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著作権判例セレクション

【著作物の定義】額に汗の法理(江戸時代の大名らと大目付らとのやりとりを収載した文献の解題の翻案性が争点となった事例)

平成261224日 東京地方裁判所[平成26()4088]
1 争点1(翻案権侵害の成否)について
(1) 言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),著作物の表現上の本質的特徴とは思想又は感情の創作的な表現を意味すると解されるところ,思想又は感情の創作的な表現といえない点において既存の著作物とそれに依拠して創作された著作物とが同一性を有するにすぎない場合には,翻案に当たらないというべきである。
したがって,本件において,被告各記述が原告各記述を翻案したというためには,原告各記述が思想又は感情を創作的に表現したものであることはもとより,原告各記述と被告各記述とで同一性を有する部分が思想又は感情を創作的に表現したものであることも必要である。
ここで,思想又は感情の創作的な表現というためには,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく,作者の何らかの個性が表現されたもので足りると解すべきであるが,事実若しくは事件それ自体など思想又は感情でない部分,思想,感情若しくはアイデアなど表現でない部分又は表現であっても他の表現をする余地が小さく若しくは表現がありふれたものであるなど表現上の創作性がない部分は,いかに思想への想到若しくは事実の発見などに多大な労力を要し,又は思想として独創的なものであろうと,思想又は感情の創作的な表現たり得るものではない。
この点,原告は,本件三文献の解読及び分析に20年の歳月を費やして本件問答集を完成させたこと,従前は類書が存在せず,本件解題に記載された分析も原告が初めてなしたものであること等を,創作的表現の根拠として主張するが,上記のとおり,著作権法は,学術的な思想や発見それ自体を保護するものではないから,本件三文献の解読及び分析に多大な労力を費やしたこと及びそれが原告によって初めてなされたことそれ自体が,著作権法によって保護される創作的表現となるものではない。むしろ,本件解題のように,史料を分析して歴史的な事実を明らかにしようとする場合,個々の分析結果は,他の方法により表現する余地が小さく,学術的な思想ないし発見された事実それ自体であって,創作的表現とならないことが多いというべきである。
また,原告は本件解題のうちの一部である原告各記述の翻案権侵害を主張しているのであるから,原告各記述の表現上の創作性又は原告各記述と被告各記述とで同一性がある部分の表現上の創作性の有無を検討すれば足り,本件解題中の原告各記述以外の記載や,まして史料部分の記載について表現上の創作性の有無を検討する必要はない。