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著作権判例セレクション
【同一性保持権】モデル小説中への詩の翻訳(誤訳を含む。)引用につき、同一性保持権等の侵害を認定した事例
▶平成16年05月31日東京地方裁判所[平成14(ワ)26832]
(注) 本件は,A(中華人民共和国厦門市出身の著名な詩人)の相続人である原告らが,被告らに対し,被告Eが被告小説を執筆し被告会社が被告小説を出版等した行為につき,①上記行為がAの有していた本件詩に対する著作権(翻訳権)を侵害すると主張して,著作権に基づく被告小説の印刷,製本,販売及び頒布の差止め並びに不法行為に基づく損害賠償を請求し,②上記行為がAの有していた本件詩に対する著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害すると主張して,著作権法116条に基づく被告小説の印刷,製本,販売及び頒布の差止め,謝罪広告並びに不法行為に基づく損害賠償を請求するとともに,③上記行為がAの名誉を毀損すると主張して,不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。なお,原告らは,我が国における著作権,著作者人格権及び名誉を問題とするものである。
被告Eは,「XO醤男と杏仁女」(「被告小説」)を「F」の名称で執筆し,被告会社は,我が国においてこれを出版した。被告小説は,主人公の視点から一人称で表現されたもので,中国厦門市出身の「私」(司小悦(日本名山本悦子)。以下「小悦」)が同郷の中国人男性「古林」と東京で出会ってから別れるまでの過程を描いたいわゆるモデル小説である。「小悦」は被告Eをモデルとし,「古林」はAの弟であるGをモデルとしている。被告小説中には,本件詩の翻訳文が掲載されているところ,「古林」の兄である「古森」という詩人が本件詩の作者として登場する。
1 準拠法について
(略)
2 認定事実
前記争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 当事者
ア Aは,中国厦門市出身の詩人であり,作曲家でもあり,多くの新聞や雑誌に1万点近くの詩,小説,エッセイ等を発表し,出版した著作も多くあり,その作品が「1989 中国杯」全国青年詩大賞コンクールにおいて一等賞を受賞したり,第1回中国福建省優秀作詞一等賞を受賞する等,中国において著名な人物であった。
Aは,平成6年8月,本件詩①ないし⑨を含む121点を収録した詩集「南国文学
徳彪西的月亮」(南国文学ノート ドビュッシの月様。)を中国の鷺江出版社から出版した。上記詩集中の作品の多くは受賞作品であり,上記詩集は,中国厦門市図書館において永久的な所蔵品として陳列されている。
Aは,本件訴訟提起後の平成14年12月31日に死亡し,Aの両親及び子である原告らがその相続人である。
イ Gは,中国厦門市出身であり,Aの弟である。同人は,教育関係の仕事に従事しており,以前東京都中野区において被告Eと同じ職場で働いていたことがあり,また同被告と交際していたことがあった。
ウ 被告Eは,中国厦門市出身の女性であり,東京都中野区においてアパレル関係の仕事に従事している在日中国人である。なお,同被告は日本人の男性と結婚している。
(2) 被告らの行為
被告Eは,同被告とGとの関係を素材として,被告小説を執筆し,被告会社がこれを出版した。被告小説は本体価格1400円で,被告会社は3000部印刷した。
(3) 被告小説の内容等
被告小説は,「プロローグ」「春」「夏」「秋」「冬」「エピローグ」から構成され,合計253頁ある。
被告小説の帯紙には,「中国から来た男と女のちょっと哀しいラブストーリー」との見出しの下に「舞台は東京,上海,北京,杭州,蕪湖,厦門,そして夢の島,鼓浪嶼。現代の日本に生きる中国人のスキャンダラスな恋と冒険の物語。」と記載されている。
被告小説は,被告EとGとの関係を素材としたモデル小説である。すなわち,被告Eは,被告小説において,自らをモデルとした主人公である小悦(日本名山本悦子)を登場させるとともに,Gをモデルとする古林なる人物を登場させているところ,その内容の概略は次のとおりである。
