Kaneda Legal Service {top}
著作権判例セレクション
【美術著作物】 標章(商品又は営業の出所を表示するロゴデザイン)の著作物性を否定した事例
▶令和3年12月24日東京地方裁判所[令和2(ワ)19840]▶令和4年9月27日知的財産高等裁判所[令和4(ネ)10011]
1 争点1(原告標章の著作物性の有無)について
⑴ 著作物性について
【著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項1号)。そして、商品又は営業の出所を表示するものとして文字から構成される標章は、商品又は営業の出所を示すという実用的な目的で作出され、使用されるものであり、その保護は、商標法又は不正競争防止法により図られるべきものである。文字からなる商標の中には、外観や見栄えの良さに配慮して、文字の形や配列に工夫をしたものもあるが、それらは、文字として認識され、かつ出所を表示するものとして、見る者にどのように訴えかけるか、すなわち標章としての機能を発揮させるためにどのように構成することが適切かという実用目的のためにそのような工夫がされているものであるから、通常は、美的鑑賞の対象となるような思想又は感情の創作性が発揮されているものとは認められない。商品又は営業の出所を表示するものとして文字から構成される標章が著作物に該当する場合があり得るとしても、それは、商標法などの標識法で保護されるべき自他商品・役務識別機能を超えた顕著な特徴を有するといった独創性を備え、かつそれ自体が、識別機能という実用性の面を離れて客観的、外形的に純粋美術と同視し得る程度の美的鑑賞の対象となり得る創作性を備えなければならないというべきである。】
これを本件についてみると,別紙の記載によれば,原告標章は,一般的なセリフフォントを使用して,大きな文字で原告の商号をローマ字で表記した「ANOWA」の語を「ANO」及び「WA」の上下2行に分け,「A」の右下と「N」の左下のセリフ部分が接続し「W」の中央部分が交差するよう配置した上,その行間(文字高さの3分の1)には,小さな文字で,英単語「SPACE」(空間),「DESIGN」(デザイン),「PROJECT」(プロジェクト)の3語を1行に配置し,その全体を9対7の横長の範囲に収めたロゴタイプであると認めることができる。
上記認定事実によれば,原告標章は,文字配置の特徴等を十分考慮しても,欧文フォントのデザインとしてそれ自体特徴を有するものとはいえず,原告の商号を表示する文字に業務に関連する単語を添えて,これらを特定の縦横比に配置したものにすぎないことが認められる。そうすると,原告標章は,出所を表示するという実用目的で使用される域を出ないというべきであり,それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情を認めることはできない。
【商標法などの標識法で保護されるべき自他商品・役務識別機能を超えた顕著な特徴を有するといった独創性を備え、かつそれ自体が、識別機能という実用性の面を離れて客観的、外形的に純粋美術と同視し得る程度の美的鑑賞の対象となり得る創作性を備えるものとは認められないから、著作権法により保護されるべき著作物に該当するとは認められない。】
(2)
原告の主張に対する判断
ア 原告は,実用品に使用されるデザインであっても,不正競争防止法2条1項3号にいう「商品の形態」として保護される場合との均衡を考えた保護を与えるべきであると主張する。しかしながら,不正競争防止法は,事業者間の公正な競争などを確保し,国民経済の健全な発展に寄与することを目的とするのに対し,著作権法は,文化的所産の公正な利用に留意しつつ,文化の発展に寄与することを目的とするものであって,不正競争防止法と著作権法とは,その趣旨,目的を異にするものである。そうすると,不正競争防止法との均衡を考慮すべき旨の原告の主張は,著作権法の趣旨,目的を正解するものとはいえず,前記判断を左右するに至らない。
イ 原告は,原告標章の「ANOWA」というアルファベット5文字を選定したことに創作性があると主張する。しかしながら,「ANOWA」は,原告の商号のローマ字表記であり,我が国では営業表示をローマ字で記載することは一般的に行われているのであるから,原告の主張は,文字の組合せのアイデアを保護すべきことをいうものに帰し,著作権法で保護されるべき法益をいうものとはいえない。
ウ 原告は,原告標章には,多様に選択し得る文字の配列や文字の比率の中から,安定感がある配置が採用されているなどと主張する。しかしながら,原告標章に採用された単語の配置や文字の比率によって,一定の安定感が生じているとしても,その安定感は,ロゴタイプという実用目的に資するのを超えて,それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
