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著作権判例セレクション
【同一性保持権】送り仮名の変更、読点の切除、中黒の読点への変更及び改行の省略につき、同一性保持権侵害を認定した事例/法20条2項4号の意義
▶平成2年11月16日東京地方裁判所[昭和61(ワ)2867]▶平成3年12月19日東京高等裁判所[平成2(ネ)4279]
3 そこで、次に、別表記載の削除、変更が、著作権法20条1項所定の著作者である原告の意に反する改変に当たるか、仮に右の改変に当たるとしても、同条2項3号(昭和60年法律第62号による改正前)所定の改変として適法なものであるか否かについて判断する。
(一) 被告の主張3(二)(1)ないし(3)及び(6)の部分について
【原判決別表番号3、28、35及び50は、いずれも送り仮名の変更であり、同2、4、7、10、13、14、18、19、30、34、44、45及び49はいずれも「……、等」とある部分の読点の切除であり、同23ないし25、38、39、41及び42はいずれも中黒「・」を読点に変更したものであり、同20、22及び37は改行の省略であることは当事者間に争いがない。
ところで、著作権法20条1項は著作者はその著作物及び題号について同一性を保持する権利を有するとして、いわゆる同一性保持権を規定しているものであるが、同項にいうところの、著作物及び題号についてのその意に反する「変更、切除その他の改変」とは、著作者の意に反して、著作物の外面的表現形式に増減変更を加えられないことを意味するものと解するのが相当であるところ、かかる見地からみると、被控訴人の前記各行為が本件論文の外面的表現形式に増減変更を加えたものであることは、明らかというべきである。
そこで進んで、被控訴人のかかる行為が著作権法(昭和60年法律第62号による改正前のもの)20条2項3号[注:現4号。以下同じ]の「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしてやむを得ないと認められる改変」に当たるか否かについて検討することとする。
著作権法は、著作物は、著作者の人格の反映であることから、前述のように、著作者の意に反する著作物に対する変更、切除、改変等の行為を禁止し、著作物の同一性を保持することにより著作者の人格権の保護を図っているものである。しかしながら、他方、かかる同一性保持権を厳格に貫いた場合には当該著作物の利用上支障が生じ、かつ、著作権者においても同一性保持権に対する侵害を受忍するのが相当であると認められる場合については、同条二項において、著作権者の意思に係らしめず、その同意を得ることなく変更、切除、改変等の行為が許容される例外的場合を規定しているところである。これによれば、同項1号においては、用字、用語等において多くの教育的配慮が要請される教科用図書、すなわち、小学校、中学校又は高等学校その他これらに準ずる学校における教育の用に供される検定済図書等に著作物を利用する場合及び著作物を学校向けの放送番組において放送する場合又は当該放送番組用の教材に掲載する場合を、同項二号においては、主として居住という実用的目的に供される建築物の増築、改築、修繕又は模様替えの場合を、それぞれ規定しているところである。
そこで、同項3号における「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしてやむを得ないと認められる改変」の意義についてみると、同条2項の規定が同条1項に規定する同一性保持権による著作者の人格的利益保護の例外規定であり、かつ、例外として許容される前記の各改変における著作物の性質(主として前記2号の場合)、利用の目的及び態様(前記1号、2号)に照らすと、同条3号の「やむを得ないと認められる改変」に該当するというためには、利用の目的及び態様において、著作権者の同意を得ない改変を必要とする要請がこれらの法定された例外的場合と同程度に存在することが必要であると解するのが相当というべきである。
以上の観点から被控訴人のした本件改変の正当性に関する前記主張をみると、前記の送り仮名の変更については、日本新聞協会の新聞用語懇談会が取り決めた方式に準拠したもので、広く一般に通用する用語法に従ったものであるとし、同読点の切除については、一般的な用例に準拠したものであるとし、また、前記中黒「・」の読点への変更については論述内容の誤解の防止及び他の論文との表記の統一の観点から行ったものであり、さらに、前記改行については当該箇所においては改行の必要性が認められず、行数の削減にもなるとの観点から行ったものであるとするもので、いずれも前記の3号にいうところのやむを得ない改変に当たると主張するものである。
しかしながら、本件論文は大学における学生の研究論文であり、また、本件雑誌が大学生を対象としたものであることは、弁論の全趣旨により明らかであることからすると、利用の目的において、教科用の図書の場合と同様に前記のような改変を行わなければ、大学における教育目的の達成に支障が生ずるものとは解し難いし、また、前記のような性格の論文において、他の論文との表記の統一がいかなる理由で要請されるのかも明確ではない。
そうすると、被控訴人の主張するところからは、かような著作物の利用の目的及び態様に照らし、本件論文の掲載に当たって、前記の著作権者の同意を得ない改変の必要性が例外的に許容されている1号及び2号の場合と同程度に存したものと解することは到底困難というべきであるから、かかる改変が著作権法20条2項3号の「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしてやむを得ないと認められる改変」に当たるとすることはできない。そして、このことは、仮に、前記のような改変により、当該部分の実質的意味内容を害するものではないとしても、同一性保持権が外面的表現形式に係るものであることからすると、何ら異なるところではないというべきである。】
