認められる。
このような経緯に照らすと,被告らによる本件原観音像の仏頭部を新たに制作して,交換した行為には,相応の事情が存在するものと認められる。
しかし,たとえ,被告光源寺が,観音像の眼差しを半眼下向きとし,慈悲深い表情とすることが,信仰の対象としてふさわしいと判断したことが合理的であったとしても,そのような目的を実現するためには,観音像の仏頭をすげ替える方法のみならず,例えば,観音像全体を作り替える方法等も選択肢として考えられるところ,本件全証拠によっても,そのような代替方法と比較して,被告らが現実に選択した本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為が,唯一の方法であって,やむを得ない方法であったとの点が,具体的に立証されているとまではいえない。したがって,観音像の眼差しを修正し,慈悲深い表情に変えるとの目的で,被告らが実施した本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,法20条2項4号所定の「やむを得ないと認められる改変」のための方法に当たるということはできない。
被告らの主張は理由がない。
エ 法113条6項(著作者人格権のみなし侵害)所定の「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」の該当性について
Rは,平成5年5月18日に執り行われた開眼法要(開眼落慶法要)の際に,本件原観音像の制作者として紹介され,出席者の前で挨拶していること,平成7年6月15日発行の宗教工芸新聞の記事において,「仏師
R師」との見出しの下に,Rが本件原観音像の制作者として紹介され,「東京駒込光源寺大観音(R)」と付された,本件原観音像の写真が掲載されていることからすれば,Rが死亡した平成11年9月28日から10年以上が経過した本件口頭弁論終結日(平成21年12月21日)の時点においてもなお,光源寺の檀家,信者や仏師等仏像彫刻に携わる者の間において,Rは「駒込大観音」を制作した仏師として知られているものと推認することができること等の事実を総合すれば,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,Rが社会から受ける客観的な評価に影響を来す行為である。
したがって,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,法113条6項所定の,「(著作者であるRが生存しているとしたならば,)著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に該当するといえる。
(3)
効果論---法115条所定の名誉声望回復措置等,法112条所定の停止措置等について
前記のとおり,被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,著作者であるRが生存しているとしたならば,同一性保持権の侵害となるべき行為であり,また,法113条6項の著作者人格権のみなし侵害となるべき行為である。そして,Rには配偶者及び子はなく,Rの父T及び母亡Lは,Rの死亡前に既に死亡しており,原告は,Rの弟である。したがって,原告はRの遺族として,法116条1項に基づいて,法115条,112条所定の適当な措置等を求めることができる余地がある。そこで,法115条,112条に基づいて,原告が被告らに対して求めることができる適当な措置等の内容について吟味する。
ア 法115条所定の名誉声望回復措置等
(ア) 原告は,法115条所定の適当な措置として,被告光源寺に対し,仏頭部を本件原観音像制作当時の仏頭部に原状回復措置,公衆の閲覧に供することの差止め等,被告らに対し謝罪広告措置等を求めている。
しかし,下記の諸般の事情を総合考慮するならば,①原告が求める謝罪広告中(訂正広告を含む。),その客観的な事実経緯を周知するための告知をすることで,Rの名誉,声望を回復するための措置としては十分であり,②仏頭部を本件原観音像制作当時の仏頭部に原状回復する措置や謝罪広告を掲載する措置,公衆の閲覧に供することの差止めについては,いずれも,Rの名誉,声望を回復するための適当な措置等とはいえないものと解する。
前記認定のとおり,①本件原観音像は,被告光源寺の前住職が,戦災により焼失した「旧駒込大観音」を復興し,信仰の対象となる仏像にふさわしい観音像を制作することを目的として,Rに対し,依頼したこと,②しかし,Rが制作した本件原観音像は,本件観音堂に安置された状態では,拝観者が見上げることになり,対面した拝観者に対しては,驚いたような表情,又は睨みつけるような表情となったこと,③被告光源寺現住職のAは,そのような表情について違和感を感じて,本件原観音像の眼差しを修繕することを希望し,Rに対し,本件原観音像の左右の眼の修繕を依頼したこと,④その依頼に応じて,原告が,一旦は,本件原観音像の眼差しの修繕を試みたが,結局,本件原観音像の表情を補修することができなかったこと,⑤被告光源寺のAは,被告Yに対し,本件原観音像の眼差しの修繕の相談をしたところ,被告Yは,仏頭部の一部のみを残して,前面のみを作り変えることは,かえって,失敗する危険性があると助言をしたこと,⑥そこで,Aは,被告Yに,仏頭部を新たに制作し,仏頭を交換することを依頼し,被告Yは,そのような方法によって,本件観音像を作り替えたこと,⑦被告Yは,Rの弟子として,長年にわたり,その下で制作に関与し,本件原観音像についても,制作開始から木彫作業が終了するまでの全制作行程(漆塗り,金箔貼りを除く。)