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著作権判例セレクション
【映画著作物の著作権の帰属】てんかん発作の症例に関するアニメーション映像の著作者及び映画製作者の該当性が争点となった事例
▶令和5年8月30日東京地方裁判所[令和3(ワ)12304]▶令和6年3月28日知的財産高等裁判所[令和5(ネ)10093]
(注) 本件は、原告が、被告に対し、被告がインターネット上の動画共有サイトにおいて別紙記載の映像(「本件映像」)を原告の氏名又は屋号を著作者名として表示することなく公開した行為により、本件映像についての原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償として、損害金等の支払を求めた事案である。
(前提事実)
〇 原告は、「A」の屋号で、アニメーションの制作等を業として営む個人事業主である。被告は、書籍の企画・編集・制作・販売を行う出版社である。C医師は、F脳神経外科において教授兼診療部長を務める医師であり、特に「てんかん」の分野で豊富な知見を有する者である。
〇 本件映像は、てんかん発作の13症例に関するそれぞれ1ないし2分程度の長さの独立した別個のアニメーション映像によって構成されている。
〇 被告は、C医師の紹介により、原告に本件映像の制作を委託し、原告は、平成26年2月5日頃、被告に本件映像のデータを納品した。被告は、平成26年3月、本件映像の収録されたDVD(「本件DVD」)が付属する「アニメとイラストでわかるてんかんのすべて知っておきたい『てんかんの発作』」(「本件書籍」)を発行した。本件書籍の奥付には、「著者
C」、「アニメ監修 D、E」、「DVD 製作B(A)」と記載されていた。また、本件DVDのレーベル面には、「C」及び「©C 2014」と記載がされているものの、原告の氏名及び屋号はいずれも記載されていなかった。
〇 被告は、平成29年8月3日から令和2年12月22日までの間、インターネット上の動画共有サイト「YouTube」(「本件サイト」)において、本件DVDのメニューから「全映像連続再生」を選択した後に再生される映像を複製したもの(「本件複製映像」)を、誰もが閲覧可能な状態で公開した。本件サイトにおいて、原告の氏名及び屋号はいずれも表示されていなかった。
[注]
本件において、「争点2(本件映像の著作者)について」及び「争点3(本件映像の著作権者)について」で、原審と控訴審で異なる認定がされている。
1 認定事実
(略)
2 争点1(本件映像の著作物性)について
(略)
3 争点2(本件映像の著作者)について
(1)
映画の著作物該当性について
前記2、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件映像は、映画の効15 果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物であると認められるから、映画の著作物に当たるというべきである(著作権法2条3項)。
(2)
原告について
(略)
したがって、原告は、少なくとも本件映像の監督、演出、美術等を担当して、その全体的形成に創作的に寄与した者と認めるのが相当である。
(3)
C医師について
(略)
上記のような本件映像の制作過程におけるC医師の役割、関与の程度に鑑みれば、C医師は、少なくとも本件映像の制作を担当して、その全体的形成に創作的に寄与した者と認めるのが相当である。
(4)
被告代表者について
(略)
(5)
D医師及びE医師について
(略)
(6)
小括
以上によれば、本件映像の著作者は、原告及びC医師であると認められる。
4 争点3(本件映像の著作権者)について
(1)
本件映像の著作権の帰属に関して著作権法29条1項が適用されるか否かについて
ア 著作権法29条1項は、「映画の著作物…の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。」と規定する。
この規定は、映画の著作物には多数の著作者が存在し得るところ、全ての著作者に著作権の行使を認めると、著作物の円滑な利用が妨げられること、映画の著作物の製作に当たり、映画製作者が自己のリスクの下に多大な製作費を投資する例が多いため、その投下資本の回収を図る必要があることなどの点を考慮して、所定の要件を具備する映画の著作物の著作権を映画製作者に帰属させることとしたものと解される。
