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著作権判例セレクション

【言語著作物】インタビューを素材とする文章の著作物性/職務著作の「公表」要件には「将来的に予定される公表」も含まれるか

平成27227日東京地方裁判所[ 平成24()33981]▶平成271224日知的財産高等裁判所[平成27()10046]
() 本件は,原告が,プロ野球球団「読売ジャイアンツ」の終身名誉監督である訴外長嶋茂雄氏(以下「長嶋氏」)が脳梗塞により倒れた平成16年3月以降,原告の社内部署である運動部(「原告運動部」)が集積していた長嶋氏関連の取材メモやインタビューに基づく著作物である原稿(「長嶋氏関連原稿」)として,これを営業秘密として管理していたところ,原告の社員であった被告がこれを不正に取得し,当時被告の知人女性であったBに送付して不正に開示した等と主張して,被告に対し,(1)著作権法に基づく差止等請求として,別紙記載の各原稿に対応する原告保有に係る長嶋氏関連原稿の一部(「本件各原稿」)は,職務著作として著作権法15条1項により原告が著作権を有する著作物であるところ,被告は,本件各原稿の複製物である別紙記載の各原稿を,平成22年12月11日から14日にかけて,元部下であったDから電子メールに添付する方法で送付を受けてそのままBに電子メールで転送し,その際,これを複製して原告が有する著作権(複製権)を侵害したとして,著作権法112条1項に基づきその複製,頒布の差止め(請求の趣旨第1項)と,同条2項に基づき原稿及びこれを記録した媒体等の廃棄(請求の趣旨第4項)を求め,(2)不正競争防止法に基づく差止等請求として,別紙記載の各原稿に記載された各情報(「本件各情報」)は,原告保有に係る長嶋氏関連原稿の一部に関する情報であり,原告の営業秘密(「本件営業秘密」)に当たるところ,被告は,これを原告運動部から不正に入手した上,Bに電子メールで送信して不正に送付したものであり,これは,原告保有に係る本件営業秘密を不正な手段により取得し,これを開示する行為であるから,不競法2条1項4号の不正競争に当たるとして,同法3条1項に基づき本件営業秘密の使用差止め,開示の禁止(請求の趣旨第2項,第3項)と,同条2項に基づき原稿並びに情報を記録した媒体等の廃棄(請求の趣旨第4項。なお,前記著作権法112条2項に基づく請求とは選択的併合)を求め,(3)所有権に基づく動産引渡請求として,被告が別紙記載の原告所有に係る長嶋氏関連原稿(「本件各物件」)を原告に無断で持ち出した上,紙媒体の形で不法に所持しているとして,本件各物件の所有権に基づく返還請求としてその引渡しを求め(請求の趣旨第5項),(4)不法行為に基づく損害賠償請求として,前記被告の各行為は,原告の法的保護に値する利益を違法に侵害する行為であり,不法行為(民法709条)を構成するとして,無形損害1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する最終の不法行為の日(Dからの電子メールをBへ転送した日)である平成22年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(請求の趣旨第6項)事案である。

[注:以下、著作権関係にかかわる論点部分のみを抜粋]
2 争点(1)ア(本件送信原稿1ないし8,同12ないし14及び同16の著作物性の有無)について
(1) 本件各送信原稿の内容は,(証拠)のとおりであることにつき当事者間に争いがなく,原告の記事編集機内の本件各原稿から本件各送信原稿が作成された過程は前記1で認定のとおりであるところ,本件送信原稿9ないし11,同15が著作物に当たることについては当事者間に争いがない。
(2) そこで,本件送信原稿1ないし8,同12ないし14及び同16の著作物性について検討する。
著作権法は,著作権の対象である著作物の意義について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と規定しており,当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる。ここで,「創作的」に表現されたというためには,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく,作者の何らかの個性が表れたものであれば足りるというべきであるが,文章自体がごく短く又は表現の選択の幅に制約があるため他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合には,作者の個性が表れたものとはいえないから,創作的な表現であるということはできない。