被告小説の主人公は,中国厦門市鼓浪嶼出身の在日中国人企業家小悦であり,小悦は日本で服飾の専門学校を卒業後,就職した商社をリストラされる等の苦労を経て日本においてアパレル会社を設立し,中国と日本で生産・販売関係を結び商売を成功させた。私生活では70歳過ぎの日本人大学教授と結婚し,平凡な生活を送っていた。そんな時,中国厦門市出身の年下の男性古林と知り合い,やがて古林が小悦のオフィスに出入りする等2人は交際するようになった。古林は,理事長の肩書きで日本の地方大学に中国からの留学生を斡旋して,そのリベートで収入を得ていた。古林は,小悦に服や調度品,外国車を買わせたりして金を使わせる等小悦を利用し,小悦は献身を尽くしたが,やがて2人は衝突を繰り返すようになり,古林が上海に帰ることで別れることとなった。その後,小悦は,古林の子を身籠もり,男子を出産したというものである。そして,被告小説の中では,中国厦門市鼓浪嶼出身の古林の兄の古森が,被告小説に引用される本件詩を著作した現代中国詩人として登場する。
(4) 被告小説における古森に関する表現内容
被告小説において,古森に関しては,別紙「古森」に関する表現内容記載の表現がある。
(5) 本件詩の掲載態様
ア 本件詩は,被告小説の9箇所において,合計20頁にわたり,それぞれその全文の翻訳が掲載されている。すなわち,①本件詩①は,5頁から7頁(プロローグ)に,②本件詩②は,31頁から32頁(春)に,③本件詩③は,69頁から70頁(春)に,④本件詩④は,84頁から85頁(夏)に,⑤本件詩⑤は,93頁から94頁(夏)に,⑥本件詩⑥は,131頁から132頁(夏)に,⑦本件詩⑦は,150頁から152頁(夏)に,⑧本件詩⑧は,242頁から243頁(冬)に,⑨本件詩⑨は,252頁から253頁(エピローグ)に,それぞれ掲載されている。
イ 本件詩の翻訳は,本文との間に行間を開け,本文よりやや小さく本文とは異なる字体で記載されている。
ウ 被告小説の末尾には,「本文中引用の詩」について,A著「南国文学『徳彪西的月亮』」(鷺江出版社)よりとして,本件詩の各題号が記載され,その翻訳は被告小説の作者であるFが行ったことが記載されている。
エ 被告小説において,本件詩①ないし⑤は,いずれも主人公の小悦が「南国文学ノート」と題された詩集に収録されている詩を読むという設定の下に主人公の小悦の心情を描写するために使用されており,本文中のストーリーの一部を構成している。本件詩⑦は,「古森の詩」として掲載され,本文中のストーリーの一部を構成している。その余の本件詩⑥,⑧及び⑨は,そのような設定ではなく,本文中には何らの出典等の記載もなく,主人公の小悦の心情を描写し,本文中のストーリーの一部を構成している。
オ 被告小説においては,本件詩①の著者は「私と同郷で厦門鼓浪嶼出身の中国詩人」とされ,本件詩④及び⑦の著者は「古林の兄の古森」とされている。
カ 被告小説において,本件詩②,④,⑥,⑧及び⑨については,題号を省略して利用されている。その余の本件詩①,③,⑤及び⑦については,題号は本文中に記載され,詩と同じ位置に同じ字体で記載されているわけではない。
3 争点(1)ア(Aの許諾の有無)について
被告らは,被告Eが,平成11年6月,中国のA宅において,Aに対して「詩人の本件詩を翻訳して日本人にも紹介したいのですが,よろしいでしょうか。」などと述べたのに対し,Aが,被告Eに対し,「僕にとって夢みたいな話です。Fさんならきっとできるでしょう。どうぞよろしくお願いします。」等と述べたとして,Aから許諾を受けたと主張する。
しかしながら,上記主張を認めるに足りる証拠はなく,かえって,証拠によれば,Aが生前被告小説において本件詩が無断で使用された旨の陳述書を作成していることが認められる。また,仮に,Aと被告Eとの間で上記やりとりがあったとしても,Aの言動は被告Eが本件詩を翻訳したものを日本において紹介することを許諾したにとどまり,それを被告小説に掲載することをも許諾したと認めるに足りない。
よって,被告らの上記主張は理由がない。
4 争点(1)イ(著作権法32条1項所定の引用に当たるか)について
(略)
(4) 以上によれば,被告らが被告小説において本件詩の翻訳を採録し,被告小説を印刷及び頒布した行為は,Aが有していた著作権(翻訳権)を侵害するものといわざるを得ない。
5 争点(2)ア(氏名表示権侵害の成否)について
前記2で認定したとおり,被告小説の本文中においては,本件詩の作者は,「厦門鼓浪嶼出身の中国詩人」ないし「古森」であるとの設定とされているが,他方,被告小説の末尾に出典が明示され,本件詩の著作者がAであることが表示されているのであるから,著作者の氏名を表示していないということはできない。
よって,氏名表示権侵害についての原告らの主張は,理由がない。
6 争点(2)イ(同一性保持権侵害の成否)について
(1) 題号の切除について