そして、著作権法は、同法15条の規定の適用を受けるものと同法29条2項又は3項の適用を受けるものを除く全ての「映画の著作物」の著作権につき、同条1項の適用によりその帰属を決するものとしていると解される。
これを本件についてみると、前記3(1)のとおり、本件映像は、「映画の著作物」であると認められるから、その著作権の帰属に関しては、同項の適用により決定されることになる。
イ これに対し、被告は、著作権法29条1項は劇場用映画を想定した規定10 であり、本件書籍の従たる付属物として作成された本件映像には適用されないと主張する。
そこで検討するに、前記1及び3において認定したとおり、本件映像の制作には、原告及びC医師以外にも、原告が委託した業者を含め多数の者が関与しており、多数の著作者が存在し得るものといえる。また、本件書籍は、題号が「アニメとイラストでわかるてんかんのすべて
知っておきたい『てんかんの発作』」とされ、本文中の挿絵として本件映像から切り出された静止画が複数掲載されているように、本件DVDが付属する形態で販売されることが前提となっている上、本件書籍を増刷する際には、本件DVDに収録されている本件映像及び上記各静止画も併せて複製しなければならないから、本件映像の円滑な利用を図るためには、特定の者に著作権を集中的に行使させる必要があるといえる。
費用の点についてみても、本件映像の最終的な製作費は411万1800円と必ずしも低額なものとはいえず、これを支出した主体に回収の機会を与える必要性を否定できない。
これらの事情に照らせば、本件映像について、著作権法29条1項の適用を排除しなければならない合理的な理由があるとはいえず、被告の上記主張は採用することができない。
ウ したがって、本件映像の著作権の帰属に関しては、著作権法29条1項が適用されるというべきである。
(2)
本件映像の映画製作者について
ア 映画製作者の意義及び本件における判断基準
著作権法29条1項の「映画製作者」、すなわち「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」(著作権法2条1項10号)とは、その文言及び前記の同法29条1項の趣旨に照らせば、映画の著作物を製作する意思を有し、当該著作物の製作に関する法律上の権利・義務が帰属する主体であって、そのことの反映として当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者であると解するのが相当である。
そして、本件において、上記の定義のうち当該著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体となる者であるか否かを判断するに当たっては、前記1のとおり、本件映像が、本件書籍に付属するものとして制作されたことから、本件書籍と一体となって書店等で販売されることにより、将来的に投下資本の回収が図られることが企図されていたのみならず、本件書籍を製薬会社等に相当数購入してもらうことにより、その制作に要する費用を賄うことが予定されていたという点も、併せて考慮されるべきである。
(略)
したがって、本件映像の映画製作者はC医師と認めるのが相当である。
(3)
本件映像の製作への参加約束について
前記1において認定した本件映像の制作に至る経緯に照らせば、本件映像の共同著作者である原告は、映画製作者であるC医師に対し、本件映像の製作に参加することを約束していたと認められる。
(4)
小括
以上によれば、本件映像の著作権は、著作権法29条1項により、C医師に帰属すると認められる。
5 争点5(著作者名表示の省略の可否)について
(1)
被告は、本件において、本件複製映像を視聴した者において本件映像の著作者を調査できる状況にあったから、原告が著作者であることを主張する利益を害するおそれはなく、かつ、書籍に付属するDVDに収録された映像を動画共有サイト等で公開する際、当該サイト等において当該映像の著作者を表示しないのが通例であり、これが公正な慣行であると主張する。
しかし、被告が証拠として提出する書籍やDVDに関し、収録されている映像の著作者が誰であるのか、その権利関係の処理がどのようにされているのは何ら明らかでなく、本件全証拠によっても、被告が主張する慣行が存在すると認めることはできない。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(2)
前提事実のとおり、被告は、原告の実名又は変名を著作者名として表示することなく、本件サイトにおいて本件複製映像を公開していたのであるから、この行為により、本件映像に係る原告の氏名表示権を侵害したというべきである。
