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著作権判例セレクション
【言語著作物】「平穏に日常生活を送る利益」の侵害を認めなかった事例/将棋のルール・マナーの説明の著作物性が問題となった事例
▶令和4年9月28日東京地方裁判所[令和3(ワ)30051]▶令和5年3月16日知的財産高等裁判所[令和4(ネ)10103]
(注) 本件は、原告が、被告に対し、被告が放送したテレビ番組「将棋フォーカス」(「本件番組」)のコーナー「初心者必見!対局マナー」(「本件コーナー」)におけるナレーション及び字幕(「本件ナレーション等」)が、原告が管理運営するウェブサイト「B」(「原告ウェブサイト」)における文章(「原告文章」)に類似しており、これにより原告の人格権が侵害されたと主張して、民法709条に基づき、慰謝料相当額等所定の金員の支払を求めた事案である。
1 争点1(本件番組の放送により原告の人格権が侵害されたか)について
(1) 原告は、被告によって、原告文章を無断転載して制作した本件番組が放送されたことにより、原告の名誉が毀損される可能性が生じて、原告の平穏な日常を阻害され、原告が、これに対応するために金銭的及び時間的な負担を負い、精神的苦痛を被り、人格権が侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償を請求するものと理解することができる。そこで、この理解を前提に、被告による本件番組の放送が原告の「権利又は法律上保護される利益を侵害した」(民法709条)といえるか否かについて検討する。
前記前提事実のとおり、被告が原告文章に依拠して本件ナレーション等を作成した結果、本件ナレーション等は、原告文章と類似しており、原告文章中の「以下省略」といった比較的特徴のある表現についてもほぼ同じ内容となっている。そして、被告が、本件番組において本件ナレーション等を流すことについて、原告から事前の了解を得ていたことや、本件番組を放送するに当たり、原告文章が掲載されている原告ウェブサイトを参照した旨を表示したことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告の上記行為は、公共の放送事業者として不適切なものであったといわざるを得ない。
また、原告が主張するように、原告ウェブサイト中の文章は、分かりやすく面白いものとなるように配慮され、独自性を有していると評価し得ることや、被告が放送法で定められた公共の放送事業者であることからすると、本件番組を視聴した者が、原告文章を見たとき、被告が無断転載をするはずがないと考えて、むしろ原告ウェブサイトの方が無断転載をしていると疑う可能性を否定することはできない。
しかし、前記前提事実のとおり、被告は、本件番組が放送された4日後には、本件番組に係るウェブサイトにおいて、本件ナレーション等が既存の文章をほぼ転載したものであることを謝罪する旨の文章を掲載しており、これは、上記のような誤解が生じることを防止し得る措置であるといえる。そして、本件全証拠によっても、実際に、上記のような誤解が広まったとは認められない。しかも、名誉毀損が成立するためには、人の社会的評価を低下させる事実を摘示することが必要であるところ、将棋の対局マナーについて述べた本件ナレーション等において、原告の社会的評価を低下させる事実が摘示されたとは認められない。そうすると、原告の主張する名誉毀損の可能性については、いまだ抽象的なものにとどまるものといわざるを得ない。
また、原告の主張に係る平穏に日常生活を送る利益について、上記のとおり、原告の懸念する誤解が実際に広まったとは認められず、原告の名誉が毀損される可能性も抽象的なものに留まることに照らせば、被告に対する損害賠償請求を可能とする程度に、原告の平穏な日常生活が害されたということはできず、不法行為の成立要件である「権利又は法律上保護される利益」の「侵害」を認めることはできないというべきである。
なお、被告が原告文章と類似する本件ナレーション等を含む本件番組を放送したことが原告の権利を侵害するかは、本来、原告文章に著作物性が認められ、原告文章に係る原告の著作権又は著作者人格権が侵害されたと認められるかという観点から検討すべきであるということができる。しかし、原告は、本件訴訟において、著作権及び著作者人格権が侵害されたことを主張しないとしていることから、その要件についての具体的な主張立証がされていないため、著作権侵害及び著作者人格権侵害の事実を認めることはできない。
(2) 以上によれば、本件番組の放送により、原告の人格権が侵害されたとは認められず、また、原告文章に係る原告のそのほかの権利が侵害されたと認めることもできないというべきである。
