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著作権判例セレクション

【著作権の制限】法41条の意義と解釈
平成100220日東京地方裁判所[平成6()18591]
四 抗弁2(解説又は紹介目的の小冊子)について
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五 抗弁3(本件入場券及び割引引換券における引用による利用)について
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六 抗弁4(新聞への掲載についての引用による利用及び時事の事件報道のための利用)について
1 被告が、本件絵画2を平成5115日付け讀賣新聞に、本件絵画3を平成4122日付け、平成5113日付け及び平成6122日付け各同新聞に、本件絵画4を平成611日付け同新聞に、それぞれ複製掲載したことは、当事者間に争いがない。
2 本件絵画2の平成5115日付け紙面への掲載について
(一) 成立に争いのない(証拠)によれば、同日付け同新聞夕刊には、下約3分の1が、バーンズコレクション所蔵の絵画の広告で、上約3分の2が本件展覧会の特集を組んだ紙面の頁があり、具体的には、「秘蔵の名画ついに日本へ」、「バーンズ・コレクション展」との大きな見出しの下に、美術評論家の「セザンヌの偉大さ思い知る」との表題の文章、有名漫画家の「色彩と漫画的構図ルソーにわくわく」との表題の談話、若手女優の「Aの「苦行者」今度はじっくりと」との表題の談話、マティス、ルノワール、セザンヌ、ルソーの各作品及び本件絵画2のカラー印刷の複製、本件展覧会の会期、会場、主催、後援、協賛等、観覧料を列記した囲み、前売り券扱い所、観覧クーポン券扱い所とバーンズコレクションの説明を一まとめにした囲みが配置されている。若手女優の談話は、表題と女優の顔写真を含め163段(約75mm×約105mm)で、その右側に本件絵画3が約68mm×約95mmの大きさで掲載されている。若手女優の談話は、同人がパリに行って本件コレクション展を見てきた旨に続き、「中でも私が最も引き込まれたのは、Aの青の時代を代表する作品『苦行者』でした。それは、一昨年の夏、成城大学三年(西洋美術史専攻)の時に欧州六か国の美術館をめぐるツアーに参加して、ゴッホの最晩年の作品群にショックを受けて、卒論にゴッホを選ぶ決心をした時の経験に似ていました。」との記載があり、さらに、本件展覧会を心ゆくまで鑑賞したい旨で締めくくられている。
(二) 右記事によれば、右女優の談話は、それなりの創作性のある表現であり、著作物には当たるけれども、本件絵画2についての叙述は、単に、同人が本件コレクションの中で右絵画に最も引き込まれ、それが大学の卒業論文にゴッホを選ぶ決心をした時と似ていたというに過ぎないから、談話の内容中、本件絵画2に関する部分は、新たな創造という要素は僅少であり、内容的にも本件絵画2の複製を引用する必要性は微弱で、外形的にも、談話と本件絵画2の紙面上の大きさは僅かに談話の方が大きいものの、本件絵画2はカラー印刷で読者の受ける印象はむしろ本件絵画の方が大きい。これらの点を考慮すると、談話と本件絵画2との間に談話が主、本件絵画二が従との関係は認められず、むしろ、本件絵画2を複製掲載することに主眼があったものと認められ、このような利用は著作権法321項所定の引用に当たるものということはできず、引用による利用の抗弁は認められない。
また、右記事の内容は、時事の事件の報道とは到底いえないから、時事報道のための利用の抗弁も認められない。
3 本件絵画3の平成4122日付け紙面への掲載について
(一) 成立に争いのない(証拠)によれば、次の事実が認められる。
同日付け同新聞朝刊の一面左上部に「幻のバーンズコレクション日本へ」との五段の大見出し、及び「セザンヌなど名画80点公開」、「941月、国立西洋美術館」との小見出しの下に、発信地と執筆記者名が冒頭に付された四段にわたる本記と本件絵画3を含む3点の絵画のカラー印刷の図版からなる記事が掲載された。
右記事の内容は、「セザンヌやマチスなどの第一級の絵画を所蔵するアメリカのバーンズ財団は、画集でも見られない゛幻のコレクション″で知られるが、その中からよりすぐった作品を公開する「バーンズコレクション展」が941月から東京の国立西洋美術館で実現することとなった。主催する読売新聞社と同美術館が、1日までに財団と基本的な合意に達した。財団は現地で3日、日本を含む初の世界巡回展の構想を発表する予定で、国際的に美術ファンの話題を集めるのは必至だ。」