6 争点6(故意又は過失の有無)について
本件映像のような映像作品が映画の著作物に当たり得ることは、同じく著作物である書籍の企画・編集・制作・販売を行う出版社である被告にとって、容易に認識可能であったというべきである。そして、被告において、本件複製映像を公開する前に、本件映像が著作物に当たらないとか、原告が本件映像の著作者でないとの点について法的な観点から調査検討したことを認めるに足りる証拠はない。
これらの事情に照らせば、被告には、本件映像に係る原告の氏名表示権を侵害したことについて、少なくとも過失があるというべきである。
7 争点7(損害の有無及びその額)について
(1)
著作権侵害に係る損害について
前記4において説示したとおり、原告は本件映像の著作権者と認められないから、原告において著作権侵害を前提とする利用料相当額及び逸失利益の損害が生じたと認めることはできない。
(2)
氏名表示権侵害に係る損害について
ア この点に関し、被告は、著作権法64条1項を指摘して、本件映像はC医師らの共同著作物であるところ、共同著作物における著作者人格権に基づく損害賠償請求権は、共同著作者全員の同意がなければ行使し得ないと主張する。
イ そこで検討すると、前記3において認定した本件映像の制作過程における原告及びC医師の関与の態様及びその関与によって完成した本件映像の内容に鑑みれば、本件映像は、原告及びC医師が共同して創作した著作物であって、両名の寄与を分離して個別的に利用することができないものと認められるから、原告とC医師を著作者とする共同著作物(著作権法2条1項12号)に当たると認められる。
しかし、同法64条1項所定の「行使する」とは、著作者名の表示を変更するなど著作者人格権の内容を具体的に実現することをいうと解されるから、本件のように、第三者によって著作者人格権が侵害された場合に慰謝料を請求することは、同項所定の「行使する」に当たらない。
したがって、原告は、C医師の同意がなくとも、被告に対し、本件映像に係る氏名表示権侵害を理由とする損害賠償を請求することができる。
(略)
以上に加えて、出版社として本件DVDに著作権者の表示をしながら本件映像の著作物性を争うなどの被告の本件訴訟前及び本件訴訟遂行における態度を含め、本件に現れた諸事情を考慮すると、氏名表示権侵害に係る慰謝料の額は50万円と認めるのが相当である。
(3)
弁護士費用について
被告による氏名表示権侵害行為と相当因果関係がある弁護士費用は5万円と認められる。
[控訴審]
第3 当裁判所の判断
当裁判所は、控訴人の請求については、88万円及びこれに対する令和2年12月22日から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は次のとおりである。
1 認定事実
認定事実は、原判決…に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 争点1(本件映像の著作物性及び「映画の著作物」該当性)について
(略)
3 争点2(本件映像の著作者)について
⑴ 映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者である(著作権法16条)。
⑵ 控訴人の関与について
認定事実のとおり、控訴人は、本件映像の制作に当たり、絵コンテ、レイアウト、背景、原画及び動画の各作成並びに彩色、撮影、音響及び編集の各作業を自ら行い、又はその一部を他の業者に委託した上で、これらの業者に対する指示を行っている。そして、本件映像に描写されている人物の体格、人相、着衣、発作前後の動作、所在する場所、背景となる造作や家具、人物を捉える方向や画角については、視聴者がてんかん発作として見られる特徴的な動きに集中できるように選択がされているものと認められ、これらの創作的な表現は、控訴人の上記各作業によって作出されたものといえる。
⑶ A医師の関与について
前提事実及び認定事実によれば、本件映像にアニメーション映像として収録するてんかんの13症例を選択し、その順序を決定したのはA医師である。
また、控訴人はてんかんについての知識を有していなかったから、てんかんの分野で専門的な知識を有するA医師が、本件映像で扱う症例の特徴について控訴人に説明したものと推認される。ただし、A医師は、原審で実施された証人尋問において、全ての症例について参考映像を提供した旨供述するが、控訴人はこれを否認しており、提供された映像として証拠として提出されているものは三つしかなく、A医師が控訴人に送ったメールの文面からすると、A医師が上記三つの映像のほかにも何らかの映像を控訴人に提供したことは認められるものの、これをもって、全ての症例について参考映像を提供したとは認められない。
