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著作権判例セレクション

【美術著作物】商品(乳幼児用浮き輪)の取扱説明書中の挿絵の著作物性が問題となった事例

平成28727日東京地方裁判所[平成27()13258]
() 本件は,「スイマーバ」という商品名の乳幼児用浮き輪(「本件商品」)の日本における総代理店である原告が,自らが日本国内において本件商品を販売する際に同封している説明書(「原告説明書」)中の別紙記載の説明文(「原告説明文」)及び別紙記載の挿絵(「原告挿絵」)は,職務著作として原告が著作者となるところ,直輸入品の販売等を営む被告が,平成26年12月5日から平成27年3月16日までの間,日本国内において本件商品を販売する際に同封した説明書(「被告説明書」)中の別紙記載の説明文(「被告説明文」)及び別紙記載の挿絵(「被告挿絵」)は,原告説明文及び原告挿絵を複製したものであり,被告は原告の複製権及び譲渡権並びに著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害した旨主張して,被告に対し,①著作権法112条1項に基づき,上記著作権の侵害の停止又は予防として,被告説明文及び被告挿絵が記載された説明書の複製及び譲渡の差止めを求めるとともに,②同条2項に基づき,上記著作権の侵害の停止又は予防に必要な措置として,被告説明書の廃棄並びに被告説明文及び被告挿絵の電磁的記録の消去を求め,併せて,③民法709条に基づき,損害賠償金等の支払を求めた事案である。

1 著作権及び著作者人格権侵害の成否について
(1) 被告説明文について
()
(2) 被告挿絵について
ア 原告挿絵が著作物に当たるかについて
() 原告挿絵1について
原告挿絵1は,①本件商品である浮き輪を描いた絵に,②「上側」,「空気栓」及び「ベルト」との文字による指示説明を加えたものである。
上記①の絵は,本件商品の取扱説明書において,本件商品について説明するために,単に本件商品自体を描いたにとどまるものであり,その描き方には一定の選択肢があるとしても,当該目的・用途による制約が掛かるものである。上記絵は立体的な描き方をしているが,それ自体はありふれたものであるし,立体的に描く場合には,上記の目的・用途から,ある程度忠実に形状が分かりやすいように描く必要があると考えられるところ,上記絵の表現の仕方(技法等)はありふれており,個性の発揮は認められない。
上記②のとおり指示説明を加えることも,製品の取扱説明書においてごくありふれたものである。
そうすると,原告挿絵1は,創作性を欠き,著作物に当たるとは認められない。
() 原告挿絵2について
原告挿絵2は,①本件商品である浮き輪を描いた絵に,②「下側」,「空気栓」,「ハンドル」及び「ベルト」との文字による指示説明部分を加えたものである。
前記()で説示したところに照らすと,原告挿絵2は,創作性を欠き,著作物に当たるとは認められない。
() 原告挿絵3について
原告挿絵3は,①本件商品の部品である空気栓を描いた絵(押し込まない状態と押し込んだ状態の2通り)に,②「空気栓」,「栓」,「弁」及び「押し込む」との文字による指示説明と矢印を加えたものである。
上記①の絵は,本件商品の取扱説明書において,本件商品の部品について説明するために,単に当該部品のみを描いたにとどまるものであり,その描き方の選択肢はごく限られると考えられるところ,上記絵の表現の仕方はごくありふれており,個性の発揮は何ら認められない。
上記②のとおり指示説明や矢印を加えることも,製品の取扱説明書においてごくありふれたものである。
そうすると,原告挿絵3は,創作性を欠き,著作物に当たるとは認められない。
() 原告挿絵4について
原告挿絵4は,①本件商品を乳幼児に試着する場面における(a)本件商品,(b)乳幼児の上半身及び(c)乳幼児に本件商品を装着させる保護者等(以下,単に「保護者」という。)の腕を記載した絵に,②「試着してみる」との文字,3つの矢印及び円形の点線を加えたものである。