との書き出しで、バーンズ財団の紹介、コレクションは極めて質が高いが、公開も週末に人数を限ってで、バーンズの遺言に従って、売却はもちろん、他館への貸出しや画集への掲載も禁じられたことから、名画の実像は明らかにされなかった旨、コレクションが初公開されることになったのは、ギャラリーの老朽化に伴う改修のためであり、来年のワシントン・ナショナル・ギャラリーとフランスのオルセー美術館に続いて、再来年の1月から4月にかけて東京展を開催する旨、バーンズコレクションは、180点のルノワール、69点のセザンヌなど、総数は2500点を超える旨の説明が続き、「このうち今回出品されるのは「カード遊びをする人たち」など20点を数えるセザンヌを筆頭に、ルノワールが「音楽学校生の門出」など16点、マチスが「生きる喜び」など14点のほか、スーラ「ポーズする女たち」、ゴッホ「郵便配達夫ルーラン」、ルソー「虎に襲われた兵士」、A「曲芸師と幼いアルルカン」など計80点。いずれも初めて国外で公開される傑作ばかりだ。」と結ばれている。
また、絵画の図版は、本件絵画3が約98mm×約57mm、セザンヌの「カード遊びをする人たち」が約97mm×約135mm、ルノワールの「音楽学校生の門出」が約85mm×約54mmの各大きさで掲載されている。
(二) 右事実によれば、右記事は、優れた作品が所蔵されているが、画集でも見ることのできないバーンズコレクションからよりすぐった作品を公開する本件展覧会が平成61月から東京の国立西洋美術館で開催されることが前日までに決まったことを中心に、コレクションが公開されるに至ったいきさつ、ワシントン、パリでも公開されること、出品される主な作品とその作家を報道するものであるから、著作権法41条の「時事の事件」の報道に当たるというべきである。そして、本件記事中で、本件展覧会に出品される80点中に含まれる有名画家の作品7点が作品名を挙げて紹介されている中の一つとして本件絵画3が挙げられているから、本件絵画3は、同条の「当該事件を構成する著作物」に当たるものというべきである。
また、複製された本件絵画3の大きさが前記の程度であること、右記事全体の大きさとの比較、カラー印刷とはいえ通常の新聞紙という紙質等を考慮すれば、右複製は、同条の「報道の目的上正当な範囲内において」されたものと認められる。
よって、右記事中の本件絵画3の利用については、時事の事件の報道のための利用の抗弁は理由がある。
(三) 原告は、他の新聞社主催の展覧会についての被告新聞の記事と比べて、とりわけ本件展覧会について被告新聞に多数の記事が掲載されたこと、及び右記事が本件展覧会の開始前に掲載されたことをとらえて、右記事は時事の事件の報道には当たらない旨主張するが、本件展覧会についての記事の掲載回数が多いとはいっても、右記事は、自社の主催するものとはいえ、バーンズコレクションが日本で公開されることが決まったというそれなりに報道価値のある時事の事件を報道するもので、ことさらに事件性を仕立て上げたものとも認められず、展覧会開催の11か月前の記事であることからすれば、宣伝的要素はむしろ少ないものと認められ、原告の主張は採用できない。
4 本件絵画3の平成5113日付け紙面への掲載について
(一) 成立に争いのない(証拠)によれば、同日付け同新聞朝刊30面の中段中央に、332行分(約100mm×約153mm)の大きさで、周囲をけいで囲み同面の他の記事と明瞭に区別し、右から約3分の1の部分に、「世界初公開 巨匠たちの殿堂 バーンズ・コレクション展 ルノワール、セザンヌ、スーラ、マティス、A」との表題を、上部けいの中央に横書で「幻のコレクション展、きょうから前売り開始」との文言を、下部けいの中央に横書で、「主催 国立西洋美術館 読賣新聞社」と主催者名を記し、前記表題の右側に、「読売新聞創刊120周年を記念して、来年1月から東京・上野の国立西洋美術館で開催する『バーンズ・コレクション展』の前売り券をきょう3日から発売します。印象派、後期印象派の個人収集では世界最高といわれ、ルノワールらの代表作多数を所有しています。本展は東京のみで開催し、厳選した80点を公開します。」との、主催者からの告知風の文体の文章が掲載され、囲み全体の中央に、本件絵画3が約61mm×約30mmの大きさでカラー印刷で複製されており、その余の部分に、本件展覧会の会場、会期、後援者、特別協賛者、協賛者、協力者、入場料、前売り券扱い所、観覧クーポン券扱い所等の事項が記載されていることが認められる。
(二)右事実によれば、右記事のうち本件絵画3を除く部分の記載は、形式的に見ても本件展覧会の主催者である国立西洋美術館と被告が本件展覧会の前売り券の発売を開始することを告知する定型的な挨拶文で、その内容も、コレクションの名称と簡単な紹介、その他本件展覧会についての事実を伝達するに過ぎないものであるから、思想又は感情を創作的に表現した著作物であるということはできない。よって、右本件絵画三の複製を自己の著作物への引用であるということはできず、引用による利用の抗弁は認められない。
