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著作権判例セレクション

【編集著作物】 米国公文書館所蔵の合計160万ページの中から選択収録した文書の編集著作物性を認定した事例

▶平成24131日東京地方裁判所[平成20()20337]▶平成24910日知的財産高等裁判所[平成24()10022]
(争いのない事実)
〇訴外夏の書房は,平成8年2月28日,日本国内において,「米国・国立公文書館所蔵 北朝鮮の極秘文書(1945 8 月~1951 6 月)」という題号の,原告を編者及び著者とする全3巻の書籍(上・中・下巻。以下「原告書籍(上巻)」などといい,全3巻を総称して「原告書籍」という。)を出版した。原告書籍には,米国軍が朝鮮戦争の当時朝鮮民主主義人民共和国(「北朝鮮」)地域を一時占領した際に押収し,その後米国の国立公文書館に所蔵されていた合計160万ページに及ぶ文書(以下「米軍押収文書」)の中から原告が選択した,約1000点の文書(合計約1500ページ)が収録されている(以下原告書籍に収録された文書の全部をまとめて「原告書籍収録文書」という。)。また,原告書籍の各巻の末尾には,原告が執筆した原告書籍の解説文(「原告書籍解説」)が掲載されている。
〇韓国高麗書林は,平成10年6月20日ころ,韓国において,「美國・國立公文書館所蔵 北韓解放直後極秘資料(1945 8 月~1951 6)」という題号の全6巻の書籍(以下「韓国書籍(1)」などといい,全6巻を総称して「韓国書籍」という。)を出版した。韓国書籍に収録された資料(文書)(以下韓国書籍に収録された文書の全部をまとめて「韓国書籍収録文書」という。)及びそれらの資料の掲載順序は,原告書籍収録文書と同じである。また,韓国書籍(1)の冒頭には,韓国語(ハングル)で書かれた韓国書籍の解説文(以下「韓国書籍解説」)が掲載されている。韓国書籍解説は,原告書籍解説から別紙「原告書籍解説から削除した部分一覧表」記載の点が削除されているほかは,原告書籍解説をハングルに翻訳したものと同じである。

1 本訴争点1(原告書籍収録文書は,編集著作物か)について
(1) 前記争いのない事実等に加え,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 米国に所在する米国国立公文書館は,米国軍が朝鮮戦争の当時北朝鮮地域を一時占領した際に押収した合計160万ページに上る文書(米軍押収文書)を,未整理の状態で所蔵している。
イ 朝鮮戦争については,この戦争を誰が起こしたのか(北朝鮮が先に全面戦争に打って出たのか,南から米国・韓国軍が先に攻め込んだのか)という論争が,古くから存在する。
ジャーナリスト・ノンフィクション作家である原告は,上記米軍押収文書を閲読することによって,それまで誰も行ったことのない,北朝鮮側の資料を分析することにより朝鮮戦争についての真実を明らかにすることができるのではないかと考え,平成元年の暮れから約3年間,米国に滞在し,米国国立公文書館に通って米軍押収文書を閲読し,これらの資料を分析した。その結果,原告は,これらの資料によって,北朝鮮側が先に周到な準備の下に全面戦争を仕掛けたことを証明することができると考え,平成5年に,その考えを記載した著書「朝鮮戦争-金日成とマッカーサーの陰謀」(文藝春秋社)を上梓した。
ウ 原告は,上記著書の評判が良く,元の資料も公開してほしいとの要望が各方面から起こったことなどを受け,原告書籍を刊行することにした。
原告が原告書籍を編集した狙いは,米軍押収文書によって,南北朝鮮のどちらが先に朝鮮戦争を仕掛け,戦争を主導したかを明らかにすることにあり,原告は,このような観点から,米軍押収文書の中から約1000点の文書(約1500ページ分)を選択し,これに原告が他の研究者等から提供を受けた資料数点を加えることとした。
エ 原告書籍収録文書の内容及び原告書籍中の掲載順序は,別紙「『北朝鮮の極秘文書』目次」に記載のとおりであり,具体的には次のとおりである。
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(2) 上記認定事実によれば,原告書籍収録文書は,単に米軍押収文書を時系列に従って並べたり,既に分類されていたものの中から特定の項目のものを選択したりしたというものではなく,原告が,未整理の状態で保存されていた160万ページにも及ぶ米軍押収文書の中から,南北朝鮮のどちらが先に朝鮮戦争を仕掛け,戦争を主導したかを明らかにする文書という一定の視点から約1500ページ分を選択し,これを上記(1)のとおり原告の設定したテーマごとに分類して配列したものといえる。
したがって,原告書籍収録文書は,全体として,素材たる原資料の「選択」及び「配列」に編者の個性が顕れているものと認められるものであり,編集著作物に当たるというべきである。
(3) これに対し,被告らは,原告書籍収録文書における素材の選択及び配列は,米軍押収文書から出版物を作成する場合にとられる標準的なものであり,創作性があるとはいえないと主張し,その根拠として,原告書籍より先に刊行された北韓関係資料集に収録されている資料の中に,原告書籍収録文書と同じ資料が少なからず存在することなどを挙げる。
しかしながら,証拠及び上記(1)掲記の各証拠によれば,北韓関係資料集と原告書籍とは,米軍押収文書の中から編者が選択した資料を掲載しているという点では同じであるもの,北韓関係資料集に収録されている文書と原告書籍収録文書が共通するのは,原告書籍収録文書全体の1割にも満たないものであり,北韓関係資料集の収録文書全体に占める割合は更に低いものであって,両書籍における資料の選択及び配列の仕方には,共通点が乏しいものと認められる。また,このほかに,原告書籍収録文書における素材の選択及び配列がありふれたものであることを認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告らの上記主張を採用することはできない。
 (4) 韓国書籍収録文書及びそれらの資料の掲載順序が原告書籍収録文書と同じであることは前記記載のとおりであるから,韓国書籍中の韓国書籍収録文書部分は,原告書籍中の原告書籍収録文書部分に依拠して,これを複製したものであると推認することができる。
2 本訴争点2(韓国書籍解説は,原告書籍解説に係る原告の著作権(翻案権)を侵害するか)について
前記のとおり,韓国書籍は,原告書籍が出版された約2年後に出版されたものであり,韓国書籍収録文書及びそれらの資料の掲載順序は,原告書籍収録文書と同じである。また,韓国書籍解説は,原告書籍解説が原告書籍各巻の末尾に掲載されているのに対して韓国書籍(1)の冒頭にまとめて掲載されており,別紙「原告書籍解説から削除した部分一覧表」記載の事項が削除されているほかは,原告書籍解説をハングルに翻訳したものと同じである。さらに,証拠及び弁論の全趣旨によれば,上記削除部分が原告書籍解説全体に占める割合はわずかなものであると認められる。
これらの事実を考慮すると,韓国書籍解説は,原告書籍解説に依拠して作成されたものと推認することができ,かつ,韓国書籍解説は,原告書籍解説の表現上の本質的な特徴を維持しながら,表記を日本語から韓国語に翻訳する変更を加えたものであり,原告書籍解説を翻案したものであるということができる。
[控訴審同旨]