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著作権判例セレクション

【二次的著作物】 原画へ「着色」し直したものの二次的著作物性を否定した事例

▶平成211022日大阪地方裁判所[平成19()15259]
() 本件は、原告が,文化社版につき,共同著作権(もしくは,二次的著作物に対する著作権)を有するとした上で,被告らが,文化社出版物の販売,頒布することにより,原告の著作権を侵害するとして,被告らに対し,その差止を求めるとともに,文化社出版物の販売による損害賠償等の支払いなどを求めた事案である。
(前提事実)
〇本件原画の作成経緯
P4は,昭和54年生まれの小学生であり,平成3年秋ころから,地球環境問題をテーマとした絵本「地球の秘密」の作成に取り組んでいた。P4は,同年12月25日深夜,線画(「本件原画」 )を完成させたが,その数時間後,脳内出血を発症し,翌27日,死亡した。なお,本件原画の表紙と本編の一部には色鉛筆で彩色が施されていた。
〇P4ノートの作成経緯
被告夫妻(被告P2及び同P3で,亡P4の両親)は,本件原画のコピーを同級生や教師に配付したところ,平成4年2月,斐川町教育委員会において,本件原画をコピーして冊子にしたものを作成し,町内の学校等に配付するようになった(以下,この冊子を「P4ノート」)。なお,P4ノートは,本件原画をコピーしたものを冊子にし,その裏表紙見返りに,P4の写真と経歴,奥付を付加して印刷したものであり,本件原画の内容とほぼ同一と考えることができる。
〇英語版の作成経緯(最初の着色)
その後,P4ノートは,全国に配付されるようになり,民間の環境保護団体である「海を救おうキャンペーン実行委員会」は,P4ノートを,平成4年5月に開催される国連本部で開かれる地球サミット世界子供環境会議で展示することを計画し,被告夫妻の承諾を得て,文章(吹き出しに記載された登場人物の台詞や解説文)を英訳した上,本件原画の線画のコピーに水彩で着色したもの(水彩原画)を作成し,これを製本したものを出版した(以下 「英語版」)。
〇財団版の作成経緯
地球環境平和財団は,英語版で使用した原画(水彩原画)をもとに,日本語版(文章はP4が作成したままのもの)を出版した(以下,「財団出版物」といい,その原画である上記日本語版水彩原画を「財団版」という。)。
〇文化社版の出版経緯
出版合意:被告夫妻は,被告出版文化社との間で,財団版の着色をやり直した上,ハードカバーによる,新たな版を出版することを合意した。
原告の紹介:被告出版文化社の出版企画事業部長であるP6が,原告に着色作業への関与を依頼し,被告夫妻に紹介した。
着色作業:平成16年10月13日から同月19日にかけて,被告P3の大阪事務所において,本件原画の線画のコピーに,パステルによる着色作業が行われ,新たな版のためのパステル原画が作成された。
文化社版の出版:被告出版文化社は,平成16年12月25日,前記パステル原画に解説文やP4の写真などを掲載したものを出版した(以下「文化社出版物」といい,その原画である前記パステル原画を「文化社版」という)。