上記①の絵について,(a)の部分はそれ自体としては前記()のとおりありふれており,(c)の部分もそれ自体としてはごくありふれているが,(b)の部分は乳幼児の顔・頭・恰好等をどのように描くかについてはある程度選択の幅がある上,(a)ないし(c)をどのような範囲でどのような位置関係で組み合わせて描くかについても,選択の幅がある。本件商品の使用方法等を示す挿絵という性質上,表現の選択の幅はある程度限られる面があるものの,上記のような絵全体としての描き方には少なからぬ選択肢が存すると考えられるところ,上記①の絵を全体として見た場合に一定の個性が発揮されていることは否定できない。
そうすると,上記②の点についてはありふれたものであるにしても,原告挿絵4について,その創作性を否定して,著作物としての保護を一切否定することは相当でなく,狭い範囲ながらも著作権法上の保護を受ける余地を認めることが相当というべきである。原告挿絵4は,本件商品の取扱説明書における挿絵ではあるが,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものであり,美術の著作物に当たるというべきである。
() 原告挿絵5について
原告挿絵5は,①本件商品を乳幼児に試着した場面における(a)本件商品,(b)乳幼児の頭部及び(c)保護者の手を描いた絵に,②ベルト部分についてベルトを締める様子を拡大して矢印付きで描いた絵を加え,さらに③「指2本分のゆとりが必要」及び「上下のベルトをしめる」との文字を加えたものである。
上記①の絵について,(a)ないし(c)の各部分はそれぞれ単独ではありふれたものであるが,これらをどのような範囲でどのような位置関係で組み合わせるか,とりわけ(c)の部分の手指を構図上どのように描き入れるかについては,選択の幅があるし,上記②の絵の組み合わせ方についても,選択の幅が少なくない。本件商品の使用方法等を示す挿絵という性質上,表現の選択の幅はある程度限られる面があるものの,上記のような絵全体としての描き方には少なからぬ選択肢が存すると考えられるところ,上記①及び②の絵を全体として見た場合に一定の個性が発揮されていることは否定できない。
そうすると,上記③の点についてはごくありふれたものであるにしても,原告挿絵5について,その創作性を否定して,著作物としての保護を一切否定することは相当でなく,狭い範囲ながらも著作権法上の保護を受ける余地を認めることが相当というべきである。原告挿絵5は,本件商品の取扱説明書における挿絵ではあるが,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものであり,美術の著作物に当たるというべきである。
() 原告挿絵6について
原告挿絵6は,①本件商品を着用した乳幼児をバスタブに入れた場面における(a)バスタブ,(b)本件商品を首に着用した状態の乳幼児の全身及び(c)温度計を描いた絵に,②乳幼児の足を強調するマークと③「35±2℃」との数字・記号を加えたものである。
上記①の絵について,(a)及び(b)の各部分はそれぞれ単独ではありふれたものであるが,(c)の温度計をどのように簡略化して描くかについては個性の発揮が全くないとはいえない上,それを含めた(a)ないし(c)をどのような範囲でどのような位置関係で組み合わせて描くかについても,選択の幅がある。さらに,「赤ちゃんが足を伸ばしてちょうど底につくぐらいの位置」に水深を調整すべきことを表現するために,上記②のマークを加えた表現も含めると,選択の幅が少なくない。本件商品の使用方法等を示す挿絵という性質上,表現の選択の幅はある程度限られる面があるものの,上記のような絵全体としての描き方には少なからぬ選択肢が存すると考えられるところ,上記①及び②の絵を全体として見た場合に一定の個性が発揮されていることは否定できない。
そうすると,上記③の点についてはごくありふれたものであるにしても,原告挿絵6について,その創作性を否定して,著作物としての保護を一切否定することは相当でなく,狭い範囲ながらも著作権法上の保護を受ける余地を認めることが相当というべきである。原告挿絵6は,本件商品の取扱説明書における挿絵ではあるが,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものであり,美術の著作物に当たるというべきである。
() 小括
以上のとおり,本件挿絵1ないし3は著作物には当たらないが,本件挿絵4ないし6は著作物に当たるということができる。
イ 被告挿絵が原告挿絵の複製に該当するかについて
() 被告挿絵4について