[控訴審]
(注) 原審は、名誉棄損の可能性については抽象的なものにとどまり、損害賠償請求を可能とする程度に控訴人の平穏な日常生活が害されたということはできず、不法行為の成立要件である「権利又は法律上保護される利益」の「侵害」を認めることはできないとして、控訴人の請求を棄却した。これを不服として、控訴人が控訴を提起した。
控訴審において、控訴人は、上記人格権侵害の不法行為に基づく請求を著作者人格権(氏名表示権)侵害の不法行為に基づく請求に交換的に変更するとともに、著作権(公衆送信権)侵害の不法行為に基づくものとして、損害賠償金500円及びこれに対する不法行為の日である令和3年5月30日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払請求を追加した。
1 争点1(原告文章の著作物性並びに原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)の侵害の有無)について
(1) 著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号)、思想、感情若しくはアイデア、事実など表現それ自体ではないものや、表現ではあっても表現上の創作性がないものについて、著作権法による保護は及ばない。そして、表現上の創作性があるというためには、作成者の何らかの個性が表現として現れていることを要し、表現が平凡かつありふれたものである場合は、これに当たらないというべきである。
(2) 原告文章1について
ア 原告文章1は、将棋の対局の際に座る場所に関し、将棋道場などの場合と和室で指導対局を受けるような場合を分け、前者の場合には、座る場所について余り気にする必要はない一方で、後者の場合には、上位者が上座に座ることなどを説明するものであるところ、座る場所について説明することや、それに当たり上記のように場合分けをして説明すること自体は、アイデアにすぎない。また、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって、当該内容自体から創作性を認めることはできず、その表現についても、ありふれたものといえ、控訴人の何らかの個性が表現として現れているものとは直ちに認め難い。
また、上記の点をおくとしても、本件ナレーション等のうち原告文章1に対応する部分は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、原告文章1と重なり合うものにすぎない。
したがって、原告文章1について、本件番組の放送により控訴人の著作権(公衆送信権)又は著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたものとは認められない。
イ 控訴人は、座る場所をあえてマナー情報に含めて記載しているという選択における独自性を主張するが、上位者が上座、下位者が下座に座るといった点をマナーに関する情報として記載することに独自性は認められない。また、控訴人は、座る場所についてプロ棋士の対局とアマチュア同士の対局において違いがあることや、原告文章1では、まず勘違いを防いだ上で具体的な行動まで端的に記述していることなどを主張するが、それらの点が創作性に係る前記アの判断を直ちに左右するものとはいい難く、また、それらの点は本件ナレーション等には含まれていないから、いずれにせよ、権利侵害がないとの前記アの認定判断は左右されない。
(3) 原告文章2について
ア 原告文章2は、将棋の駒の準備や片付けに関して説明するものであるところ、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって、当該内容自体から創作性を認めることはできない。
もっとも、「「雑用は喜んで!」とばかりに下位者が手を出さないようにしましょう。」という部分については、控訴人自身の経験に基づき、初心者等が陥りがちな誤りを指摘するため、広く一般に目下の者が「雑用」を率先して行うに当たっての心構えを示したものといい得る表現を選択し、これを簡潔な形で用いた上で、しかし、逆に、将棋の駒の準備や片付けに関してはこれが当てはまらないことを述べることで、将棋の初心者にも分かりやすく、かつ、印象に残りやすい形で伝えるものといえる。この点、本件番組の制作時に参考にした書籍やウェブサイトである被控訴人が当審において提出した証拠のうち駒の準備や片付けについて記載されたものにも、類似の表現は見受けられない。したがって、上記部分は、特徴的な言い回しとして、控訴人の個性が表現として現れた創作性のあるものということができ、著作物性を有するというべきである。これに対し、原告文章2のうちその他の部分における表現は、ありふれたものといえ、控訴人の何らかの個性が表現として現れているものとは認められない。
