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著作権判例セレクション

【コンテンツ契約紛争事例】新聞社社会部の記者らの社外出版物の復刻版にかかる出版契約の有効性が問題となった事例

平成26912日東京地方裁判所[平成24()29975]
() 本件のうちA事件は,原告が,被告に対し,被告が行う本件書籍の発売等頒布は,原書籍1及び2について原告が有する著作権(複製権,譲渡権及び翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権等),さらに原告の名誉権を侵害すると主張して,著作権法112条1項及び名誉権に基づき本件書籍の発売等頒布の差止めを求めるとともに,民法709条に基づく損害賠償金等の支払を求め,B事件は,原告が,原告と被告との間において,本件著作物に関する出版権が被告に存在しないことの確認を求めた事案です。
(前提事実)
〇原書籍
平成3年頃から平成10年頃にかけて発生した大手証券会社や都市銀行による,総会屋や衆議院議員に対する利益供与事件,日本道路公団,大蔵省,日本銀行の職員に対する接待汚職事件(以下,これらを総称して「本件利益供与及び接待汚職事件」)について,読売新聞社社会部の記者らは,平成8年夏頃から,当時読売新聞社の社会部次長であったCを中心に取材を行った。この取材結果を基に,その成果を書名「会長はなぜ自殺したか-金融腐敗=呪縛の検証」という著作物として一つの単行本にまとめ,同書は,平成10年9月20日,株式会社新潮社から発行された(「原書籍1」)。その後,この単行本は,平成12年10月1日,同じ題名で,新潮文庫として新潮社から発行された(「原書籍2」)。
原書籍1には,その255頁から259頁にかけて,平成10年8月付けの「あとがき」が付されており,その末尾には「読売新聞社東京本社社会部次長 C」と記載されている。また,原書籍2には,その306頁から310頁にかけて,上記「あとがき」が,さらにその311頁から315頁にかけて,平成12年8月付けの「文庫化にあたっての付記」が付されている。原書籍1及び2の「あとがき」には,執筆者として当時読売新聞社の社会部に所属していたD,E,F,G,H,I,J,K及びC,以上9名の記者(以下「本件執筆者9名」)の氏名が記載されている。
原書籍1及び2の著作者表示は,いずれも,「読売新聞社会部」である。
〇出版契約
被告(図書の出版及び販売等を目的とする会社)は,原書籍1及び2について,その復刻版の発行を企画した。そして,平成23年5月9日付けで,原書籍1及び2に記載された著作物に関する出版契約書(甲4。以下「本件出版契約書」といい,同契約書に基づく契約を「本件出版契約」と,同契約書の対象となった別紙記載の著作物を「本件著作物」という。)が作成された。
本件出版契約書は,被告側においてその原稿を作成し,当時,原告の社会部次長であったFとの間で行ったやりとりを経て修正されたものであり,その体裁及び内容は,次のとおりである。すなわち,「出版契約書」との表題の下に,「著作代表者名 F」,「書名 会長はなぜ自殺したか 金融腐敗=呪縛の検証」と不動文字で記載され,さらにその下に,「上記著作物を出版することについて,著作権者 読売新聞東京本社を甲とし,出版者 株式会社七つ森書館を乙とし,両者の間に次のとおり契約する。2011年5月9日」と不動文字で記載されている(ただし,上記日付部分の「5」と「9」のみは,手書きで記載されている。)。さらに,「甲(著作権者) 住所 東京都中央区<以下略> 氏名 読売新聞東京本社」との不動文字名下に「社会部次長 F」と手書きで記載され,「F」との印影の個人名印の押印がなされており,その下に,「乙(出版権者)」として被告の記名押印がなされている。なお,その「第1条(出版権の設定)」には,「甲は,表記の著作物(以下「本著作物」という)の出版権を乙に対して設定する。2. 乙は,本著作物を出版物(中略)として複製し,頒布する権利を専有する。」などと規定されている。
ところで,本件出版契約書には,付箋が貼付されており,その付箋には,「L様 本社の法務部門と協議の上,私個人の捺印と致しました。今後の手続きよろしくお願い致します。」と,また,当該記載の末尾には,「F」と,それぞれ手書きで記載されている。
〇被告による書籍の出版
被告は,本件出版契約に基づき,別紙記載の書籍(「本件書籍」)を製本し,これを発売等頒布している。

1 争点(1)(確認の利益の有無)について
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2 争点(2)(原告は原書籍1及び2につき著作権を有するか)について
