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著作権判例セレクション
【著作権法の目的】著作物の公正使用と権利濫用
▶昭和59年8月31日東京地方裁判所[昭和55(ワ)7916]▶昭和60年10月17日東京高等裁判所[昭和59(ネ)2293]
2 公正使用及び権利濫用の抗弁について
前認定の事実に照らせば、本件書籍が、明治以降の日本の美術を集大成し、これを体系的に編さんした「原色現代日本の美術」全18巻中の第七巻として、その出版が文化的意義を有することは、当裁判所も否定するものではない。しかしながら、文化的意義を有する出版であるということから直ちに、著作権者の複製権を無視し、その許諾なくして複製ができるという結論が生ずるということができないのは当然であり、このような主張が現行法上認められないことについては、あえて説明を要しない。
被告は、原告が本件絵画の複製を許諾しないことは、A作品のような公の文化財ともいうべき作品を恣意により死蔵させる行為であると主張するが、A作品は、現在までにも、著作権者の許諾の下に、一般向けの美術集などに掲載されてきており、美術館でそれぞれ展示もなされているのであるから、原告が本件書籍への複製許諾を拒否することによつて同画伯の作品が死蔵せしめられるというような事情は存しない。また、複製権者がその複製をある者には許諾し、ある者には拒否することは、複製権の行使の自由に帰することがらであつて、そのこと自体何ら非難されるべきものではない。
被告の公正使用の抗弁及び権利濫用の抗弁は、いずれも前提を欠き採用できない。
[控訴審同旨]
四 権利濫用の抗弁について
前記認定事実によれば、「原色現代日本の美術」全18巻は、明治時代以降の近代日本の美術史を体系的に編さんしたものであり、本件書籍はその第七巻であつて、関東大震災(大正12年)以降太平洋戦争の終結(昭和20年)までの日本人画家による主観主義的な写実あるいはフオーヴイズムの流れに立つ洋画を対象としたものであり、合計1万7525部販売され、美術に関心を有する読者の鑑賞と理解に寄与したものと認められる。
そして、前掲(証拠等)によれば、B[注:原審の「A画伯」のこと。以下同じ]は、本来粗目な麻布地であるカンヴアスの地肌を陶器の肌や和紙の質感さながらの乳白色の精妙なマテイエールに加工し、その上に浮世絵を思わせるような流麗な線描をもつて画像を表現した点に特質をもつエコール・ド・パリの画家として、世界的に高く評価され、第二次世界大戦前後日本に滞在したほかは、大正時代から昭和40年代にかけてパリを中心に制作活動をつづけたことが認められるから、控訴人が前記企画のもとに「原色現代日本の美術」を編さんするに当つては、Bを欠くことのできない最重要作家の一人として、その絵画を掲載する方針で臨んだことは当然のことと理解しうるところであるが、控訴人の再三の懇請にも拘らず、B作品を右美術全集に掲載することについて被控訴人の承諾を得られなかつたことは、控訴人自ら認めるところである。
そこで、被控訴人の不承諾の理由となつた考え方とこれに対する一般の反応をみるに、成立に争いのない(証拠等)によれば、Bは、生前、日本では同人の許諾なく個展が開催されたり画集が出版されていると指摘し、また、日本におけるBに対する批評、研究が浅薄であると批判し、日本の美術界全体に対し不信感を抱いており、被控訴人もそのような考え方を受け継いで、B作品の著作権問題に対処してきたが、本件書籍への本件絵画の掲載についても、世界的に評価された画家であるBを単に日本の絵画の流れの中で位置づけるものと不満に思い、再三にわたる控訴人の懇請を受け入れず、掲載に応じなかつたことが認められ、また、成立に争いのない(証拠)によれば、被控訴人は日本におけるB作品の展示、出版物への掲載等について前記のような態度を一貫してとり続けたため、国内の美術館において予定したB作品の展示を取り止めたり、展覧会においてB作品の複製物を掲載したカタログの頒布などを取り止めたり、出版社において美術出版物へのB作品複製物の掲載を中止することを余儀なくされるという事態が発生し、日本の美術界の一部にこれが被控訴人の個人的感情に基づくものとの批判もあつたことが認められる。また、前掲(証拠等)によれば、被控訴人が美術全集、美術史書、美術雑誌、教師用美術指導書等にB作品の掲載を承諾した事例も少くないことが認められるが、これらの承諾事例のすべてが不承諾事例と違つて、B作品の正当な評価と取扱い方をしているので承諾を与えたと断ずることができるか疑問の残るところである。
しかしながら、被控訴人の前記のような考え方ないし態度が美術界の一部において納得されない場合があり、また、被控訴人の諾否の基準が現実において完全には貫かれなかつたとしても、そのことによつて、被控訴人のB作品についての著作権を侵害することが許容されるということはありえない。もし、文化的価値の高い著作物が死蔵されるべきでないとして、著作権者の許諾なしにその利用が許容されるならば、権利として保護する必要性の高い著作物ほど、その侵害が容易に許容されるという不当な結果を招来しかねない。著作権法は、同法第1条所定の目的のもとに、著作権を権利として保護すると同時に、その保護期間を限定し、かつ、適法引用等著作物の公正な利用に意を用いた規定を設けており、著作権の保護期間内であつても、法の定める公正な利用の範囲内であれば、著作権者の許諾を要せず、著作物を利用することができるものとしているのであり、このような法の仕組みのもとにおいては、著作権者の許諾もなく、公正な利用の範囲をも逸脱して著作物を複製し、著作権を侵害する行為があつた場合にこれを公けの文化財あるいは文化的所産の利用の名のもとに許容すべき法的根拠はない。しかも、被控訴人は頑に複製物の掲載を拒否しているのではなく、現に数種の美術関係出版物にB作品の複製物が掲載されていることは前記認定のとおりであり、B作品を死蔵させているとすることは当たらない。また、控訴人の本件著作権侵害行為によつて被控訴人の被つた損害は、前記三2において説示するとおりであつて、軽微なものとすることはできない。
したがつて、本件書籍の出版が前述するような文化的意義を有するものであつても、それが著作権侵害行為に該当する以上、前記認定の事情のもとにおいて、被控訴人が著作権侵害を理由に、控訴人に対し本訴を提起し、侵害の停止等必要な措置を請求し、かつ、侵害によつて被つた損害の賠償を請求することは、法律上認められる正当な権利の行使であつて、これをもつて権利濫用とすることはできない。控訴人の抗弁は以上の認定事実と相容れない事実に立脚し、独自の見解のもとに権利濫用を主張するものであり、とうてい採用することができない。