に精力的に関与して,Rの創作活動に協力し,補助してきた者であること,⑧本件原観音像から取り外した仏頭部(すげ替え前の仏頭部)は,その原形のままの状態で本件観音堂に保管されており,第三者が同仏頭部の形状を拝観することは不可能でないこと,⑨仮に,被告光源寺は,本件観音像について,その仏頭部を観音像制作当時の仏頭部に原状回復することを命じられた場合,同被告は,一旦は,原状回復措置を講じても,その後すみやかに,いわゆる「お焚き上げ」と称する方法により,本件原観音像全体を焼却する措置を講ずることが推測され,結局のところ,Rの名誉,声望等が回復される目的が十分に達成できるとはいえないこと等諸般の事情を総合考慮するならば,原状回復の措置は,適当な措置ということはできない。
(イ) すなわち,被告らによる本件観音像の仏頭部のすげ替え行為は,確かに,著作者が生存していたとすれば,その著作者人格権の侵害となるべき行為であったと認定評価できるが,本来,本件原観音像は,その性質上,被告光源寺が,信仰の対象とする目的で,Rに制作依頼したものであり,また,仏頭部のすげ替え行為は,その本来の目的に即した補修行為の一環であると評価することもできること,交換行為を実施した被告Yは,Rの下で,本件原観音像の制作に終始関与していた者であることなど,本件原観音像を制作した目的,仏頭を交換した動機,交換のための仏頭の制作者の経歴,仏像は信仰の対象となるものであること等を考慮するならば,本件において,原状回復措置を命ずることは,適当ではないというべきである。
以上の事情によれば,Rの名誉声望を維持するためには,事実経緯を広告文の内容として摘示,告知すれば足りるものと解すべきであり,別紙広告目録記載第1の内容が記載された広告文を同目録記載第2の新聞に,同目録記載第2の要領で掲載することが相当であると解する。また,法115条所定に基づき,公衆の閲覧に供することの差止め等を求めることも適当でない。
イ 法112条1項,2項所定の差止請求等
原告は,法112条1項に基づいて,著作者人格権を侵害する行為の停止又は予防を,同条2項に基づいて,著作者人格権侵害の停止又は予防に必要な措置を請求する。しかし,法112条1項,2項を根拠としたとしても,前記アと同様の理由によって,本件観音像を公衆の閲覧に供することの差止め及び原状回復は,必要な措置であると解することはできない。
5 Rから相続した展示権侵害を理由とする公衆の観覧に供することの差止請求(法112条1項)及び原状回復請求(法112条2項)の可否(争点9---Rに係る請求)
原告は,Rが有していた原作品により公に展示する権利に係る専有権を相続したことを前提として,本件原観音像の二次的著作物である本件観音像について,公衆の観覧に供することの差止請求権等が存在すると主張する。
しかし,原告の請求は,以下のとおり失当である。
すなわち,Rは,被告光源寺からの,観音像の制作依頼に対し,これを承諾して,本件原観音像を制作したものである。ところで,観音像は,その性質上,信仰の対象として,拝観者をして観覧させるものであり,このような観音像の本来の目的に照らすならば,Rが,自己が制作した観音像の展示については,一般的,包括的かつ永続的に承諾をした上で,制作したとみるのが自然である。したがって,原告が,Rから相続したと主張する展示権に基づいて,公衆の観覧に供することの差止め及びこれに関連する原状回復を求めることが許される余地はないと解するのが合理的である。
本件観音像は,本件原観音像の眼差しを修正する目的から,頭部を交換したものであり,本件原観音像そのものではないが,前記4の事実経緯等に基づき総合判断するならば,原告の有する展示権に基づく,本件観音像の展示差止めの請求が許されないのは同様である。
6 原告自らの展示権侵害を理由とする損害賠償請求,Rから相続した展示権侵害を理由とする損害賠償請求,遺族としての深い愛着・名誉感情侵害を理由とする損害賠償請求について(争点10)
前記5で述べたとおり,被告光源寺による本件観音像の展示は,許されると解すべきであり,原告の本件原観音像について有する展示権に基づく,被告光源寺に対する本件観音像の展示の差止請求権は存在しない。したがって,原告は,被告光源寺による,本件観音像の展示により,金銭に評価できる損害を被っているということはできない。原告のこの点の請求は,理由がない。
第5 結論
以上のとおりであり,原告の被告らに対する請求は,別紙広告目録記載第1の広告を,同目録記載第2の要領により掲載を求める限度で理由があり,その余の請求は,いずれも理由がない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも理由がない。また,仮執行宣言は相当でないから,これを付さない。