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(4) 以上によれば,著作権法15条1項に基づき,原書籍1及び2の著作者は,読売新聞社であると認められるから,同社が原書籍1及び2の著作権を有していたと認めるのが相当である(著作権法17条)。
そうすると,後記4(4)のとおり,その後,同社が,読売新聞グループ本社とその子会社である原告とに会社分割された際,原告が読売新聞社の著作者たる地位を包括承継したものと認められるから,原告は,原書籍1及び2につき著作権を有すると認められる。
3 争点(3)(本件出版契約の有効性)について
(1) 前記2のとおり,本件書籍は,その本文が原書籍1及び2と同一であり,原告は,原書籍1及び2の著作権を有すると認められるところ,前記のとおり,被告は,本件あとがきを付記した本件書籍を製本して,これを発売等頒布したことが認められる。そこで,被告の同行為による原告の著作権(複製権,譲渡権及び翻案権)侵害の成否に関し,本件出版契約の成否及び有効性について,以下検討する。
(2) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,同認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
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(3) 上記(2)の認定事実によれば,Fは,当初,被告に対し,正式に社印を押した契約書を作成する意向を伝えた際には,原告の実際の運用に従って社会部長等の了解を得ることを考えていたとみる余地があるとしても,その後,実際に,直属の上司である社会部長やその他の上司の了解をとったり,原告における法務部等の原書籍 1 及び2の著作権に関して所管する部門と協議を行ったりといった行動をとった具体的な形跡は何ら認められない。
そうすると,本件出版契約書や,Fの被告に宛てたメールの存在をもって,原告がFに,本件出版契約の締結につき,原告を代理する権限を授与したとは認めるに足りず,本件全証拠を精査しても,原告がFに上記権限を授与したことを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
したがって,本件出版契約が原告と被告との間で成立したことを認めることはできない。
(4) 被告の主張について
ア 被告は,Fは原告側の知的財産部から受けた指示に従って被告と折衝していたから,原告がFに前記権限を授与したと認められるべきである旨主張する。
しかし,前記(2)のとおり,読売新聞グループ本社の知的財産部は,Lから申入れがあった事実をFに伝えるとともにLから受信したメールをFに転送したにすぎず,Lの申入れをFに伝達したにとどまるから,Fに被告と折衝するよう指示したと認めることはできない。
この点において確かに,FがLに対して送った電子メールには,「契約の手続きについては,若干,社内の著作権管理の部署に相談しなければなりませんので,今しばらくお時間を頂きたいと思います。」(平成23年2月2日),「契約の関係は,社内的な手続きはほぼメドがつきつつあります。」(同月8日),「社内の調整が終えました…」(同月14日)等の記載があり,本件出版契約書に貼付された付箋には,「本社の法務部門と協議の上」との記載がある。
しかし,Fが原告のどの部門の誰と,いつ,どのような協議をしていたかについて,Fは上記メールの中で何ら具体的に示しておらず,本件全証拠を精査してもかかる事実を具体的に示す客観的な証拠は提出されていない。かえって,F自身が,原告の社内において協議を行ったことや,原告の上司等の了承を得ていたことはない旨を陳述している。
また,上記電子メールをみても,FがLに送付した平成23年2月14日付けの電子メールには,「社内の調整が終えました…。Cはすでに読売新聞を退社して,球団の取締役になっているため,冒頭の『著作代表者』については,社員である『F』とさせて下さい。…了承いただけましたら,正式に『社印』を押印した契約書を作成したいと思います。」と社内手続を遂げており,本件出版契約書には社印が押印されるかのように記載されているが,平成23年4月27日付けのメールには,「…頂いた契約書がしばらくの間,社内に放置されておりました。…もし今からでも可能であれば,契約書を交わす社内的な手続きを進めたいと考えます。…」と従前のメールに反して社内手続が進んでいない旨が記載されており,さらに被告に届いた本件出版契約書には,「F」との印影の個人名印が押印されていたものである。
以上のとおり,Fは,被告に対し,社内の調整を終えたことを前提にして正式に社印を押した契約書を作成する意向を伝えていたにもかかわらず,これに反して,実際には,契約書が社内に放置されていた事実を明らかにした後に個人名印の押印をした本件出版契約書を被告に送付しているのであって,かかる経過は,原告の社内において,編集局長ないしは社会部長の了解がとられ,Fに対して,原告のために本件出版契約を締結する権限が与えられていたこととは相容れない事実というべきである。
