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著作権判例セレクション
【引用】モデル小説中への詩の翻訳引用につき、適法引用を認めなかった事例
▶平成16年05月31日東京地方裁判所[平成14(ワ)26832]
(注) 本件は,A(中華人民共和国厦門市出身の著名な詩人)の相続人である原告らが,被告らに対し,被告Eが被告小説を執筆し被告会社が被告小説を出版等した行為につき,①上記行為がAの有していた本件詩に対する著作権(翻訳権)を侵害すると主張して,著作権に基づく被告小説の印刷,製本,販売及び頒布の差止め並びに不法行為に基づく損害賠償を請求し,②上記行為がAの有していた本件詩に対する著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害すると主張して,著作権法116条に基づく被告小説の印刷,製本,販売及び頒布の差止め,謝罪広告並びに不法行為に基づく損害賠償を請求するとともに,③上記行為がAの名誉を毀損すると主張して,不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。なお,原告らは,我が国における著作権,著作者人格権及び名誉を問題とするものである。
被告Eは,「XO醤男と杏仁女」(「被告小説」)を「F」の名称で執筆し,被告会社は,我が国においてこれを出版した。被告小説は,主人公の視点から一人称で表現されたもので,中国厦門市出身の「私」(司小悦(日本名山本悦子)。以下「小悦」)が同郷の中国人男性「古林」と東京で出会ってから別れるまでの過程を描いたいわゆるモデル小説である。「小悦」は被告Eをモデルとし,「古林」はAの弟であるGをモデルとしている。被告小説中には,本件詩の翻訳文が掲載されているところ,「古林」の兄である「古森」という詩人が本件詩の作者として登場する。
4 争点(1)イ(著作権法32条1項所定の引用に当たるか)について
(1) 公表された著作物を引用して利用することが許容されるためには,その引用が公正な慣行に合致し,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行わなければならない(著作権法32条1項)。そして,ここでいう「引用」とは,自己の著作物中に,他人の著作物の原則として一部を採録するものであり,引用を含む著作物の表現形式上,引用して利用する側の著作物と,引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ,かつ,上記両著作物の間に,前者が主,後者が従の関係があると認められる場合をいうと解すべきである(最高裁昭和55年3月28日第三小法廷判決参照)。
(2) これを本件について見るに,①利用されたのは中国語で書かれた本件詩9編全文であり,これが日本語に翻訳され,利用したのは日本語で書かれたモデル小説であること,②本件詩の翻訳は,表現形式上は,被告小説の本文と区別して行間を開けた上,本文と異なる字体で記載され,被告小説の巻末に,利用された本件詩の出所が明示されているが,本件詩の一部においてはその題号が巻末以外には掲載されていないし,題号が掲載されているものも本文中に記載されており,本件詩と同じ位置に同じ字体で記載されているわけではないこと,③本件詩は,被告小説において,主人公小悦が「南国文学ノート」と題された詩集に収録されている詩を読むという設定の下に小悦の心情を描写するために利用されたものと,本文中には何の出典もなく単に主人公小悦の心情を描写するために利用されたものとがあるが,いずれも本文中のストーリーの一部を構成していること,④被告小説における本件詩の利用目的は,それを批評したり研究したりするためではなく,本文中においてある場面における主人公小悦の心情を描写するためであることは,前記2で認定したとおりである。そして,これらの事情に,当該場面において当該心情を描写するために必ずしも本件詩を利用する以外の方法がないわけではないことを併せ考慮すれば,本件においてその引用が公正な慣行に合致し,かつ,引用の目的上正当な範囲内で行われたものということはできず,被告小説における本件詩の利用は,著作権法32条1項所定の引用に当たるということはできないと解される。
(3) 被告らは,いわゆる「取込型」の場合も,(ア)引用する側の著作物の表現の目的上,他の代替措置によることができないという必然性があること,(イ)必要最小限の引用に止まっていること,(ウ)著作権者に与える経済的な不利益が僅少なものに止まること,の3つの要件を充足すれば,適法な「引用」として認める余地があると主張する。
しかしながら,仮に,上記の各要件を充たせば適法引用に当たると解する余地があるとしても,前記のとおり,被告小説において主人公小悦の心情を表現する手段として必ずしも本件詩を掲載しなければならない必然性があるとはいえない点で,上記(ア)の要件を欠くし,本件詩9編をその全文にわたって掲載したことが必要最小限の引用ということもできないから,上記(イ)の要件も欠く。
よって,被告らの上記主張は理由がない。
(4) 以上によれば,被告らが被告小説において本件詩の翻訳を採録し,被告小説を印刷及び頒布した行為は,Aが有していた著作権(翻訳権)を侵害するものといわざるを得ない。