1 文化社版の出版の経緯
前提事実,証拠及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。
()
2 文化社版ついての著作権の帰属(争点1-1)について
(1)共同著作物であるとの主張について
原告は,文化社版は,わずかしか彩色されていないP4ノートの原画のコピーに,原告が着色して作成されたものであるから,文化社版は,P4と原告の共同著作物であると主張する。
しかし,前記1のとおり,原告は,本件原画の著作権者であるP4の相続人である被告P2から,P4ノートの原画に着色するよう依頼されたものではあるが,P4自身との間における共同製作の意思の共通を認める事情は見あたらず,文化社版を原告とP4の共同著作物と認めることはできない。
(2)文化社版とP4ノート,財団版との関係
原告は,文化社版は,わずかしか彩色されていないP4ノートの原画のコピーに,原告が着色して作成されたものであるから,文化社版は,P4ノートの二次的著作物であると主張する。
たしかに,文化社版は,前記1のとおり,P4ノートの原画のコピーに原告が着色したものであるが,前記1のとおり,P4ノートの原画から,全く,独自の着色を行うものではなく,財団版の着色を元にして,これを改めて着色し直そうとするものであったことが認められ,そのことは,一見して,文化社版と財団版の配色の多くが一致していることからも裏付けることができる。
したがって,文化社版がP4ノートを原著作物とするものであったとしても,文化社版の創作性の有無については,原告の着色行為により,財団版に対して創作性が付加されたか否かが検討されるべきである。
この点につき,原告は,文化社版と財団版との相違点を指摘し,これらが原告により,創作性が付加されたものであると主張する。
そこで,次に,これらの相違点について,原告による創作性が付加されているか否かについて,検討することとする。
(3)文化社版と財団版の表紙における相違点について,新たな創作性の付加があったか否か
ア 見開き
原告は,別紙「相違点の対比」のとおり,文化社版では,「背景が自然な立体的描写の彩色で,なだらかな丘の上で春のピクニックの夢のように明るく楽しい,美しい希望的未来のある自然な世界を感情表現した」ものであるのに対し,財団版では「光が感じられず生気がない。」「全体のイメージではどんよりとしていて薄暗く」「色は寒々しいイメージの世界である」と主張するが,上記主張は,具体的表現を前提としておらず,創作性の付加についての判断の対象とはならないというべきである。
また,原告は,「塗り方」についての相違点を主張しているが,かかる主張は,着色技術の巧拙をいうものに過ぎず,後述するように上記相違点をもって,新たな創作性の付加を認めることはできない。
また,それ以外の相違点についても,画材の選択に基づくものであるというべきであるが,後述するように,仮に,上記画材の選択が,原告による選択であったとしても,画材の選択が特別な選択でない以上,画材の選択のみをもって,原告による創作性の付加を認めることはできない。
()
キ 着色の技法に起因する微妙な色彩の相違点について
() 財団版と文化社版の表紙だけをみても,これまでに検討した以外に,微妙な色彩の相違点を認めることができる。
しかし,これらの僅かな相違点が,着色の技法に基づくもので,しかも,その技法が特別なものではない限り,これらの相違点をもって,新たな創作性の付加があったと認めることはできないというべきである(被告夫妻が,改めて別のイラストレーターに本件原画への着色を依頼し,パステルを画材として選択し,文化社版の作成と同じ方針により着色しようとした際,文化社版と同一もしくは類似の彩色が一切できなくなってしまうことは不合理というべきである。)。
() また,文化社版の着色においては,原告の着色行為の前提となった配色は,基本的に財団版の配色を踏襲するという方針に従っており,しかも,この方針は,原告が自ら定めたものではなく,被告P2の強い意向であったことが認められ,この方針の範囲内に入る着色行為については,原告の創作性の付加を認めることができない。
() 原告としては,前記方針を超えた部分において,その個性を現すことにより,創作性を付加した部分に限り二次的著作物としての著作権の発生を認めることができるが,そのような箇所の主張,立証はない。
(4)文化社版と財団版の本編における相違点について,新たな創作性の付加があったか否か
ア 登場人物の基本的な塗り方
原告は,本編における登場人物の基本的な塗り方,創意工夫,美術的特徴として,別紙「相違点の対比」のとおり主張する。
しかし,そのうち,文化社版において,留美と英一の衣服にのみ,下地として,透明水彩絵の具により「淡いピンク」と「淡い緑」で着色したことについては,その事実を認めることができるにしても,また,そのことにより,原告の主張するとおり,鮮やかであっても深みのある色調となることが認められるにしても,これらは,絵画作成上の技法による違いに過ぎず,特段の技法や配色をすることなく,前記1の方針に従って着色されている限り,新たな創作性を付加したと認めることはできない。
()
(5)画材の選択
文化社版の着色に際し,パステルを選択することを発案したのが,原告であるか被告P2であるかについて,争いがあるが,前記1で述べたとおり,文化社版の着色にあたっては,財団版の配色を基本とし,不自然な箇所などを修正し,できるだけ,P4ノートを忠実に再現し,P4の遺志を実現することを目的していたことが認められる。
そして,P4ノートの着色は,一部ながら,色鉛筆で着色されていたことからすると,これを市販の絵本とするために,P4ノートの原画に着色するにあたり,色鉛筆による色調に比較的類似するパステルを選択するということは,上記事情を前提とする限り,ありふれた画材の選択というべきであって,パステルを選択したのが仮に原告の発案であったとしても,そのことにより新たな創作性が付加されたということはできない。
たしかに,パステルを選択したことにより,ふんわりとした感じが出ており,文化社版の方が,財団版に比べ,P4の思想にふさわしい色彩表現となったということは可能である。また,被告P2自身が,そのできばえについて,満足していたことからも窺える 。しかし,このような効果は,パステルという画材を選択し,プロのイラストレーターである原告が,従来からある技法を駆使して着色したことによるものであり,通常得られる効果の範囲を超えるものとはいえず,そこに新たな創作性の付加を認めることはできない。
さらに,パステル画に適した用紙として,コットマン水彩紙を選択したのは原告であるが,用紙を選択したことにより新たな創作性が付加されたと認めることはできない。
(6)被告P2の指示について
被告夫妻及び同出版文化社は,被告P2が原告に具体的に指示をしたと主張するが,少なくとも,どの箇所にどのような指示をしたかを具体的に裏付けるに足る証拠はない。もっとも,これまでにも各相違点について検討してきたことからも,前記1のとおり,文化社版の着色作業においては,財団版の配色を基本としつつ,P4ノートを忠実に再現し,不合理な箇所については,これを訂正するという方針がとられ,原告に対しても,この方針は伝えられ,原告は,この方針に基づいて,文化社版の着色作業を行ったことが認められる。しかも,前記1のとおり,被告夫妻は,原告を被告P3の事務所に通わせ,被告P2の立ち会いのもと着色作業を行わせたことは,着色作業を原告の裁量に委ねたのではなく,上記方針の下,被告P2が,常時,原告の作業状況を把握し,いろんな指示を行うことができるような態勢で,着色作業を行ったということがいえる。
(7)まとめ
以上によると,その余の争点について判断するまでもなく,文化社版の著作権侵害を理由とする原告の請求は理由がない。
また,本件シンボルキャラクターは,文化社版のアースを一部複製したものであるが,前述のとおり,原告が,文化社版の著作者もしくは共同著作者と認めることはできない以上,本件シンボルキャラクターに関する原告の請求についても,理由がない。
また,これらの著作物,二次的著作物についての著作者人格権に基づく請求についても理由がない。