(二) 同3(二)(4)の部分について
この部分のうち、別表26の部分については前示のとおりであり、別表27の部分についての原告作成原稿である前掲乙第一二号証によれば、右の部分は、表Ⅱー8の数字の合計欄であることが認められるところ、同表の合計されるべき数字を見れば、原告作成原稿の当該部分の数字は、加算の誤りによる誤字であることが認められる。したがって、これを正しく加算した結果に基づいて補正することは、原告論文の利用の目的及び態様に照らしやむを得ないものというべきである。この点について、原告は、被告は、算術的誤りの原因については、何らの判断材料も有していなかった旨主張するが、右の表Ⅱー8の記載自体から、補正が必要か否かの判断は可能であり、したがって、原告の右主張は、採用の限りでない。
(三) 同3(二)(5)の部分について
被告雑誌のこれらの部分は、いずれも原告論文の表現の一部分を削除したものである。前掲甲第一号証によれば、ここで削除された部分は、未削除部分とは、著作物として一体となっているものと認められるのであるから、そのこと自体、著作物である原告論文の同一性を害する改変に当たるものというほかはない。被告は、その削除の理由を主張するが、その主張するところは、被告雑誌の発行自体とは無関係の論文応募上の制限の問題であったり、あるいは、予算上の都合という専ら被告側の一方的な理由によるものであって、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないものであるとは認められないから、被告の右主張は、採用することができない。
(四) 同3(二)(7)の部分について
いわゆる誤植の類については、印刷技術の制約などから生じるような誤植であり、しかも、誤植であることが明らかであって、これによって、その部分の意味内容が異なるものになるような場合でない限りは、同一性保持権を侵害する改変には当たらない、と解するのが相当である。そこで、被告が誤植であると主張する部分を見るに、別表9記載の部分は、「困民軍」を「困民党」にしたものであるところ、原告本人尋問の結果によれば、かかる変更は、歴史的な事実に基づく固有の名称を異なるものに変更したものであると認められ、その意味内容が異なるものになっていると認められるから、かかる変更は、著作物の同一性を害するものというべきであるが、その余の部分は、一見して誤植であることが明らかであり、当該表現の意味内容を異なるものにするものではないと認められるから、著作物の同一性を害するものとはいえない。【なお、原判決別表番号17は中黒「・」の切除、同31は読点の加入、同40、41は読点の切除であるが、いずれも前記のように本件論文の原稿において、中黒「・」、読点について複数の共通した表現形式が用いられている箇所を改めたものとは異なり、その前後の文章の脈絡からみて単なる誤植であって改変とまで認めるのは相当ではない。また、同番号35は本件論文の原稿に「決って」とあるのを「決まって」と掲載したものであるが、同番号32によれば、右原稿の他の箇所では「決まって」と表現されているから、右35はこれに合わせ送り仮名の表現を統一したものと解せられるのであり、もとより改変と認めることはできない。】
4 以上によれば、請求の原因5の被告の行為のうち、【原審が同一性保持権を侵害すると認めた】別表1、5、8、9、11、15、16、29、52及び53に関する部分【のほか、別表番号2ないし4、7、10、13、14、18ないし20、22ないし25、28、30、34、35、37ないし39、41、42、44、45、49及び50に関する部分も】原告が原告論文について有する同一性保持権を侵害したものというべきである。
四 【当審…により認定した著作者人格権に対する侵害行為の内容は送り仮名の付し方の変更、読点の切除、中黒の読点への変更及び改行の省略であるところ、著作物における送り仮名の付し方、読点の種類・位置、改行の要否等については、これを規制する法令の定めはなく、また、常に厳格な文法上の約束事があるとは限らず、広く著作者の個性に委ねられ、他人がみだりに容喙することが相当でない分野であるといわなければならない。しかしながら、これらの改変の結果により、当該部分の実質的な意味内容が変更したと認めることはできない上、被控訴人の改変行為においては一般的に広く採用されているところの表記法を採用したものであることからすると、右改変行為により本件論文の客観的価値が毀損されたものとは認め難い。また、侵害行為の態様においても被控訴人において控訴人が前記のような表記方法を厳守していることを知りながら、殊更にこれを無視して前記改変を行ったものと認めるに足りる証拠はなく、かえって、かかる事情を知らないまま読者により分かり易い表現にするとの観点から一般的に広く採用されているところの表記法を採用したものであることは既に認定したとおりである。加えて、被控訴人の前記改変により控訴人の社会的評価が著しい影響を受けたものと認めるに足りる証拠は全くない。
以上のような、侵害行為が本件論文の実質的な内容及び控訴人に対する社会的評価に及ぼした影響の程度、侵害行為の態様及びその動機等の諸事情を総合勘案すると、被控訴人の前記改変行為により、控訴人が被った精神的損害に対する慰謝料は5万円が相当であり、また、控訴人の弁護士費用のうち被控訴人の侵害行為と相当因果関係がある損害として被控訴人の負担すべき額は1万円が相当であると認められる。
したがって、控訴人の不法行為に基づく損害賠償請求は金6万円及びこれに対する不法行為後の日であることが明らかな昭和61年3月28日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるというべきである。】