他方,インタビューを素材としこれを文章としたものであっても,取り上げる素材の選択,配列や具体的な用語の選択,言い回しその他の表現方法に幅があり,かつその選択された具体的表現が平凡かつありふれた表現ではなく,そこに作者の個性が表れていたり,作成者の評価,批評等の思想,感情が表現されていれば,創作性のある表現として著作物に該当するということができる。
以上の観点から検討するに,本件送信原稿1ないし6は,Dの付した別紙記載1ないし6の表題に内容が要約されているとおり,これらはいずれも長嶋氏の生い立ちからプロ野球選手として活躍し,選手としての引退後も読売ジャイアンツの監督として活動した時期について,本件送信原稿8は「長嶋21世紀の巨人」との表題に示されるとおり,将来にわたる読売ジャイアンツの展望等について,それぞれインタビューを受けた長嶋氏の返答を素材とし,これを一連の文章としたものである。また,本件送信原稿7には「長嶋王さん語る」との表題が付されているが,読売ジャイアンツの同僚選手であった王貞治氏が長嶋氏について語っている部分,監督としての両氏についてのほか,王貞治氏自身について天覧試合での出来事やホームラン一般に関してインタビューを受けた際の王貞治氏の返答を素材とし,これを一連の文章としたものである。これらは,前記1で一部認定した公表済みの同旨の文章と対比しても,また文章自体からしても,インタビューに対する応答をそのまま筆記したものではなく,用語の選択,表現や,文章としてのまとめ方等にそれなりの創意工夫があるものと認められるから,著作物性が認められるというべきである。
また,本件送信原稿12ないし14及び同16については,長嶋氏がメジャーリーグのボンズ選手,柔道家の井上康生氏との対談や,長嶋氏が五輪についてインタビューを受けた内容,長嶋氏が折りにふれ取材記者等に語った内容を文章に表現したものであり,これらについても同様に,前記1で一部認定した公表済みの同旨の文章と対比しても,また文章自体からしても,インタビューに対する応答をそのまま筆記したものではなく,用語の選択,表現や,文章としてのまとめ方等にそれなりの創意工夫があるものと認められるから,これらについても著作物性が認められるというべきである。
以上によれば,本件送信原稿1ないし8,同12ないし14及び同16については,いずれも著作物性が認められる。
(3) この点に関して被告は,本件送信原稿1ないし8,同12ないし14及び同16はいずれもインタビューや発言をそのまま機械的に録音したメモにすぎず,執筆者自身の思想,感情が表現されたものとはいえないから著作物性がないと主張するが,前記(1)(2)のとおり,文章化した執筆者の創意工夫が認められるものであるから,著作物というべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
3 争点(1)イ(本件各送信原稿の職務著作性の有無)について
(1) 本件各送信原稿が,原告の職務著作に当たるかにつき判断する。
前記1で認定した事実によれば,本件各送信原稿の元になった本件記事編集機内の長嶋氏関連原稿である本件各原稿は,D,I,L,Mらの原告運動部員らが,原告の発行する新聞等の記事として掲載することを目的として取材活動を行って入手した情報を文章化したものであり,法人である原告の発意に基づき,その業務に従事する者が職務上作成した著作物であり,職務著作に当たるものと認められる。
そうすると,著作権法15条1項により,本件各原稿の著作者及び著作権者は原告であるということができるから,それと実質的に同一ないし二次的著作物と認められる本件各送信原稿の著作者ないし原著作者は原告であると認めるのが相当である。
(2) 被告は,本件各原稿は原告運動部の部員らが集めた資料的な意味しか持たないものであるから,職務上作成されたものとはいえず,職務著作に当たらない旨主張する。
被告の主張の趣旨は判然としないが,原告運動部の部員らが集めた資料的な意味を有する文書であっても,前記(1)のとおり,これらは職務上作成されたことが明らかな文書であるから,被告の上記主張は採用することができない。
また,被告は,本件各原稿の一部が日本経済新聞社から「私の履歴書」等として公表され,その後単行本化されたこと等から「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」に当たらないとも主張する。
しかし,本件各原稿は,前記(1)のとおり原告運動部の部員らが集めたものであるところ,これにつき日本経済新聞社が公表した「私の履歴書」等に提供するためにされたものとは認められないから,将来的には原告において発行する新聞記事等として発表することを予定して作成されたものとして,「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」に当たるものと解される。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