また,確かに,本件出版契約書に貼付された付箋には「本社の法務部門と協議の上,私個人の捺印と致しました。…」と記載されていたが,上記経過に照らすと,Fは,当初こそ原告の実際の運用に従って社会部
長等の了解を得た上で「社印」を押印することを考えており,メールではあたかも社内手続が進んでいるかのように説明したが,実際には,契約書を社内に放置して,結局,編集局長ないしは社会部長の了解を得る手続をとっていなかったために,上記の付箋を付した上,個人名印を押したものと推認される。そうすると,上記付箋の存在によっても原告がFに上記代理権限を授与したことを基礎付ける事実と認めるのは相当ではない。
イ 被告は,Fが,印税の振込先として原告の当座預金口座を指定したことは,前記知的財産部の具体的な指示によるものであるとして,代理権限授与の事実を基礎付けるものである旨主張する。
しかし,この点に関しては,Fが,原告の経理局に対し,一般論として社外の出版社と出版契約を締結するときの印税の振込先の指定について尋ねたと供述しているのであって,本件全証拠を精査しても,前記知的財産部がFに指示したことを窺わせる事情は認められない。また,本件は,Fが,印税の振込先として,原告の当座預金口座を指定したものの(2011年(平成23年)2月14日付けの電子メール),その後に,当初の連絡に反して個人名印の押印がされた本件出版契約書が被告に送付されるという,原告がFに原告のために本件出版契約を締結する権限が与えられていたこととは相容れない事実とみるべき経過をたどっており,Fが印税の振込先を指定した事実は,代理権限授与の事実を基礎付けるものとはいえない。
以上によれば,被告の上記主張は採用することができない。
ウ 被告は,本件で提出された契約締結例につき,個人が,原告(著作権者)欄に記名又は署名した上で,個人印を押捺していることを指摘し,本件出版契約書にFの個人名印が押印されていても,Fが契約締結の代理権を付与されていたことと何ら矛盾はない旨主張する。
確かに,上記契約締結例における契約書は,社印ではなく,個人名印が押印されているものであるが,証拠によれば,代理人として記載されている個人はいずれも部長職以上の者であり,本件就業規則により契約締結権限を有すると認められるから,社会部次長の役職にあって少なくとも部長職以上の了解を必要とするFとは立場を異にするものである。そうすると,本件は,その点において,上記契約締結例とは前提を異にする事案といわなければならない。
以上によれば,被告の上記主張は採用することができない。
(5) 表見代理の主張について
ア 被告は,原告がFに被告との折衝を担当させたことから,上記代理権限授与の表示があったとして,民法109条により,本件出版契約が原告と被告との間において成立している旨主張する。
しかし,前記(4)アのとおり,知的財産部がFに被告との折衝に当たって何らかの指示をしたとみるべき事実は認められないから,上記代理権限授与の表示があったということはできない。また,FがLと継続的に連絡をとり続けたのは,契約書の検討はFを通じてやってもらう旨のCの指示によるものであり,その連絡の内容も,著作代表者や著作権者の表示,印税の支払先の指定といった形式面にとどまっており,かえって,本件出版契約における印税の割合を協議してこれを定めたのはCであって,本件出版契約における重要部分について折衝したのは,FではなくCであるということができる。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
イ また,被告は,原告がFに被告と折衝する代理権を授与していることから,それは本件出版契約締結の基本代理権を授与したものであるとして,民法110条により,若しくは,原告がFに本件出版契約締結の代理権限を授与したが契約締結以前に同代理権限が消滅したとして同法112条により,表見代理が成立する旨主張する。
しかし,そもそも,折衝する代理権とはいかなる法律行為についての代理権をいうのか判然としないが,前記(4)アのとおり,知的財産部がFに被告との折衝に当たって何らかの指示をしたとみるべき事実は何ら認められないから,原告がFに被告と折衝する代理権を授与したということはできないし,その他,本件全証拠を精査しても,本件において,原告から,Fに対して同交渉についての基本代理権が授与されたことを具体的に認めるに足りる客観的証拠はない。
また,本件全証拠を精査しても,本件において原告からFに一度でも,本件出版契約締結の代理権限が授与したと認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,被告の上記主張はいずれも前提を欠き,採用することができない。