ア 被告小説において,本件詩②,④,⑥,⑧及び⑨につき,題号を切除してその全文が使用されていることは,前記2認定のとおりである。著作者は,その題号の同一性を保持する権利を有し,その意に反してその切除その他の改変を受けないものとされているところ(著作権法20条1項),被告Eの上記行為は,本件詩の題号についてAの有していた上記権利を侵害するものといわざるを得ない。
イ 被告らは,本件詩を被告小説の主人公の心情描写に必要な範囲において本件詩を引用したものであり,題号の切除も,かかる目的に照らしやむを得ない改変である(著作権法20条2項4号)と主張する。
しかしながら,著作権法20条2項4号は,同一性保持権による著作者の人格的利益の保護を例外的に制限する規定であり,かつ,同じく改変が許される例外的場合として同項1号ないし3号の規定が存することからすると,同項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に該当するというためには,著作物の性質,利用の目的及び態様に照らし,当該著作物の改変につき,同項1号ないし3号に掲げられた例外的場合と同程度の必要性が存在することを要するものと解される。しかるところ,被告ら主張の事情をもってしても,被告小説において本件詩の題号を切除することにつき,上記のような必要性が存在すると認めることはできない。
したがって,著作権法20条2項4号が定める「やむを得ないと認められる改変」に該当するということはできない。
(2) 翻訳による表現の改変について
ア 前記3認定のとおり,被告Eは,著作者であるAの許諾を得ることなく,本件詩を翻訳したものである。しかも,本件詩の訳文のうち,少なくとも,以下のイないしキの箇所は,客観的にみて誤訳であるか,又は翻訳すべき語を翻訳していないものであるか,若しくは意訳の範囲を超えているものであって,これらはいずれも意に反する改変といわざるを得ないから,本件詩についてAが有していた同一性保持権を侵害するものである。
イ 本件詩①について
(ア) 本件詩①の「女巫」は,「巫女」の意味であるところ,被告小説においてはこれを「婆や」と翻訳しており,これは誤訳であると認められる。
(イ) 本件詩①の「女妖」を被告小説においては「妖怪」と翻訳しているところ,「妖」に「妖怪」の意味があるとしても,「女」の部分を翻訳していない。
ウ 本件詩②について
(ア) 本件詩②の「深藏」を被告小説においては「冬眠した」と翻訳しているところ,「藏」は「隠す,隠れる」の意味であり(大修館書店「新版漢語林」),その対象は「愛」であるから,かかる翻訳は,意訳の範囲内ということはできない。
(イ) 本件詩②の「穿行」は,「通り抜ける」の意味であるにもかかわらず,被告小説においてはこれを「いったりきたり」と翻訳しており,「穿行」にこのような意味があるとは認められないから,かかる翻訳は,意訳の範囲内ということはできない。
エ 本件詩⑤について
(ア) 本件詩⑤の「多」は,「たくさん,多数」の意味であるところ,被告小説においてはこれを「遠い」と翻訳しており,これは誤訳であると認められる。
(イ) 本件詩⑤の「注定」は,「(神や運命によって)定められている,決定される」の意味であるところ,被告小説においては上記「注定」の部分を翻訳していない。
(ウ) 被告小説においては,本件詩⑤の10行目及び13行目の「**」(「あなた」の意)の部分を翻訳していない。
(以下略)
ク 被告らは,上記改変はいずれも著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たると主張する。
しかしながら,上記(1)イに述べたとおり,同項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に該当するというためには,著作物の性質,利用の目的及び態様に照らし,当該著作物の改変につき,同項1号ないし3号に掲げられた例外的場合と同程度の必要性が存在することを要するものと解されるところ,誤訳や翻訳すべきものを翻訳しないことがやむを得ないということができないのは明らかであるし,その余の上記改変も,いずれも翻訳として許される意訳の範囲を超えたものであって,被告小説において本件詩に改変を加えるにつき,上記のような必要性が存在すると認めることはできない。
よって,著作権法20条2項4号が定める「やむを得ないと認められる改変」に該当するということはできない。
(3) 以上のとおり,被告小説は,Aが有していた本件詩についての同一性保持権を侵害するものである。
7 争点(2)ウ(著作権法60条該当性)について