また、前記のとおり、右記事の内容は、本件展覧会の主催者が前売り券を今日から発売することを告知するもので、当日の出来事の予告ではあるが客観的な報道ではなく、むしろ、好意的に見て主催者からの告知又は挨拶文、とりようによっては被告が主催する本件展覧会の入場券前売り開始の宣伝記事と認められるから、いずれにしても、著作権法41条の「時事の事件を報道する場合」に当たるということはできないし、本件絵画3の複製が、当該事件を構成し、当該事件の過程において見られ若しくは聞かれる著作物に当たるとも認めることはできない。時事の事件の報道のための利用の抗弁も認められない。
5 本件絵画3の平成6122日付け紙面への掲載について
(一) 成立に争いのない(証拠)によれば、同日付同新聞夕刊の10面の右上に、「秘蔵の名画 バーンズコレクション展から4」という題目の記事が、625行の大きさで掲載され、その中の左上部に417行の大きさで本件絵画3がカラー印刷で複製されていること、右記事には「描写力を超えて」という見出しが付されており、記事の文章は40行で、その内容は、医師の資格を取ったバーンズがビッグ・コレクターに変身したのは、40歳前にして人生の成功者となってしまったからである旨、新薬を開発して金持ちになった同人が何不自由ない暮らしを得たが、それだけでは満たされないものを感じ始め、幼いころから好きだった絵画への情熱がよみがえり、再び絵を描きだしたが、自分の作品だけでは満足できなくなり、優れた絵を求め始めた旨が紹介され、それに続いて、「優れた絵」、本件絵画3は「この言葉がぴったりくる。Aが描写の天才であったことはいうまでもない、しかし、この絵には描写力を超えた何ものかがある。心に触れてくるその内容の正体を、ここでは『愛』と言っておこう。Aかマティスか、今世紀の絵画を代表する二人の巨匠のうち、バーンズが好んだのはマティスの方だった。だが、この傑作については、彼も虚心に優れていると認めざるを得なかったようだ。」と結ぶもので、文化部記者の署名記事であることが認められる。
(二) 右事実によれば、本件記事はバーンズが絵画のコレクターとなったいきさつを抽象的に説明しているものであり、本件絵画3についての叙述部分は、バーンズが優れた絵を求め始めたが、本件絵画3には優れた絵という「言葉がぴったりくる。この絵には描写力を超えた何ものかがある。心に触れてくるその内容の正体を、ここでは『愛』といっておこう。」というだけのものであり、その内容はあいまいで抽象的であり、右叙述部分中の本件絵画3の表題を本件絵画中の他のAの作品と入れかえても文章として成り立つものであり、本件絵画3を紙面に紹介することのみを目的とした記事という外はなく、本件記事中本件絵画3についての部分と本件絵画3の複製との間には、前者が主、後者が従との関係は認められず、むしろ前者が従、後者が主の関係にあるものと認められ、右記事中での本件絵画3の利用は、著作権法321項所定の引用に当たるものとはとうてい認められず、引用による利用の抗弁は認められない。
また、右記事は「秘蔵の名画 バーンズコレクション展から」という題目でシリーズで掲載されているものであり、その内容も、何ら時事の事件の報道に当たらないから、時事の事件の報道のための利用の抗弁も認められない。
6 本件絵画四の平成611日付け紙面への掲載について
(一) 成立に争いのない(証拠)によれば、同日付け同新聞朝刊の正月用特別版(第四部)が、本件展覧会の特集となっており、その2面と3面を見開きとして、「はじめて世界はこの美に出あった」との見出しが付され、2面のほぼ中央に、本件絵画4が約141mm×100mmの大きさでカラー印刷で複製されており、その周囲に、ルノワール、マティス、ゴッホ、ロートレックの絵画のカラー印刷の複製が掲載されており、3面の右側半分強にセザンヌ、マネ、モディリアーニの絵画のカラー印刷の複製が掲載され、その左に「先見と戦闘精神のコレクション」と題する文化部記者の署名記事があり、その左に、ゴーガン、ルソーの絵画のカラー印刷の複製が掲載されている外、本件展覧会の会期、会場、主催者、後援者等や入場料、前売り券扱い所、観覧クーポン券扱い所が記載されている。
右記事は、その前半が、バーンズコレクションの中心となるのは、印象派、後期印象派を核とする西洋近代絵画であり、そのビッグ3に挙げられるのは、ルノワール、セザンヌ、マティスで、この三人こそバーンズ氏の最も好む画家だったこと、バーンズ氏が作品を買い始めた1912年ころ、美術の前衛にあったのはキュービスムや未来派であったが、彼はそれらの作品には関心を示していない点で、彼の収集は必ずしも最先端をキャッチするものではなかったこと、しかし、バーンズ氏のコレクションはパイオニア精神に富んでいるもので、中でもモディリアーニやスーティンといったパリ派へのいち早い着眼はその先見性のあかしとなるものであること、コレクションは周囲から退廃的といった非難も浴びたが、批判する者は作品からシャットアウトするバーンズ氏の戦闘精神は数々のエピソードを残したことを紹介するもので、後半は、「本展に出品される作品の質はさすがに高い。」との書き出しで、カラー印刷で複製された絵画を順次紹介するものであるが、本件絵画4については、「Aの「山羊と少女」はキュービスム前夜の巨匠の姿を告げている。」と記述されているのみである。