そして、本件ナレーション等のうち原告文章2に対応する部分においては、正に上記のとおり創作性のある部分が、感嘆符の有無と「下位者が」を「下位の者は」と変更する点を除くと一言一句そのままの形で使用されている。
したがって、被控訴人は、原告文章2のうち創作性のある部分について、控訴人の許諾を得ることなく、また、その著作者名を表示することもなく、これを含む本件ナレーション等を本件番組で放送したことにより、控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害したものと認められる。
イ 被控訴人は、「雑用は喜んで!」という表現は、一般社会においても一般的に用いられるありふれたものであるなどと主張するが、駒の準備や片付けは上位者が行うという将棋のルールを踏まえると、それらは将棋の対局において「雑用」とはいえないものである。そのようなものについて、あえて「雑用は喜んで!」との表現を用いた上で、かつ、逆説的に説明するという特徴的な言い回しをしたという点に、控訴人の個性が現れているということができる。前記アの認定判断に反する被控訴人の主張は採用できない。
(4) 原告文章3について
ア 原告文章3は、王将と玉将の使用者やその順序等について説明するものであるところ、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって、当該内容自体から創作性を認めることはできず、その表現についても、ありふれたものといえる。
したがって、その余の点について検討するまでもなく、原告文章3について、本件番組の放送により控訴人の著作権(公衆送信権)又は著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたものとは認められない。
イ 控訴人は、一切の過不足がない端的な表現を用いていることや、原告文章3が原告文章1、2及び5等との一連の流れの中にあることなどを主張するが、いずれも前記アの認定判断を左右するものとはいえない。
(5) 原告文章4について
ア 原告文章4は、持ち駒の並べ方について説明するものであるところ、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって、当該内容自体から創作性を認めることはできず、その表現についても、ありふれたものというべきである。
したがって、その余の点について検討するまでもなく、原告文章4について、本件番組の放送により控訴人の著作権(公衆送信権)又は著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたものとは認められない。
イ 控訴人は、一切の過不足がない端的な表現を用いていることや、原告文章4が原告文章1、2及び5等との一連の流れの中にあることなどを主張するが、いずれも前記アの認定判断を左右するものとはいえない。また、控訴人は、原告文章4と本件ナレーション等との間で、「ぐちゃぐちゃに置く」、「裏返す」、「重ねる」という順番が完全に一致していることを主張するが、その点も前記アの認定判断に影響する事情であるとはいえない。
(6) 原告文章5について
ア 原告文章5は、将棋の「待った」について説明するものであるところ、その記載内容は、いずれも将棋のルール又はマナーであって、当該内容自体から創作性を認めることはできない。
もっとも、「着手した後に「あっ、間違えた!」「ちょっと待てよ・・・」などと思っても、勝手に駒を戻してはいけません。」という部分については、将棋を指す者が抱き得る感情を分かりやすく簡潔に表現することで、将棋の初心者にも印象に残りやすい形で伝えるものといえる。この点、当審提出証拠のうち「待った」について記載されたものの中に、類似の表現はほとんど見受けられず、唯一、「仮に駒から手を離した瞬間に「あ、間違っている」と気づいたとしても」という類似の表現が用いられているものはあるが、原告文章5は、控訴人自身の経験に基づき、感嘆符等の記号を用いるほか、「あっ、間違えた!」という語と「ちょっと待てよ・・・」という語を続けてたたみかけることで、将棋を指す者が抱き得る感情とルール又はマナーとしての将棋の「待った」をより生き生きと分かりやすく、かつ、印象深く表現するものといえる。したがって、上記部分は、控訴人の個性が表現として現れた創作性のあるものということができ、著作物性を有するというべきである。これに対し、原告文章5のうちその他の部分における表現は、ありふれたものといえ、控訴人の何らかの個性が表現として現れているものとは認められない。
