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著作権判例セレクション

【著作権の制限】 法46条の意義と解釈(市営バスの車体に描かれた絵画について問題となった事例)

▶平成130725日東京地方裁判所[平成13()56]
() 本件は、原告が,被告に対し,被告書籍において,原告作品(市営バスの車体の左右両側面部,上面部及び後面部に描かれた絵画)を複製して出版した被告の行為が,原告が有する著作権及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害すると主張して,損害賠償の支払を求めた事案である。

1 争点(1)について
(1) 市営バスの車体に描いた原告作品が,「美術の著作物」に当たるか否かについて判断する。
()
2 争点(2)について
(1) 原告作品が,「その原作品が街路,公園その他の一般公衆に開放されている屋外の場所又は建造物の外壁その他一般公衆の見やすい屋外の場所」に「恒常的に設置されているもの」といえるか否かについて判断する。
法46条柱書は,美術の著作物で「その原作品が街路,公園その他の一般公衆に開放されている屋外の場所又は建造物の外壁その他一般公衆の見やすい屋外の場所」に「恒常的に設置されているもの」は,所定の場合を除き,いずれの方法によるかを問わず,利用することができる旨を規定し,屋外の場所に恒常的に設置された美術の著作物について,一定の例外事由に当たらない限り公衆による自由利用を認めている。同規定の趣旨は,美術の著作物の原作品が,不特定多数の者が自由に見ることができるような屋外の場所に恒常的に設置された場合,仮に,当該著作物の利用に対して著作権に基づく権利主張を何らの制限なく認めることになると,一般人の行動の自由を過度に抑制することになって好ましくないこと,このような場合には,一般人による自由利用を許すのが社会的慣行に合致していること,さらに,多くは著作者の意思にも沿うと解して差し支えないこと等の点を総合考慮して,屋外の場所に恒常的に設置された美術の著作物については,一般人による利用を原則的に自由としたものといえる。
(2) そこで,上記の観点から,この点を検討する。
ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告作品が車体に描かれた本件バスは,横浜市営バスの中の1台であり,横浜市内の関内,伊勢佐木町,元町及び中華街など同市中心部を結ぶパシフィコ横浜循環バス路線(Yループ)を運行していること,運行時間帯及び運行間隔の詳細は必ずしも明らかでないが,毎日定期的に繰り返し循環していること,路線運行中は,不特定多数の者が,本件バスを見ることができること,夜間は,横浜市営バス専用の駐車施設内に駐車され,その間は,不特定多数の者が見ることはできないこと等の事実が認められる。
イ 上記認定事実を前提に,法46条柱書への該当性について,順にみてみる。
まず,「屋外の場所」について検討する。
前記の趣旨に照らすならば,同条所定の「一般公衆に開放されている屋外の場所」又は「一般公衆の見やすい屋外の場所」とは,不特定多数の者が見ようとすれば自由に見ることができる広く開放された場所を指すと解するのが相当である。原告作品が車体に描かれた本件バスは,市営バスとして,一般公衆に開放されている屋外の場所である公道を運行するのであるから,原告作品もまた,「一般公衆に開放されている屋外の場所」又は「一般公衆の見やすい屋外の場所」にあるというべきである。
次に,「恒常的に設置する」について検討する。
前記の趣旨に照らすならば,同条所定の「恒常的に設置する」とは,社会通念上,ある程度の長期にわたり継続して,不特定多数の者の観覧に供する状態に置くことを指すと解するのが相当である。原告作品が車体に描かれた本件バスは,特定のイベントのために,ごく短期間のみ運行されるのではなく,他の一般の市営バスと全く同様に,継続的に運行されているのであるから,原告が,公道を定期的に運行することが予定された市営バスの車体に原告作品を描いたことは,正に,美術の著作物を「恒常的に設置した」というべきである。
この点,原告は,本件バスが,夜間,車庫内に駐車されるため,恒常的とはいえない旨主張する。しかし,広く,美術の著作物一般について,保安上等の理由から,夜間,一般人の入場や観覧を禁止することは通常あり得るのであって,このような観覧に対する制限を設けたからといって,恒常性の要請に反するとして同規定の適用を排斥する合理性はない。結局,原告のこの点の主張は理由がない。
また,原告は,「設置する」とは,美術の著作物が,土地や建物等の不動産に固着され,また,一定の場所に固定されていなければならないと解すべきところ,本件バスは移動するので,本件バスに絵画を描くことは,設置に当たらないと主張する。確かに,同規定が適用されるものとしては,公園や公道に置かれた銅像等が典型的な例といえる。しかし,不特定多数の者が自由に見ることができる屋外に置かれた美術の著作物については,広く公衆が自由に利用できるとするのが,一般人の行動の自由の観点から好ましいなどの同規定の前記趣旨に照らすならば,「設置」の意義について,不動産に固着されたもの,あるいは一定の場所に固定されたもののような典型的な例に限定して解する合理性はないというべきである。原告のこの点の主張も理由がない。
3 争点(3)について
(1) 原告作品が車体に描かれた本件バスを撮影した写真を被告書籍に掲載して,これを販売したことが,法46条4号所定の場合に当たるか否かについて判断する。
