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著作権判例セレクション

【職務上作成する著作物の著作者】 新聞社社会部の記者らの社外出版物の復刻版の職務著作性が問題となった事例

平成26912日東京地方裁判所[平成24()29975]
2 争点(2)(原告は原書籍1及び2につき著作権を有するか)について
(1) 著作権法15条1項は,法人その他使用者の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物で,その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は,その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない限り,その法人等とする旨規定する。そこで,本件につき,原書籍1及び2が原告の職務著作といえるかについて,以下検討する。
(2) 前記前提事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,同認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
()
(3) 上記(2)の認定事実から,原書籍1及び2が職務著作であるかについて,以下,要件ごとに検討する。
ア 「法人…の発意」の要件について
() 「法人…の発意」の要件を満たすためには,著作物の作成の意思が直接又は間接に使用者の判断にかかっていればよく,著作物作成に至る経緯,業務従事者の職務,作成された著作物の内容や性質,両者の関連性の程度等を総合考慮して,従業者が職務を遂行するために著作物を作成することが必要であることを想定していたか,想定し得たときは,上記要件を満たすと解するのが相当である。
これを本件についてみると,上記(2)で認定したとおり,原書籍1及び2の記載は,Cによる「あとがき」(原書籍1),さらに「文庫化にあたっての付記」(原書籍2)が付加されているが,本文は,いずれも同一の内容であること,同本文の内容は,Cを含む,当時,読売新聞社の社会部に所属していた延べ41人の記者が,社会部長の了解の下に,平成8年(1996年)夏から,本件利益供与及び接待汚職事件について,500人以上の関係者に取材して得られた大部の証言メモ等を元に執筆されたものであり,讀賣新聞での連載記事から記述をそのまま転載した部分もあれば,記事に肉付けをした部分もあること,さらに,執筆をした記者は,原書籍1の出版につき社会部長の了解を得た上,執務時間中に社内のワープロを使用して執筆したほか,読売新聞社の費用負担において出張を含めた追加取材を行ったこと,読売新聞社が日刊新聞の発行,販売に限らず図書の発行,販売も事業目的としていたこと,以上の事実が認められる。
そうすると,原書籍1及び2については,読売新聞社という報道機関の社会部に所属していた記者らが,社会部長の了解の下,その職務に含まれていた本件利益供与及び接待汚職事件についての取材を行い,その取材結果をまとめたものとして,その職務と密接に関連する内容の書籍を執筆したことが明らかであるから,原書籍1及び2の執筆は,当時の読売新聞社の従業者が職務を遂行するために著作物を作成することが必要であることを想定していたか,想定し得た場合に当たると認めるのが相当である。
したがって,原書籍1及び2は,読売新聞社の発意に基づき作成されたというべきであり,「法人…の発意」の要件を満たすということができる。
() この点に関して被告は,原書籍1及び2の作成を発意したのは,本件あとがきの執筆者である当時の社会部次長であったCであって,発意の相手方は新潮社であること,当時の社会部長の了解は,本件就業規則7条所定の社外原稿の執筆に関する手続であったにすぎず,原書籍1及び2の印税は,新潮社から本件執筆者9名のうちC外4名の主要メンバーに直接支払われているのであるから「法人…の発意」があったことを何ら意味しない旨主張し,同主張に沿うCの供述も存する。
しかし,上記Cの供述は何ら客観的な証拠に基づくものではなく,かえって,Fが原書籍1及び2の作成を最初に発案した者は自分自身であり,そのきっかけは,平成9年8月7日に本件利益供与及び接待汚職事件の関係者への取材から得た事実関係が膨大であり新聞の連載記事に収まる内容ではなかったことによるものであると述べ,その根拠として同取材後に直ちに作成したとする資料を提出しており,それらの証拠には特に不自然・不合理な点は認められず信用するに足りるものであるから,被告の上記主張に沿うCの供述はたやすく措信できず,他にCが最初に発案したと認めるに足りる証拠はない。
また,原書籍1及び2の作成を最初に発案した人物が誰であれ,上記()のとおり,そもそも原書籍1及び2は,その内容が,延べ41名にも及ぶ社会部の記者らがその職務上行った取材の結果をまとめたものであり,その職務と密接に関連するものであるから,本件執筆者9名限りで,社会部記者としての職務を離れて執筆した社外原稿であると見ることは相当ではないし,原書籍1及び2の奥書に「著者」として表示されているのが,本件執筆者9名の氏名ではなく「読売新聞社会部」であることとも整合しない。