また、認定事実によれば、A医師は、控訴人がアニメーション映像の作成に係る作業を行うに際し、症例に適した人物の性別や年齢を伝えたり、発作を表現するに際して人物を描写するのにふさわしい方向を伝えたりするなどしたが、本件の全証拠によっても、A医師が多数の症例について、てんかん発作の動きや介助者の関与に関する動きの描写、人物の表情や背景の描写等に関する個別具体的な指示を控訴人に伝えたとは認められない。
さらに、認定事実によれば、A医師は、控訴人が作成した絵コンテや原画を自ら確認するとともに、一部の症例について、C医師及びD医師にその確認を依頼し、かつ、控訴人が作成した本件映像のナレーション原稿の草案及び字幕の内容を確認したと認められるが、いずれも、医学的見地から正確性を欠く内容の有無や本件書籍の内容との整合性を確認し、控訴人に指摘する内容であるといえる。A医師は、本件映像に用いられているフォントやメニュー画面の修正の指示も行ったが、本件映像における表現の中で占める割合としてはごくわずかな部分にとどまる。
⑷ その他の者の関与について
ア 認定事実によれば、被控訴人代表者であるB’は、控訴人が作成したナレーション原稿の草案及び字幕の修正や、本件書籍の内容との整合性の確認、本件映像に用いられているフォントやメニュー画面の指示を行っているが、本件映像の制作について上記以外の関与をしたとは認められない。
イ C医師及びD医師は、本件映像の制作過程において、一部の症例について、控訴人の作成した絵コンテやラフ原画を見て、てんかん発作の動きが医学的に正確に表現されているかを確認し、A医師を介して修正指示をしたにとどまる。
⑸ 上記⑵ないし⑷によれば、本件映像の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は、控訴人であって、A医師、被控訴人、C医師及びD医師はこれに当たらないと認められる。
A医師の関与は、全体として見れば、控訴人に対するてんかんに関する情報提供や、本件映像を医学的に誤りのない内容にするための確認がほとんどであり、それらは本件映像の制作を監修する立場からの助言若しくはアイデアの提供というべきものであって、本件映像の具体的表現を創作したものとは認められず、A医師が本件映像の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与したとはいえない。また、本件映像で取り上げられた症例及びその再生順序を決定したことについては、本件映像が本件書籍の付属物であることから、本件書籍に準拠して上記決定をしたにすぎず、上記決定をしたことをもって、A医師が本件映像の全体的形成に創作的に寄与したと認められることにもならないというべきである。
被控訴人、C医師及びD医師については、これらの者による関与が前記⑷のとおりのものにすぎないことからすれば、これらの者が本件映像の全体的形成に創作的に寄与した者に当たるとは認められないというべきである。
4 争点3(本件映像の著作権者)について
⑴ 著作権法29条1項は、「映画の著作物の・・著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。」と規定している。
前記2のとおり、本件映像は映画の著作物であると認められるから、本件映像の著作権の帰属については、著作権法29条1項が適用され、本件映像の著作者である控訴人が、映画製作者に対し、本件映像の製作に参加することを約束しているときは、本件映像の著作権は当該映画製作者に帰属することになる。
この点に関して、被控訴人は、著作権法29条1項は劇場用映画を想定した規定であり、本件書籍の従たる付属物として作成された本件映像には適用されないと主張するが、同項が映画の著作物のうち劇場用映画のみに適用されると解すべき根拠、あるいは本件映像が映画の著作物と認められるにもかかわらず同項が適用されないと解すべき根拠はなく、被控訴人の上記主張は採用することができない。
⑵ 著作権法29条1項にいう「映画製作者」は、「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」である(同法2条1項10号)。
