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著作権判例セレクション

【引用】 321項の趣旨と判断基準(論文(美術史)中の絵画の複製が問題となった事例)

▶昭和59831日東京地方裁判所[昭和55()7916]▶昭和601017日東京高等裁判所[昭和59()2293]
[控訴審]
二 そこで、控訴人主張の適法引用の抗弁について判断する。
1 著作権法第32条第1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」と規定しているが、ここに「引用」とは、報道、批評、研究等の目的で他人の著作物の全部又は一部を自己の著作物中に採録することであり、また「公正な慣行に合致し」、かつ、「引用の目的上正当な範囲内で行なわれる」ことという要件は、著作権の保護を全うしつつ、社会の文化的所産としての著作物の公正な利用を可能ならしめようとする同条の規定の趣旨に鑑みれば、全体としての著作物において、その表現形式上、引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができること及び右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められることを要すると解すべきである。
そして、右主従関係は、両著作物の関係を、引用の目的、両著作物のそれぞれの性質、内容及び分量並びに被引用著作物の採録の方法、態様などの諸点に亘つて確定した事実関係に基づき、かつ、当該著作物が想定する読者の一般的観念に照らし、引用著作物が全体の中で主体性を保持し、被引用著作物が引用著作物の内容を補足説明し、あるいはその例証、参考資料を提供するなど引用著作物に対し付従的な性質を有しているにすぎないと認められるかどうかを判断して決すべきものであり、このことは本件におけるように引用著作物が言語著作物(C論文)であり、被引用著作物が美術著作物(本件絵画の複製物)である場合も同様であつて、読者の一般的観念に照らして、美術著作物が言語著作物の記述に対する理解を補足し、あるいは右記述の例証ないし参考資料として、右記述の把握に資することができるように構成されており、美術著作物がそのような付従的性質のもの以外ではない場合に、言語著作物が主、美術著作物が従の関係にあるものと解するのが相当である。
控訴人は、本件の如く引用著作物が論文、被引用著作物が絵画である場合には、論文と絵画とは同一の性質を具有しないものであるのみならず、量的に比較しえないものであるから、その間の主従関係ははじめから成立する余地がなく、又はこれを問題にするのは適切ではなく、この場合の主従関係の要件は、引用に必要性及び必然性があることを要するとすることと実質的に同一であるというべく、したがつて、適法引用に該当するためには、引用著作物と被引用著作物とを明瞭に区別して認識できるような表現上の体裁をとることのほか、右の引用に必要性及び必然性があることを要し、かつ、必要最小限度の引用であることとの要件を具備しなければならないと主張する。
しかしながら、前述した主従関係は引用著作物が論文、被引用著作物が絵画である場合にも成立しうるものであり、また、主従関係の判断は、単に引用著作物と被引用著作物とを量的に捉えてなすべきものでないこと前述のとおりであるから、控訴人の主張は前提において失当であるし、また、著作者が著作に当たり、他の著作物の引用を必要とするかどうか、あるいは引用に必然性があるかどうかは、著作物が著作者の自由な精神的活動の所産であることからすれば、多分に著作者の主観を考慮してせざるをえないことになり、これを判断基準として採用することは客観性に欠ける結論に到達する虞れがあり、相当とはいえない。
また、控訴人が適法引用のもう一つの要件として主張する「最小必要限度の利用であること」は、その限度を著しく越える場合には、引用著作物の主体性、被引用著作物の付従性を失わせる場合があるという意味で、前述した主従関係の判断において考慮すれば足りることであつて、これをもつて別個の要件とすべき理由はない。
ところで、本件絵画がいずれも公表された著作物であることは当事者間に争いがないから、以下、本件書籍への本件絵画の複製物の掲載が著作権法第32条第1項の規定する要件を具備する引用に該当するか否かについて検討する。
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3 以上の認定事実によれば、C論文は、本件書籍が対象とする時代の洋画について、その歴史を概観する美術史であり、この時代の洋画の歴史を読者に理解させる目的で洋画作品を採録し、論文中でこれらの作品に言及し(特に、採録されていない作品についても言及している。)その場合、作品名と登載番号を併記して読者に参照の便宜を図つているものであり、このことは本件絵画についても同様である(「猫」についても、これに言及する前記認定のような文章がある。なお、前掲(証拠)によれば、同作品の複製物がその表題の下に掲載された「第五章 帝国美術院改組の波紋」という章は、冒頭の「美術界あげての空前の混乱」の項で、昭和10年に始まつた帝国美術院改組問題をめぐる美術界の大きな混乱の経緯を詳述していることが認められるが、本件書籍が予定した読者層を基準にして考えると、同作品が、右論述との関係で控訴人主張のような寓意図として利用されているものとは断じ難い。)。