4 争点(1)ウ(差止請求が認められる要件としての著作権侵害のおそれの有無)について
(1) 被告は,Dから電子メールで送付を受けた本件各送信原稿を複製し,原告とは関係のない全くの第三者であったBに対し電子メールに添付して送信することによって,原告が有する本件各送信原稿についての複製権を侵害していることに照らせば,本件各送信原稿についての複製,頒布の差止めを命ずる必要性が認められるというべきである(主文第1項)。なお,後記6のとおり,被告においては,Dから送付を受けた本件各送信原稿につき,記事編集機内から取得したもので原告においては営業秘密として管理されているものに当たるとの認識を欠くものと解されるところ,Dから送付を受けた本件各送信原稿について,Dらが職務上著作した職務著作物に当たるものであることは被告の経歴等に照らし認識できたことは明らかであるから,複製,頒布の差止めを命ずる必要性について肯定することができるというべきである。
なお,著作権法112条2項は,著作権侵害の行為を組成した物,侵害の行為によって作成された物又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具の廃棄その他の侵害の停止又は予防に必要な措置を請求できると定めるところ,原告の求める請求の趣旨第4項に係る廃棄等請求のうち,「その他一切の媒体」とする部分については,無限定であり廃棄の対象や範囲も明確ではないところ,前記1で認定した事実に照らせば,主文第2項掲記の内容につき差止請求権の実現のため必要な範囲のものと認めることができるから,その限度で認めるのが相当である(主文第2項)。
(2) この点に関して被告は,本件各送信原稿を現在所持しておらず,複製,頒布の差止めの必要性はない旨主張する。
しかし,前記のとおり,被告がBに対し送信した電子メールにおいて,本件各送信原稿を複製して複製権侵害を行っていること,前記1で認定したとおり,被告は本件仮処分執行の後,ワックの事務所,被告の自宅等に巨人軍の書類がない旨を確認したとしていたところ,その後の平成24年8月8日に巨人軍と関連する書類である前記1の各文書をTIFファイル化するなどしており,これら文書が被告の上記確認の後もなぜ存在したのかや,TIFファイル化した経緯について,被告は被告本人尋問の際に明確な供述をしていないことからすると,本件各送信原稿の複製,頒布の差止めを命ずる必要性を否定できないというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
()
9 争点(4)イ(不法行為に基づく損害賠償請求につき,原告の損害の有無及びその額)について
(1) 原告の損害について検討する。
前記1で認定した事実によれば,被告の複製権侵害の不法行為によっては,原告が主張する機密情報漏洩等に基づく無形損害については発生していないものと認められる。
一方,原告は,本件訴訟遂行を訴訟代理人弁護士に委任しているところ,原告の著作権侵害の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用については,前記1で認められる事実経過等に照らせば,30万円であると認められる。
(2) 原告は,無形損害として少なくとも1000万円の損害を被った,仮に損害の算定が困難な場合であっても,昭和39年最判,明治43年大審院判決により,相当な損害額を認定すべきであると主張する。
しかし,被告の本件各送信原稿についての複製権侵害の不法行為については,Bに対し複製物が送信されたにとどまり,送信時点から【5年近く】が経過した口頭弁論終結時点においても,本件各送信原稿について更なる複製等による拡散等がされたものと認めるべき証拠もなく,その他原告の主張する機密情報漏洩等に基づく損害ないしその他無形の損害が発生したとする証拠は何ら存せず,原告に無形損害が発生したこと自体が証拠上認められないものであるから,原告の主張はその前提を欠き,採用することができない。
(3) そうすると,原告の損害賠償請求は,被告に対し30万円及びこれに対する本件著作物の複製権侵害の不法行為の日である平成22年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(主文第3項)。
10 結語
以上によれば,原告の請求は,主文第1項ないし第3項掲記の範囲で理由があるからその限度で認容することとし,その他は理由がないから棄却することとし,仮執行宣言については,主文第1項及び第3項については相当であるので付すこととするが,第2項については相当でないので付さないこととする。

[控訴審同旨]
当裁判所は,当審において控訴人がるる主張立証するところを踏まえても,控訴に係る原審請求及び当審請求は,いずれも棄却すべきものと判断する。