証拠によれば,原告挿絵4と被告挿絵4とは,①乳幼児の顔・頭・恰好等の描き方が,若干の表情の違いを除いて共通し,かつ,②本件商品,乳幼児の上半身及び保護者の腕の記載範囲・位置関係・組み合わせ方において共通していること,他方で,③「試着してみる」との文字,3つの矢印及び円形の点線の有無,④保護者の右手の明確な記載の有無,⑤本件商品における記載文字の明確性及び着色の濃淡など微細な点において相違していることが認められる。
上記①及び②の共通点については,前記ア()で説示したとおり,これらを併せると創作性が認められる表現であるのに対し,上記③ないし⑤等の相違点については,これらを併せても創作性は認められない。そうすると,被告挿絵4は,原告挿絵4の創作的な表現部分を再製し,これにより挿絵全体として原告挿絵4の表現上の本質的な特徴の同一性を維持するものである一方,新たな創作的表現を付加するものではないとみられる。
そして,前記前提事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,被告は,被告説明書に先行して本件商品の取扱説明書として流布していた原告説明書を見て,同じ対象商品である本件商品の取扱説明書である被告説明書を作成したものであるところ,被告説明書の記載内容は,全体を通じて,原告説明書の記載内容に酷似していることが認められる。これらの事実に照らせば,被告挿絵が原告挿絵に依拠して作成されたことは優に推認される。
以上によれば,被告挿絵4は,原告挿絵4の複製に当たるというべきである。
() 被告挿絵5について
証拠によれば,原告挿絵5と被告挿絵5とは,①本件商品,乳幼児の頭部及び保護者の手の記載範囲・位置関係・組み合わせ方が,全体の構図における保護者の手指の描き入れ方を含め,共通し,かつ,②本件商品の絵に対するベルトを締める様子の拡大図の組み合わせ方や③「指2本分のゆとりが必要」及び「上下のベルトをしめる」との文字部分においても共通していること,他方で,④乳幼児の表情に若干の違いが見られるほか,⑤本件商品の着色の濃淡,⑥ベルトを締める様子の拡大図の大きさなど微細な点において相違していることが認められる。
上記①及び②の共通点については,前記ア()で説示したとおり,これらを併せると創作性が認められる表現であるのに対し,上記④ないし⑥等の相違点については,これらを併せても創作性は認められない。そうすると,被告挿絵5は,原告挿絵5の創作的な表現部分を再製し,これにより挿絵全体として原告挿絵5の表現上の本質的な特徴の同一性を維持するものである一方,新たな創作的表現を付加するものではないとみられる。
以上に加え,前示のとおり,被告挿絵が原告挿絵に依拠して作成されたものであることによれば,被告挿絵5は,原告挿絵5の複製に当たるというべきである。
() 被告挿絵6について
証拠によれば,原告挿絵6と被告挿絵6とは,①温度計の簡略図の描き方,②バスタブ,乳幼児の全身及び温度計の記載範囲・位置関係・組み合わせ方において共通し,かつ,③乳幼児の足を強調するマークや④「35±2℃」との数字・記号部分においても共通していること,他方で,⑤着色の仕方(赤色の有無を含む。)において相違し,⑥バスタブの形に多少の違い,⑦乳幼児の表情や体型等に若干の相違点があることが認められる。
上記①ないし③の共通点については,前記ア()で説示したとおり,これらを併せると創作性が認められる表現であるのに対し,上記⑤ないし⑦等の相違点については,これらを併せても創作性は認められない。そうすると,被告挿絵6は,原告挿絵6の創作的な表現部分を再製し,これにより挿絵全体として原告挿絵6の表現上の本質的な特徴の同一性を維持するものである一方,新たな創作的表現を付加するものではないとみられる。
以上に加え,前示のとおり,被告挿絵が原告挿絵に依拠して作成されたものであることによれば,被告挿絵6は,原告挿絵6の複製に当たるというべきである。
ウ 小括
以上の次第で,被告挿絵4ないし6は,それぞれ,著作物たる原告挿絵4ないし6を複製したものということができる。
(3) 原告挿絵の著作者・著作権者について
証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告挿絵は,プリモパッソが原告からの委託に基づき作成したものであるところ,その著作権はプリモパッソから原告に譲渡されたことが認められる。
