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著作権判例セレクション

【美術著作物】広告目的に応じたデザイン文字(商業書道) を美術の著作物に当たるとした事例

▶平成110921日大阪地方裁判所[平成10()11012]
一 争点1(「原告の趣及び華」に著作物性が認められるか。)について
1 前提となる事実及び証拠によれば、次の事実を認めることができる。
原告は、「原告の趣」を、昭和58年にダイレクトメールのタイトルロゴとして毛筆で墨書して作成し、昭和63年に「商業書道を拓く」という書籍に収録した。また、原告は、「原告の華」を、平成元年に店舗ロゴ「雪華亭」の中の一文字として指で墨書して作成し(指文字)、平成3年に「Aの商業書道」という書籍に収録した。原告は、いずれの文字も、多数の印刷等も予定される広い意味での広告に使用される「書」として、下書きをせず、なぞるようなことなく、一気に書き上げるという手法で作成しているが、それぞれの広告の目的に応じたデザイン文字であると位置づけている。
2 著作権法は、著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義し(211号)、著作物の例示として、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を掲げる(1014号)とともに、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と定めている(22項)。「原告の趣及び華」は、文字を素材とした造形表現物であるので、右の「美術の著作物」に該当するかどうかが問題となる。
() 文字を素材とした造形表現物が、美術の著作物として認められるためには、当該表現物が、知的、文化的精神活動の所産として、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性(後述の純粋美術としての性質)を持ったものであり、かつ、その表現物に著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を害しないものに限ると解するのが相当である。
文字は、視覚的には当該文字固有の字体によって識別され、その多様な組み合わせ等により様々な意味を付与されることによって、人間社会における情報伝達手段を果たしているという特質を有する。したがって、文字自体は、情報伝達手段として、また、言語の著作物を創作する手段として、万人の共有財産とされるべきものである。そして、文字は当該文字固有の字体によって識別されるのであるから、多少の創作的な装飾が加えられた字体であっても、社会的に情報伝達手段として用いられる需要のある字体について、特定人に対し独占排他的な著作権を認めることは、その反面でその範囲について他人の使用を排除してしまう結果になる。そのような事態は、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」という著作権法の目的(1条)に反するものであるから、これを認めることはできない。
他方、文字を素材とした造形表現物の中でも、元来美術鑑賞の対象となるような書家による書は、字体、筆遣い、筆勢、墨の濃淡やにじみ等の様々な要素により多様な表現が可能な中で、筆者の知的、文化的精神活動の所産としての創作的な表現をしたものとして著作物性が認められるのは当然であり、書家による書に限らず、「書」と評価できるような創作的な表現のものは、美術の著作物(著作権法1014号)に当たると解される。そのように解しても、書は、そのまま情報伝達手段として利用すべき社会的な需要が少なく、これに独占排他的な著作権を認めても前記のような弊害を生じることはない。
そこで、本件についてこれをみると、前記1の事実及び別紙記載の「原告の趣及び華」自体によれば、「原告の趣及び華」は、確かに広義の広告のためのデザイン文字としての側面を有するものの、書又はこれと同視できるほどに、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有しており、かつ、それに著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を害しないものと認めることができるから、美術の著作物に該当するというべきである。
() 被告らは、「原告の趣及び華」は、いわゆるデザイン書体であり、美術工芸品以外の応用美術に属するのであるから、著作権法211号の「美術」には含まれず、美術としての著作物性を有しないと主張する。
応用美術とは、実用に供する物品に応用することを目的とする美術をいい、専ら鑑賞を目的とする純粋美術と対比されるものである。前記1の事実によれば、「原告の趣及び華」は、広義の広告という実用に供することを目的としているので、応用美術に属するといえる。
前記のとおり、著作権法は、応用美術の作品の中で、それ自体が実用品である美術工芸品について、美術の著作物に含むと規定している(22項)が、それ以外の応用美術の作品を著作権法による保護の対象とするか否かについて明文の規定を置いていない。そこで現行の著作権法の制定過程についてみると、著作権制度審議会が、昭和41420日、文部大臣に提出した著作権改正に関する答申では、応用美術の保護について次のように述べられている。
「1 応用美術について、著作権法による保護を図るとともに現行の意匠法等工業所有権制度との調整措置を積極的に講ずる方法としては、次のように措置することが適当と考えられる。
() 保護の対象
(1) 実用品自体である作品については美術工芸品に限定する。
(2) 図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、それ自体が美術の著作物であり得るものを対象とする。
() 意匠法、商標法との間の調整措置
図案等の産業上の利用を目的として創作された美術の著作物は、いったんそれが権利者によりまたは権利者の許諾を得て産業上利用されたときは、それ以後の産業上の利用の関係は、もっぱら意匠法等によって規制されるものとする。
2 上記の調整措置を円滑に講ずることが困難な場合には、今回の著作権制度の改正においては以下によることとし、著作権制度および工業所有権制度を通じての図案等のより効果的な保護の措置を、将来の課題として考究すべきものと考える。
() 美術工芸品を保護することを明らかにする。
() 図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有するものであるときは、美術の著作物として取り扱われるものとする。
() ポスター等として作成され、またはポスター等に利用された絵画、写真等については、著作物あるいは著作物の複製として取り扱うこととする。」
右答申のうち、1は第一次案、2は第二次案であるが、現行著作権法は、第一次案を採用せず、第二次案に基づいて立法されたものと解されている。そうすると、応用美術について、広く一般に美術の著作物として著作権の保護を与える解釈をとることは相当ではないが、応用美術であるからという理由で、一律に美術の著作物性が否定されるものでないことも明らかである。
そこで、本件のように広義の広告に用いることを目的とする応用美術に属するところの文字を素材とする造形表現物について検討すると、右答申の第二次案である2の()の考え方が参考になる。これは、絵画、写真等の著作物は、ポスター、絵はがき、カレンダー等に使用される目的で作られ(応用美術)、あるいはポスター等に利用されても(純粋美術の実用化)、そのためにその著作物としての性質を失うものではなく、著作権法によって保護されるという考え方である。このような類型においては、実用に供するための応用美術と、専ら鑑賞を目的とする純粋美術とを截然と区別することは困難であり、また、作成者の右のような主観の違いだけで同一の表現物に著作権の保護が与えられたり、与えられなかったりすることは合理的とはいえない。したがって、広義の広告に用いることを目的とする応用美術に属する文字を素材とする造形表現物については、客観的に見て純粋美術としての性質も有すると評価し得るもの、すなわち、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有すると認められるものについては、美術の著作物として、著作権の保護を与えるのが相当である。
「原告の趣及び華」は、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有することは、前記()で認定したとおりであり、応用美術に属するという理由で美術の著作物性を否定されるものではない。