そして、C論文は言語著作物、本件絵画は美術著作物であるという両著作物の性質の相違及び前記認定のような本件絵画の掲載の方法から、本件絵画とC論文とは明瞭に区別して認識しうるものと認められる。
そこで、進んで主従関係の点について判断するに、C論文は、前記のような美術史の記述としての性質、内容を有し、洋画の歴史を読者に理解させる目的で当該洋画作品である本件絵画の複製物を掲載したのであるから、本件絵画の複製物がC論文に対する理解を補足し、同論文の参考資料として、それを介して同論文の記述を把握しうるよう構成されている側面があることは否定できない。
しかしながら、前記認定事実によれば、本件絵画の複製物のうちカラー図版は特漉コート紙を、また、モノクローム図版は特漉上質紙を用いており、各図版の大きさも、最も小型のものでも約8分の1ページであり、大型のものは約3分の2ページと、鑑賞図版のうちの数点に勝る大きさであり、また、本件絵画の複製物のうち3点を除く他のものは、大小様々の大きさではあれ、1ページに1点の割合で掲載されており、その掲載場所も、そのうち3点は表題の下に、他の9点は、各該当ページの約3分の1を占めるにすぎないC論文の上部に前記認定のサイズで割付けられているものであり、更に、前掲(証拠)によれば、前記用紙は、ともに印刷適性の高い上質紙であり、特にカラー図版については色数こそ4色以下に止めたが、「原色」美術全集を標榜する関係から、その紙質の開発に苦心したところであつたことが認められ、叙上の本件書籍の紙質、図版の大きさ、掲載の配置、カラー図版の色数に関する各事実と前掲(証拠)中の本件絵画の複製物としての仕上り状態を総合すれば、右複製物は、モノクローム図版のものも含め、いずれも美術性に優れ、読者の鑑賞の対象となりうるものとなつており、本件絵画の複製物の掲載されたページを開いたC論文の読者は、同論文の記述とは関係なく、本件絵画の複製物から美的感興を得、これを鑑賞することができることができるものであり、本件絵画の複製物は、読者がその助けを借りてC論文を理解するためだけのものとはいえないものと認めるのが相当である。もとより、印刷技術の精巧化及び紙質の改良が進んでいる現在においても、絵画の複製における原作の忠実な再現は容易に解決することができない問題であり、厳密な美術鑑賞の観点からは別異の評価がなされるかもしれないが、本件書籍が想定する幅広い読者層の一般的観念に照らせば、本件絵画は十分に鑑賞性を有すると認めるべきである。
ここで、本件書籍中の鑑賞図版との対比における本件絵画の鑑賞性について付言するに、鑑賞図版は特漉アート紙を用い、色数も原則として5色が使用されており、また、88点中の数点の例外を除き補足図版よりも大きく複製され、1頁ないし2頁に1点、稀に1頁に2点の割合で登載されていて、鑑賞性において当然勝つていること前記認定のとおりであるが、それは本件絵画の複製物を含む補足図版の鑑賞性との相対的差異にすぎないものというべきであり、鑑賞図版との対比において本件絵画の複製物の鑑賞性が否定されるいわれはない。
このように本件絵画の複製物はそれ自体鑑賞性を有することに加え、それがC論文に対する理解を補足し、その参考資料となつているとはいえ、右論文の当該絵画に関する記述と同じページに掲載されているのは2点にすぎないこと前記認定のとおりであつて、右論文に対する結び付きが必ずしも強くないことをあわせ考えると、本件絵画の複製物はC論文と前叙のような関連性を有する半面において、それ自体鑑賞性をもつた図版として、独立性を有するものというべきであるから、その限りにおいてC論文に従たる関係にあるということはできない。
控訴人は、鑑賞性は絵画等の美術著作物に本質的に伴う属性であるから、絵画の複製物が鑑賞性を有しているからといつて適法引用に当たらないとすることはできない旨主張する。
絵画等の美術著作物において、鑑賞性がきわめて重要なことは、その性質上当然であり、このことはその複製物についても同様であるが、それ故にこそ、鑑賞性のある態様で論文等の言語著作物に絵画等の美術著作物の複製物を引用することが当然許容されるとすることは、その美術著作物についての著作権保護を危くするものであることが考慮されなければならない。しかも、絵画等の美術著作物であつても、これを被引用著作物として収録する場合一部引用その他の方法によつて鑑賞性を備えていない態様のものにすることは困難とはいえないから、鑑賞性を問題にすると美術著作物の引用は不可能となるということもできない。それ故、控訴人の前記主張は採用できない。
4 以上を要するに、本件絵画の複製物はC論文に対する理解を補足し、同論文の参考資料として、それを介して同論文の記述を把握しうるよう構成されている側面が存するけれども、本件絵画の複製物はそのような付従的性質のものであるに止まらず、それ自体鑑賞性を有する図版として、独立性を有するものというべきであるから、本件書籍への本件絵画の複製物の掲載は、著作権法第32条第1項の規定する要件を具備する引用とは認めることができない。