被告らは,被告Eの行為が著作権法60条ただし書のAの意を害しない場合に当たる旨主張する。しかしながら,被告小説における改変が,やむを得ないと認められる改変とはいえないことは,前記6認定のとおりであり,Aの意に反する改変といわざるを得ず,同人の死後社会的事情が変動した等の事情も認められないから,被告らの行為を著作権法60条ただし書所定の場合に当たるということはできない。
8 争点(3)(名誉毀損の成否)について
(1) 被告小説は,A,被告E及びGを素材としたモデル小説である。このようなモデル小説においては,実在の人物を素材としても,不特定多数の読者に小説全体が作者の創造力の生み出した創作で虚構と受け取らせるに至っている場合には実在の人物に対する名誉毀損には当たらないが,不特定多数の読者が登場人物とモデルとを同定することができ,登場人物の記述において,モデルの体験した事実と同じ事実が摘示されており,かつ,不特定多数の読者にとって上記記述がモデルに係わる現実の事実であるか,作者が創作した虚構の事実であるかを明確に区別することができない場合には,小説中の登場人物についての記述が実在の人物に対する名誉毀損となる場合があるものと解される。
(2) 前記2で認定したとおり,「古森」とAとは,詩人であり中国厦門市の出身であることが共通する上,被告小説の巻末に「古森」の詩とされる本文中引用の詩の出所がAの本件詩であることが明示されているから,中国の詩に詳しい読者にとって,「古森」とAとを同定することができる。また,前記2で認定した事実によると,「古林」とGとは,①出身地が中国厦門市である中国人男性であること,②名前が一文字違いであること,③教育関係の仕事に従事していること,④詩人である「古森」又はAの弟であること,⑤「小悦」又は被告Eと交際していたこと等が共通し,「小悦」と被告Eとは,①出身地が中国厦門市である中国人女性であること,②日本人の夫と結婚していること,③東京においてアパレル関係の仕事に従事していること等が共通することが認められ,少なくともGと面識がある読者にとって,「古森」の弟の「古林」とAの弟のGとを同定し得る結果,「古森」とAとを同定することも可能である。
他方,弁論の全趣旨によれば,被告小説には,古森と同棲していた「余景」という女性が登場したり,小悦が男子を身籠もり出産したこと等,虚構の事実が加わっていることが認められる。
しかしながら,被告小説においては,末尾に本文中引用の詩の出所がAの本件詩であることが明示されており,本件詩が「古森」の詩として登場する。そして,被告小説がモデル小説として実在の人物を素材として書かれたものであって,A,Gや被告Eに係る現実と被告Eが創作した虚構の事実が織り交ぜられているため,読者にとって,被告小説全体が作者の創造力の生み出した創作で虚構のものと受け取られることはなく,モデルに係わる現実の事実であるか,被告Eが創作した虚構の事実であるかを明確に区別することが困難なものとなっている。
(3) 被告小説において,別紙「古森」に関する表現内容のうち,少なくとも「アルコール依存症になっていって,普通の生活が出来ないんだ。」,「妻も,一人娘を連れて離縁してしまった。」,「酔った兄貴は,彼の詩と一緒で普通じゃないんだ。悪い癖があってね,酔ってベッドの上に大便をして,その上に寝てしまうんだ。」,「今だって一日でも酒を飲まないと狂ったように暴れまくる。一度,窓ガラスを破って,二階の窓から外に飛び出したことがあるんだ。幸い窓際に木があって一命は取り留めたけど」の部分の記述は,Aの社会的評価を低下させ,Aのプライバシーにわたる事項を表現内容に含むものと解される。
よって,公共の利益に関わらない事実を摘示してAの社会的名誉を低下させる事項を表現内容に含む被告小説の公表により,Aの名誉が毀損されたものといわざるを得ない。
9 差止請求について
以上3ないし6によれば,被告らの被告小説の印刷及び頒布行為は,Aが本件詩について有していた著作権(翻訳権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものである。
本件詩についての著作権は,原告らが相続により取得したから(中華人民共和国相続法3条,10条。甲18),原告らは,著作権法112条に基づき,差止請求権を有する。
他方,本件詩についての著作者人格権は,Aの一身に専属するが(著作権法59条),被告小説の複製及び頒布行為は,故意又は過失により著作者人格権を侵害する行為又は著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為(同法60条)に当たる。そして,同法60条ただし書の場合に当たらないことは,前記7のとおりである。Aに配偶者はいないから,次順位の遺族として,子である原告Dは,著作権法116条,112条に基づき,差止請求権を有する。