そして、本件ナレーション等のうち原告文章5に対応する部分においては、正に上記のとおり創作性のある部分が、感嘆符及び「・・・」の有無等の点を除き、ほぼそのままの形で使用されている。
したがって、被控訴人は、原告文章5のうち創作性のある部分について、控訴人の許諾を得ることなく、また、その著作者名を表示することもなく、これを含む本件ナレーション等を本件番組で放送したことにより、控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害したものと認められる。
イ 前記アの認定判断に反する被控訴人の主張は、いずれも採用することができない。
(7) まとめ
以上によると、被控訴人は、原告文章2及び5のうち創作性のある部分について、控訴人の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害したものと認められるところ、被控訴人は、一般人に分かりやすい説明文であるとして、原告ウェブサイトに掲載されていた原告文章2及び5の上記部分を含め、特に選択して使用したものと認められるから、控訴人の上記各権利を侵害することについて、被控訴人には、少なくとも過失があったといえる。
したがって、被控訴人は、控訴人の上記各権利の侵害について損害賠償責任を負うというべきである。
2 争点2(損害の発生の有無及びその数額)について
(1) 本件番組放送後の経緯に係る認定事実
(略)
(2) 損害額について
ア 著作権(氏名表示権)侵害による慰謝料相当額について
前記1において原告文章2及び5の創作性に関して指摘した点に加え、本件番組が全国放送されたものであること、被控訴人においては、公共の放送事業者であるにもかかわらず、原告文章2及び5の創作性のある部分をほぼそのままの形で使用したもので、それらの部分の使用に係る客観的及び主観的態様は悪質と評価されても仕方のないところであることなどを考慮すると、他方で、本件番組放送後の被控訴人の対応によって氏名表示権の侵害については一定の範囲で回復が図られているとみることができること等、前記(1)で認定した本件番組放送後の経緯を斟酌しても、著作者人格権(氏名表示権)侵害により控訴人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、5万円を認めるのが相当である。
なお、前記(1)で認定した経緯に関し、原告ウェブサイトへのリンクを張ることができないという被控訴人の対応については、被控訴人の立場を踏まえた判断として尊重されるべきものと解されるが、他方で、自己の権利を侵害された控訴人が、自ら考える原状回復の手段として、原告ウェブサイトへのリンクを張るよう求め続けたことをもって、上記慰謝料請求権が存在しなくなるほどのものとまではいえず、原告ウェブサイトへのリンクに係る交渉が平行線をたどった結果として、控訴人が被控訴人に対して損害賠償をすることを決断し、本件訴訟に至ったという前記一連の経緯にも照らし、控訴人に支払われるべき慰謝料相当額を前記金額と認めるのが相当である。
イ 公衆送信権侵害に係る財産的損害
前記1において原告文章2及び5の創作性に関して指摘した点や前記(1)の本件番組放送後の控訴人と被控訴人間の交渉の経過等からすると、原告文章2及び5のうち創作性がある部分の文字数等を考慮しても、被控訴人の権利侵害行為によって控訴人に500円の財産的損害が生じたことは、容易に認められる。
ウ その他の積極損害
前記(1)の認定事実のほか、証拠及び弁論の全趣旨によると、被控訴人の権利侵害行為によって、控訴人は、弁護士への相談費用やそのための交通費、封筒代や切手代等を支出したと認められるところ、本件が著作者人格権侵害に係るものであってその対応に法的な専門的知識が必要とされる程度は相応に高かったといえることなどを考慮すると、上記支出に係る損害として5000円を認めるのが相当である。
第4 結論
よって、控訴人の当審における著作者人格権(氏名表示権)侵害に基づく16万5000円及びこれに対する遅延損害金の請求は、5万5000円及びこれに対する遅延損害金を請求する範囲で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、また、控訴人の当審における著作権(公衆送信権)侵害に基づく500円及びこれに対する遅延損害金の追加請求は、理由があるから、これを認容し、なお、原判決は、控訴人の当審における訴えの交換的変更により、当然にその効力を失っているから(それゆえ、原審における訴訟費用は当審の判断対象とならない。)、その旨を明らかにすることとして、主文のとおり判決する。