エ 原告は,原告標章の文字の配置や比率によって,「ANOWA」の部分が強調され,原告の事業がアピールされるとともに,均整のある美観を生じさせていると主張する。しかしながら,原告標章から原告の商号や事業がアピールされたとしても,標章としての実用目的に資するにすぎず,文字の配置や比率も,ロゴタイプのデザインとしては,ありふれたものといえるから,それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
オ 原告は,原告標章がV字型(逆三角形)の下方をカットしたような構図を採用することにより,躍動感を感じさせる美観を生じさせているなどと主張する。しかしながら,原告が指摘する構図は,「ANOWA」の文字を2行に分け,中央寄せした配置とする場合に自然に生じるものにすぎず,それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。
カ そのほかに,原告提出に係る準備書面を改めて検討しても,原告の主張は,上記にいう美的創作性の該当性につき独自の見解に立って主張するものにすぎず,いずれも採用することができない。
そうすると,その余の点(争点2及び3)について判断するまでもなく,原告の請求のうち,著作権侵害及び著作者人格権侵害に係る部分は,いずれも理由がない。
[控訴審]
1 争点1(控訴人標章の著作物性の有無)について
⑴ 争点1(控訴人標章の著作物性の有無)についての判断は、次のとおり補正し、後記⑵のとおり当審における補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決に記載のとおりであるから、これを引用する。
(略)
⑵ 当審における控訴人の補充主張に対する判断
ア 控訴人は、Bは、控訴人標章に、単なるロゴタイプ・デザインを超えた美の表現・印象を強く感じ、ウェブでの被控訴人商品の販売に利用したいと考えて控訴人標章を模倣したものであり、このことからしても、控訴人標章には個性があり著作物性があると主張する。
しかし、Bは、被控訴人商品に関する事業を実施するに当たり、同事業に対するBの様々な意図や願望を込め、禅宗の僧侶等にも相談するなどして「アノワ」という語を含む被控訴人商号を考案して商号変更し、さらにそのローマ字表記である「ANOWA」を含む被控訴人商品の名称(「ANOWA41」)を考案したものと認められ、控訴人標章を被控訴人商品に使用するために、被控訴人の商号を、控訴人標章の「ANOWA」の読みである「アノワ」とし、ドメイン名を「ANOWA」を含む「ANOWA41」としたものであることを認めるに足りる証拠はない。
したがって、Bが控訴人標章を模倣したと認めることはできず、控訴人の上記主張は、その前提を欠き、採用することはできない。
イ 控訴人は、不正競争防止法によればTシャツの柄は保護の対象となるから、デザインも保護すべきであり、著作権法によってもデザインを保護すべきであると主張する。
しかし、Tシャツの柄が不正競争防止法による保護の対象となる場合があるとしても、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから、著作権法によって当然にデザインの全てが保護されるべきであるとはいえないし、標章は、Tシャツのデザインと性質を異にするものであるから、控訴人の上記主張に基づいて、控訴人標章が著作権法により保護されるということはできない。
ウ 控訴人は、控訴人標章は、文字を用いるものであるが、控訴人のロゴタイプとしての利用を目的としてデザインされたものであり、控訴人の商号と一致するアルファベットを強調していること、文字は誰でも使用できるものであるから文字を強調するロゴタイプ・デザインは全て著作物とはなりえないとする合理的理由はないことを主張する。
しかし、控訴人標章は、標章としての機能を発揮させるためにどのように構成することが適切かという実用目的のために工夫がされているものであり、美的鑑賞の対象となるような思想又は感情の創作性が発揮されているものとは認められないから、美術その他の範囲に属する著作物には該当しないものというべきであり、控訴人の上記主張を採用することはできない。
エ 控訴人は、控訴人標章はポスターと等価値であり、著作権法制定当時、ポスターは著作物又は著作物の複製として扱われるというのが著作権法の解釈であったから、控訴人標章も著作権法上保護されるべきであると主張する。
しかし、控訴人標章は、商品又は営業の出所を表示する標章であり、商標法や不正競争防止法の保護の対象となる余地があり得るとしても、ポスターと等価値であるとはいえないから、控訴人の上記主張は、採用することができない。
オ 控訴人は、控訴人標章が一品制作の図又は絵であるとしたら創作性のあることは議論の余地がなく、漫画の特徴的な表現を含む一こまを模倣しても著作権侵害となるのに、ロゴタイプ・デザイン(量産品の原画)であるが故に著作権法の保護の対象とならない、あるいは高度の創作性がなければ著作権法の保護の対象とならないというのは、著作権法上の著作物の定義に反すると主張する。
しかし、控訴人標章は、商品又は営業の出所を表示する標章であり、商標法や不正競争防止法の保護の対象となる余地があり得るとしても、一品制作の図又は絵や漫画とは性質を異にするから、控訴人の上記主張は、採用することができない。