この点に関して被告は,「読売新聞社会部」との表示は,特定の自然人である本件執筆者9名の総称である旨主張する。しかし,証拠によれば,「読売新聞社会部」との著者表示は,「社会部」という担当部門がその表示に付されているものの,あくまで法人である読売新聞社を示すものとして,原書籍1及び2以外にも原書籍1及び2の発行の前後にわたり,多数の書籍において使用されており,しかも,読売新聞社の社会部に所属していた記者が執筆したものである旨があとがきに記載されたものであっても上記表示が付されているものが存在することが認められるところ,「社会部」は読売新聞社の一部門の表示にすぎないから,その表示自体からしても,法人である読売新聞社の略称として周知である「読売新聞」という表示が著作者名として通常の方法により表示されていると評価することができる。
また,「読売新聞社会部」との著者表示を使用する上記多数の書籍においてはそれぞれ執筆を担当した特定の社会部記者が異なるものであることが認められるところ,原書籍1及び2やその他複数の書籍の執筆担当者が書籍ごとに異なるのに,同じ「読売新聞社会部」という法人の部門名を著作者名として用いていることからしても,「読売新聞社会部」という表示は,個々の執筆者の総称などではなく,法人名を表示したものと認めるのが相当であるから,被告の上記主張は採用することができない。
また,印税の支払については,そもそも原書籍1の印税は,執筆をした本件執筆者9名のほかに読売新聞社の社会部や写真部にも分配されているし,また,本件職務著作規定の5項及び同項を前提とする7項によれば,読売新聞社において,同社が職務上著作物を出版する意図を持たず,執筆者等が職務上著作物を社外で出版する場合は,それによる印税等の収入を執筆者等に帰属させることがある,と規定していることから,原書籍1及び2の印税がCら同書籍の執筆者に直接支払われたとしても,そのことをもって直ちに,原書籍1及び2の作成の意思が直接又は間接に使用者である読売新聞社の判断にかかっていることを否定する事情になるとはいえない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
イ 「法人等の業務に従事する者」の要件について
前記(2)のとおり,原書籍1及び2の執筆者は,本件執筆者9名であるところ,これらの者が,原書籍1及び2の発行当時,読売新聞社と雇用関係にある従業員であったことは当事者間に争いがない。
したがって,原書籍1及び2は,読売新聞社の業務に従事する者が作成したというべきであるから,「法人等の業務に従事する者」の要件を満たす。
ウ 「職務上作成」の要件について
() 「職務上作成」とは,業務に従事する者の職務上,著作物を作成することが予定又は予期される行為も含まれると解され,これに該当するか否かは,法人等の業務の内容,著作物を作成する者が従事する業務の種類や内容,著作物の種類や内容,著作物作成が行われた時間と場所等を総合して判断すべきである。
これを本件についてみると,前記のとおり,読売新聞社は,日刊新聞の発行等を目的としており,その業務の内容が事件の報道であることは明らかであるから,原書籍1及び2を作成した読売新聞社の記者であった本件執筆者9名が従事する業務には事件の取材や記事の執筆も含まれるというべきである。さらに,前記(2)のとおり,本件執筆者9名は,執務時間中に社内のワープロを使用して執筆したほか,読売新聞社の費用負担で出張を含めた追加取材を行ったのであり,そうすると,原書籍1及び2は,報道機関の社会部に所属する記者らが,その社会部長の了解の下,報道機関の記者としてのその職務に含まれていた本件利益供与及び接待汚職事件についての取材から得られた情報をまとめ,社会部記者としての職務と密接に関連する内容の書籍として執筆されたものということができる。
以上によれば,原書籍1及び2は,読売新聞社の業務に従事する者が,その職務上作成したというべきであるから,「職務上作成」の要件を満たすと認めるのが相当である。
() この点に関して被告は,原書籍1及び2は,読売新聞社の業務の一つとして出版されたのではなく,読売新聞社とは無関係の別法人である新潮社の業務として出版されているから,「職務上作成」との要件を満たさない旨主張する。
しかし,上記()のとおり,原書籍1及び2の内容は,読売新聞社の記者の取材に基づいて,社会的に問題となった本件利益供与及び接待汚職事件に関して執筆されたものであるから,これが,報道機関たる読売新聞社の業務の範囲に当たることは明らかである。
また,被告は,原書籍1が,Cの社外で出版するという明白な意識の下に,職務外のものとして作成されたものであり,「職務上」作成されたものではないと主張し,同主張に沿うCの供述も存する。
しかし,前記ア()のとおり,原書籍1の作成を最初に発案したのがCであると認めることはできないから,原書籍1がCの社外で出版するという明白な意識の下に職務外のものとして作成されたものであるとの前提を欠いているし,本件執筆者9名のなかには,Cの上記供述を否定する旨の供述をする者がいること,前記(2)のとおり,原書籍1は,本件執筆者9名によって,執務時間中に社内のワープロを使用して執筆され,読売新聞社の費用負担で出張を含めた追加取材に基づいて作成されたものであって,原書籍1及び2の執筆に関連する諸作業(取材,分析や検討,執筆や校正等の作業)が行われた時間と場所が専ら読売新聞社の社外であり同社のものを用いていないことを裏付けるに足りる客観的な証拠が提出されていないから,Cの上記供述はたやすく措信できず,他に被告の上記主張を裏付ける証拠はない。