法46条4号は,「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し,又はその複製物を販売する場合」には,一般人が当該美術の著作物を自由に利用することはできない旨規定する。同規定は,法46条柱書が,前記のとおり,一般人の行動に対する過度の制約の回避,社会的慣行の尊重及び著作者の合理的意思等を考慮して,一般人の著作物の利用を自由としたことに対して,仮に,専ら複製物の販売を目的として複製する行為についてまで,著作物の利用を自由にした場合には,著作権者に対する著しい経済的不利益を与えることになりかねないため,法46条柱書の原則に対する例外を設けたものである。
そうすると,法46条4号に該当するか否かについては,著作物を利用した書籍等の体裁及び内容,著作物の利用態様,利用目的などを客観的に考慮して,「専ら」美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し,又はその複製物を販売する例外的な場合に当たるといえるか否か検討すべきことになる。
(2) そこで,上記観点から,この点を検討する。
() 被告書籍の体裁及び内容
被告書籍は,別紙書籍目録添付の写しのとおり,全46頁からなり,縦14.8㎝,横14.8㎝の比較的小さなサイズの本である。表紙には,左上部に小さく「なかよし絵本シリーズ⑤」と,その下に大きく「まちをはしるーはたらくじどうしゃ」と表題が付されている。
被告書籍は,写真やイラストを用いて,町を走る各種の自動車を,幼児向けにわかりやすく解説したものであり,裏表紙には,監修者の言葉として,「新幹線や自動車など,しょっ中見ているようですが,子どもは,意外に正確な絵がかけません。お父さま,お母さまがごいっしょに,形や位置など見るポイントを,楽しく指導してあげてください。・・・」と記載されている。
その内容は,パトロールカー,救急車,消防車,ブレイクスクワート車,郵便車,清掃車,バス,タクシー,キャリアカー,レスキュー車,除雪車,移動販売車,野菜直売車,穴掘り建柱車,ホイルローダー,ダンプカー,クレーン車,コンクリートミキサー車,高所作業車,テレビカー,トイレカー,テレビ中継車,タラップ車,フードローダーなど24種の自動車について,それぞれ見開き2頁を1単位として,各種の自動車の写真と簡単な説明文によって,説明がされている。
例えば,本文1,2頁には「パトロールカー」の紹介がされ,両頁にパトカーの大きな写真が,2頁目の左上に「ふくめんパトロールカー」の小さな写真が,それぞれ掲載され,さらに,子供向けの説明文「まちをはしってみんながあんぜんでいられるようにパトロール」,父兄向けの説明文「町の中を走り,人々の安全な生活を守る警らパトカーと,見かけは一般車両ですが,緊急時にはパトカーに変わる覆面パトカーがあります。」が,それぞれ記載されている。また,本文3,4頁には「救急車」の紹介がされ,両頁に救急車の大きな写真が,4頁目の左上に「内部の様子」の小さな写真が,左下に「血液輸送車」の小さな写真がそれぞれ掲載され,さらに,子供向けの説明文「いそげいそげきゅうびょうにんやけがにんをすばやくびょういんへはこぶんだ」,父兄向けの説明文「病人やけが人を病院まで運びます。車内は看護ができるようになっていて,救急救命士などの救命処置で生命の助かることが多くなっています。」が,それぞれ記載されている。
() 原告作品の利用態様等
表紙の掲載態様は,以下のとおりである。すなわち,表紙には,前記のとおり,左上部に小さく「なかよし絵本シリーズ⑤」と,その下に大きく「まちをはしるーはたらくじどうしゃ」と表題が付され,その下に,原告作品が車体に描かれた本件バスの写真が,大きく(縦約8cm,横約14cmの大きさで)掲載されている。なお,バスの後部は,若干切れている。
また,本文14頁の掲載態様は,以下のとおりである。すなわち,本文13,14頁には「いろいろなバス」の紹介がされ,両頁に「幼稚園バス」の大きな写真が,14頁目の左欄に「路線バス」と「都営2階建てバス」及び「運転席の様子」の小さな写真が,それぞれ掲載され,さらに,子供向けの説明文「きょうもみんなのおくりむかえ」,父兄向けの説明文「幼稚園バスは,園児の送迎専用バスです。路線バスは,パシフィコ横浜循環バスです。都営2階建てバスは,葛西臨海公園より走っています。」が,それぞれ記載されている。このうち,原告作品が車体に描かれた本件バスの写真は,「路線バス」として,小さく(縦約3cm,横約7cmの大きさで)掲載されている。
(3) 以上認定した事実によれば,確かに,被告書籍には,原告作品を車体に描いた本件バスの写真が,表紙の中央に大きく,また,本文14頁の左上に小さく,いずれも,原告作品の特徴が感得されるような態様で掲載されているが,他方,被告書籍は,幼児向けに,写真を用いて,町を走る各種自動車を解説する目的で作られた書籍であり,合計24種類の自動車について,その外観及び役割などが説明されていること,各種自動車の写真を幼児が見ることを通じて,観察力を養い,勉強の基礎になる好奇心を高めるとの幼児教育的観点から監修されていると解されること,表紙及び本文14頁の掲載方法は,右の目的に照らして,格別不自然な態様とはいえないので,本件書籍を見る者は,本文で紹介されている各種自動車の一例として,本件バスが掲載されているとの印象を受けると考えられること等の事情を総合すると,原告作品が描かれた本件バスの写真を被告書籍に掲載し,これを販売することは,「専ら」美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し,又はその複製物を販売する行為には,該当しないというべきである。原告のこの点の主張は理由がない。
4 以上の次第であるから,原告の請求は理由がない。
なお,被告書籍中に,原告作品の著作者氏名の表示はされていない。しかし,前記のとおり,被告書籍における著作物の利用の目的及び態様に照らし,著作者氏名を表示しないことにつき,その利益を害するおそれがないと認められる。したがって,被告の行為は,原告の有する著作者人格権侵害を構成しない。