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著作権判例セレクション
【同一性保持権】同一性保持権侵害と名誉声望毀損行為(113条11項)をともに認定した事例
▶平成5年8月30日東京地方裁判所[昭和63(ワ)6004]▶平成8年04月16日東京高等裁判所[平成5(ネ)3610]
六 著作者人格権の侵害について
1 本件テレビドラマが原告著作物の翻案であることは右五に認定判断したとおりであるけれども、他方、原告著作物と本件テレビドラマは、主人公の夫が帰国して後の後半の基本的ストーリーは、原告著作物が、章子が就職したことが直接的なきっかけとなって、章子夫婦は離婚し、章子は、章子の新しい生き方を尊重する男性と再婚するのに対し、本件テレビドラマでは、章子と夫との間に溝ができかけるが、章子はよい妻になろうと決意し、夫の単身赴任先に同行しようと大騒ぎしたことを夫に謝って夫婦は和解し、夫は再度単身赴任するというもので、大きく異なっている。また、本件テレビドラマには、原告著作物には登場しない、主人公の社宅の隣人の美貴夫婦、主人公の学生時代の先輩玲子等が登場する点でもストーリーが異なっていることも前記五に認定判断したとおりである。
更に、原告著作物には、会社の命ずる海外単身赴任が一組の夫婦に与えた波乱、夫の任地への同行を望む妻の積極的な行動とその過程で明かになる海外単身赴任の実情、企業が社員のみでなくその妻をも支配している状況、支配されている自分に屈辱を感じ、働く女として自立しようとする妻と、夫は仕事妻は家庭という伝統的役割分業観の夫との葛藤と離婚、妻を対等のパートナーと理解し家事も分担する夫との再婚が描かれ、表題も、現在の結婚の在り方に疑問を持ち、社会的に目覚めて自分の道を模索する妻の姿を端的に示す「目覚め」とつけられている。
これに対し、本件テレビドラマは、海外単身赴任が夫婦、家族の生活に与える影響も描きつつ、やりがいのある仕事をするために必要な場合もあると肯定的にとらえ、夫婦の愛情のみを大切に考えて同伴を強く望んでいた妻が、夫の海外単身赴任先での仕事にかける情熱を理解し、よい妻であろうと決心して単身赴任を受け入れると、厳しく対応していた夫の上司も、意外とものわかりよく夫に再赴任の機会を与えるいう形で問題が解決するなど、企業批判の思想は汲み取れず、また、女性が社会へ出て働くことの肯定的態度はうかがわれるが、男性の伝統的分業観への批判や、離婚をもいとわない女性の自立の主張は読み取ることはできず、社会的な視野の狭いあさはかな妻が夫との同伴を求めて大騒ぎしたが、結局は反省して夫の単身赴任を受け入れるというもので、表題も「悪妻物語?夫はどこにも行かせない!」とつけられている。
右のような基本的ストーリーの変更、表現内容の変更、表題の変更は、原告著作物のような読み物をテレビドラマ化する場合、外面的な表現形式の相違により必然的に生ずる表現の削除、付加、変更の範囲をはるかに超えた変更であり、原告が原告著作物について有している同一性保持権を侵害するものである。
また、右に認定したような原告著作物の基本的ストーリー、表現内容又は表題の変更は、原告著作物についての原告の創作意図に反する利用であり、後記九2認定のとおり、女性の自立、女性の権利擁護のための著述活動、社会的活動を行って来た原告の名誉又は声望を害する方法による原告著作物の利用であることも明らかであるから、著作権法113条3項[注:現11項]により、原告の著作者人格権を侵害したものとみなされるものである。
2 本件テレビドラマは、昭和62年2月9日午後9から放映されたが、その際、原告は原作者として表示されなかったことは前記のとおりである。しかし、後記七に認定判断するとおり、右のように原作者として原告の氏名を表示しなかったことは原告の意思に従ったものと認められるから、原告が原告著作物及びその二次的著作物について有している氏名表示権を侵害するものとは認められない。
(略)