そうすると,原告挿絵を創作した著作者はプリモパッソであり,著作権者は原告であるというべきである。
(4) 著作権侵害の成否について
前記(2)及び(3)によれば,被告が被告挿絵4ないし6を含む被告説明書を作成し,これを同封して本件商品を販売したことは,原告挿絵4ないし6に係る原告の複製権及び譲渡権を侵害したものというべきである。
(5) 著作者人格権侵害の成否について
前記(1)で説示したところによれば,被告説明文について原告説明文に係る著作者人格権侵害を認めることはできないし,また,前記(3)で説示したところによれば,原告挿絵については,プリモパッソが著作者であるから,原告の著作者人格権を侵害したものとは認められない。
2 差止請求及び廃棄・消去請求の当否について
前記前提事実及び弁論の全趣旨に前記1(4)を総合すると,①被告は,平成26年12月5日から平成27年3月16日までの間,被告挿絵4ないし6を含む被告説明書を同封して本件商品を販売し,これにより原告挿絵4ないし6に係る原告の複製権及び譲渡権を侵害したこと,②被告は,現在も,本件商品を販売していること,③被告は,被告挿絵4ないし6を含む被告説明書の使用による著作権侵害の成立を争っていることが認められる。
他方で,証拠によると,被告が新たな説明書を作成したことはうかがわれるが,現時点で実際に,被告が本件商品を販売する際に被告説明書ではなく新説明書を同封していることを認めるに足りる証拠はない。また,被告説明書が廃棄されたことやその電磁的記録が消去されたことをうかがわせる証拠もない。
以上を総合すると,現時点においても,被告が,被告挿絵4ないし6を含む被告説明書を複製,頒布して,これにより原告挿絵4ないし6に係る原告の複製権及び譲渡権を侵害するおそれがあると認められる。
したがって,上記侵害のおそれを理由とする原告の被告に対する著作権法112条1項に基づく差止請求には理由があるというべきである。また,同条2項に基づく侵害の停止又は予防に必要な措置として,被告の占有に係る被告説明書のうち被告挿絵4ないし6の記載部分の廃棄又は抹消を求める請求及び被告挿絵4ないし6の電磁的記録の記録媒体からの消去を求める請求にも理由があるというべきである。
3 損害賠償請求について
(1) 著作権侵害による著作権法114条2項に基づく損害について
ア 前記1で認定,説示したところによれば,被告は,故意又は過失により,被告挿絵4ないし6を含む被告説明書を複製し,平成26年12月5日以降,これを同封して本件商品を販売し,その結果,原告の原告挿絵4ないし6に係る複製権及び譲渡権を侵害したと認められる。したがって,被告は,原告に対し,民法709条に基づき,この点に関する損害賠償責任を負う。
イ そこで,その損害について検討するに,原告は,被告が上記著作権侵害行為により本件商品の取扱説明書作成費用50万円を免れるという利益を受けたから,これが著作権法114条2項により原告が受けた損害の額と推定される旨主張する。
しかしながら,被告が説明書作成費用を免れるという利益を受けたからといって,その分原告が損害を受けたとみるべき合理的な根拠がないことは明らかであるから,著作権法114条2項に基づく推定の基礎を欠くというべきである。
もっとも,日本国内における本件商品の販売について原告と競合する被告が,上記のとおり本件商品の取扱説明書に関する原告の著作権を侵害している以上,これによる損害が全くないともいい難い。
そこで,前記1(2)で説示したところに照らしても,原告挿絵4ないし6及び被告挿絵4ないし6については,もともと商品の取扱説明書としての性質上,表現内容が限られているものであり,実際,原告挿絵4ないし6も,創作性の程度は低いといわざるを得ないことなどを考慮して,原告挿絵4ないし6に係る上記著作権侵害による損害は3万円と認めることが相当である。
(2) 弁護士費用相当損害について
弁論の全趣旨によれば,原告は,被告の前記著作権侵害行為により,これを理由とする損害賠償及び差止等を求める本件訴訟の提起・追行について原告訴訟代理人弁護士に委任することを余儀なくされたものであると認められ,その弁護士費用相当額の損害は,10万円と認めることが相当である。
(3) 小括
以上によると,原告は,被告の著作権侵害行為により,合計13万円の損害を受けたものというべきであり,これについて被告は原告に対して損害賠償責任を負うというべきである。