また、著作権法29条が設けられたのは、①従来から、映画の著作物の利用については、映画製作者と著作者との間の契約によって、映画製作者が著作権の行使を行うものとされていたという実態があったこと、②映画の著作物は、映画製作者が巨額の製作費を投入し、企業活動として製作し公表するという特殊な性格の著作物であること、③映画には著作者の地位に立ち得る多数の関与者が存在し、それら全ての者に著作権行使を認めると映画の円滑な市場流通を阻害することになることなどを考慮すると、映画の著作物の著作権が映画製作者に帰属するとするのが相当であると判断されたためであると解される。
著作権法2条1項10号の文言及び同法29条1項の上記趣旨からみて、「映画製作者」とは、映画の著作物を製作する意思を有し、同著作物の製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として同著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者のことであると解するのが相当である。
⑶ 以下、本件の認定事実の下で、本件映像の映画製作者が誰と認められるかについて検討する。
ア 本件書籍を出版することとともに、アニメーション映像を収録したDVDを本件書籍の付属物とすることを企画したのはA医師である。
他方、本件DVDを付属物とした本件書籍を出版したのは被控訴人である。また、控訴人との間で本件映像の制作に関する委託契約を締結したのは被控訴人であり、このことからすれば、控訴人に対して、上記委託契約の対価を支払う義務を負っていた者は被控訴人であったと認められる。実際に控訴人に対価を支払ったのも被控訴人であった。
イ 被控訴人とA医師との間では、本件書籍を書店で販売するだけでは、制作費の全てを回収することが困難であると考えられたことから、A医師の知り合いの製薬会社等に本件書籍を購入してもらうことで、制作費を回収する方針が採用され、実際に、A医師は、自ら営業活動を行うなどして、製薬会社等からの本件書籍の購入約束を取り付け、これにより、控訴人に対して支払うべき上記委託契約の対価を含め、本件書籍の出版に要する費用を調達している。控訴人が、本件映像の制作に係る費用が増加した旨をB’に伝えた際も、B’はA医師に更なる購入先の確保が必要であることを伝え、A医師は、自ら制作費を負担することや、自らの講演の謝金を充てることも考えている旨述べたが、最終的には本件書籍の出版に要する費用を調達するに足りる購入先を確保した。
しかし、被控訴人とA医師との間で、A医師が本件書籍の出版に必要な費用(控訴人に支払う対価を含む。)を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、A医師が不足分の費用を負担するとの合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。
そうすると、上記のような事態が生じた場合には、本件書籍を出版し、控訴人との間で本件映像の制作に関する委託契約を締結してその対価を控訴人に支払う法的義務を負ったと認められる被控訴人が、最終的に不足分の費用を負担すべき立場にあったと認められる。
ウ 控訴人は、被控訴人との間でアニメーション映像の制作に関する委託契約を締結し、この契約に基づいて本件映像の制作に係る業務を行ったものであり、上記委託契約に基づき、被控訴人に対する対価請求権を取得した。
控訴人は、上記業務の一部を他の業者に行わせており、これらの業者に対して費用を支払う義務を負ったが、この費用についても、上記委託契約に基づき、被控訴人に対して請求することが可能であったのであり、実際に、控訴人は、上記業者に支払うべき費用を含め、A医師が確保した本件書籍の購入先による購入代金により、上記委託契約の対価を受領した。
また、A医師が、本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、控訴人がその不足分を負担する、すなわち控訴人が被控訴人に対する対価請求権の全部又は一部を失うこととする旨の合意が成立したとは認められず、上記のような事態が生じたとしても、控訴人が損失を被る立場にあったとは認められない。
エ 上記アないしウによれば、本件映像の映画製作者、すなわち、本件映像を製作する意思を有し、その製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として、「映画の著作物」である本件映像の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者は、被控訴人であると認めるのが相当である。