(6) 小括
よって,被告が本件書籍を製本して,これを発売等頒布した行為は原告の有する著作権(複製権,譲渡権及び翻案権)を侵害する行為に該当する。
4 争点(4)(著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権等)侵害の有無)について
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5 争点(5)(名誉権侵害の有無)について
原告は,被告が本件書籍の著者名を「読売社会部C班」と表示し,これを発売等頒布しており,当該表示は一般読者をして,本件書籍は原告が著作したものと認識させ,本件書籍の内容が事件関係者のプライバシーを侵害するものであることから,一般読者は,原告が報道機関であるにもかかわらずプライバシーを侵害する書籍を著作する会社であるとの印象を持つことになり,そうすると,原告の社会的評価は著しく低下することになるのであって,被告による本件書籍の発売等頒布は,原告の名誉を毀損するものであると主張する。
この点,ある書籍の販売等の行為が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは,当該書籍に対する一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断するのが相当と解される。
これを本件についてみると,本件あとがきを含めて本件書籍の記載を詳細に検討しても,原告が本件利益供与及び接待汚職事件の事件関係者ら第三者のプライバシーを侵害する書籍を出版する会社である旨を表現する記載は認められない。確かに,本件書籍には,本件利益供与及び接待汚職事件で有罪判決を受けた者の実名及び判決結果や,逮捕,起訴に至っていないにもかかわらず贈賄者として本件利益供与及び接待汚職事件に関与したとされる者の実名及びその贈賄の概要が記載された部分が存在することが認められるが,本件書籍は読売新聞社会部の取材結果を基にしたノンフィクション作品である原書籍1及び2を復刊したものであって,その復刊をした者は本件利益供与及び接待汚職事件に関して報道した原告とは関係のない被告であることから,本件書籍に対する一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすると,上記記載部分は,原告が主張するような第三者のプライバシーに対する原告の姿勢を認識させるものということはできない。
したがって,被告による本件書籍の発売等頒布行為は,原告の社会的評価を低下させ,原告の名誉を毀損するものであるとは認められないから,その余の点について検討するまでもなく,原告の上記主張は理由がない。
6 差止めの必要性について
前記2ないし4のとおり,被告による本件書籍の出版に係る著作権(複製権,譲渡権及び翻案権)侵害及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害の事実が認められるところ,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件仮処分命令申立てを行った平成24年5月18日の当日午後5時頃から,原告が「七つ森書館に対する販売禁止の仮処分申立てについて」と題した文書を取次店,書店に配布して,本件仮処分命令申立ての結論が出るまで本件書籍を販売しないように強く要請したにもかかわらず,本件書籍は,平成24年5月18日から,都内の大手書店の一部店舗で販売が開始され,本件仮処分決定発令に至るまで一般の顧客に対して販売が継続されていたこと,その後,同販売は自粛されていることが認められるものの,発令後に発行された月刊「創」8月号において,仮処分決定に対して「『意地でも売るぞという気持ち』(中里社長)だという。」と掲載されていて,被告代表者の本件書籍の発売等頒布に向けた並々ならぬ強い意欲が表明されていたことからすれば,上記販売の自粛は,本件仮処分決定を受け,一時的に自粛しているにすぎないと推認される。
そうすると,本件の口頭弁論終結時において本件書籍の発売等頒布が再開されるおそれがなお存在するというべきであるから,本件書籍の発売等頒布に係る差止請求については,それを認める必要性があると認められる。
7 争点(6)(損害の有無及びその額)について
(1) 被告による本件書籍の出版行為が,原告が保有する著作権(複製権,譲渡権及び翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害行為に当たることは,前記2ないし4のとおりである。
