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著作権判例セレクション

【言語著作物】キャッチフレーズの著作物性を否定した事例

平成27320日東京地方裁判所 [平成26()21237]▶平成271110日知的財産高等裁判所[平成27()10049]
() 本件は,原告が,被告による各キャッチフレーズ(「被告キャッチフレーズ」)の複製,公衆送信,複製物の頒布は,原告の各キャッチフレーズ(「原告キャッチフレーズ」)の著作権侵害(なお,原告は,侵害に係る支分権を明らかにしていない。)又は不正競争を構成すると主張して,被告に対し,被告キャッチフレーズの複製,公衆送信,複製物の頒布の差止めを求めるとともに,不法行為(著作権侵害行為,不正競争行為又は一般不法行為)に基づく損害賠償金等の支払を求めた事案である。

1 争点1(著作権侵害の成否)について
(1) 著作物性
ア 著作物といえるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることが必要である(著作権法2条1項柱書き)。「創作的に表現したもの」というためには,当該作品が,厳密な意味で,独創性の発揮されたものであることまでは求められないが,作成者の何らかの個性が表現されたものであることが必要である。文章表現による作品において,ごく短かく,又は表現に制約があって,他の表現が想定できない場合や,表現が平凡でありふれたものである場合には,作成者の個性が現れていないものとして,創作的に表現したものということはできない。
イ 原告キャッチフレーズ1は,「音楽を聞くように英語を聞き流すだけ/英語がどんどん好きになる」というものであり,17文字の第1文と12文字の第2文からなるものであるが,いずれもありふれた言葉の組合せであり,それぞれの文章を単独で見ても,2文の組合せとしてみても,平凡かつありふれた表現というほかなく,作成者の思想・感情を創作的に表現したものとは認められない。
ウ 原告キャッチフレーズ2は,「ある日突然,英語が口から飛び出した!」というもの,原告キャッチフレーズ3は,「ある日突然,英語が口から飛び出した」というものであるが,17文字(原告キャッチフレーズ3)あるいはそれに感嘆符を加えた18文字(原告キャッチフレーズ2)のごく短い文章であり,表現としても平凡かつありふれた表現というべきであって,作成者の思想・感情を創作的に表現したものとは認められない。
(2) 以上によれば,原告キャッチフレーズには著作物性が認められないから,その余の点について判断するまでもなく,原告の著作権に基づく請求は認められない。
2 争点2(不正競争の成否)について
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3 争点3(一般不法行為の成否)について
(1) 著作権法は,著作物の利用について,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに,その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で,著作権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,独占的な権利の及ぶ範囲,限界を明らかにしている。また,不正競争防止法も,事業者間の公正な競争等を確保するため不正競争の発生原因,内容,範囲等を定め,周知商品等表示について混同を惹起する行為の限界を明らかにしている。ある行為が著作権侵害や不正競争に該当しないものである場合,当該作品を独占的に利用する権利は,原則として法的保護の対象とはならないものと解される。したがって,著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする著作物や周知商品等表示の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成23年12月8日判決[北朝鮮映画事件],知財高裁平成24年8月8日判決[釣りゲーム事件])。
(2) この点,原告は,原告キャッチフレーズは多大の労力,費用をかけ,相応の苦労・工夫により作成されたものであって,法的に保護されるべき利益を有すると主張する。
しかし,【著作権法や不正競争防止法は,著作行為や営業行為には労力や費用を要することを前提としつつ,あえてその行為及び成果物のすべてを保護対象とはしていないから,控訴人が指摘するように,キャッチフレーズに労力や費用を要するというだけでは】,被告による被告キャッチフレーズの使用に,著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護される利益を侵害するなどの特段の事情があると認めることはできない。
(3) したがって,原告の一般不法行為に基づく請求は認められない。
4 結論
以上によれば,本件請求はいずれも理由がない。