なお,差止めについては,被告小説の印刷(複製)及び頒布を対象とすれば十分であり,これに加えて製本を禁じる必要性は認められないし,販売は頒布の一態様であるから(著作権法2条1項19号),頒布と別にこれを禁じる必要はない。
10 損害賠償請求について
(1) 被告らの過失
被告Eは,Aが有していた著作権(翻訳権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害し,同人の名誉を毀損する本件詩を被告小説に掲載した点において,少なくとも過失がある。また,被告会社は,被告Eが本件詩の翻訳を掲載することにつきAの許諾を得ているか否かを確認することなく被告小説を印刷及び頒布した点,また,許諾を得ていない場合に引用といえるか否かについての判断を誤り,被告小説がAの有していた著作者人格権を侵害し又は同人の名誉を毀損するか否か等についての判断を誤った点において,少なくとも過失があるものといわざるを得ない。
そして,被告両名は,共同不法行為責任(民法719条,709条)を負うものと解される。
(2) 著作権侵害による損害
前記のとおり,被告らが被告小説を執筆し,又は印刷,頒布した行為は,Aが有していた著作権(翻訳権)を侵害したものである。
ア 基礎とすべき価格
前記2認定のとおり,被告小説の価格は1400円であるから,これをもって基礎とすべき価格と認める。
イ 部数
前記2で認定した事実によると,被告会社は被告小説を3000部印刷したのであるから,これをもって損害の基礎とすべき部数と認める。
ウ 利用の割合
証拠によると,本件詩の翻訳文が被告小説において掲載されている部分は,前後の余白行を含め,本件詩①は25行,本件詩②は11行,本件詩③は22行,本件詩④は18行,本件詩⑤は19行,本件詩⑥は11行,本件詩⑦は22行,本件詩⑧は13行,本件詩⑨は20行で,合計161行と認められる。
そして,被告小説の1ページは16行であるから,約10ページ分に本件詩が利用されていることになる。被告小説の総ページ数は253ページであるから,利用の割合は約10/253となる。
エ 使用料率
証拠及び弁論の全趣旨によれば,書籍の印税は一般に6ないし15%とされ,10%としているものが多いこと,このうち被告Eと被告会社との間で締結した出版契約では,印税が8%とされたことが認められる。以上の事実に,本件詩が中国で著名な詩人であるAの創作によるものであること等の事実を総合すると,本件詩の使用料率としては,15%と認めるのが相当である。
オ 以上により,Aの損害額は,被告小説の価格に印刷部数,利用の割合及び使用料率をそれぞれ乗じて算出するのが相当であり,これによると,以下のとおり,約2万5000円となる(1000円未満四捨五入)。
1400円×3000部×10/253×15%≒25000円
カ 被告らの主張について
(ア) 被告らは,著作権法114条3項に基づく損害額の算出に際して,被告Eが被告小説の出版により利益を得ていないことを斟酌すべきである旨主張する。
しかしながら,著作権法114条3項に基づく使用料相当損害金の算定において,侵害者が利益を得ているか否かを斟酌する必要はないから,被告らの上記主張は理由がない。
(イ) 被告らは,中国の貨幣価値に基づくライセンス料を斟酌すべきである旨主張する。
平成12年法律第56号による著作権法改正により,改正前の著作権法114条2項から「通常」の文言が削除された趣旨は,既存の使用料の相場等に拘束されることなく,当事者間の具体的な事情を参酌した妥当な損害額の認定を可能にすることにある。本件は,我が国における著作権が問題とされ,我が国における被告小説の出版行為に関するものである。そして,中国に生活の本拠を置くAが我が国における著作権の行使につき受けるべき金額として,上記金額をもって相当と認める。
(ウ) 被告らは,被告EがAから本件詩の使用の許諾を受けていたと認識していたから,著作権法114条4項[注:現5項]により損害額の算定上,斟酌されるべきであると主張する。
しかしながら,被告Eが被告小説に本件詩の翻訳を掲載することについてAの許諾を得ていなかったことは,前記3認定のとおりであり,しかも被告小説に本件詩の翻訳を掲載することについて同人の許諾を得ることが困難な事情はないというべきであるから,被告Eには被告小説に本件詩の翻訳を掲載したことについて重大な過失がなかったということはできない。よって,被告らの上記主張は理由がない。
(3) 著作者人格権侵害による損害