(二) 右認定の事実によれば、右2面と3面は、本件展覧会に出品される絵画の中から、著名画家一人につき一点ずつ、本件絵画4を含む10点の絵画を紙面に複製して紹介することを目的とした企画であり、右記事中、本件絵画4についての部分と本件絵画四の複製との間には、前者が主、後者が従との関係は認められず、むしろ前者が従、後者が主の関係にあるものと認められ、右記事中での本件絵画4の利用は、著作権法321項所定の引用に当たるものとは到底認められず、引用による利用の抗弁は認められない。
なお、(証拠)として写の提出されているのは、前記見開きの内、右半分の二面のみであるが、これにのみ着目し判断すれば、本件絵画四を含む各絵画の複製を除いた部分は、各絵画の作者、表題、作成年、実物の大きさのデータのみであり、本件絵画四を利用して引用して利用する著作物は存在せず、引用による利用の抗弁が成立しないことは自明である。
また、右記事の内容は、何ら時事の事件の報道に当たらないから、時事の事件の報道のための利用の抗弁も認められない。
七 差止請求等について
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八 請求原因3(原告の損害)について
請求原因2(五)の行為による著作権侵害は被告の故意によるものと認められ、右二2に認定した行為及び請求原因2(三)(四)の行為による著作権侵害については、被告の過失によるものと認められるから、被告は、原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。
1 本件書籍について
前記のとおり、被告は本件書籍を定価2000円で約476000部販売したから、売上額は約95200万円である。
前記四2のとおり、本件書籍に複製掲載された絵画の総数は80点で、絵画の掲載された頁数は92頁であり、本件絵画の複製画の数は7点で、その掲載頁数は7頁である。
Aが、世界的にも我が国においても、最も高名で人気の高い画家の一人であることは当裁判所に顕著であり、かつ、バーンズコレクションに属する本件絵画は、従来、広く公開されず、画集への複製が制限されていて、複製には希少価値があることに、本件書籍の紙質、判型、本件絵画の複製の態様等を総合考慮すれば、損害賠償額としての通常の使用料算出のための本件書籍掲載の絵画が全てAの作品であると仮定した場合の通常の使用料率は、定価の10パーセント相当であると認められる。
したがって、本件書籍への本件絵画の複製の掲載による損害賠償額としての通常使用料相当額は、95200万円の10パーセントに本件絵画掲載頁数が絵画掲載頁数全体に占める割合である92分の7を乗じて算出される724万円(1万円未満切捨て)と認める。
弁論の全趣旨により成立が認められる(証拠)によれば、フランスの複数の美術著作権管理団体から我が国における著作権行使の委任を受けている美術著作権協会が一般的に適用している対価算定方法を本件書籍に当てはめれば対価額は178500円となることが認められる。この金額と前記認定の金額とは大きな差があるように見えるが、本件書籍の複製、頒布部数が1万部であると仮定して前記認定の方式で使用料を試算すれば152100円(100円未満切捨て)となり、複製、頒布部数が1万部前後までの場合を考えれば、ほとんど差がなく、その程度の部数の複製、頒布を前提とする多くの場合に関する限り、定額であることがむしろ著作権者に有利である。しかし、本件書籍の場合、約476000部という格段に多い部数の複製権侵害が行われたことに対する損害算定のために通常の使用料を求めているのであるから、前記認定の損害額こそ事案に応じた相当な額である。
なお、被告は、美術著作権協会の右算定方法が事実たる慣習となっている旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
2 入場券及び割引引換券について
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3 新聞への掲載について
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4 本件複製画について
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5 前記1ないし4の損害の合計額は、1009万円となる。