[控訴審]
1 当裁判所は,当審における追加主張及び追加立証を踏まえても,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は棄却されるべきものと判断する。
その理由は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決…に記載のとおりであるから,これを引用する。
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2 当審における当事者の主張に対する判断
(1) 控訴人は,創作性の問題の本質は長さの点になく,創作者の何らかの個性が現れていれば足りるし,短い表現であっても,選択の幅が狭いとはいえない以上,控訴人キャッチフレーズ2について,著作物性が肯定されるべきである,控訴人キャッチフレーズ2は,五七調の利用や人物を主語としない表現という意味で,需要者に強く印象を与えるものであり,従業員が試行錯誤して完成させた,他の英会話教材の宣伝文句にはない,独自のものである旨主張する。
しかしながら,許容される表現の長さによって,個性の表れと評価できる部分の分量は異なるし,選択できる表現の幅もまた異なることは自明である。特に,広告におけるキャッチフレーズのように,商品や業務等を的確に宣伝することが大前提となる上,紙面,画面の制約等から簡潔な表現が求められ,必然的に字数制限を伴う場合は,そのような大前提や制限がない場合と比較すると,一般的に,個性の表れと評価できる部分の分量は少なくなるし,その表現の幅は小さなものとならざるを得ない。さらに,その具体的な字数制限が,控訴人キャッチフレーズ2のように,20字前後であれば,その表現の幅はかなり小さなものとなる。そして,アイデアや事実を保護する必要性がないことからすると,他の表現の選択肢が残されているからといって,常に創作性が肯定されるべきではない。すなわち,キャッチフレーズのような宣伝広告文言の著作物性の判断においては,個性の有無を問題にするとしても,他の表現の選択肢がそれほど多くなく,個性が表れる余地が小さい場合には,創作性が否定される場合があるというべきである。
本件において,控訴人商品は,リスニングを中心にすえた英会話教材中,集中して聞き入るという方法ではなく,聞き流す方法を採用した教材であり,控訴人キャッチフレーズ2は,控訴人商品を英会話教材として利用した場合に,自然に流暢に英語を話すことができるようになるという効果があることを謳ったものであるが,その使用方法や効果自体は,事実であるし,消費者に印象を与えるための五七調風の語調の利用や,商品を主語とした表現の採用自体は,アイデアにすぎない。また,劇的に学習効果が現れる印象を与えるための「ある日突然」という語句の組合せの利用や,ダイナミックな印象を与えるための「飛び出した」という語句の利用に関しても,上記アイデアを表現する上で一定の副詞や動詞を使用することは不可欠であるから,他の表現の選択肢はそれほど多くないといわざるを得ない。現に,同様のアイデアを表現する上で,控訴人自身が過去に採用したキャッチフレーズにおいて,「・・・英語が口から飛び出す!」,「ある日突然,・・・(英語が話せてびっくりした!)」,「ある日突然,・・・(自然と英語が口をついて出てくる!)」,「ある日突然,英語が口から飛び出して」,「・・・突然,英語が口から飛び出す」という控訴人キャッチフレーズ2と共通する部分が存在する。また,キャッチフレーズではないが,控訴人キャッチフレーズ2の公表後に発表された英会話の上達方法に関するウェブサイトにおいて,無意識に自然と流暢に英語を話せるようになるという劇的な効果を説明するために,「ある日突然に,・・・口から飛び出る」,「ある日突然,・・・英語のフレーズが口から飛び出してきます。」,「ある日突然「するっと英語が話せる」ようになった」といった語句が使用され,控訴人キャッチフレーズ2と同じ副詞や動詞が選択されているのであって,これらは,控訴人商品と同様の学習効果を表現する上で,他の表現の選択肢が限られていることをうかがわせるものである。このような意味において,控訴人キャッチフレーズ2における語句の選択は,ありふれたものということができる。
したがって,控訴人キャッチフレーズ2に著作物性が認められないとした原判決の判断に,誤りはないというべきである。
(2) したがって,被控訴人キャッチフレーズ3の類似性,依拠性を判断するまでもなく,控訴人の請求は理由がない。