したがって,「職務上作成」との要件を満たさないとする被告の主張は採用することができない。
エ 「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」の要件について
() 上記要件につき,その名義の認定については,その表示されている場所,体裁やその著作物の性質等から総合的に判断すべきである。
これを本件についてみると,前記説示のとおり,原書籍1及び2の本文は,当時,読売新聞社の従業員であって,その社会部に所属していた記者らが,社会的に問題となった本件利益供与及び接待汚職事件に関して,報道のために職務上行った取材に基づいて執筆し,これを職務上作成したものであること,原書籍1及び2の奥書には,「著者」として「読売新聞社会部」と表示され,「The Yomiuri Shimbun City News Department 1998」の記載とともに「©」が表示されていることが認められる。
以上のような表示の場所,体裁や原書籍1の著作物としての性質等によれば,原書籍1及び2は,読売新聞社の著作名義の下に公表されたものと認めるのが相当である。
() この点に関して被告は,原書籍1及び2の「読売新聞社会部」との著者表示は,本件執筆者9名の総称であるから,職務著作の成立要件を具備しない旨主張するが,同主張に理由がないことは,前記ア()で説示したとおりである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
オ 「その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない」の要件について
() 上記要件は,著作物作成の時における契約,勤務規則その他において,職務著作に該当する場合であっても使用者ではなく従業者が著作者となる旨の定めが存在しない,との意味であると解されるところ,本件全証拠を精査しても,本件において上記のような定めが存在することを認めるに足りない。
したがって,本件においては,「その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない」という要件を満たすというべきである。
() この点に関して被告は,本件職務著作規定の1項は,職務著作の成立を「会社発行の」新聞その他の刊行物に限定しているから,本件においては,著作権法15条1項の「その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定め」が存在する旨主張する。
しかし,本件職務著作規定は,1項において,「従業員が職務上,執筆もしくは撮影して,会社発行の新聞その他の刊行物に掲載した記事,写真等の著作物」を「職務上著作物」と定義するところ,会社発行のものに限って「職務上著作物」とする旨は明示していないから,「会社発行の新聞」は「刊行物」の例示にすぎないとする解釈を排除する規定であるとは解されず,ほかに同解釈を否定する根拠となる規定は存在しない。かえって,本件職務著作規定の2項,8項は,「会社もしくは社外で職務上著作物を出版するに当たり」と,5項は,「会社が職務上著作物を出版する意図を持たない場合」と規定し,社外出版物の存在を当然の前提としているところ,「それについての著作権は会社に帰属するものとする。」(2項),「その執筆者等に著作権を譲渡し,もしくはその使用を許可して」(5項)と規定しており,これらの規定は,会社発行の刊行物以外においても職務上著作物があり得ることを規定するものとみるべきであるから,同社において,社外で刊行される職務著作の存在は予定されていたというべきであり,このことは,同規定の1項の解釈に当たっても斟酌されるべきである。
この点に関しては,原告の社会部長であるP(以下「P」という。)が,被告の主張を前提にすると,原告に所属する記者が職務著作に属する著作物をあえて社外刊行物として執筆して,印税を直接収受しようとする事態を招きかねないとして,被告の上記主張は誤りであると述べていることにも一定の合理性があるというべきである。
また,被告は,本件職務著作規定が,その2項や,5項,8項の規定から社外で刊行される職務著作物の存在を予定しているということはできないのであり,本件職務著作規定は,1項において「会社発行の」刊行物を職務著作物に当たると定義することを前提に,形式的には第三者が発売元となるとしても実質的には原告側が自ら発行する場合や,原告側と第三者との間に出版事業を共同事業とするような契約関係が存在する場合,原告が従業員を社外事業の担当者に任命する業務命令を発した場合,ほかに,後発的理由により原告側が出版する意図を失った場合について規定するものにすぎないとも主張する。
しかし,本件職務著作規定を被告が主張するような場合に限定して解釈しなければならない理由はなく,被告の上記主張は,その前提とする本件職務著作規定の1項について解釈を誤るものである。
したがって,被告の上記主張はいずれも採用することができない。
(4) 以上によれば,著作権法15条1項に基づき,原書籍1及び2の著作者は,読売新聞社であると認められるから,同社が原書籍1及び2の著作権を有していたと認めるのが相当である(著作権法17条)。
そうすると,後記4(4)のとおり,その後,同社が,読売新聞グループ本社とその子会社である原告とに会社分割された際,原告が読売新聞社の著作者たる地位を包括承継したものと認められるから,原告は,原書籍1及び2につき著作権を有すると認められる。