仮に、本件書籍の出版に必要な費用を調達するに足りるだけの購入先を確保できない事態が生じた場合に、A医師がその不足分を負担し、損失を被ることとなっていたとすれば、A医師が本件映像の映画製作者に当たると解する余地があるが、本件で認められる事実関係に照らし、少なくとも控訴人が本件映像の映画製作者に当たると解する余地はない。
⑷ 上記のとおり、本件映像の映画製作者は、被控訴人である。
そして、認定事実によれば、本件映像の著作者である控訴人は、被控訴人に対し、本件映像の製作に参加することを約束していたと認められる。
したがって、著作権法29条1項により、本件映像の著作権は、その映画製作者である被控訴人に帰属すると認められる。
なお、仮に、A医師が本件映像の映画製作者であると認められるとしても、認定事実によれば、本件映像の著作者である控訴人は、A医師に対し、本件映像の製作に参加することを約束していたと認められるから、著作権法29条1項により、本件映像の著作権はA医師に帰属すると認められることになり、いずれにしても控訴人に本件映像の著作権が帰属するとは認められない。
5 ⑸ 前記…の控訴人の主張について
控訴人は、控訴人が本件映像の映画製作者であると主張する。
しかし、控訴人が本件映像の制作に係る業務を中心的に行ったこと、A医師や被控訴人が上記業務に関与した程度が低いことをもって、「映画の著作物を製作する意思を有し、同著作物の製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として同著作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者」が控訴人であると認められることにはならない。
控訴人が、本件書籍の販売数等によって被控訴人との委託契約に基づく対価の請求権を喪失する経済的リスクを負っていたと認められないことは、前記⑶ウのとおりであって、本件書籍が書店等において期待したとおりに販売できるか否かのリスクをA医師が専ら負担していたと認められるか否かに関わらず、控訴人が本件映像の製作に関して経済的な収入・支出の主体となりリスクを負っていたとは認める余地はない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
5 争点5(著作者名の表示の省略の可否)について
争点5につき、被控訴人が本件複製映像を公開するに際し、著作者である控訴人の氏名の表示を省略することが可能であったと解すべき根拠となる事実があるとは認められず、被控訴人が本件映像に係る控訴人の著作者人格権(氏名表示権)を侵害したと認められることは、原判決…のとおりであるから、これを引用する。
6 争点6(故意又は過失の有無)について
争点6につき、本件映像に係る控訴人の氏名表示権の侵害について、少なくとも被控訴人に過失があったと認められることは、原判決…のとおりであるから、これを引用する。
7 争点7(損害の有無及びその額)について
⑴ 著作権侵害による損害について
前記4のとおり、控訴人は本件映像の著作権者であるとは認められないから、著作権侵害による損害が控訴人に生じたとは認められない。
⑵ 著作者人格権(氏名表示権)侵害による損害について
ア 前記3のとおり、本件映像の著作者は控訴人である。したがって、共同著作物である本件映像に係る著作者人格権に基づく損害賠償請求権は、共同著作者であるA医師の同意がなければ行使できないとする被控訴人の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
イ 上記のとおり、控訴人は本件映像の単独の著作者であるが、被控訴人は、控訴人の氏名又は屋号を著作者名として表示することなく、本件サイトにおいて、本件映像の一部からなる本件複製映像を公開したものであり、その公開の期間は約3年4か月の長期にわたり、その再生回数は160万回以上に達していた。
以上に加えて、出版社として本件DVDに著作権者の表示をしていたにもかかわらず本件映像の著作物性を争うなどの被控訴人の本件訴訟遂行における対応を含め、本件に現れた諸事情を考慮すると、氏名表示権侵害による控訴人の精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料は80万円と認めるのが相当である。
⑶ 弁護士費用について
被控訴人による氏名表示権侵害の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は8万円と認める。