前記6で認定したとおり,本件詩の翻訳を被告小説に掲載する際に題号が切除されるとともに改変され,Aの有していた著作者人格権(同一性保持権)が侵害されたものである。そして,証拠によると,同人は,上記著作者人格権侵害行為により精神的苦痛を受けたものと認められる。
侵害された著作物の内容,著作者人格権侵害の態様,当事者双方の社会的地位その他本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると,Aに対する慰謝料は,30万円が相当である。なお,被告らは,A及び原告らが中国に生活の本拠を置くことを斟酌すべきである旨主張するところ,慰謝料の額は,中国の貨幣価値に連動した額となるわけではなく,上記諸般の事情の1つとして,考慮するにとどめる。
(4) 名誉毀損による損害
前記8で認定したとおり,被告小説の執筆ないし出版により,Aの名誉が毀損されたものである。そして,証拠によると,同人は,上記名誉毀損行為により精神的苦痛を受けたものと認められる。
前記8認定の名誉毀損の態様に加え,被告小説が3000部印刷されたものの2000部以上が在庫として回収され,流通した部数も1000部未満と僅少であること,Aは,中国において著名であるが,日本語で書かれた被告小説が販売されたのは日本国内のみにおいてであり,Aが在住していた中国では販売されていないこと,その他本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると,Aに対する慰謝料は,50万円が相当である。なお,被告らは,A及び原告らが中国に生活の本拠を置くことを斟酌すべきである旨主張するところ,慰謝料の額は,中国の貨幣価値に連動した額となるわけではなく,上記諸般の事情の1つとして,考慮するにとどめる。
(5) 弁護士費用
A及びその訴訟承継人である原告らが,本件訴訟の提起,遂行のために訴訟代理人を選任したことは,当裁判所に顕著であるところ,本件訴訟の事案の性質,内容,審理の経過,認容額等の諸事情を考慮すると,被告らの著作権及び著作者人格権侵害行為並びに名誉毀損行為と相当因果関係のある弁護士費用の額としては,10万円が相当である。
(6) 合計
以上により,Aが被った損害は合計92万5000円となる。
2万5000円+30万円+50万円+10万円=92万5000円
中華人民共和国相続法によれば,相続は被相続人の死亡の時より開始し(2条),遺産は公民の死亡の時に遺留された個人の合法財産であり(3条),相続開始の後は,遺産は第1順位の相続人である配偶者・子女・父母が相続する(10条)。Aは,本件訴訟提起後の平成14年12月31日に死亡し,Aの両親及び子である原告らがその相続人であり,原告らは,上記損害賠償請求権を相続したものと認められる。なお,中華人民共和国相続法において金銭債権が当然に分割承継されるとは解されてはいないから,被告らは,連帯して原告らに対し合計92万5000円を支払うべきである。
11 争点(8)(謝罪広告の要否)について
著作者の死後においては,その遺族は,著作権法116条,115条に基づき,故意又は過失により著作者人格権を侵害する行為又は同法60条の規定に違反する行為をした者に対し,著作者の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができる。もっとも,著作者人格権の侵害となるべき行為をしたことを理由として謝罪広告を請求するには,人が自己自身の人格的価値について有する主観的な感情すなわち名誉感情の毀損では足りず,著作者がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的声望名誉が低下したことを必要とするものと解される(最高裁昭和61年5月30日第二小法廷判決)。
上記6認定のとおり,被告小説において同一性保持権侵害が問題となる部分の侵害行為の態様は,誤訳や,意訳の範囲を超える部分も存するものの,著作者であるAがその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価が低下したといえるような態様のものということはできない。なお,被告小説は,3000部印刷されたものの2000部以上が在庫として回収されており,既に流通しておらず,流通した部数も1000部未満と僅少であること,Aは,中国において著名であるが,日本語で書かれた被告小説が販売されたのは日本国内のみにおいてであり,Aが在住していた中国では販売されていないこと,その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,被告らに対する損害賠償請求を認めた上,更に被告らに謝罪広告を掲載させることまでの必要性も認められない。