そして,前記3(2)アないしオ認定の事実によれば,被告は原書籍1及び2の復刊を企画し,原告のホームページを通じて,原告に,復刊の許諾について申入れをしたこと,それを受けて当時原告の社会部次長であったFが被告の担当者であるLと折衝を始めたこと,Lは当時読売巨人軍の球団代表であったCとも協議を持ったこと,Cは契約書の検討は,Fを通じて原告でやってもらう予定である旨Lに伝えたこと,Fは,L宛てに「社内の調整が終えましたので,以下のような形で契約書を交わさせていただければ,と考えています。」などと記載したメールを送っていたこと,その後,Fは,本件出版契約書1通を郵送するに当たって,本件出版契約書に「本社の法務部門と協議の上私個人の捺印と致しました。今後の手続きよろしくお願い致します。」と手書きで書いた付箋を貼付していたことなどの本件出版契約の契約締結交渉における一連の事実を考慮すると,原告に帰責性がなく表見代理の成立を認めることはできないにしても,原告社内の決裁権限に関する規定や運用を知り得ない被告が,当時読売巨人軍の球団代表であったCから契約書の検討はFを通じて原告でやってもらう旨等の連絡を受けたことと相まって,当時原告の社会部次長であったFに契約を締結する権限があると信じて本件出版契約の締結手続を進めたとしても,その当時としては無理のないことであって,本件出版契約の効力が原告に及ばない結果になったことは,無権限であるにもかかわらずそれを秘して契約の締結手続を進めたFに主要な責任があると認められる。
しかしながら,前記3(2)カ,キの認定事実及び弁論の全趣旨によれば,その後,被告は,本件書籍の発売等頒布に先立ち,ゲラのチェックを進めるFから,「法務部に預けた」との連絡を受け,さらに,原告の法務部長Pから,本件出版契約の有効性に疑義があると指摘され,仮に同契約が有効であるとしても合意解除をしたい旨申入れを受けていたにもかかわらず,原告からFへの本件出版契約の契約締結に係る代理権授与の有無について何らの調査確認もせずに,一方的に本件書籍の発売等頒布に踏み切ったことが認められるから,その点において被告には過失があるものといわざるを得ない。
したがって,被告は,原告が保有する著作権(複製権,譲渡権及び翻案権)並びに著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害行為により原告が被った損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
(2) 被告による原告の著作権(複製権,譲渡権及び翻案権)侵害について
証拠によれば,被告が平成24年5月18日以降において,本件書籍を2100円(消費税込み)で発売し,少なくとも2000部を出版したことが認められる。そして,本件書籍が原書籍1及び2の復刻版であることや,本件全証拠を精査しても印税が支払われたことを伺わせる形跡がないこと等を鑑み,その利益率は,30%と認めるのが相当である。
したがって,原告が保有する著作権侵害に係る損害は,次のとおり,126万円となる。
2,100(円)×2,000(部)×30%=1,260,000(円)
(3) 被告による原告の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害について
前記4(1)のとおり,被告は,原書籍1及び2に本件書籍の内容とは関係のない,Cの読売巨人軍における役職解任に関する記載が含まれた本件あとがきを加え,著者名を無断で「読売社会部C班」に改変し,原告の意に反して,上記役職解任を巡る読売新聞グループとCの対立関係が報道されるなかで本件書籍をあえて出版したこと,他方,改変行為自体は本件あとがきを追加したのみで,原書籍1及び2の本文には何ら改変行為を行っていないこと,「読売社会部C班」との表示は「C班」という原告とは別個の主体を指すものとはいえないことなど,本件審理の経過,その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば,被告による著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害行為により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は,30万円と認めるのが相当である。 (4) 弁護士費用
本件事案の内容やその難易,認容額等諸般の事情を総合考慮すると,被告による侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は15万円と認めるのが相当である。
8 争点(7)(本件著作物に関する被告の出版権の有無)について
前記3のとおり,本件出版契約はFの無権代理行為によるものとして無効であり,表見代理が成立する余地もないから,被告には,本件著作物に関する出版権が存在しないものと認められる。