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著作権判例セレクション
【地図図形著作物】実験結果等のデータをグラフ化した図表の著作物性を否定した事例
▶平成17年05月25日知的財産高等裁判所[平成17(ネ)10038]
(注) 京都大学は,訴外Bが執筆した学位論文に基づき,平成6年9月24日,同人に対して,工学博士の学位を授与した。控訴人は,上記学位論文が控訴人の創作に係る著作物を盗用して執筆されたものであり,京都大学による上記学位授与行為は控訴人の有する著作権及び民法上の人格権を侵害するものである旨主張して,京都大学を設置することを目的として設立された国立大学法人である被控訴人に対し,著作権法112条に基づき,学位の取消し,学位論文の廃棄及び閲覧等の防止措置を求めるとともに,民法709条に基づき,損害金(慰謝料)の支払を求めた。
原判決は,控訴人の本訴請求をいずれも棄却したため,これを不服とする控訴人が,本件控訴を提起したものである。
当裁判所も,控訴人の被控訴人に対する本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決記載のとおりであるから,これを引用する…。
1 控訴人は,本件学位論文が本件図表をそのまま使用したものであるのに,京都大学は,学校教育法や同大学学位規程に違反して,公正な審査をせずに本件学位を授与したものである旨主張する。
しかしながら,上記主張は,京都大学が,学校教育法等に違反してBに対し本件学位を授与した行為により,控訴人の本件図表についての著作権を侵害したことをいう趣旨と解されるところ,前記引用に係る原判決説示のとおり,本件図表について控訴人の著作権を認めることはできないのであるから,控訴人の本件各請求は,その前提を欠き,本件学位の授与が学校教育法等に違反するか否かについて検討するまでもなく,理由がないことが明らかである。また,仮に,上記主張が,上記著作権の侵害と関係なく本件学位の授与の違法をいう趣旨であるとすれば,本件学位について第三者である控訴人がその授与の適否を争うためには,少なくとも,控訴人にこれを争う法的利益があるといえることが必要であると解すべきところ,本件において,控訴人がそのような法的利益を裏付ける何らかの権利,利益を有することの主張立証は存在しない…。
2 控訴人は,本件報告書のデータ,資料は多額の研究費を投入して得られたものであるから,これと無関係なBに対して,上記データ等をそのまま使用した本件学位論文に基づき本件学位を授与した京都大学の行為は,不法行為に該当し,被控訴人は,慰謝料の支払義務を負う旨主張する。
しかしながら,本件図表について控訴人の著作権を認めることができないことは前記のとおりであり,また,本件報告書のデータ,資料について控訴人が何らかの権利等を有していることを認めるに足りる証拠もないのであって,多額の研究費が投入されたなどの事情があったとしても,本件学位の授与行為が,第三者である控訴人に対する関係で違法性を有し,不法行為を構成すると認めることはできず,控訴人の上記主張は理由がない。
3 控訴人は,生のデータをグラフ化する場合には,一様でない表現が可能であるから,データをグラフ化した本件図表は,著作物に当たる旨主張する。
控訴人の指摘するように,実験結果等のデータをグラフとして表現する場合,折れ線グラフとするか曲線グラフとするか棒グラフとするか,グラフの単位をどのようにとるか,データの一部を省略するか否かなど,同一のデータに基づくグラフであっても一様でない表現が可能であることは確かである。
しかしながら,実験結果等のデータ自体は,事実又はアイディアであって,著作物ではない以上,そのようなデータを一般的な手法に基づき表現したのみのグラフは,多少の表現の幅はあり得るものであっても,なお,著作物としての創作性を有しないものと解すべきである。なぜなら,上記のようなグラフまでを著作物として保護することになれば,事実又はアイディアについては万人の共通財産として著作権法上の自由な利用が許されるべきであるとの趣旨に反する結果となるからである。しかるところ,本件図表は,その個々の正確な意味内容は本件全証拠によっても必ずしも明らかではないものの,その体裁に照らせば,いずれも,C研究室が高硫黄・高金属常圧残油の水素化分解触媒の開発について行った実験の結果等のデータを,一般的な通常の手法に従って,データに忠実に,線グラフや棒グラフとして表現したものであると認められる。したがって,本件図表は,著作物に当たらないものといわざるを得ず,控訴人の上記主張は理由がない。
4 以上によれば,控訴人の被控訴人に対する本訴請求をいずれも棄却すべきものとした原判決は相当であって,控訴人の本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。