九 損害額及び名誉回復措置について
1 翻案権侵害、放送権侵害による損害
(略)
2 同一性保持権侵害による損害
(証拠等)を総合すれば、原告は、投稿誌「わいふ」の編集長として同誌を主宰するとともに、女性の自立、女性の権利擁護を目指す著作活動、社会活動を行っているものであること、原告は、Dの、夫が海外赴任を命じられたが、会社が妻の同行を許さないことや、同人が会社の右措置に対し強い不満を抱いていることなどの訴えに興味を抱き、「わいふ」にDの投稿を掲載したが、現在の結婚の内容や制度に疑問を持ち、社会的に目覚めて、自分の道を模索している妻達の姿を世に伝えたいと考えるようになり、右Dの同意を得て、同人の投稿のほか、投稿の前後に同人から聴取した内容をもとにして、原告著作物を著述したこと、原告著作物には、会社の命ずる海外単身赴任が一組の夫婦に与えた波乱、夫の任地への同行を望む妻の積極的な行動とその過程で明らかになる海外単身赴任の実情、企業が社員のみでなくその妻をも支配している状況、支配されている自分に屈辱を感じ、働く女として自立しようとする妻と、夫は仕事妻は家庭という伝統的役割分業観の夫との葛藤と離婚、妻を対等のパートナーと理解し家事も分担する夫との再婚等が具体的に表現され、表題も、現在の結婚の在り方に疑問を持ち、社会的に目覚めて自分の道を模索する妻の姿を端的に示す「目覚め」とつけられていることが認められる。
これに対し、本件テレビドラマは、原告著作物を読んだことのある一般人が本件テレビドラマを視聴すれば、本件テレビドラマは、原告著作物をテレビドラマ化したもので、テレビドラマ化にあたり、夫の帰国以後のストーリーを変えたものと容易に認識できる程度に、前半の基本的ストーリー、主人公夫婦の設定、細かいストーリーとその具体的表現が共通でありあるいは類似しているのに、その後半の基本的ストーリーを改変し、表現を変更した結果、企業批判の思想は汲み取れず、また、女性が社会へ出て働くことの肯定的態度はうかがわれるが、男性の伝統的分業観への批判や、離婚をもいとわない女性の自立の主張は読み取ることはできず、社会的な視野の狭いあさはかな妻が夫との同伴を求めて大騒ぎしたが、結局は反省して夫の単身赴任を受け入れるというもので、表題も「悪妻物語?夫はどこにも行かせない!」とつけられていることは、前記認定のとおりである。
右事実によれば、単に原告著作物の本件テレビドラマへの翻案にあたってストーリーや表題が改変されたというのみではなく、女性の自立、女性の権利の擁護のための著述活動、社会的活動の一つとして、現代の結婚や女性の自立についての原告の思想、社員の妻に及ぶ企業の支配の批判等の表現として著述された原告著作物が、そのような思想、批判が汲み取れないものに改変され、実在の人物であるDをモデルに、同人の承諾を得て、夫の海外単身赴任という事件をきっかけに、主婦が社会的に目覚め、自分の道を模索して自立しようとする姿を表現した原告著作物が、社会的な視野の狭いあさはかな妻が夫との同伴を求めて大騒ぎしたが、結局は反省して夫の単身赴任を受け入れるという話に改変されたうえ、日本有数のテレビ局において午後9時からの54分間という視聴者のきわめて多い時間に放映されたもので、本件テレビドラマによる原告著作物についての右のような態様の同一性保持権の侵害によって原告はその社会的な名誉声望を毀損され著しい精神的苦痛を被ったものと認められる。
これらの事実によれば、被告らの同一性保持権侵害による原告の精神的苦痛に対する慰謝料の額は、金100万円が相当である。
3 謝罪広告
前記認定の同一性保持権の侵害の態様に、今日まで原告の社会的な名誉声望を回復するために誠意のある措置をとっていない被告らの対応を考慮すれば、右2慰謝料の認容額を考慮しても、原告の社会的な名誉声望を回復するためには、被告らに対し、別紙謝罪広告目録(二)の「二 広告文」の項記載の内容の謝罪広告を、同目録の「一体裁」の項記載の体裁で命ずる必要が認められる。
[控訴審同旨]